03
「クーデターですか?」
「流石にクーデターが起きるほど六条家の支配する国防軍は腐敗していないよ。」
「大きな事件が起きないようで、安心しました。」
「それ以外の理由とは何なんでしょうか?」
「”銃剣系”魔法使いたちの勢力拡大による魔法軍内部における権力的均衡の変化だ。その筆頭が私の従姉である麻由美姉さんなんだよ。魔法使い御三家出身の魔法使いを実力で押しのけて、今は魔法軍司令長官まで上りつめてる。」
「もしかして、麻由美さんが先生を強引に国防軍に入隊させた人ですか?」
「そのとおりだけど、よく覚えていたね。」
「でも、あの時はまさか魔法軍上層部の人だとは思いませんでした。」
「そうだろうね。でも、従弟の私から見ても麻由美姉さんの統率能力は抜群だと思える。そして、麻由美姉さんに鍛えられた”銃剣系”の魔法使いたちが実力をつけて、続々と魔法軍上層部まで登ってきているんだ。」
「それで、魔法軍内部の権力的均衡が”銃剣系”の方に傾きつつある、ということですか。」
「だとすると、六条家も黙っていないのでは?」
「麻由美姉さんは不正を嫌う人だから、六条家も既得権益を奪われまいと様々な妨害工作なんかをしたみたいだけれど、麻由美姉さんの前では無力だったんだ。麻由美姉さんに逆らおうなんて100年早かったんだよ。ははは、、、」
(先生の乾いた笑いを聞くと、麻由美さんに対するつらい思い出が相当ありそうだ。)
(そうね。古傷を抉るのも可哀そうだから、麻由美さんの話は止めにした方がよさそうね。)
「今までは魔法軍司令長官も六条家出身の魔法使いが務めることが多かったんだが、小野家の麻由美姉さんがこの地位を得たことで流れが変わった、と皆が認識し始めた、というわけだ。」
「そういうことだったんですか。」
「次は、桐生家だ。『桐生家は”楯系”の魔法の腕輪に対する適性を高めるために海外の家系と婚姻を結んできた』と以前の補講で説明したと思うけれど、その血脈を生かして他国との交易を広く行っているんだ。」
「六条家とは違って健全ですね。」
「まぁね。地球連邦が設立されてそれなりの期間を経ているけれど、各都市国家間で異なる商習慣がまだ残っているから、それを知らないでいると無用な揉め事に巻き込まれたり、政府への申請がなかなか通らなかったりするんだ。桐生家は主要な都市国家の”楯系”魔法使いの家系と親戚関係にあるから、信頼して仕事を任せることができる、というところが大きいんだよ。」
「六条家や龍野家ではできないことですね。」
「桐生家は元々”銃剣系”の魔法系統から”楯系”として独立した経緯があるから、龍野家が桐生家に配慮していることも有利に働いているんだ。御剣財閥の主要構成企業を詳しく見ると分かると思うけれど、御剣財閥には他国との交易を補助するような商社機能を有する企業がないんだ。もちろん関連会社にそういった企業はあるけれど、手広くは活動を行っていない。」
電子黒板に映し出されている御剣財閥の主要30社の中には、商社系の企業はなかった。
「確かに、言われてみるとそうです。」
「御剣財閥が海外に進出したり海外の企業から技術導入を行う際には、桐生家の関連会社を仲介役として使用することが多いんだ。それによって龍野家は手間と時間を削減できるし、桐生家には手数料が入る、という相互利益の関係が築けているんだ。」
「いい関係ですね。」
「表面上は、だけれど。」
「どういうことですか?」
「本質的に龍野家は桐生家に頼る必要はないということだ。 第一次悪魔大戦以降に多く現れるようになった魔獣は海や空にもいるから、輸送中に襲われることもあって貿易額は大戦前と比べ物にならないくらい少ない。だから、今のところ桐生家に配慮して、龍野家としては海外とのやり取りに手間と時間をかけるよりは桐生家に任せた方が良い、という判断をしているんだ。」
「なるほど。」
「しかし、海や空にいる魔獣が討伐され、問題が無くなって貿易が盛んになったらどうだろうか?御剣財閥の主要構成企業が財閥内に海外との仲介機能を持った方が有利だと判断した場合、今まで桐生家に入っていた手数料が入らなくなるんだ。」
「そうなると、桐生家にとっては死活問題ですね。」
「だから、桐生家も龍野家に対する依存度を下げようと努力はしているけれど、うまくいっていないみたいなんだ。」
「今までの話を聞くと、魔法使い御三家の中で龍野家が六条家と桐生家を引き離しつつある、ように思えました。」
「美姫さんの言うとおり、龍野家の勢力拡大傾向が強まっているから、六条家と桐生家の中にはその勢いを削ぎたい、と考えている人たちもいる。
しかし、六条家は古くからある魔法使いの家系であり、内部に様々な派閥があって一枚岩になり切れない、という問題を抱えているし、桐生家は新興の魔法使いの家系であり、その勢力は龍野家や六条家と比べると弱い、という問題もあるから、どちらも龍野家を牽制しきれていないんだ。」
「複雑ですね。」
「美姫さんはこれから、亜紀様の養女として魔法使い御三家の会合等に出ることもあるだろうから、龍野家以外の状勢についても学んでいく必要があるね。」
「面倒だとは思いますが、自分で選んだ道なので頑張ります。」
「そこまで気負わなくても少しずつ勉強していけばいい。私も協力は惜しまないから、分からないことがあったら聞きに来て下さい。」
「ありがとうございました。」