03
そんな話をしているうちに店に着いた。
「人気があるから並ばないといけないかと思ったけど、混んでいる時間帯が過ぎていたから、待たずに座れてよかったわね。」
「うん。」
「どれにする?」
「うーん、旬果お姉ちゃんのおすすめは?」
「おすすめはランチセットかな?ここのランチセットは鶏尽くしなのよ。」
「チキンオムライスに鶏の唐揚げ、チキンスープですか。確かに鶏尽くですね。僕はこれにします。」
「私もランチセットにするわ。」
「私も。」
「私もランチセットにするから、全員同じね。」
旬果さんが情報端末から注文をすると、ほどなくして運ばれてきた。
「美味しい!オムライス自体にしっかりと鶏のうまみがついていますね。」
「この唐揚げも、小ぶりだけど外はカリッカリで中はジュワッとしてて美味しいわ。」
人気が出るのもうなずける美味しさである。
「ランチセットが出てくるのが早かったですね。」
「この時間帯はほとんどの客がランチセットを頼むから、半機械化されて流れ作業で作っていることが大きいかもしれないわ。」
「完全な機械化はされてないんですね。」
「そんなことをしたら、まずくない料理は作れるかもしれないけど、美味しい料理は作れないわ。機械では実現できない機微なところは人手でやるしかないのよ。」
「なるほど。そうかもしれませんね。」
食後のコーヒーを飲んでいるときに、東大での事件の話題となった。
「美姫さんと樹君は、東大での事件に巻き込まれたんだったわね。私は留学の準備で忙しくて、どんな事件だったのか聞けなかったから、詳しく教えてくれない?」
「私と樹君だけじゃなくて、旬果お姉ちゃんも関係者だから、旬果お姉ちゃんから話をしてもらった方がいいと思います。私もあれから訪さんがどうなったかも知りたいし。」
「分かったわ。」
「旬果さんもあの事件に関係していたとは、世間は狭いですね。」
「陽菜さんはどこまで知っているの?」
「東大が反魔連の構成員に襲撃されたけれど、美姫さんと樹君が犯人を捕らえて事なきを得た、というところでしょうか。噂程度のことしか知りません。」
「そう。美姫ちゃんと樹君の名前がでないよう情報統制がかけられていたはずだけど、あの時に東大にいた魔法使いの高校生なんて他にいないから、特定されないほうがおかしいわね。」
「そうですね。美姫さんと樹君が東大の研究室に通っていることは、学校内では周知の事実でしたし。美姫さんと樹君は皆注目していて目立つから、注意して行動したほうがいいわよ。」
「肝に銘じておきます。」
「あの事件のことをもう少し詳しく言うと、反魔連の構成員が東大の資料室から魔法使いに関する情報を盗もうとしたけれど、美姫さんと樹君がすんでのところで犯行を食い止め、情報の流出が防げた。その後、警報を受けて最初に駆けつけたのが私たち魔法軍情報戦略隊、というわけ。」
「それで旬果さんもあの事件の関係者、ということですか。」
「そういうことね。」
「国防軍の中で旬果お姉ちゃんの部隊が一番最初に来たのは、東大の資料室が旬果お姉ちゃんの部隊の管轄だから?」
「そうよ。あの時も言ったけど、資料室にある主装置のOSは一般公開されているOSに私たちの部隊で手を加えたものなのよ。最近までそのOSの最新版の最後の追い込み作業をしていたから、今は最新版に置き換わっているわ。」
「旬果お姉ちゃんが忙しかったのはそのせいなのね。」
「えぇ、そうよ。最後の検証でバグが見つかった時には泣きそうになったわ。」
旬果さんが遠い目をしている。
「あの襲撃者たちは自分たちが反魔連の構成員だと認めたんですか?」
「えぇ、個別尋問で『他の者がもう話した』と言ったら、頭の弱い1人がげろって、その後は芋ずる式だったみたい。彼らの拠点もいくつか判明したから、彼らを捕まえた樹君はお手柄ね。」
「そうですか。頑張ったかいがありました。」
「あの事件を内々で処理したいと軍首脳部は考えているから、表彰されたりはしないけど、魔法軍に入隊したら厚遇されると思うわよ。」
「樹君、良かったね。」
「でも、僕がそうなんだったら、訪さんの企みを見抜いて事件を解決に導いた美姫さんも同ように遇されてもよいと思うのですが。」
「えぇ、美姫ちゃんの活躍も認められてるわよ。最も、美姫ちゃん程の実力があれば、今回の件がなくても魔法軍では厚遇されると思うけど。」
「そうですよね。」
「でも、美姫ちゃんが探偵の真似事を始めた時はどうなるかと思ったけれど、真相を次々に暴きだしていったときには驚いたのなんのって。最終的には事件を解決してしまったんだから、私は美姫ちゃんが知り合いであることが誇らしかったわ。」
「えへへー。旬果お姉ちゃんに褒められた。」
「私は美姫さんが探偵の真似事をしたなんて初めて聞きました。」
「その場にいた人には一筆書いてもらったし、捜査資料にも一切そのことは書かれていないからね。陽菜さんも公言しちゃダメよ。まぁ、そんなことを言っても誰も信じないとは思うけど。」
「分かりました。」
「訪さんは捕まった後どうなったんですか?」
「ちょっと待って、訪さんって誰?」
「陽菜さんは知らなくても当然ね。訪さんは東大魔法学科の事務局に勤務する施設管理などの担当者よ。実は訪さんがあの事件の犯人うちの1人だったの。」
旬果さんが声を潜めてささやくように言った。
「えっ!?」
「しっ!」
「そんなこと私に教えてもいいんですか?」
陽菜さんも声を潜めてささやくように言う。
「別にいいんじゃないかしら。今のところあの事件の資料は魔法軍所属の魔法使いであれば誰でも閲覧できるようになっているし、陽菜さんはもう魔法軍への入隊は済ませてるんでしょ。」
「はい。出発前に入隊の手続きをする必要があるとのことでしたので。」
「なら、問題ないわね。」
「それで、訪さんは捕まった後どうなったんですか?」
「取り調べには素直に応じているから、手荒な真似はされてないわよ。でも、魔法連合国について私たちが知り得ている情報以上のことは訪さんも知らされていなかったようで、聞き出せた直属の上役についてもすでに国外逃亡した後だったわ。」
「そうですか。残念ですね。」
「えぇ、折角の機会だったんだけど。訪さんについては今後は裁判を受けることになるけど、釈放されても殺されるだけだろうから、おそらく一生刑務所の中だと思うわ。そのほうが訪さんにとっても安全だから。」
「刑務所の中の方が安全、というのも悲しいですね。」
「そうね。」




