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第9話 このやり方が正しいのか不器用な私にはわからない。

 夜は思いの他、早く訪れた。

 ガルはレイラと共に岩うさぎを解体し終えると、シチューの準備に取り掛かる。

 岩盤イモを練って焼き、それをシチューに浸して食べるのだ。

 ハウス周辺では、麦などの穀物が育ちづらいため、基本的に主食はイモだった。

 岩盤イモの由来は、岩盤のような植物が通常育たないところでも育つという意味。実際は育たないらしいが。

 さらに、岩盤イモはある程度の甘味があり、イモらしいゴワゴワした舌触りもあまりなく、主食としてはかなり有能なイモでもあった。


「練りイモ、焼きあがりましたよ」

「わかった。こっちもあともう少しで終わる」


 ガルは程々(ほどほど)に焦げ目の付いた練りイモを皿に持っていく。

 ドーム型に盛ることで、非常に見映えのいい皿が完成する。


「おっ、いいな、それ」

「はい、少し凝ってみました」


 ガルの様子を観察するように振り返りながら、レイラがガルの仕事ぶりを誉める。

 レイラは普段から感情の起伏が小さい。怒る時だけ少しわかりやすくなるくらい。

 そのレイラが微笑とはいえ、笑ってくれることがガルは嬉しくて堪らなかった。


「お前がここに来て、もう一か月以上が経つのか……」

「そうですね」


 唐突にどうしたのか、と疑問に思うも、とりあえずの返しとしてガルは軽く肯定する。

 しかし、ガルが訝しむような表情をしていても、レイラは構わず続ける。


「その割に、あまり喋り方とか変わってないけどな」

「僕、先輩には最初から心を許せてましたから」

「……そうか。お前は確かに、私が女だというのに、一切警戒してなかったからな」

「ナイフを突きつけられていた時は、流石に警戒していましたけどね」


 たったの一か月。本当にガルにとって、長いようで短い期間だった。

 ここに来る前は、ただ女性からの襲撃に怯え、夜もまともに眠れやしなかった。目についた『物』が口にして問題ないのであれば、何だって食べていた。飢えと恐怖で何度自殺を考えたのか数えきれない程に、生きていくのが辛かった。

 食べ物が欲しくても、水が欲しくても、誰も何も助けてくれない。

 それどころか、ガルの自由を奪いに襲ってくるのだ。

 どれだけ当時のガルが絶望の淵に立たされていたか、誰も知らない。

 人を頼りたくても、人と寄り添いたくても、そんな儚い願望すら叶わないこの世に、ガルが何度諦めを抱いたのか、誰にもわからない。


 けれども、そんなガルに微笑んでくれる人がいたのだ。

 安全と食事を提供してくれる場所があったのだ。

 ガルと一緒にいてくれる先輩が今、彼の隣にいた。

 作り笑いが苦手なのに、頑張って笑いかけようとしてくれるのが嬉しかった。

 ガルが理解に苦しんでいれば、より分かりやすく説明しようと頑張ってくれるのも嬉しかった。

 レイラは頑張ってくれているのだ。ガルがここにいて苦痛に感じないようにするために。

 その心遣いに、ガルはしてもしきれない感謝の気持ちを、レイラに抱いていた。


「あれは悪かったよ。ちゃんと謝ったじゃないか」

「いえ、別に気にしている訳じゃないんです。最初から警戒していなかった訳ではないですよって伝えたかっただけで」


 ガルの言葉に微笑を携えて、レイラは「そうか」と返す。


「先輩の優しさに、僕は最初から気付いてましたから」


 その言葉に、レイラは再度、「そうか」と返した。


「そうですよ、先輩」

「そうだな」

「そうです」

「うん、わかったよ」

「だから――」


 ガルがレイラに求めることはただ一つしかない。

 それは明日の魔物退治を成功させたいと考える、ガルにとって唯一つの理由だった。


「これからも僕を先輩と一緒にいさせてください。何だってしますから」

「あぁ、頼んだ」


 そう言って、レイラは先程より大きく口角を上げて目元を緩ませ、夕飯の支度に戻るのだった。


   *


 夕食を終えて、片付けまで完了すると、ガルとレイラは明日の魔物退治のための作戦を確認していた。


「そういえば、先輩はどうして魔物が泉にいるってわかるんですか?」

「基本的に動物は魔物を忌避するから、魔物の接近を察知すれば逃げていくんだ。魔物が植物には興味を示さないとなれば、魔物が狙うのは魔鉱石しかありえない」

「……なるほど」

「ガルには伝えてないが、この近くに泉が二つある。一つは私たちが普段から水汲み場として利用している、ここから百メートルと離れていない泉だ。もう一つは……」

「魔獣と戦った後に寄った泉ですよね」

「あぁ、そうだ」


 あの紫色をした、人一人分くらいなら入れそうな岩が置かれていた泉。

 当時は気付かなくとも、今のガルにはその岩の正体がわかっていた。


「魔物はあの泉の中央にある魔鉱石に引き寄せられている……と?」

「そうだ。あの魔鉱石は私がここに来るよりも前からずっとあったものだ。少なくとも十年以上前からあの泉に存在していたと私は考えている」


 ガルの手元にあるY3の魔鉱石でさえ、比較的純度の高い魔鉱石なのだ。

 それが十年以上となれば、相当の魔素の吸収力と分解力を持った魔鉱石であることに間違いないだろう。

 魔獣を倒し終わった後、あの付近にホワイトロードができていたのも、当然と言えば当然だったのだ。


「なら、わざわざ魔鉱石を集めなくても、その魔鉱石を使えば奴を退治できるんじゃ……?」

「そういえば、言い忘れていたな」

「……ん?」

「魔物は水の中に入ろうとしないんだよ」

「えっ、そうなんですか!?」


 確かに、魔物が簡単にあの魔鉱石に近づけるのであれば、今頃とっくにいなくなっているだろう。

 あの魔鉱石は高さ二メートル程もある巨大なもの。二人で担いで泉から運び出すのは流石に無理がある。

 そんな想像をしていると、ふとガルの頭に一つ疑問が浮かび上がってきた。


「あの……、魔鉱石って周囲にある魔素を吸収するだけで、生物の体から魔素を吸収したりはしないんですよね?魔物には、魔鉱石って効果あるんですか?」

「何を言ってるんだ。魔物は生物じゃない。現に、私はかつてこの方法で、奴以上に大きな魔物を退治している」

「……え?」


 ガルの驚いた顔に、レイラはふと笑うと「安心していい」と口にした。


「私の経験上、奴は倒せる。第一、この場所は魔素がなく、魔物が発生すること自体ありえない土地だぞ。魔物は周囲の魔素を吸収しながら、それでいて魔素を放出する存在だ。つまり、本来ならば魔物が吸収して成長するはずの魔素が、この付近で極端に少ない以上、奴は日を追う程に脆弱になっているんだよ」

「……なるほど」


 言われてみれば確かにそうだった。

 レイラに言われて、不安だった気持ちが随分と楽になる。


「(先輩は人をやる気にさせるのが本当に上手いなぁ……)」


 つい感心してしまうガルだった。


「どうだ?少しは迷いが晴れたか?」

「経験者に安心しろって言われれば、そりゃ安心しますよ。その経験者が先輩となれば猶更なおさらです」

「いつもより素直さが欠けてるな」

「すみません、ちょっとだけ強がったことを言おうと思いまして……」


 気張ろうとしたことをすぐ見抜いてしまうレイラに、ガルは叶わないなと思った。


「別に、怖いなら怖いでいいんだ。恐怖は罪じゃない」

「……はい、わかってはいるんですけど……」

「まぁ、初めてだからな。怖くないはずがないよ。それは抱いてしかるべき感情なんだ」

「……そう……ですよね」


 レイラが気を遣って掛けてくれるも、どうしてもガルの心は晴れなかった。

 それがどうしてなのか、ガルにはわからない。


「そろそろ、自分は寝ます。ここ最近、ぐっすり眠れてなくて、早めに寝床に就いておきたいので……」

「……そうか」


 これ以上悩んでいても仕方がない。ガルはその悩みを明日の自分に託せばいいやと、少し投げやりな気持ちでそう言った。

 レイラはそれをダメとは言わなかった。

 レイラも立ち上がると、服を着替えて寝る態勢に入る。

 いつも朝早くから朝食の準備を毎日欠かさず行っている彼女もまた、普段からあまりぐっすり眠ってはいないのだ。

 明日が決戦日ならば、早めに寝ておくのも選択肢としては悪くない。


 そうして二人は作戦の確認を終えて、それぞれ寝床に就く――


 ――はずが。


「……って、先輩?」


 就寝時、ガルとレイラは距離を取る。当然、ガルがレイラに触れてはいけないからなのだが。

 発案者であるレイラ自ら、ガルの枕元で、正座を少し崩した所謂お姉さん座りをし始めたのだ。


「どうしたんですか、先輩」

「えっ、あぁ……いや……」

「何か僕に伝え忘れたことでもありました?」

「いや、そういう訳じゃないんだが……」


 言いづらそうに顔を赤らめる彼女は、頬を掻いて自分の気持ちを誤魔化しているようにも見えた。

 ガルは自分から理由を聞くのが野暮に思え、レイラ自身の口から言い出すのをジッと待つ。

 ……すると。


「お前が寝付けないって言うから……な。私が……不安だからとかではないぞ、もちろん。ただ、その……なんだ。お前は私といると安心するみたいだし……あ、いや私がお前の天敵である女だってことはきちんと自覚しているが、その……」


 その自分を安心させるために、とガルを思って取ってくれた行動なのだということに、そのセリフを聞いてやっとガルは理解した。

 

「(この先輩ったら、本当に不器用だなぁ……)」


 でも、それがガルの好きな先輩の一面だった。


「僕のことを心配してくれているんですね」

「……私が隠そうとしていることを、口にするんじゃなぃ……」


 恥ずかしそうに顔を伏せ、それと同時に言葉尻がすぼんでいくレイラが、ガルには愛おしくて仕方なかった。


「ありがとうございます、先輩」


 ガルはそう言って、厚手の布をレイラの太ももに被せると、その上に頭を乗っけた。


「これなら、大丈夫ですよね?」

「えっ、あ、あぁ……」


 肌に触れてはいけないのであれば、布を被せれば問題はない。

 レイラの膝枕に温もりを感じながら、ガルは安心を取り戻した気がした。

 そうして、レイラと初めて触れあえた気がしたガルは、数分と経たずに眠りに付いてしまうのだった。

今日、2話上げる予定ではなかったのですが、自分がこの9話の内容が好きでして、衝動的にアップしました。

明日以降は更新頻度が落ちます。

毎日投稿が厳しくなると思いますが、感想やレビュー、ブックマークをよろしくお願いします。

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