第8話 この作戦を成功させて。
『お前がもし女だった場合、生き延びるために男を洗脳するか?』
何度も何度も頭の中で繰り返される、レイラから受けたその問い。
昼間は別の作業に没頭できるがゆえ、気に留めることもなく過ごせるのだが。
寝る前となると、そうもいかない。
「僕はただ、『転生者』がどんな存在なのか知りたいだけなのに、どうしてあんな質問を先輩はしたのかな……。転生者の話を聞いてしまったが最後、僕は女性になってしまったりでもするのだろうか」
ガルは、考え込みすぎて、そんなありえない想像すらしてしまっていた。
正確に言えば、答えられない訳ではなかった。
ただ、ガルが答えたくないのだ。
その質問に正答がないとは理解しつつも、ガルを試しているような気がして、どうしても口には出せなかった。
*
「よし。この純度なら問題ないはずだ」
「良かったぁ~」
二人はその日もガレ場に来ていた。目的は当然、魔鉱石を回収するため。
ガルはレイラの言葉に力が抜けて、その場で膝が折れた。
なんだか立つのが辛く感じて、仰向けに寝っ転がる。小さい石の上に立っていたので、少し痛かった。
「今回はかなり大きかったからな。削り取るのに、疲れたか?」
「は、はい……」
「昨日もあまり寝つきが良くなかったみたいだしな」
「……え?」
レイラのその言葉にガルは思わず彼女の方を向いてしまった。
その時頭の下の岩で後頭部をこすってしまい、ゴリッという音と共に痛みが走る。
「いったぁ……!」
「何をやってるんだか」
痛みを抑えるように後頭部を両手で押さえるも効果はなく。
レイラはガルの様子を面白そうに見つめていた。
「人が痛そうにしている姿を、そんな楽しそうに見ないでくださいよぉ」
「そうだな。すまない。でも、元気そうで何よりだよ」
「くそぉ……。こんな場所で寝っ転がるんじゃなかった……」
ガルはそう言いながら、レイラがまとめた荷物を受けとる。
そうして魔鉱石の回収を済ませた二人は、一度ハウスに戻って――
――ハウス周辺の地図を広げ、次の計画を立てていた。
「では、魔物退治のための作戦を立てていくぞ」
*
「……という訳だ。作戦は理解したか?」
「はい」
魔物の退治。先日遭遇した魔物を消滅させることを意味している。
そして、それは撃退ではなく、退治でなければいけないとのこと。
その理由をガルは魔鉱石の回収をする際に、レイラから聞かされていた。
『あの魔物を野放しにしておくと、そこらの草木が枯れて魔獣も増える。今頃、どれ程の動物たちが魔獣化したかはわからん。できるだけ早く対処しないと取り返しのつかないことになりかねないんだ』
『……そうですね』
言われてみればそうだ、とガルは思った。
あれだけ簡単に周囲の生き物たちを魔素で変化させてしまう害悪をのさばらせていたことを、今レイラに言われるまで気付きもしなかった。
のほほんと狩りに行って先輩とおしゃべりして、何事もなかったかのようにここ二週間過ごしていたが、奴がこのハウス周辺をうろついている場合だってあるのだ。
ただ、このハウス周辺は他の土地と違って魔素の量が極端に少ないが、魔物が求めているのが動物である以上、特別奴がこの土地に固執する理由はない。この場所から立ち去っている可能性だって十分あるともガルは考えていた。
『でも、奴がこの土地から立ち去っている可能性だって……』
『ないだろうな』
『……それはどうしてですか?』
『奴ら魔物がどうして生命体に引き寄せられるか知っているか?』
『魔物にない命を持っているからですよね?』
『そうだ。では、命を奪う際に奴らがしていることは何だ?』
『え……っと、魔素の放出……ですかね』
『半分正解だ』
そう言って、レイラはたっぷりと水を汲んだバケツと空のコップを用意して、木製のテーブルに置いた。
『それは……?』
『魔素を水に見立てて、解説しようと思ってな』
どう見立てるのかはわからないものの、わかりやすく説明しようとしてくれているのだろうとガルは集中しなおした。
『このバケツを魔物だと思え。このコップが生命体で、コップの容積が魔素許容量だ』
『……なるほど』
『コップが魔物であるバケツに捕まったとする。そうすると、この後どうなると思う?』
『コップが魔獣化しますね……』
『じゃあ、それはどうやって起こるんだ?』
魔獣化は体内魔素がその動物の許容量を超えることによって生じる。
つまり、体内魔素が増加してしまう訳なのだから。
『バケツ内の水がコップに移るのでは……?』
『その通りだ』
セリフに合わせてバケツから水を汲んでコップに移す。
その移し方が雑で、コップから溢れた水が、テーブルにコップの側面を伝って流れ出る。
『ちょっと先輩、溢れてますって』
『わざとだよ』
『わざとって……』
『こうして許容量を超える魔素を移されたコップは魔獣化する訳だ。大きなコップ程、魔獣化した際、力も大きさも強大になって厄介なんだ』
それがこの間相対した、熊型の魔獣があまり強くなかった理由だとレイラは語っていた。
ガルからすれば、あの魔獣も十分手強い相手だったのだが、一瞬で仕留めてしまったレイラの言葉は説得力があった。
『次は水を移し終わったバケツの方を見てくれ。このバケツの中の水は移す前後でどう変わっている?』
『減っていますね……』
『まるで目的もなく動く奴らだが、唯一目的を持つとすれば“ここ”なんだ』
『“ここ”って……魔素を他に移すこと……ですか?』
『そうだ。魔物内に溜め込まれた魔素を放出して、自分自身の存在を消すことが魔物の存在意義なんだと私は考えている。だからこそ、生命体……特に魔素の吸収スピードが早い動物は、魔物にとって都合がいいんだ。植物の場合、細胞壁が魔素の吸収だけを選択的に遮断する機能を持っていて、魔物に対して動物より耐性があるからな』
なるほど、とガルは思った。
あの時、あの魔物がどうして小鳥を狙って、周囲の木々には目もくれなかったのか。
ホワイトロードがどうして地面にはできていたのに、その周囲の植物は薄っすらとしか白くなっていなかったのか。
その理由は植物が生来的に持つ、環境への適応能力にあったのだ。
『要するに、魔物は体内魔素を吸収してくれれば相手が誰だっていいんだよ』
『だから、魔素を吸収して分解する魔鉱石を……?』
『そういうことだ』
魔鉱石の回収の理由の時のやり取りを思い出して、ガルは先程聞かされた作戦のことを振り返る。
ガルの作業は簡単だ。魔物に触れないよう気を付けながら、魔鉱石で魔物の魔素を吸い取っていくだけでいい。
しかし、魔鉱石が魔素を分解するのに数分程度要するため、いくつかの魔鉱石をローテーションさせながら魔物から魔素を吸収していく必要がある。
「魔鉱石は六つ。私とガルとで三つずつ持ち、二方向から魔物を狙う」
「了解しました」
魔物に視覚があるのかもわからないため、二方向から狙うことに意味があるのかはわからない。
だが、魔物との攻防をできる限り短縮させたいガルやレイラからすれば、効率が良いに越したことはないのだ。
「さっきも言った通り、奴は必ず泉にいるはずだ。実行は明日。ここ最近、寝付きが悪いみたいだが、今日の夜はしっかり寝るんだぞ、ガル」
「……そうですね」
果たして、すぐ寝付けるのかと夜が不安になるガルだった。
今日の午後に投稿できるかわからなかったので、朝に投稿しておきました。