第7話 この問いにお前が答えられたら。
『お前がもし女だった場合、生き延びるために男を洗脳するか?』
それは、シンプルにして、ガルの心の根幹を問うようなそんな質問だ。
レイラはこの問いかけを、『質問』と言った。つまり、質問であって、これは問題ではないのだ。
明確な答えはない。何を答えても問題ではないのだから、問題ないはずなのだ。
しかし、その質問はガル自身を試すようにも感じられて、ガルはすぐに答えられなかった。
そして、その『すぐ』は既に二週間にまで延びていた。
*
「縄をもう少し手前に引け」
「わか……りました……」
ガルは今、先日魔物と遭遇した森とハウスとの丁度、中間辺りに位置するガレ場に来ていた。
目的は魔鉱石の収集。
そのガレ場には、岩の中に埋もれている手つかずの魔鉱石が所々で見られ、それを集めるため、わざわざ直径五メートル程もある大岩に縄をかけて登っているのだ。
現在、ガルは岩の上に引っ掛けたロープにぶら下がっている状況。レイラは下から方向の指示を出している。
が、しかし。
レイラの指示に従おうにも、ガルはロープをもう引っ張ることができなかった。目的の魔鉱石まではまだ一メートル程距離があった。
「先輩、もっと縄を長くできませんか!?」
「これが限界だ」
「でも、この距離だと手が届かないです!」
「なら、これを使え!」
言うやいなや、レイラはガルに棒を投げて寄越す。
「これは……?」
「銛だ。これを差し込んで魔鉱石を取り出せ。少しくらい削れてもいいから」
「この体勢で力なんて入らないですよ!」
「工夫しろ」
「そんな無茶な!」
実際、ガルは宙ぶらりんの状態な訳で。
思い切りガツンと銛の先を魔鉱石と岩の境界辺り目掛けて突こうにも、そもそも魔鉱石を剥がせる程の力は込められない。
だからこそ、魔鉱石のある位置までロープで降りてから魔鉱石に片手を添えて、もう一方の手でナイフを使って削り取っていくつもりでいたのだが。
ロープが足りないのは、計算外だった。
だが、そう泣き言ばかり言ってられないのも事実で、魔鉱石を集めることが魔物の退治に必要とあってはこの仕事も仕方のないことなのだ。
「(でも、本当にどうやって取ろうか……)」
試しにガツンと銛で突いてみても、力ない突きになり、そもそもとして狙いが定まりづらかった。
「(腕も体もぶれるから本当にやりづらいな、これ……)」
ガルの体が小柄なのもあるだろうが、ゆさゆさと簡単に揺れるロープの上で狙いを定めるのは至難の業だった。
「あっ、そうだ!」
狙いを定めて突くのが難しいのは銛に勢いを付けるからであって、銛の先を魔鉱石の周りにトンカチの要領で打ち込んでいけば……。
「いける」
ガルはそれ程大した閃きでもない発想に、少しほくそ笑む。
コツンコツンという音を辺りに響かせながら、ガルは丁寧に魔鉱石を剥ぎ取っていった。
そうして、十分程が経過し。
「取れたっ!」
カツンという高い音を最後に、一キロほどはありそうな魔鉱石が下へ落ちていく。
その光景にガルはガッツポーズを取った。
「よくやった、ガル」
「はい、ありがとうございます」
ガルはロープを手繰り寄せてよじ登ると、岩を降りて、魔鉱石を覗き込んでいるレイラのもとへ駆けていく。
「どうですか?その魔鉱石の純度は」
「十分だな。あとこれと同じ純度の魔鉱石が四、五キロは欲しいかな」
「となると、これと同じような魔鉱石があと五個は必要ってことですね」
魔鉱石は普通の鉱石と異なり、生成に圧力や熱は必要としない。
魔素が長時間太陽光を浴びることで生成されるだけであり、成分的には魔素の塊なのだ。
「でも、面白いですよね。ただの魔素の塊なのに、この魔鉱石に魔素を吸収して分解する効果があるなんて」
「そうだな」
「でも、なら魔鉱石さえあれば、体内に蓄積された渾沌の魔素も無毒化できそうな気がしますけどね」
「だな。しかし、この魔鉱石は一度体内に入った魔素を吸収してくれはしないんだ」
それが魔鉱石の唯一のデメリットであった。
生物に蓄積された魔素には効果を示さない。
「魔素を分解する仕組みって、どうなってるんです?」
「魔鉱石に閉じ込められた太陽光が、魔素を無害な物質へと変換するんだ。太陽光自体に微弱ながら魔素を壊す力があるんだが、自然光にはすぐ魔素を変質させるほどのエネルギーがない」
「なるほど」
「しかし、魔鉱石は、魔素だけでなく太陽光も吸収することができる。だから、魔鉱石内の太陽光は魔素を壊すことができる訳だ」
「じゃあ、純度ってのは……」
「魔鉱石は生成されてから、日数が経つほど太陽光を吸収している。吸収した太陽光の量が多ければ、それだけ魔素の分解スピードも早い。そこで、魔鉱石が生成後どれだけ経っているのかを表す指標として、『純度』という言葉を使っているんだ」
「ちなみにこの魔鉱石の純度はY3だな」と言って、レイラは魔鉱石をカバンにしまった。
『Y3』の『Y』は年の意味。つまり、生成後三年は経過しているということだ。
「どこでそれがわかるんです?」
ガルには魔鉱石の純度の量り方がわからなかった。
実際、紫色の半透明な鉱石であることしか、その魔鉱石から情報が入ってこない。
「魔鉱石の透明度さ」
「透明度……?」
「純度が高くなるほど、魔鉱石の中心が透けてくるんだ。それで、魔鉱石の生成年数の単位が『純度』で表される訳だよ。まぁ、私も中心が透けてくる原理はわからないけどな」
「じゃあ、この魔鉱石の中の曇りがもっとなくなれば、より昔に生成された魔鉱石ってなる訳ですね?」
「そうだ」
魔鉱石の純度の量り方は理解しておいて、損はない。
魔鉱石自体が魔素を溜め込んでしまった人間の治療には使えなかったとしても、より純度の高い魔鉱石を上手に利用することで、魔素に支配されたようなこの生活をもっと豊かなものにできるかもしれないのだから。
「魔鉱石って、太陽の光さえあれば、どこにでもできるんですか?」
「いいや、空気中の酸素濃度が魔素の濃度を上回らなければいけない。魔鉱石の生成に酸素が必要不可欠みたいでな」
「じゃあ、人や動物が多いところでは……」
「まず生じない。反対に、大型の動物があまり生息せず、広く開けていて一年を通して陽の当たるような土地では、常にかなりの魔鉱石が生成されている」
なるほど、とガルは思った。
今ガルたちがいる土地は、陽の当たるガレ場。
ガレ場はガレ場でも大きな岩の密集地帯である土地だ。ここをねぐらにしているような動物はほとんどいないだろう。
「よし、話はこのくらいにして次の魔鉱石を取りに行くぞ、ガル」
「はい」
ガルは何故だか、悩みの光明が見えたような気分になってそう元気よく返してしまった。
……が。
結局、レイラの問いに対するガルなりの答えを見つけることはできていないのである。
今日、2話目の投稿。
明日以降はまた1話投稿に戻ります。
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