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第6話 この嘘にお前は気付かない。

 ガルは魔獣と対峙した夜、ハウスで寝付けずにいた。

 当然だ。魔獣に襲われたのだ。選択を間違えば、命を落としていた局面だってあった。


「(それに先輩も、すぐに対処できるなら、僕よりも動き始めるのが遅かったのはどうしてなんだろ……?)」


 レイラのことだから、ガルの力を試したかっただとか、自分から動き始めるのが面倒だったとかそういう意味は含まれていないような気がした。

 ガルが振り返ったあの時、レイラは何かを考え込むような顔をしていた。魔獣に対して、何か感傷に浸るような想い出でもあるのだろうか。

 それが何であれ、あまり良いものではないのだろうとガルは思った。

 その時だった。


「やはり……か……」


 レイラの声が洞穴の奥から聞こえてきた。

 声が途切れ途切れに聞こえてくるので、どうやら寝言なのだと推測ができた。


「でもあいつが悪い訳じゃ……あいつは閉鎖系空間のことを知っていた訳じゃない……でもまさか魔物まで……私がいつまで……」

「あの、先輩……?」


 不安になって、ガルは近くまで寄ってそう声を掛けた。

 寝ぼけてうっかりレイラに触れようものなら、ガルはあっという間に自我を失う。

 よって、普段からガルとレイラはかなり距離を開けて眠りにつくのだが、それでも声が聞こえてくる程レイラは(うな)されているのだ。


「……あの魔鉱石に閉じこもるしか……」

「先輩、どうしたんですか」


 呼びかけても返事はない。

 どうにかしてあげたいが、触れることもできない上、起こすのも気が引けて、ガルは結局その近くでレイラを見守ることしかできなかった。

 触れたくても触れることができないこの状況が、ガルはもどかしくて堪らなかった。


   *


 夜が明けて。

 レイラを見守ったまま、寝落ちしてしまったガルは遠くで鳴るコンコンという金属音で目を覚ました。

 

「起きたか」

「先輩、おはようございます……」


 少し寝ぼけた様子でガルが目を掻きながら、そう挨拶する。

 それに「おはよう」とオウム返しするレイラの表情は、あまり穏やかではなかった。


「どうしたんです?ムスッとして」

「昨日、どうして私の近くで寝ていたんだ?」

「それは……先輩がうなされてたからで……」

「私がか……?」

「はい。閉鎖系空間や魔鉱石がどうのって言ってまし……って先輩?」


 レイラの見開かれた目は、どこまででも見通せそうなピンクの瞳を露わにしていた。

 が、彼女はすぐに落ち着きを取り戻すと、「悪かった」と言って、先程までしていた朝食の準備に戻った。

 ガルはレイラの手伝いに回る。


「心配させてしまって悪かったな。だから、私の傍で寝てしまったのだろう?」

「……はい。もしかして、それに怒って……」


 女に触れたら即アウトな以上、寝返りを打っただけで触れてしまうような距離まで近づいたのは、短慮だと言われても仕方のないことだ。

 レイラはだからこそガルを叱ろうとしていたのだ。しかし、レイラのことを心配しての行動を彼女は素直に叱れなかった。


「そうだ。私は寝言をよく言う方なんだ。昔からよく言われていたことだ。だから、私のことは気にしなくていい。自分を危険に晒すようなことは、今後するんじゃないぞ」

「……はい、すみませんでした」

「あぁ、そうしてくれ」


 昨日の夜、魔獣を討伐後にアナグマ狩りを諦めて、代わりに捕まえてきた岩うさぎを解体しにかかる。

 尻の方から首の付け根に掛けて、ナイフの刃を外側に向けて切り進める。刃を外側に向けることによって、内臓や大きな血管を傷つけずに済むのだ。

 大抵、魔素は肝臓などの大きな器官や性器に貯蓄されるため、それらは解体する際に傷つけてはいけない。血管を傷つけてしまえば、肉や毛皮が血なまぐさくなってしまう。

 ガルはそうレイラに教わりながら、一つ一つ作業を丁寧に行っていった。


「ガルは手先が器用だな」

「そうですか?」


 褒められたことに嬉しくなって、ガルの作業スピードが増していく。

 そうして、三十分と掛からずに、全ての作業が終わった。


「毛皮は干して乾燥させればあとは大丈夫だ。肉の方の処理は私がやっておくから」

「次は何をするんですか?」

「臭み抜きだな。岩うさぎは脂肪の臭みが強いから、それを取り除く作業をした方が旨い。だが、筋肉と脂肪との境界線がわかりづらい上、脂肪も肉も柔らかすぎて剥ぎ取るのが難しいんだ」

「……なるほど」


 レイラは軽く説明すると、手際よく脂肪の剥ぎ取り作業を進めていく。

 一度肉を干し竿からぶら下げると、干し竿に引っ掛けた側とは反対の端を引っ張って肉を伸ばす。そして、薄っすらとしかわからない色の境界線に沿って、ナイフの刃を入れていく。

 まるで髪をすくように刃を易々と入れていくその姿は、職人技と言っても差支えがない程だった。職人技を見たことがあるのは、ガル自身ではなくガルの前世での記憶だが。

 その時ふと、ガルは聞きそびれていた話のことが頭によぎり、「そういえば」とレイラに問いかけた。


「結局、『転生者』について教えてもらってなかったと思うんですが……」

「あぁ、そうだったな。後回しにしてすっかり忘れていたよ」


 レイラはこちらを向くことなく、作業を続けたままそう口にした。


「お前にとってだいぶ辛い話になる。いつかは話しておかなければとは思うが、しかしもう少し先延ばしにしてもいい話だ」

「でも、自分が転生者なら、それがどういうものなのかを早く知っておきたいですよ。それに、先輩も転生者だって自分で言ってたじゃないですか。先輩が受け入れているのなら、たとえ辛くても僕だってきちんと受け止めますから」

「……そうだな。聞くのが早いか遅いかの違いだけで、私はどちらにしろお前にはいずれ伝えるつもりでいたんだ。忠告を聞いても迷わないなら、夜にでも話そう」

「それ、忠告になってませんし、夜とは言わずに今すぐでも構わないんですが」

「いいや、忠告だよ。夜に話す理由は一日考えて欲しい質問をこれからするからだ。それと折角の飯を戻されても困るしな」

「そんなことはしませんし、そもそも質問って……?」


 随分と大事の様に言う人だなと、ガルは思う。確かに、辛い事実があるのかもしれないけれど、ガルにとってこうして温もりを感じられる生活がとても幸福であることをレイラは知らない。

 どれだけこの生活に、レイラに、ガルの心が救われているのかを彼女にガルは言ったことがないし、第一、言える訳がなかった。

 その幸せを手放すことになるだとか、そういった今あるささやかな幸せを壊すような、そんな辛苦でない限りガルは自分が取り乱すことすらないだろうと思った。

 ガルはゴクンと唾を飲み込むと、「いいですよ」と元気よく答える。

 レイラの「わかった」の返事の次に、彼女から送られた言葉は果たして――


「お前がもし女だった場合、生き延びるために男を洗脳するか?」


 ――様々な意味で答えの出せない、そんな悩ましい問いだった。

さて、ガルは自分なりの答えを見つけられるんでしょうかね。

それと、今日は2話投稿するつもりでいますので、そちらもぜひ読んでください。

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