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第5話 この地を守るために。

 魔獣は大抵、肉食動物の形をしている。

 魔獣化にはパターンがあり、魔素を摂取しすぎたことで魔獣化した動物は、基本的に虎、熊、蛇、鷲といった群れを成さない肉食動物に変化する。

 それは元が人間だろうが、鳥だろうが関係ない。しかし、体積が一定以上ない動物は植物のように魔枯れを引き起こし、魔素だけを放出する白色死体となる。


「先輩、もしかしてこれって……」

「そうだ。さっき飲み込まれたあの鳥の成れ果てだろう」

「やっぱり……」


 気配からして巨体であることは想像が付いていたが、対峙してその大きさがより鮮明になった。

 立ち上がれば、四メートル近くにまでなりそうな巨体だ。

 熊型の魔獣の特徴は体躯の巨大さだけじゃない。むしろ、 その巨体を支える四肢にある。


「あの腕で一振りされたら終わりだな……」


 そう想像して呟いてしまう程極太の両腕は、筋肉の塊そのもの。

 どうしても相対して悪い未来しか見えてこない。


「(俺一人なら……)」

 

 ガルはついついそう考えてしまう。

 魔獣に遭遇する事態は外で生活していれば珍しくもない。

 熊型の魔獣と対峙することだって、ガルは初めてではないのだ。

 毎度、自身の機転と逃げ足でどうにか魔獣から逃げてきた。

 でも、今回はレイラが隣にいる。レイラがどうこうという話ではなく、ただ男と女では足の速さが顕著に表れることをガルは普段追いかけられることから学習していた。

 

「どうした、ガル。足でもすくんだか?」

「いえ、そんなことは……」


 解決策は二つ、とガルは考えた。

 一つは目の前の熊型魔獣を倒すことだ。しかし、武器はレイラの持つナイフ一つのみな上、ガルには戦闘経験が然程多くない。少なくとも無事にここを乗り切るという点では、取りたくない選択肢だ。

 もう一つは、レイラの足の速さを信じて、隙を見たら全力ダッシュで逃げること。口ぶりからして、彼女自身が恐怖で動けなくなってはいなさそうだ。

 無表情のままなのが、デフォルトのそれなのか、緊張してのそれなのか掴めないのが不安要素ではあるが。

 しかし、前者が論外な以上、ガルにはレイラを信じるしか選択肢がない。


「先輩。僕がきちんと隙を作りますから、先輩は逃げる準備しといてください」


 ガルは啖呵を切るようにそう言った。


「……どうしてだ?」

「どうしてもこうしてもないでしょう。相手は熊型の魔獣。魔獣の中で最も忌避すべき奴なんです。僕は少しは戦えますし、この状況でも走って逃げれます。でも、先輩は違うでしょう?」

「……そうだな」

「ですから、僕が隙を作ります。先輩はその隙を見逃さずに全力で逃げてください。僕は大回りして後で合流しますから」

「まぁ、お前がそうしたいなら、それでも構わんが」

「そうしたいんじゃない。それしかないんだ!」


 何を呑気なことを、とガルは叫びたくなるのをグッと堪えた。

 このやり取りの間も魔獣は喉を鳴らして、今にも飛びかかろうとしてきているというのに。


「先輩は少し下がって」


 そう言葉を発した刹那、熊型の魔獣は両手を振り上げて襲い掛かってくる。

 それを寸でのところで躱して、魔獣の眼を的に指で突き刺そうとするも、逆に寸でのところで避けられる。

 目つぶしが不成功と見るやいなや、瞬時バックステップを踏んだガルだったが、ガルを追うように伸びてくる腕を視認して、横っ飛びに切り替えてそれを交わす。

 一発でも喰らえばノックアウト確定の攻撃を避けつつ、恐怖を集中力で誤魔化しながら戦うのはかなりしんどい。ガル自身の攻撃は殆どダメージを与えられないとなれば、尚更。

 それでも、ガルはやらなければならない。

 レイラを逃すためには、ガルが囮にならなければならないのだから。

 ガルはレイラが無事逃げられたのかを確認しようと、後ろを振り返った――


 ――ものの。


「なんでまだそんなとこにいるんですか!?」


 レイラは動いていなかった。腕組みをしてガルを観察するように見つめている。


「早く逃げてくださいよ!僕もいつまでこうして戦っていられるかわからない!」

「いや、ここらを寝ぐらにされるのは困る」

「でも、僕ではこいつを倒せませんよ!」

「わかった」

「何が――」


 わかったんだ、と叫ぼうとした刹那。

 レイラはガルの前に一瞬で飛び出すと、熊型魔獣の首を掻っ切った。


「……えっ」


 つい数瞬前までギリギリの攻防をしていた魔獣が、ガルの目の前で血を流しながらうつ伏せに倒れていた。

 本当に一瞬の出来事だった。


「……何が」


 起こったかは理解できていた。けれども、脳がその処理に追いつかなかった。

 いや、それも違う。信じられなかったのだ。

 レイラが魔獣を仕留めたことが。


「何をしてるんだ。早くここを離れるぞ。魔素が拡散し始める前に」

「……あ、はい!」


 魔獣が死ぬと、魔獣の体内に蓄積された魔素が空気中に放出されて拡散していくため、死んだ魔獣の近くに居続けるのは危険なのだ。

 十分ほど走り、普段は全く足を運ばない泉まで来て、ようやくレイラは足を止めた。

 泉の中央に、透き通るような紫色をした岩が置かれている。

 しかし、それを視認しただけで、ガルにはそれ以上に気になっていることがあった。


「先輩、さっきの動きって……」

「それは、あの魔獣を倒した時のことを言ってるのか?」


 コクコクとガルは首を縦に振る。


「この世界で生きていくのに、自然と身に付いたものだよ。私も魔獣を相手するのは久しぶりだったからな。少しは腕も落ちたが、あの程度の魔獣なら今の私でも簡単に殺せる」

「あの程度……?」


 熊型の魔獣をあの程度を言えることが、ガルには異常に思えてしまう。

 それはガルがおかしいのではない。レイラの体術が凄まじいのだ。


「元が小鳥だった。小鳥の魔素許容量じゃ、あの程度が限界だよ」

「……どういうことですか?」

「知らなかったのか?魔獣化する際、基本的にパターン化された魔獣に変化するが、その魔獣の凶暴さや大きさや力の強さは、全て魔獣化するまでに溜め込まれた魔素の量に依存するんだ」

「ということは、大量の魔素を溜め込んで魔獣化した際、それだけ強大な魔獣に変化してしまう……と?」


 レイラはそれに「そうだ」と端的に答えた。

 生物が魔素をどれだけ体内に溜め込める限界量のことを、『魔素許容量』と呼んでいる。

 魔素の量で魔獣の強さが決まるのであれば、魔素許容量により決定されることになる。


 ――と。


「ガル、これを見ろ」


 レイラが突如、そう言った。

 彼女が発言に合わせて指さした場所にガルは目を遣る。そして、見てしまった。


「白くなっているだろう?これが魔物が通った跡だ。ホワイトロードと呼ばれている」

「そんな……」


 そこは魔枯れした動物や植物によって作られた、本当に白い道だった。


「本来、魔物はここには湧かないはずなんだがな。この規模の魔物となると……やはり、撃退する方法を模索しないといけないようだ」


 レイラはハウスに帰るまでの十数分。考え込むようにして、一言も言葉を発しなかった。

魔獣退治完。

ホワイトロードの命名はもう少し捻ってもよかった。

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