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第2話 この嘘はお前のためだ。

「動くな」


 背後から包丁の先のような鋭いもので突かれ、そう脅される。

 声からして女性だった。


「(もしかして、これは罠だったんじゃ……)」


 考えてみれば、こんな住み心地の良さそうな土地に人がいないことなんてありえない。

 

「(だとしたら、あの追手はここに僕を誘い出すための、謂わば誘導隊だったのか)」


 ガルはここから逃げなければと考えた。

 自分に刃物を突き付けている女性は一人のようだが、他に仲間がいてもおかしくない。

 ならば、他に人員が集まってくる前に突破した方がいいだろう。

 隙を突くために、(ひざまず)こうとしたその時だった。


「私は動くなと言ったはずだが?」


 さらに強く刃物を押し当てられ、そう脅される。


「そもそもここで暴れれば、お前は自分の意思で動くことは不可能になる。困るのはお前の方なんだぞ」


 言われるまで気付かなかった。

 ガルは隙を突いて逃げなければいけないが、相手の女性はガルに触れるだけでガルを洗脳できる。その上、今彼女はガルを触れることも殺すことも簡単にできる。

 つまり、ガルは圧倒的なまでに不利なのだ。

 今まで数々の窮地をその身一つで乗り越えてきたガルだったが、今回こそは流石にダメかと覚悟を決めた。


「まずはそこに座れ」


 言われるがままにガルは地面に正座する。

 見上げて脅しをかける女性を視認すると、濃いピンク色の瞳の、顔立ちも整った綺麗なお姉さんがそこにいた。

 長い黒髪は毎日洗われているようにサラサラとしていて、白い肌とのギャップで一層映える。

 

「どうした?」


 ドスの利いた低い声音でそう聞いてくるが、ガルはそれどころではなかった。

 見惚れていることに気付かない辺りも可愛らしいと思ってしまった。

 無意識に片手で髪を弄り始める所作も、この女性が外面だけでなく内面まで温かそうな人物だと感じた。


「(そういえば、さっきも僕の精神を乗っ取ろうすれば簡単にできただろうに、乗っ取るどころか教えてくれたな……)」


 この人はひょっとしたら優しいのかもしれない、というガルの勘が間違いではないと確信した。


「お前がここに来た目的はなんだ?」


 見惚れて一向に話そうとしないガルに(じれ)ったくなった女性は、痺れを切らしてそう尋ねた。

 それにハッとしたガルは慌てて口を開く。


「僕は女性から逃げてただけです。あの藪を使って追っ手を撒いたんだ。嘘じゃない。この泥が何よりの証拠ですよ」


 セリフと共にガルは泥まみれになった自身の足を見せる。


「……………………」

「あの……」

「お前はこの後どうするつもりなんだ?お前の言葉に嘘がないとは思うが、お前がもし他の女の操り人形だった場合、私はお前を殺さないといけない。ここは私にとって無くてはならない場所なんでな。他の女どもに荒らされる訳にはいかないんだ」

「そんなことはしないし、させませんよ。あんなにも綺麗な場所はもう今じゃどこにもない。昔は他にもいっぱいあったけれど、どこもかしこも今では魔素の影響で荒らされてる」

「お前には昔の記憶があるのか……?」


 言われて、ガルは自分の過去を軽々しく口にしたことに、墓穴を掘ってしまったと後悔する。

 実はガルには前世での記憶があった。

 緑豊かな土地に、人々は文明を築き上げ、都市を形成した。

 男女に不平等はなく、皆魔素を巧みに使いこなして害を取り除いていたあの時代の記憶は、目で見てきたように鮮明でありながら、けれどもガル自身の目で見たものではなかった。


「目を見せろ」


 突如そう言われて明かりを近づけられ、ガルは反射的に仰け反ってしまう。

 何より、言葉と一緒に顔を近づけてくる女性の瞳の透き通るような深い桃色の主張の強さに、とても見つめてなどいられなかった。


「お前も転生者なのか。しかも純血種……」


 「直っていいぞ」と言われ、ガルは束縛など受けていないというのに、解放された気分になった。

 近づけられた顔は整っているし、微かに感じられる匂いも好ましい。この土地に馴染んでいるような、そんな香りがする。

 女性は近づいてはいけない。それがこの世のルールであるのだから、ガルが女性の顔をマジマジと見れる機会など今までなかった。

 だからこそ、ガルは過剰反応してしまうのだ。


「(僕のこの情動は生来的に持ちうるものだから、仕方ないのだけれど……)」


 物心が付いてから初めて、その上息もかかりそうな程の距離で女性の素顔を見たのだから……と、ガルは自分の心に整理をつけた。

 一方、女性は女性でガルの様子に感付いてはおらず、


「どうした?」


 声の調子はそのままに、ガルの態度を気に掛けていた。


「その……、あなたが僕に近づくからですよ。僕は初めてこんな距離で女性と話しているんだから、緊張しているんです」

「……そうか。しかし……そうか。そうだな……」

「あなたこそ、どうされたんですか?先程から『転生者』なんて言ったり、何だか物憂げな顔をしたりして……」

「なんだ、お前は転生者のことを知らないのか」

「……というより、そもそも『転生者』以前に、会話する程度の知識と名前しか知らなくて……。教育を受ける機会もないですしね」


 女性は驚いた顔もせず、ただ無表情のままガルを見つめる。

 何かを考えているようで、ボーっとしているとも取れる掴みづらい様子ながらも、ガルは少し安心を覚えた。

 

「あの……お名前を聞いてもいいですか?」

「あ、あぁ、ボーっとしていてすまない。私はレイラ・リーバス。お前と同じ転生者だ。それにしても、女に対峙している男の見せる顔ではないな。そんな安心しきった顔をされる程舐められているのか、私は」


 若干威圧感の増したレイラに、ガルはフォローを入れるように慌てて言葉を(つむ)ぐ。


「ち、違いますよ!ただ、レイラさんが優しそうな人だなって思っただけで……!」

「私が優しそう……か。もし、その予想が間違っていて、お前のことを操ろうとする女だったら、どうする気だったんだ?」

「そんな状況になってないんだから、それは考えるだけ無駄だと思いますけど……。だって、僕の後ろを取った時点でそんな素振りを一切しなかったじゃないですか」

「こうやって脅しをしてもか?」


 ガルはダガーのような刃物を突き付けられる……も。


「本気で脅そうとする人は、自分から『脅し』なんて言いませんよ。あなたの眼が欲に満ちてはいないことくらい断言できますから」

「そういうのを油断と言うんだが……と言っても、お前は警戒しそうにないな」


 ガルの落ち着き払った表情に呆れるように溜息を吐いて、レイラは刃物を鞘にしまった。

 周りのすべての電球に明かりを灯してから、彼女は広々とした布地に覆われた腰掛に勢いよく座る。

 洞窟内の全貌が明らかになると、壁や天井一面に茶色い何かが張り付いているように見えた。


「これは……」


 ガルが立ち上がりながら、確認するように壁に触る。

 さわさわとした布なのだとはわかったが、それが何で編まれたものなのかはわからない。


「お前は毛布を知らないのか?」

「いえ、名前だけは知っているんですけど、それがどういうものなのかを見たことがなかったので……」


 ガルはこれが毛布なのかと、半ば驚きながら感動を覚えた。


「動物の毛皮だ。なかでも岩うさぎからはかなり上質なものが取れる上、串焼きにした肉は柔らかくて旨い」

「レイラさんはここで生活を……?」

「あぁ、そうだ」

「お一人でですか」

「今の世は一人の方が生きやすい世界だからな。私以外の人間は要らないよ」


 その言葉に偽りはなかった。腰にある布袋から果実のようなものを一つ取り出すと、それを人差し指で口に放り込む。

 

「どうした?食べたいのか?」

「い、いえ。それよりも……ご一緒できないかと思いまして……」

「ここにか?」

「はい、そうです」

「悪いが、さっきの言葉を取り消すつもりはない。私以外の人間はここから出て行ってもらっている。と言っても、そもそもここにたどり着くこと自体、そう容易くはないんだがな」

「……それでも、です。僕には明日があるかわからない。この場所が見つけられづらいなら猶更、この場所は自分にとって好ましい。僕は安全が欲しいんですよ」

「お前がここで暮らすことを私が許可したところで、私には何もメリットがない」


 レイラの気迫は本物だと、ガルは感じた。

 ガルをじろりと睨みつけるように見遣ると、もう一つ赤い果実を取り出して下で遊び始める。


「それに、だ。私がここで暮らしていることを忘れていないか?私も女だ。いつお前に間違えて触れてしまうとも限らん。それでも、お前はここで暮らしたいのか?女性の遭遇率とこの場所で私に誤って接触される可能性はほとんど変わらないと思うが?」

「それでも、です。僕は落ち着いた生活がしたい。あなたのメリットになれるよう、なんでもしますから!」


 ガルは「お願いします」と深く頭を下げた。

 見下ろす彼女の眼には、未だ温もりが欠けていた。しかし、それでもガルの意思は変わらない。


「なら、ここから立ち去りな」

「それはあなたのメリットになるのでしょうか。僕がこの場所を抜け、口を滑らせてしまうことによるデメリットの方が大きいのでは……」

「それも……そうだな……」


 ガルの言葉に、レイラは言葉を詰まらせる。

 ガルは「メリットになるなら、何でもする」と言った。シンプルに何でもする訳ではない以上、レイラは咄嗟にガルを言いくるめる言葉を見つけられなかった。


「……お前、頭のキレる奴だな」

「……そうでしょうか」

「ガル……と言ったか。教育は受けていないって言ってたな」

「は、はい……。親も知りませんし。本当に気付いたら今の状態だった……って感じで」

「転生者は皆そんなものだ。気にすることじゃない」


 先程から度々耳にする『転生者』というワード。

 ガルには聞き覚えのない種族のような言い回しに、戸惑いを隠し切れない。

 と、突然、レイラが溜息を吐いて、残りの果実を頬張るようにして口に入れると、一息にそれらを飲み込む。まるで、果実とともに覚悟めいた何かすらも呑み込むようにして。


「別に、今知らなくてもいい。教育なら私が明日からみっちりやってやる。ここで暮らし方もだ。今日は狩りに行く予定もないから、のんびりしていていい」

「……え?それって……」

「ここで暮らしていていいってことだ。第一、私にはお前がここにいてもデメリットはないからな」

「じゃ、じゃあ……」

「ここでのルールは私だ。それだけは忘れるんじゃない。だから、私に従う分には安全を保障してやる」


 仕方ないとでも言いたげにレイラは腕を組むと、あごでバケツを示す。


「……水が飲みたいんですか?」

「違う。まずはその泥だらけの体を外で流してきな。それから早いが夕飯にするから」


 先程まで果実を頬張っていたというのに、食欲の旺盛な人だなとガルは思った。

 少し不器用なところも、終始こちらを思い遣る優しさもガルの触れたことのないものばかりだった。そういった色々なものを、この短時間だけで教えてくれた。

 だから、ガルは声を大にして言うのだ。


「はい、先生」と。

16時投稿忘れてました……

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