第12話 この戦いでお前は成長する。
「先輩!しっかりしてください、先輩!」
ガルが必死に呼びかけても、レイラから返事は返ってこなかった。
「(これはマズい……!)」
マズい、マズい、マズい、マズい、マズい!!
これは洒落にならない。本当にマズい!!
本当の本当に——
——マズい!!
「よりにもよって、熊型かよ……!」
目の前で唸る魔獣を睨みながら、ガルは思わずそう口にした。
同じ魔物から生まれたからだろうか。体の大きさが違うだけで、先日戦った魔獣と体色も体型もほとんど同じだった。
「何だよ……。そんなに睨んで僕に何の文句があるって言うんだ……!」
ひたひたと垂れる泉の水のことなど気にする様子もなく、ひたすらガルのことを睨んでくる魔獣に、ガルは喧嘩腰に言葉を吐きつける。
それが無意味だとわかっていても、戦う術も気力も今のガルには持ち合わせていなかった。
どうにか立ち去ってくれないか、と威嚇するしかこの状況を打開する方法はないと思った。
……けれども。
「まぁ、素直にどこかに行ってくれる訳がないよな……」
魔獣はガルの睨みを受けて、さらに構えを低くし、今にも襲いかかれるような体勢を取る。
それを見て、ガルもレイラを庇うようにレイラのナイフを右手に持ってそれに応える。
「いいよ。そんなに襲いたいなら、来いよ。ただ、襲っていいのは僕だけだぞ」
精一杯、強がるようにガルは言葉を絞り出す。
先日の魔獣ですら勝負にならなかったというのに、この間の魔獣以上に巨大な魔獣とあっては、さすがに勝てる気がしない。
だが、レイラが倒れ、逃げに徹することができない以上、今ここでどうにかして倒すしかレイラとともに生き残る術は——否、レイラを傷つけさせないための術はない。
幸い、奴の弱点はレイラに教えてもらっている。
熊型の魔獣は皮膚が異常に硬く、ナイフなんて通らない。少なくとも人力では不可能だろう、とレイラは言っていた。
ガルはレイラに教えてもらったことを思い出すため、思考を巡らした。
*
魔獣に手こずったことを気にしていたガルは、先日の魔獣と対峙した後日に、魔獣との闘い方についてレイラに教えを乞いた。
『熊型の魔獣と戦うとき、我々が狙うべきは首の付け根だ』
『それはどうしてです?』
『奴らの急所でもあり、さらに人間でも簡単に掻っ切れるほどに皮が薄いんだ』
『……なるほど』
ガルはナイフを刃先を見ながら、素直に納得した。
レイラがとりわけ戦闘の得意なタイプには、ガルは思えなかった。少なくとも単純戦闘なら、自分の方が強いだろうと思っていた。
それでも、あれほど容易く魔獣を倒してしまったのは、正真正銘の事実だ。レイラが魔獣との戦いに慣れていたのもあるだろうが、彼女の戦闘スタイルがパワー重視系の魔獣と相性が良かったというのが、その結果を生んだ最も大きな要因だろうとガルは考えていた。
しかし、ガルにはあのダッシュはできない。レイラの身軽さゆえにできる芸当なのだ。
ガルにできることといえば……と考えた時、ふと思いつくことがあった。
『そういえば、魔獣相手なら魔法は使えるんですか?』
『使えなくはないだろうな』
レイラは否定はしなかったものの、深く触れてくれるなとでも言いたげに、どこか遠くに目を遣った。
『私が使える魔法は攻撃に特化したものではないから、私が教えられることは何もないんだよ』
『先輩の魔法適性って……?』
『それはまた今度でいいだろう』
レイラはガルを振り向くことをしなかったのは、彼女の魔法適性について話を続けたくなかったからだった。
そのまま黙って時間だけが過ぎていく。
そんな何の利益も生まない時間も、ガルにとっては意味があった。
誰かと一緒にいるだけで、レイラとこうして隣で座って入れるだけでガルには価値があった。
『ガルの【植草】なら、応用法はあるだろうとは思うぞ』
突然、レイラがボソッと言葉を発した。
なんだか申し訳なさそうに頬を掻いている。
『空気を壊してごめん』とでも考えていそうな表情だった。
ガルは心中で『気にしてないですから』と答えつつ、レイラの言葉に話を合わせた。
『そんなに僕の適性って使えますかね?』
『転生者は元来、魔素許容量がとてつもなく多い。だから、かなり強力な魔法を使えるんだ』
『そうなんですか……?』
『信じられないとでも言いたげな顔をしているな』
『魔法なんて全然使ってこなかったもので……』
『確かに、そうだったな……。アレは笑えた』
『ちょっと。僕だって恥ずかしいんですから、思い出して笑わないでくださいよぅ……』
ガルは自分の魔法適性を示すため、レイラに魔法を披露したのだが、それが……。
『魔法でおもちゃを作る奴がいるとは思わなくてな……クっ』
『言葉にしなくていいですってぇ……!』
恥ずかしさの余りガルは顔を両手で覆った。
ガルはずっと独り身で生活してきたのだ。それがどれだけ彼にとって辛いことだったか、レイラは理解していた。
当時のガルには、心のゆとりを持たせてくれるような何かが必要だったのだ。
それを植物でおもちゃを作ることで満たそうという考えに、レイラは可愛い奴だなと思えてしまうのだ。
レイラはつい俯くガルの頭を撫でてやりたくなって、自分の手が出掛かるのをハッとなって止める。
触れられない世界に、これまで何度ぶつけてきたかわからない怒りを、レイラは心の中で吐きつけた。
代わりに、ガルにはこう言った。
『今度、アレ以外の他のおもちゃも見せてくれないか?』
その言葉に、ガルは顔を上げてレイラの言葉を咀嚼するのに、数瞬を要していた。
『別にいいですけど……。なんなら今見せますよ?』
『いや、今は他にやることがあるからな』
『……?』
ガルは本当にわからないと言いたげな表情を浮かべる。
『【植草】の戦闘への応用法を知りたいんだろう?』
その言葉に、ガルの表情は誰が見てもわかる程、嬉しそうな表情をするのだった。
*
「(この場をやり切るには……いや、この魔獣を倒すには、魔法しかないだろうな……)」
ガルは自分の力量を理解している。
先輩に倣ってナイフで奴の喉元を狙ったところで、あのダッシュが使えない限り、ガルの首を掻っ切られる方が早いだろう。
だからこそ、自分に一縷の望みがあるとするならば、魔法だろうと思った。
「くそっ。膝が笑ってる……」
全く自信がない訳ではない。レイラに魔法の使い方は教えてもらったのだから。
けれども、本番がこうも早くやってくるとは考えてもいなかった。
「腹は括っただろ、僕!」
ガルはそう自分自身に発破をかける。
震える足をバンっと叩いて、無理矢理止めた。
ガルは横たわるレイラを振り返る。
「(彼女は僕が守らなきゃいけないんだ)」
それだけでガルが闘う理由は十分だった。
——グルルルルッ!
熊型魔獣の唸り声が再度、聞こえてきてガルは構えた。
そして、レイラに言われた言葉を頭の中で復唱する。
『まず、【植草】の強みは植物の丈夫さにある。だからこそ、足止めには持ってこいなんだよ』
ガルが扱える植物の中でも、ツタ植物は伸長スピードも操縦のしやすさも別格だ。
もし足止めに使うのならば、それしかありえない。
ガルはイメージを膨らませる。
魔獣はガルの正面から後ろ脚で立ち上がって、襲って来ようとしている。
ならば、奴の攻撃を止めるには。
イメージが固まったところで、ガルは右腕にグッと力を入れた。
すると、足元からニョキニョキと、若葉色をした太いツタが魔獣の足を絡めとるように生長していく。
たちまちに肩口まで魔獣を呑み込み、魔獣は動きを封じられた。
「よしっ!」
と思ってナイフを構えた瞬間――
——ブチッブチッブチッ、と音を立ててツタは根っこから引き抜かれていた。
「なっ!?」
ガルの中では、ツタが魔獣によって引きちぎられることへの配慮が大きかった。だからこそ、太めのツタを生やしたのだが、けれども根元から引き抜かれるのは計算外だった。
「このやろうッ!」
一度サイドステップでレイラから距離を取って、魔獣をレイラから遠ざけつつ、もう一度イメージを固める。
当然、今度は根の張り方も強くさせて。
ところが。
「こいつ……、魔獣のくせに学習するのかよ……」
ツタの生え始めを見るや否や、魔獣は自身のその鋭い爪でツタを切り裂いた。
「なんだよ、こいつッ!」
魔獣の動きが先程より俊敏になり、少し賢くなったようにすら感じた。
「くら——」
――え、と言おうとしたその時、踏ん張っていた足の力が削がれたのを感じた。
それは、先程自分が生やした深緑の芝生の上だった。
ガルは盛大に足を滑らせ、上から覆い被さるように魔獣が襲い掛かってくるのがガルの視界の端に映った。
やっと魔法勝負の話が出てきましたね。
ファンタジーと言ったら、魔法でしょう。やはりスカッとさせたいですし。
この世界では、基本魔法とは別にその人の得意とする『適性』魔法というものがあります。
ガルは当然、『植草』です。自然大好きなガルらしい魔法だなと思いました。
今、彼は盛大にピンチなんですが。
ガル、頑張ってくれ!




