第11話 この戦いでお前は生き延びる。
かれこれ魔物と対峙すること一時間。
ガルはそろそろ疲れで動きが鈍ってきたのを感じていた。
相対している間はずっと神経を張り続けなければいけないのだ。そこには恐怖も付き纏う。
油断は禁物。実際、避ける以上に集中力を維持し続けることの方が、ガルにはよっぽどしんどかった。
しかし、弱っているのは魔物も同様だった。
黒いその塊は細長い体をさらに細くさせ、高さも戦い始めた時に比べて四分の三程にまで縮んでいた。
魔素が少なくなってきたからだろう。先程まで感じていた吐き気が収まり、その点でも避けて切りつける作業自体は楽になっていた。
「おっと!」
この調子なら……なんて考えていた側から危うく捕まりそうになり、ガルは慌てて数歩下がった。
魔物は生命体を捕らえようとする時、体の周りに纏う『ひだ』を伸ばして襲ってくる。
魔物と戦っていて厄介なところは、その襲い来る『ひだ』が予測不能なところにある。
足元から伸びてくることもあれば、奴らの顔のような部位から伸びてくることもあった。さらに、その『ひだ』は一本のときもあれば、十数本の束となって襲ってくることもあるのだ。
「ここだ!」
ガルは『ひだ』が引く瞬間を狙って、距離を詰める。
斜めに切りつけ、連撃を喰らわせる。
ビクッとした魔物が次に狙いを定めるのは、切りつけた魔鉱石であることを数十回という攻防からガルは既に学習済みだ。
それを躱してバックステップを踏むと、魔鉱石を持ち替えてレイラとバトンタッチする。
「いい感じじゃないですかね」
レイラに確認も兼ねてガルが話しかける。話し掛けつつも、体内魔素を減らすため魔法を使うことは怠らない。
「あぁ。あと数回で終わりだな」
数回とは、この攻防の回数のことだろう。
要するに、このまま削り続けられれば、奴を無事退治完了するという訳だ。
レイラも疲れが溜まってきていた。
彼女お得意のダッシュは最初の数回以降使わなくなり、ガルと同様バックステップを多用して躱すことが多くなっていた。
「ガル、交代してくれ」
「了解っす」
と、その時、ガルは気が付いた。
「こいつは……」
「そうだ。消えかけてる。もう一度か二度、切りつければ終わりだろうな」
その言葉にガルは、嬉しさの余り身震いを禁じ得なかった。
ボスンっという音を立てながら、目の前の黒い塊は消えて広がってを繰り返している。
それはチャンスを表していた。
「消えろ!!」
ガルはここぞとばかりに間合いを詰める。
深く踏み込んで、自分の攻撃ターンで終わらせてやろうと意気込んだからだった。
――が、奴の様子がおかしかった。
ガルが目の前に来ても、反応をしない。水と土の地面との丁度境界あたりで立ち止まり、少し体が水に浸かっている。
レイラは『魔物が水に入ろうとしない』と言っていた。けれども、それは魔物の『特性』であって『不可能』を意味する言葉でないことを、ガルはその刹那に思考した。
『魔物は水の中に入れない』と勝手に思い込んでいただけだったのだ。
そして、その思い込みが重大なミスだったような気がして、ガルは攻撃を躊躇した。
――果たして、ガルのその勘に近い判断は正しかった。
普段、魔物が入ろうとしない水の中の生物にとって、きっと魔物は気を付けるべき存在ではないのだろう。
よって、ガルの位置からでも、魔物にガルの二の腕程もある魚が近づいていくのが見えた。
「それはダメっ——」
魚は魔物に吸い込まれるように絡めとられていった。
――そうして。
ザザァっと、水音を立てて、熊型の魔獣が姿を現した。
その大きさは先日の小鳥のレベルを遥かに凌駕していた。
熊型の魔獣はガルを視認すると、何の予備動作もなく襲い来る。
「クソっ!!」
「こんな時にッ!」と何事もなく魔物退治を終わらせてくれない運命とやらに、そう苛立ちをぶつけながら、ガルは横っ飛びで魔獣の攻撃をかわした。
魔獣の攻撃を躱すことに、この間の攻防で慣れていて良かったとガルは思った。
そうでなければ、今の攻撃は躱し切れていなかっただろうから……。
……なんて、余計なことを思考に入れてしまったことが、油断を招いた。
「ガルっ!!」
レイラの高い声が泉に響く。
その切実な叫び声はガルのピンチを表していた。
「えっ……」
視界に黒いひだが無数に広がっている光景が映し出されていた。
その時、ガルは悟った。
これが命の攻防なのだな、と。
少しでも油断した者の敗北が近づいているのだ、と。
「これh――」
――死んだ。
そう口にした。
いや、しようとした——
――できなかっただけで。
二方向からの攻撃をガルは確認していた。
目の前で魔の手を広げる魔物と、先程の攻撃を躱された反動を使って再度襲い来る魔獣を。
その双方向からの攻撃に、対処したのはガルではなかった。
「スペイ・スウォール!!」
レイラの言葉はガルと魔獣との間に見えない壁のような空間を作り上げ、魔獣は攻撃の反作用を受けて体が反り返っていた。
そして、レイラが魔物に対処した方法は。
「……せん……ぱい?」
ガルの視界に映っていた魔物の『ひだ』は、一度先輩の体で遮られると、それ以降は確認することができなかった。
『ひだ』どころか、魔物の姿すらなくなっていた。
それが何を意味するのかを、ガルは理解してしまっていた。
したくなかった。そうあってくれるなと、心の底から思った。
「まもの……たいじしおわった……んですね……?」
「あ……あぁ……。さくせんどおり……だったろう……」
レイラは目を開けずに、片言でガルに答えた。
「じゃあ……せんぱい……から、あふれる……ようなこの……」
「……………………」
「……くろい……もやは……」
「……………………」
レイラは目をつぶったまま、何も言わずに口元だけで笑った。
「……いったい……なんなんですか……?」
「さぁ……な……」
魔物の魔素を取り込んでしまったのは、明らかだった。
魔物はレイラに移した魔素で空になり、魔素を全て失って消失したのだろうとガルは考えた。
「でも、だからって……せんぱいが……ぎせいになって……どうするんですか……!」
レイラは今にも魔獣化しそうであった。何が魔獣化を遅らせているのかは明らかだった。
ガルには何もできないし、何もしてやれない。
こんな時だというのに、レイラを抱き寄せることすらできやしないのだ。
何も考えられず、ただ自然に手に持っていた魔鉱石をレイラに当てていた。
「そんな……こと……しても、いみは……ない……ぞ」
「でも、このままじゃ……せんぱい……」
「ぽけっとの……びんを……」
言われて、ガルはレイラの腰にあるサイドポケットの中を漁る。
すると、緑色の液体の入った瓶が確かにあった。
ガルが瓶の蓋を開ける音を聞いて、レイラは口を薄っすらと開ける。
レイラの口内へゆっくりと、その液体を流し込んだ。
それがどんな効果を示すのかもわからない。
魔素に耐えかねて、自殺をしようと考えての薬かもしれない。
ただ、例えそうでも構わない、とガルは思った。
それがレイラの助けになるのなら。
「……えっ!?」
しかし。
そんなことはなかった。
「魔素が……」
なくなっていった。
レイラの周りを纏っていた黒い靄は、一瞬でなくなった。
「やった……。やった、やった。薬があったんですか、先輩!それなら、先に……って、先輩?」
「っ……………………」
レイラは目をつぶったまま動かない。
完全に意識を失っていた。
それでも辛そうな表情は変わっていなかった。
「先輩……先輩っ!!」
呼びかけても返事はなかった。
――と、そこへ。
グルルルルッ!!
先程も聞いた唸り声が、再度耳に響いてきた。
「これは……」
どうやら、ピンチの次に必ずしもチャンスがくる訳ではないらしかった。
やっと、この作品らしい展開になってきました。
明日以降も夜ギリギリになるかもしれませんが、毎日投稿頑張ります。