シーダルイ侯爵領
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俺とシャイラは、今やジャーラル帝国シーダルイ侯爵領となった、領の領都シーダルに来ている。東京とハウリンガ世界のゲートはシーダルにあるので、東京からハウリンガへ渡って来る地球人はシーダルを経由する。
俺の使うゲートは徒歩で渡るものであるため、地球側からは山の手線の駅からくることになるが、ハウリンガ側はそのような交通機関はない。従って、シーダルイ領内の移動は、シーダルイ領で組みたてられるようになったバスや乗用車、あるいはまだ地球からの輸入に頼っている飛翔機である。
俺たちは、いわば特権階級であるので、ゲートに付属して作られている飛翔機の駐機場に、常時専用機をおいてあっていつでも使えるようになっている。だから、ゲートを潜ると自分の飛翔機に乗って、まずシーダルの繁華街に乗り込んだ。
ちなみに、現在では東京側のゲートは出入国管理局の管理するトラックの通れる大型と、ハウリンガ通商が管理する小型の2つがある。ハウリンガ通商の管理するゲートも、出入国管理局の職員が常駐しており、人と物の出入りは基本的には国の管理を受けることになっている。
俺とシャイラは、特Aパスを持っているので常時小型ゲートを使えるため、行き来の記録は取られるものの出入の制限は受けないことになっている。また、俺が付き添って出入りする人については、その場で届け出を申請すればよいことになっている。だから、今まで100人以上のハウリンガ世界の者達を東京に連れて行っている。
ちなみに、日本からの東京の物を除いて常設大型ゲートは大阪南港の埋め立て地に1基、呉の港の海上に1基あって大阪のものは大型トラックが通せて、呉のものは10万トンクラスの船が通せる。
俺と、シャイラはシーダルの繁華街を歩いている。シーダルは、港から800m四方程度の城壁の中が街であり、中には街路を巡らせているが、俺が始めて来たころは宅地・商用地として用意された土地も半分以上の空き地があった。
しかし、領の急速な発展に伴ってこの領都はその後大いに発展して、現在では城壁内に空き地は全くなく、多くの家が2階・3階建てなり、すでに城壁外にも市街地が広がって、その面積は城壁内の面積を上回っている。
魔獣の森と呼ばれる大森林に隣接するシーダルにおいて、従来であれば城壁無しの市街地など考えられなかったが、現在では領兵の装備が充実してきており、定期的にはぐれ魔獣を狩っているために、城壁外でもほとんど危険はなくなっている。とは言え、城壁外の外周部の街並みは2階建ての家で囲まれており、外側に向けて頑丈な壁で城壁代わりとするように計画的な都市構造になっている。
俺とシャイラは、シーダルに来たのは2年ぶりなので、急速に変わってきている街を歩いてみることにした。だから、港に作られた、飛翔機の駐機スペースに乗ってきた機を止めて、街を突きって街路を歩くことにした。俺が最初にこの街に来たのはもう10年前になる。
その頃は、港からのメインストリートの中央部のみが敷石で舗装されており、その両側の端は雑草が目立つ土のままであった。また両側の商店を含めた家は大部分が木造であり、たまに石作りの家がある程度で、ドア、窓共に格子戸であって、色どりに欠ける貧相な町並みであった。
ところが現在は、道路は新たに作られた植樹帯を除いて、全て石またはアスファイト舗装に覆われ、マンホールがあちこちに埋め込まれている。植樹帯には、この地方の典型的な常緑樹であるクスに似たムカラの木が姿よく植えられていて、さらに街路灯が等間隔で配置されている。
そしてこうした街路の配置、道路の広さは元々余裕たっぷりに作られていたこともあって、殆ど変わっていないが、建物で構成される街並みは大幅に変わっている。ほとんどモノトーンで、1~2階建てが主であった建物は商店の看板、飾りつけを中心に色とりどりのものになり、殆どが3階建てになっている。
さらに、殆どの窓にはガラスが使われていて、商店は大きなガラスから華やかな店内が覗けるようになっている。この街に2年以上住んでいたシャイラは、懐かしげに辺りを見回しながら言う。
「わあ、変ったわねえ。2年前に来たときは、まだ私が住んでいたころの建物もあったけど、今は全く残ってないわ。いずれにせよ、随分華やかになったわねえ。とは言っても東京都は比べものにならないけど」
「そのころの行きつけの店で改装した店はないのか?」
「うーん、見覚えのある名前の店はあるけど、私はなにせ仕送りがきつくて自分で使うお金がなかったから、行きつけといってもねえ。ああ、あのカーシャ・レストランはチームで結構行っていたわね。そのころは平屋の小さな店だったけど美味しかったわ。女将さんにはお世話になって……、随分大きく立派になったわね」
シャイラが言うレストランは、周辺でもひときわ目立つ3階建ての店で1階は飲み物やテイクアウトの食べ物を売る店で、2階以上がレストランになっている。現在午後3時ごろで、食事の時間ではないが、1階にはそれなりに人が集まっている。2階には少なくとも灯りが灯っているので、営業はしているのだろう。
「折角だから、上がってみるか?2階でも飲み物はあるだろう」
俺が言うとシャイラも頷く。
俺が、1階に入って、カウンターにいる店員に2階を指さすと恭しく頭を下げながら頷く。俺たちはその時、夕刻にジャラシン侯爵夫妻と夕食を摂る予定であったため、多少フォーマルな服装であったので、そのような態度だったのだろう。
2階に上がるが、内装・飾りつけは現在日本には遥かに及ばないものの、なかなかきちんとしている。
「わー、前と全然違うわ。随分立派になって、日本と比べれもそれほど遜色ないわ」
シャイラが目を見開いて言う所に、中年の女性が出て来る。
「いらっしゃいませ。カーシャ・レストランにようこそ」
きびきびした女性の声に、シャイラが目を見開いて声をかける。
「女将さん、カーシャ女将さん?」
女性はシャイラに目を凝らして大きな声で返す。
「シャイラ!シャイラなの?綺麗になって……、そういえば貴族様の奥様になったのだったわね」
それから、俺の方を向いて一度俺の目を見てから優雅に一礼する。
「始めてお目にかかります。私は、この店の女将のカーシャです。シャイラ様には、以前この街に住んでおられた頃随分お世話になって、ええと、ミシマ伯爵閣下でしたでしょうか?」
「ええ、よくご存じで、シャイラが世話になったようですが?」
俺の言葉にシャイラが応じる。
「ええ、そうよ。私はお金がなくて、自分では来られずに仲間と一緒の時だけだったけど、カーシャさんの出身がカロンの近くという縁でいろいろ相談に乗ってもらったことがあったの」
そう言うと、シャイラはカーシャと話しを始める。俺を放っている形になったので、カーシャは俺を気にしているようだから、俺は言ったよ。
「俺はちょっと外に出て来るよ。久しぶりに冒険者ギルドに行ってみる。ええと、あと1時間半くらいで帰ってくるよ」
シャイラも腕時計を見て頷く。
「ええ、判ったわ、ごゆっくり」
そう言って話に戻る。このように、最近では彼女は余り俺に気遣うことはない。
ちなみに、シャイラが加わっていて、俺も一時属したB級の冒険者グループの黒の暴風の連中は、溜めていた金と俺の出資で商社を始めて、メンバーはその経営者として羽振り良く暮らしている。
10分ほど歩いて到着した冒険者ギルドは、形は昔の建物のままであるが、窓にガラスが使われてすっかりモダンになっているし、様々な看板などずっと華やかになっている。さらには、付属した以前の訓練場のスペースには買取所という表示で本部の建物と同様な大きさの建物になっている。
加えて、隣接してギルド本部と変わらない規模のハウリンガ商会のオフィスがある。ハウリンガ通商の今や大きな商売になっているのは、冒険者ギルドから齎される魔獣、薬草、森から摂れる様々な動植物であり、それを地球に持ち込んで高値で売っている。
何しろ魔素を高濃度に含んだそれらは様々な効能があるのだ。
今は午後3時で、獲物を持って帰って来る冒険者で込み合い始める時間であるが、昔程度には賑わっていて、多くの冒険者が買取所の建物に入っている。それらの冒険者はいずれもそれなりの防具を備えて、服もこざっぱりして以前であれば手押し車を持ったり、荷に染まった袋を担いだりといった様子が見られない。
俺は建物の前で、一仕事を終えたという風情でタバコを吸っている30代半ばに見える冒険者に声をかけた。彼は、竜種の皮鎧を身に着けていて、腰の剣は見るからに高価なもので服もそれなりに金のかかっており、金回りはよさそうだ。
「よう。久しぶりにギルドに来たが、賑わっているようだな」
その男は少し無精ひげを伸ばした顔で、近づく俺を見ていたが、話しかけられて改めて俺の顔を見て、さらに俺の全身を眺めて返した。
「ああ、今はあのハウリンガ商会が魔獣や薬草を良い値で買ってくれるもので、新人でもそれなりに稼げるからなあ。見てみな、殆ど皆マジックバッグを持っているから、昔のように袋を担いでいる奴はいないだろう?」
「うん、そうだな。前はぼろぼろの服の奴が多かったが今は見かけないし、女は減ったな」
「そうだ、以前は職を見つけるのが難しかった。だから、素質があろうがなかろうが、冒険者になるしかなかったから女の多かった。しかし、やっぱり筋力のない女は冒険者には不利だよな。それに、戦う素質が無い奴も多かったから、死ぬ奴も大勢いたな。俺らの稼業を始めて5年生き延びる奴は半分もいなかったよ。
その点で、今は昔に比べてギルドで素質のない新人は撥ねているし、訓練もちゃんとしているから新人でもそれなりに稼いでいる。だから、今では冒険者もそれなりの職業として見られているよ。ところで、あんたは職替えをして成功した口のようだが、級は何だったんだ?」
「Bだよ。あんたもその位かな?」
「ああ、そうB級だ。だから、今のところはどこかに雇われるより何倍も稼げているが、だんだん体力的にきつくなっている。冒険者は何時までもやれる商売じゃないからな。しかし、女房子供もいるし引退できる程の貯蓄はないし、悩ましいところだ。そういえばあんた、見た覚えがあるな」
「そうか?俺がこのギルドで活動していたのは、ほんの数ヶ月だったし、もう10年前になる」
「ああ!登録した当初からB級になった、魔法使いのケンジだったか。黒の暴風にいた?」
「ああ、そうだ。ミシマ・ケンジだよ。今日は久しぶりにシーダルに来たからな、ギルドに来てみた」
「あんたは、有名だったよ。ジャラシン閣下の知り合いで、魔法使いの女と結婚したよな。ああ、そういえば、帝国の貴族になった、いやになられたとか……」
「ああ、貴族と言っても、ジャラシンと違って領がある訳ではないからな。あまり意味はない」
「そう言えば、あんたは、いや貴方様は、そこのハウリンガ通商の幹部なんだ、なんでしょう?」
相手が慣れない敬語をへどもどと使おうとするので、手を振って止めさせた。
「ああ、慣れない言葉を使う必要はないぜ、俺が住んでいる国に貴族などはないからな。あんた、名前は?」
「キドニーだ。魔法剣士だけど、どっちかというと魔法が得意だ」
「ほお?魔法、いいな。治療魔法はできるか?知ってるかどうかは知らんが、チキュウでは魔法使いはもてはやされているぞ。その場合には、攻撃魔法などより治療魔法が重宝される」
「ほう!魔法はあんたが教えたという方法が広まって、“科学”と言う奴を学んで皆威力が凄く上がっている。俺はどちらかというと、治療魔法が得意な方なんだが、その治療魔法も前よりずっとうまく使えるようになった。でもあれは金にはなりにくいからな。攻撃魔法の練習に集中したが、A級にはなれるほどではなかった」
「キドニー、チキュウでは今、治療魔法が注目されているんだ。はっきり言って、チキュウでは武器が進んでいて、攻撃魔法はあまり使いどころがない。大体、戦いそのものが無いからな。あんた、他にマジックバッグは作れるか?」
「うん、まあ、作れるぞ。ただ容量は余りない。200㎥足らずだからな。いまだったら売っても金貨2枚足らずだから、さほど稼ぎにはならん」
「ほお、それだけ出来れば十分だ。マジックバッグが出来て、治療魔法が使えれば、ハウリンガ通商が高給で雇うよ。だいたい、魔法使いだったらシーダルの外れにチキュウ人向けの魔法学校が出来たのを知っているだろうが?その教師でも口はあるぞ」
「ああ、聞いたよ。知り合いの魔法使いが教師で何人か雇われている。ただ、給料がちょっと微妙なんだよな。それにいつまで続くかという不安がある。今の収入が結構いいだけになあ」
結局、いろいろ話をしてキドニーはハウリンガ通商に顔を出すことを承知した。多分雇うことができるだろう。詳しく聞くと、彼は戦闘職が尊重される冒険者としては、所詮B級どまりであるが、魔法使いとしては若干魔力が低くパワーはないが出来る範囲が広く器用である。特に地球から入って来た知識である人体の構造と働きもよく理解している。
現実にムラン大陸の開発地において、魔法医学が確立しつつあって、魔素の作用によって効き目が高い薬草、魔力を使った治療の実例が学会誌に載るようになってきている。そこにおいて、ハウリンガ世界の魔法使いへの需要が増えてきており、ハウリンガ通商でも好待遇で治療魔法の使える魔法使いを集めようとしたところだ。
その意味で、幸運にも時間つぶしで行ったギルド前で、それにぴったり会う人材に巡り合えてリクルートが出来たという訳だ。その後、俺はカーシャ・レストランに行って、まだマダムと話していたシャイラを連れ出して、飛翔機でシーダルイ城へと向かった。
「良かったな。知った人に会えて」
「ええ、カーシャさんは凄いわ。あのレストランを旦那さんと一緒に自分達で作ったのだから」
「ふーん。あのレストランは地元というか、シーダルイ風の料理なんだろう?俺もそれなりに食ったけど。正直言ってあまり美味いものではなかったな」
「うん、以前は香辛料も殆ど使えず基本、塩味と酢の味だけだったしね。でも、カーシャさんのレストランは美味しかったのよ。今にして思えば、野菜や魚、肉の旨味をうまく引き出していたのね。まあ、旦那さんのミゲルさんの腕なんだけど、カーシャさんは、それを助けてメニューを考えたり何と言っても経営能力があるわ」
などと言っている内に地上を滑走していた飛翔者はシーダルイ城についた。
城の正門前の車寄せで、飛翔機を止めて衛兵に招待状見せるが、久しく来ていないので顔パスという訳にはいかないのだ。シーダルイ城は貧しかった時代の影響で、200m四方程度の城壁に囲まれたこじんまりした城であるが、城壁の中の建物は城壁から15mほどのスペースを開けて5階建ての真新しいビルになっている。
1階は重厚な出入り口で窓も小さくは鎧戸も備えて、要塞のようになっているが、2階以上は大きなガラス窓になっており、夕刻の薄暗くなっている中に明々と明かりがこぼれている。中は、領の役人の勤める事務所と領主の執務室に迎賓スペースがある。領主一家の私邸は、城壁外の市街地にあって、毎日道を通っているということだ。
今日は、この城の中の建物が完成したということで、ジャラシンに招待されたのでやって来たのだ。正式な完成祝いは別途多くの招待客を招いてすでに済んでおり、今日の招待は極くプライベートなものである。
「やあ、ケンジ。シャイラも8ヶ月ぶりかな」
執事に案内されてこじんまりした部屋に入ると、座っていたジャラシンが立ち上がって迎えてくる。夫人のアデリーナもそれに続き、幼い男児がその横に並ぶ。男の子はジャラシンの長男である5歳のミーライである。幼児の割にしっかりした顔つきた。
「ようこそいらっしゃいました」
アデリーナがゆったりと言って軽く礼をする。大貴族の令嬢だけのことはあって、言葉もその動作は優雅である。
「ミシマもおじさん、いらっしゃいませ」
面識のあるミーライも、続いて頭を下げてしっかり言う。
「「お招き頂きありがとうございます」」
俺とシャイラは、声を合わせてひとまず貴族としての正式の礼をして、シャイラが声をかける。
「アデリーナさんは昨年の総会には、ご出産でお会いできなかったですね。お生まれになった、お嬢さんのマリアンヌさんはお元気ですか?」
「ええ、健やかに育っていますよ。まあ、どうぞお座りください」
女主人のアデリーナが言い全員が着席して、順次料理が運ばれ始める。ちなみに、ジャーラル帝国の貴族は、基本的に年間に1回は皇都に集まる義務がある。その内容は、領を所有する貴族は領経営の報告を行い、さらに皇帝の訓示を聞くと共に、帝国の年間の動きの報告、翌年の国としての方針などの討議を行うものだ。
それは原則として夫妻で集まることになるので、俺とジャラシンは妻共々、年に1回は会っているのだが、アデリーナは前回出産で欠席している。
シーダルイ領は日本との商取引の窓口になっているので、ハウリンガ通商のハウリンガ側の総本店はシーダルにある。このためハウリンガの現地産の物産、例えば魔獣の肉や皮、牙などが日本に輸出される場合には、シーダルを経由されることになるので、この交易に税も掛けているシーダルイ領は大いに潤っている。
城の大改装もそのおかげでもあるが、そのようなことも含めた最近の動きについて、ジャラシンとしばらく話し合った後、俺が聞いた。
「ところで、最近のイミーデル王国の動きはどうなんだ?」
「うん、大体思ったような動きが始まったな」ジャラシンが、旧宗主国の事情について悪そうな顔つきになって応える。




