ハウリンガの開発
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「ハ」世界開発機構を設立した日本政府の狙いは食料確保であった。しかし、ハウリンガ通商による調査の結果を知った日本政府の閣僚は、惑星丸々一つの資源に欲が出てきた。
俺を呼んで話をしている開発機構理事長の黒崎氏が閣議の席に参考人として呼ばれた時の話をしている。この日は一人でということで呼ばれたのだ。
彼は閣議の後で、首相の紺野と官房長官木村及び官房副長官宮田に呼ばれて話を聞いたらしい。閣議では、特に吉田財務大臣の意見が代表的なものであったという。それは南半球にあるムラン大陸とララーム大陸については日本領といて植民したいということだ。
これらの2大陸は獣人を中心とする人間が住んでいるが、人々には国と言う概念がなく、少なくとも都市に相当する集落はない。つまり、彼らの生活状況はかつての地球の北アメリカとオーストラリアに近い状態であり、その生活環境は日本人の感覚から言えば極めて劣悪である。
その状態であれば、日本人が植民して開発する段階で、彼らを国民として取り込んでも却って彼らは快適に暮らせることは間違いない。ムラン大陸は面積2千万㎢に人口はわずか2百万人、ララーム大陸は面積1千2百万㎢に人口は3百万人であるので、彼らに衣食住を保証してやっても、コストは知れている。
そして、両大陸の面積は合計で3千2百万㎢であるから、日本の37万㎢に比べるとなんと86倍であり、土地と資源については当分困らない。その上に、この2つの大陸はほぼ温帯に位置することもあって、地球の大陸に比べると不毛の地は少なくて精々全体の1/3程度である。
加えて、地軸の傾きが小さいことによって季節変化が小さいために、降雨量に変動が少なく、特別な灌漑設備がなくとも耕作に適する面積が非常に広い。
黒崎氏が事情を説明した上で俺に向かって言う。
「三嶋さん。紺野首相からこのように言われたのですよ。『黒崎さん、あなたもこの調査結果を見れば無理はないと思って頂けるでしょう。こういう土地を確保できるという機会に恵まれれば、何とか手に入れたいと思うのも日本国を動かすものとしてある意味当然だと思います。
ただ、ゲートを握っているハウリンガ通商、というより三嶋さんの了解を得ないことにどうしようもありません』そして、三嶋さんの意向を伺うように頼まれたのですよ」
俺も日本政府からはそのような要請はあると思っていた。元々、政府にハウリンガ世界のことを公開した以上はこのようになることは既定の路線だ。それに、俺としては、私企業としての立場では今後のハウリンガ世界の開発には限界があると思ってはいたのだ。
「うーん。いいんだけど、ジャーラル帝国については、その貿易というか取引を通じてその経済成長を助けてほしいんですよ。無論、シーダルイ領等も含んでね。それと、アジラン帝国の解体とその支配下にある人々の解放もお願いしたい。
また、前提条件として、ハウリンガ世界の人々ついては、獣人も含めて人権を認めて開発で得られる利益を分け与えて頂きたい」
「ええ、ジャーラル帝国との商取引は、食料が中心になるでしょうが望むところです。無論民間企業が中心になりますが、政府として相手に不当なことをしないように、また逆も無いように十分に指導監督をします。当然相手とは対等の国交を結ぶつもりです。
決して地球であったような不平等条約は結びません。また、最初のうちはいわゆるODAのような援助も必要かなとは考えています」
「ええ、まあジャーラル帝国には、日本から買いたいものが沢山出てくるでしょうが、彼らから買えるものが出来るようにお願いしたいと思います。それとアジラン帝国ですが……」
「アジラン帝国については、政府も解体することに異議はないそうです。放っておくと面倒なことになりますからね。今の段階の国力と武力だったら、打ち負かすことにさほど苦労はないでしょうが、もっと占領地を広げるとそれだけ苦労するようになります。
基本的には、占領されて圧政をうけている人々に援助して、自分の国を取り返してもらいたいと思っています。地球の歴史を見ても他人に独立させてもらうと禄なことがないですからね。そして、援助も無償は好ましくはないと思っていますので、無理のない範囲で返してもらいたいと考えています」
「うん、そうですね。地球でも無償援助はあまりいい結果が出ていません。それに、地球の特にオーストラリアみたいに、原住民が生活費は入って来るもののやることがなくてアル中になっても困ります。やはり、働かざる者食うべからずというのは必要でしょうね。
だから、ドロップアウトを極力出さないような教育システムの構築は絶対に必要です。しかし、無理のない程度と言う点はよく考えてほしいですね。その意味で物について代価はもらってもいいですが、指導のための人を出す部分は無償にしてやってほしいですね。
また、アジラン帝国への抵抗運動については、場合によってはジャーラル帝国とかから人を募集してもいいのじゃないでしょうか。あちらには結構荒事に慣れている人がいますから」
「ええ、その辺りは今後詰めていきますが、できれば農場開発については早く始めたいのですよ。それに当たって、一応ポリシーについてはこんな感じですかね。
①現状で国として成立していないところで住民に国としての考えがないところは、その住民を国民として扱うことで、日本が開発しても良い
②対象は、ムラン大陸、ララーム大陸についてで、住民については十分な教育・職能訓練を行う
③ジャーラル帝国とは日本が国交を結んで通商を始める。そしてその中で経済発展を促すよう援助する
④アジラン帝国は解体して被征服民は解放する。ただし基本的には被征服民への援助によって自らの解放を目指すことを原則とする
⑤原則として、ハウリンガの普通の人々については搾取することなく、衣食住を満たせるように努力する」
このように理事長の言ったポリシーは、聞いた限り問題はないようだ。だが、彼個人の話では困るのと、当面の実施予定を聞いておきたいので俺は言った。
「ええ、んーと。大枠としてはそんなところですかね。まあ、そこらは「ハ」世界開発機構としての文章にしておいてください。それで、ハウリンガの開発については「ハ」世界開発機構が日本政府の代行するわけですね?」
「ええ、そういうことになります」
「それと、外交と軍事というか警備についてはどういうことになるのでしょう?」
「これは、極めて変則ですがハウリンガに関しては一切を我々の『機構』が取り仕切ります。ある意味、最も重要になりうる防衛というか安全保障も仕切ります。その考えの現れが、防衛省の制服出身の私が理事長になっていることでわかるかと思います」
「ふーん、なるほど。まずくなったら政府としては『機構』に押し付けて逃げちゃう、ということかな?」
意地悪く俺が笑って言うと、黒崎氏はにやりと笑って返す。
「まあ、そういう考えもなくはないでしょうが、例えば外交は現役の外務省のキャリアが我々の“機構”に移籍して実施します。また、機構は日本国の代行機関であることが明記されていますので、そういう言い逃れは難しいと思いますよ。
また実際の問題として、発生する様々な事案に関して、いちいち政府の判断を仰いでいたのでは何も進みません。この“機構”の成り立ちについては、紺野首相と木村官房長官の肝いりということですから、私は良い方に解釈しているのですよ。
それに、退役だった私をこのような役に付けて頂いたことは感謝しています。この異世界開発というのは、我々日本人の成り立ちをいい方向に変えるきっかけになると思っています」
黒崎氏は真面目な顔になって話を続ける。
「実のところ、地球のおいては大航海時代ということでその時期に欧州の白人はほとんど世界を征服しました。彼らからすれば、非白人が住む未開の地に出かけて行って、土地を確保して開発をしていったわけです。
しかしそれは、土地の強奪、強盗、略奪、強姦、殺人に伝染病を撒き散らしてのジェノサイドと禄なことをしていません。彼らのアドバンテージは、仲間内で戦いを繰り返したことによって磨いた技術と戦争技術でした。
一方で彼らは、彼らが行った世界にとって大いに迷惑なことではありましたが、確かにフロンティアに出かけて行って、開発して、自分たちの世界を広げていったわけです。とは言いながら、彼らが征服した国々も、その多数にとっては幸せな世界ではありませんでした。飢え、戦争、奴隷制と自分の民族内であっても普通の人にとっては不幸の種は沢山ありました。
一方で日本は島国ということもあって、そういった外の世界への征服という波に乗れませんでした。遅れて白人たちの真似をしましたが、世界に乗り出していくには遅すぎましたし、やったことがいかにも中途半端でした。結局非白人国ということで袋叩きにされて潰されました。
しかし、ここで日本の前に大航海時代に相当する進化状態の一つの世界が現れたのです。そして、そこにある広大な大陸に、国という存在を知らない僅かな人々が住むフロンティアが広がっています。私は日本の若者は、この世界のことを知ったなら、目を輝かせて移り住んでくると思います。
そして、彼らは白人達が犯した過ちを知っていますから、同じことを繰り返すことはしないでしょう。それに、今の日本の持つ技術と産業は、今住んでいる少数の人々を搾取することなく、十分に彼らに豊かさをもたらすことが出来ます。だから、欧州の白人が結果的にやったような圧政をすることなく、原住民を取り込んでいけます。
そして、この開発が進んだ数十年後には、日本人はすっかり変わっていると思いますよ」
俺は黒崎氏の話を聞いて確かにそうだと思った。欧州の白人が大航海時代以降にやらしかしたことは今の道徳律から言えば許されないことだ。
しかし、それを実行した彼等も、本国では虐げられてきた人々で、新大陸には富を求めてきたのだ。そして、開拓は楽なことではなかったはずだ。そこおいて、他人の土地であろうが奪えるなら奪えるし、色の黒い異人種は奴隷にして何が悪い?ということになるよね。
その意味では、近代の道徳律を常識として育った日本人が同じことをするとは考えられない。それに、機械力を使えば人に重労働をさせる必要もなく十分な生産性をあげられる。
その上に、当地政府である“機構”がちゃんとルールを定めておけば、明らかな人権侵害などとんでもないことは起きないだろう。そういう意味では、俺は日本による開発が現地人を搾取することはないと思っている。ただ、懸念があったのは諸外国のことである。
「黒崎さん、大型ゲートは日本にしか作るつもりはありません。しかし、一般には噂レベルですが外国にもすでにハウリンガのことは知られていますよね?政府はどう対応するつもりですか?」
黒崎はその言葉に顔を顰めて、すこし躊躇ったがしぶしぶと言う感じで言う。
「この話は、政府から三嶋さんに改めてお伝えするとのことです。しかし、却ってここでお話した方がいいと思いますので言います。その点をご了解の上でお聞きください」
それに俺が頷くと話を始める。
「これは、事情を最も知っているアメリカ相手の話です。他国についてはまともに答えていませんが、アメリカ経由で情報が伝わっています。それで、アメリカは三嶋さんがこの件に直接関わっているのは承知しています。理由はお判りですよね?」
「ああ、マジックバッグを売りつけているからな。まあ、異世界に行くと言えばわかりますよね」
「つまり政府は、三嶋さんも直接自分でゲートを管理している訳でなく、協力者に頼んで操作してもらっていると言ってるのです。そして、“協力者は当面は三嶋さんの属する民族である日本人以外のゲート通過は認めない”そう言っています。そして、日本人が信用に足りると判断すれば門戸を広げるということです」
俺は思わず大きな声で笑ったよ。
「ハハハハ!いや、それは良い言い訳だ。それだと俺も使えるし、良いね。ハハハ。それで、十分な先行者利益を得るまでは日本が独占するということですね?」
「ええ、まあ、そういうことです。まあ、アメリカもこの言い訳で諦めてはいないでしょうが、ゲートの位置を呉にしていますからね。三嶋さんにも直接接触があると思いますが、そういうことで話を合わせてください」
「分かりました。それは良い言い訳を考えてくれました」
「いや、承知してくれて助かりました。ちなみに、当面の動きですが、とりあえずは候補の2大陸の詳細調査とジャーラル帝国とシーダルイ領との外交交渉です。2大陸については、ハウリンガ通商の調べたデータを再整理して把握します。
さらに、衛星を12機別に飛ばし、加えて地上調査班として、飛翔調査機50機と飛翔貨物機4機を使って200人態勢で調査を行います。また、2千トン級の調査船を2隻動員して、海洋調査を行うと共に医療船として使います。物の輸送についてはマジックバッグがあるので、船より早いですから飛翔機を用います。
ジャーラル帝国には外務省からの出向者に護衛をつけて8名で行かせて、国交交渉に当たると主にそのまま交渉事務所設置を目指します。またシーダルにも4人の交渉団を送りこみます」
「ほお、ムラン・ララームの2大陸の調査は判りますが、ジャーラル帝国とシーダルイ領は石油
ですか?」
「ええ、原油価格は、産油国がつり上げにかかっていて、アメリカも止めないですからどんどん上がってきているのですよ、だから、取りあえずシーダルイ領の石油を押さえようと思って……」
「うーん、なるほど。そうなると、ハウリンガにおいては、当面内燃機関の導入を考えていましたが、場合によっては化石エネルギーの活用は無しにしますか。その代わりに石油利用により、高分子原料のみの活用というものありですね」
俺が言うのに、黒崎氏は賛同する。
「それはいいですね。どうも、データを分析するとハウリンガの化石燃料は地球より多いようです。これを目一杯使うと公害、そして温暖化が起きますから、AEE発電とACバッテリーに一気に行く方がいいでしょう。それに、石油由来のプラスチックを積極的に使うと森林資源の保全にも貢献しますよね」
「そうですね。ハウリンガ通商もその方向で動いていきます。機構もそのつもりでお願いしますよ。ところで、石油を輸入するなら、ゲートを使って消費地に直接油の輸送管を引くのもありですね」
「おお、それは有難いです。輸送設備の工期が大幅に短縮できます」
黒崎氏が破顔して言う。
よろしかったら並行して連載中の「異世界の大賢者が僕に住み憑いた件」も読んでください。
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