ギルド職員ユンカーの平凡な毎日-8
それはユンカー、18歳の冬。
ここは広いアルフレッド牧場のほぼ最南端。
海を見下ろしてユンカーと親友オールセンが黙って立つ。
ホリデー地方は海からカミサマ山脈に向かって(南方に向かって)なだらかに上り斜面をなしている。
初冬の今、カミサマ山脈からミケローネ樹海の上部まで雪で真っ白だ。
ホリデー町の町はずれのアルフレッド牧場はほぼ最南端、その南方にはミケローネ樹海が山裾に向かって広がり、その向こうにはカミサマ山脈の4000メートル級の山々がそびえ立つ。
見下ろせばホリデー町やその周りの農地が一望に見下ろせる。
そして、ユンカーの足元から広い牧場を突っ切り町はずれでホリデー川に合流する小川がある。
水源はミケローネ樹海の内部のどこか。
きれいな水が枯れたことはなく、町の東部の人たちはこの小川の水を利用している人も多い。
通称でアルフレッド川、と町の人は呼んでいる。
さらにホリデー川の河口方向に目をやれば、”ロケッツ”3人組が水質を管理している飲用水の水汲み場が見える。
町の東部の人たちは、上流部の人たちはアルフレッド川の自然水を、河口付近の人たちはホリデー川の濾過水を、それぞれ飲用に利用している。
小さな家々が立ち並ぶ町を一望に見下ろすと中央部、特に家の密集した真ん中にこの町唯一の共同井戸があり、その小さな青い屋根が見える。
この井戸水は海が近いために塩分が交じり、なおかつ水質もあまりよくない。
海に近い温泉の水質に近い、と思っていただけば分かりやすい。
町の西部や中央部の人たちは、洗濯はこの井戸の周りで行い、掃除などの生活水にはこの井戸の水を使う。
しかし飲用水の水源のないホリデー町西部の人間は海沿いに延々と片道6キロの道をホリデー川の水くみ場まで飲用水を汲みに行く。
アルフレッド牧場から町を見下ろせば、右下方(町の西部)の家がまばらなのは一目瞭然だ。
町の向こうには青く美しい海が一面に広がる。
それゆえに、このような海辺の町共通の課題を内包する。
ユンカーはこう考える。
イセカイニホンの知識を合わせる。
ホリデーの町の深い層の地下水はおそらくは古代海水、ミネラル(無機塩類等)の濃縮された食塩泉に分類される水質のもの。
沸かし湯温泉にすれば新たな観光資源になる。
しかし、それはいったん置いておく。
まずは西部の水源としてアルフレッド川を分流して、半分をホリデー町西部に流したい。
兎に角、飲み水だ。
副産的に、”砂金採り”、などの産業が、西部の町に派生するかもしれない。
でも、それは今ウンヌンすることではない。
西部のまばらな家の中にユンカーの家が見える。
その近くに教会も見える。
”ロケッツ”、は冒険者になった今も、教会の孤児院みんなのために、時間が空けば飲用水運びを行っている。
つらかった水汲みを、子供の日々を恨みはしない。
でも、東部の町の子供と自分を比べてしまう習慣は今も思わぬときに顔を出す。。
町を平等に潤すために水源の提供を、ユンカーは秋からアルフレッド親子と相談を続けてきた。
「町のために働く友の頼みは断れないよ。」
「伯爵様が良いというなら異存はない、と親父も言ってくれた。」
伯爵は了承済みとすでに伝えてある。
アルフレッド親子は快諾してくれたのだ。
無言で涙が流れる。
「ありがとう友よ、ってちょっとキザかな。」
ユンカーは涙声だった。
たとえ冬でも腹は減る、寒さしのぎに魔石も必要だ。
まずはカネだ。
ギルドよりホリデー町民、冒険者に緊急クエスト。
期限、完了するまで無期限!
発注者、ホリデー伯爵勅令。
町民はホリデー川のほとりより川石を10キロ、アルフレッド牧場西南端に毎日運ぶ。
報酬、10キロにつき銀貨2枚。
冒険者は同じくホリデー川の川石をアルフレッド牧場南端部、通称アルフレッド川上流部に届ける。
報酬、出来高払い。
冒険者はホリデー地方南西部、指定地よりアルフレッド牧場内指定地に粘土の運搬。
条件同上。
同じく冒険者、アルフレッド牧場の内部建設水路の土掘り、敷石の敷設。
条件同上。
冒険者は公共工事故、別クエスト受注者以外拒否権ナシ。
予定工程、4キロメートル。
必要石材、100,000キロ、粘土80,000キロ(予想)。
多少の変動はあると思われる。
女性、児童請負可(推奨) 小石一つでも査定の上支払い。
銅貨以下の端数切り上げ。
10キロといえばバケツに水を8分目くらいの重さだ。
それを町の東外れのホリデー川から町の西はずれに運ぶ、片道6キロメートル。
町の皆が頑張った。
寒くたって頑張ればパンが買える。
母親の後ろを幼子が1キロくらいの川石を1個、抱きかかえて一生懸命に歩く。
もちろん母親も両手にバケツを持って、赤子を背負いながら。
冬で畑仕事のないお父さんは背嚢に石を詰めて背負い、両手にもバケツ一杯に石を盛り上げたバケツを吊り下げて、家族の先頭を歩く。
石の下ろし場にギルドの査定員がいる。
速やかに町民たちに銅貨を支払い、笑顔で炊き出しの ”アサリの塩ショウガ汁” をふるまう。
カネの受け渡し場所の横にギルド特設のパンの販売所。
無料のスープに、買ったパンを浸し、みんなで座ってお食事だ。
イスなんてしゃれたものはない。
何本も転がった5メートルほどの丸太がイス代わり。
家族もいる、恋人同士もいる。
もちろんボッチも、…(涙)
木枯らしの日も、粉雪の日も、毎日毎日。
冷たい海風がふきすさび、白いカモメが青空を強風に流される。
ユンカーもがんばった。
腰が曲がって運搬のできないジーさん、バーさんに囲まれて死んだような笑顔を浮かべながら、年配者集団を率いて、水路完成の日まで毎日炊き出しのアサリを掘り続けた。
「ジーちゃん、バーちゃん、そんなに根つめて掘らなくてもいいよ。
大した日当、出せなくて済まないと思ってるんだから。
出来高じゃねーんだからさー、もっとノ~ンびりやろうさー。」
それこそ、自分は必死でアサリを掘りながらユンカーは周りの年寄りに声をかける。
「なーに言ってる、ユンカー。
嫁や孫が石を運び、水場をこさえるために働いとるのに、ここで腰を伸ばして休んでられるか。
ここのジジババはお前が生まれるよりも昔から働いとるベテランじゃ。
人の心配よりオノレこそ、もっと体を休めながら使えや。」
ユンカーの家の2軒となり、村一番の働き者、ロンメル爺さんが手を休めずに大きな声でユンカーに言う。
「もちっと、あと50年もワシが若けりゃ豊満な胸の谷間でユンカーの凍えた手をあっためてやれたがの~。」
村一番の美人だったといわれるギンガー婆さんが口をはさむ。
「まー、あたしら美少女3人組も今じゃ、干物だからねー。」
ユンカーのバーちゃん、ロゼットさんもうなずく。
「偉そうに講釈垂れる、ロンメルのジジイもしつこくて、断るのに難儀したねー。」
ギンガー婆さんが言えば、
「えー、あのジジイ、あたしだけとか言っとったのに、・・・」
そちこちでババーのひそひそ話(笑)。
「寝しょんべんたれのロンメルも偉そうな口を利けるようになったが、まーユンカーよ、年寄りどももお前にはカンシャしとるということさ。」
村一番の長老、ガーシャ婆さんが風に消え入るような声で言う。
手を止めることなく、年寄りたちの昔話もつきない。
ジーさん、バーさんも孫や子供らのためならと、せっせと曲がった腰でしゃがんで頑張った、泣かせるぜ!
2カ月後、ついに完成した。
今日は水路完成の式典だ。
場所はホリデー町の西側町はずれ、2メートル四方深さ80センチの石張りの水汲み場を水路の端末に作った。
ここの水質は良い。
濾過層を通す必要はない。
そのまま、飲用で良い。
四方に柱を立てて、屋根をかけた。
そして、さらにその下流10メートルに同じ形の洗濯場。
その先は水が溢れようと構わない、水の自由だ。
昨夜、通水をした水路をアルフレッド牧場からきれいに透き通った水がどんどん流れ落ちて洗濯場から溢れ、海の方へと下ってゆく。




