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4悲劇の始まり

『いってきます』


「いってらっしゃい。ちゃんと塩はもった?昨日、新しいものに変えておいたから」


「持ってるよ。ランドセルに入ってるんだから、忘れるわけないよ」


「まったく、お母さんは、しんぱいしょうなんだから、持っているに決まっているでしょう!」


 愛理と美夏は、朝、学校に行くために家を出ようとしていたところを母親に止められた。母親は風水にはまっていた。清めの塩と称して、半紙に包んだ塩を専用のケースに入れて、毎日持ち歩くように娘や父親に言い聞かせていた。


 今日も塩を持ったのか聞いてきたので、愛理も美夏もいつも通り持っていると答えた。それを聞いた母親は安心したようで、快く見送りをしてくれた。


「それならいいわ。今日も学校、楽しんでくるのよ。気を付けていってらっしゃい!」






「ねえ、お姉ちゃん、私、今日家の鍵忘れちゃったんだけど、鍵持ってる?」


 二時間目の授業が終わり、十五分休憩の時間に、妹の美夏が愛理の教室を訪ねてきた。教室の黒板の方の入り口から顔を出した美夏に、愛理はあきれた物言いで返事する。


「塩は持ったのに、鍵は忘れたとか、お母さんが心配した意味ないよね。あれ、でも、確か塩のケースと一緒に鍵もついていたはずだよね」


「ええと、実は、塩を家に忘れて、ついでに鍵も忘れてしまったのです!」


「バカでしょ。ていうか、塩を持っていないのに、お母さんに持ってるって言ってたんだ。お母さんに嘘ついたってこと?」


「あはははは」


 愛理と美夏の両親は共働きであり、二人が帰る頃に家に居ることはない。そのため、二人は常に家の鍵を持ち歩いていた。愛理は小学四年生で、週に三回、部活動を行っていた。強制参加ではないが、放課後特にやることがない愛理は、とりあえず楽そうな卓球部に入部していた。しかし、妹の美夏は愛理より一つ下の三年生であり、部活動は四年生からである。


 今日はたまたま、部活動が行われる日だった。美夏の方が家に帰るのが早いので、鍵がないと家に入ることができない。


「仕方ないなあ。まったく、ちょっと待って。ランドセルから持ってくるから」



 面倒だが、妹が家に入れないのなら、鍵を渡すしかない。愛理は、教室後ろのロッカーに置いているランドセルから鍵を取り出した。愛理のランドセルは、教室の後ろのロッカーの真ん中あたりにあった。ランドセルの内ポケットの中に鍵は入っていた。鍵と一緒に塩の入ったケースが金属のフックで留められていた。塩の入ったケースを見つめて、ため息を吐く。


「はあ、こんなの持ってるの、私たち家族くらいだと思うけど、意味あるのかな。塩なんて持ち歩いても、お葬式の時くらいにしか役に立たないよね。それに、定期的に変えているみたいだから、変えた塩はごみとして捨てられるわけだし、無駄な行為だよ」


 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、鍵と塩を握りしめ、美夏のいる教室の前の入り口まで戻ろうとした。



「キャー!」


「に、にげろお」


「不審者がいるぞ!」


 突然、叫び声が教室中に響き渡る。教室は十五分休憩ということもあり、校庭で遊んでいる児童が半数以上いたため、教室に残っていた児童は少なかった。それにも関わらず、教室は騒然としていた。


「なっつ、どういう、こ、と。なにが、おこって」


愛理がそこで目にしたのは、見知らぬ男がナイフ片手に振りかざし、意味の分からないことを喚き散らしている様子だった。さっきまで休み時間のわりに静かだった教室が一気にざわめきだし、教室にいたクラスメイト達がパニック状態に陥る。



「お、オレは何も悪くないぞ。わるいのは、お前らだ。お前らのせいで、俺はオレは……」


「た、たすけて、おねえちゃん!」


「ちっ」


 男の方にばかり視線がいき、愛理は大事なことに気付くのが遅れた。教室に現れた男は、たまたま廊下近くにいた妹の美夏を人質にとったようだ。先生を呼ぶために廊下に走り出した児童がいるのを見て、愛理は舌打ちした。



「こっちに、来るなよ。それ以上ちかづいたら、この娘がどうなるか」


 妹の喉元にナイフを突きつけながら、男はじりじりと、教室の外に出るのではなく、反対に窓際に近寄っていく。その先には窓しかないのに、どういうつもりだろうか。その間にも、美夏は必死に愛理に助けを求めていた。クラスには恐怖で腰を抜かして動けないクラスメイトが数人いるだけだった。身体が言うことを聞く児童は、すでに廊下に出て逃げるか、先生に助けを求めに出ていってしまった。


 外は、快晴で雲一つなく、教室の窓からは空の青さがよく見えていた。



 愛理は、自分がどうすればいいのか、必死で考えた。妹の美夏を助けようにも、刃物を持った男に小学生の自分がかなうはずがない。それでも、妹にナイフを向けられているのに、何もしないわけにはいかない。


「はは。ざまあみろ。誰もオレを怖がって近寄らねえ。そうさ、オレは強い。強いんだ。もう、誰もオレをバカにすることは許さねえ」



「わ、わた、しのいもう、とをはな、し、て」


 男がうわごとのように何かをつぶやいている。愛理は男に対して、妹を解放するよう訴える。怖くて声は震え、身体も足ががくがくして、立っているのがやっとの状況だった。



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