3新しい塾講師
「今日から新しい先生が入りました。皆さん、これから先生と一緒に勉強を頑張っていきましょう」
「今日から『スマイルスタディ』で講師をやらせていただく田辺まことです。よろしくお願いします」
愛理は、親の勧めで塾に通っている。学校の授業で間に合っていると愛理は思っていたのだが、両親はそう思わなかったようだ。今日は塾の日だったが、どうやら新しく先生が増えるらしい。塾に着くとすぐに新しい先生を紹介された。
にっこりと教室の前で微笑みながら自己紹介する男を愛理はじっと観察する。男の声は、誰かの声に似ている気がした。相手は愛理の視線に気づいていないのか、他の生徒に熱心に勉強を教えていた。
「田辺先生、かっこいいよね」
「確かにかっこいいとは思うけど、私は少し怖いかも」
塾には、愛理の妹の美夏も通っていた。二人は送り迎えの関係で、一緒の時間に塾に通っていた。美夏は新しく入った先生に興味津々だった。
愛理の家から塾までは、車で十分ほどの距離にある。塾の帰りはどうしても夜遅くになるので、愛理たちはもちろん、他の塾の生徒も保護者の送り迎えが多かった。塾の時間が終わり、愛理たちは他の生徒と同じように母親の迎えを待っていた。
「朱鷺愛理さん、少しお話があるのですが、よろしいですか?」
妹の美夏と新しい先生の話をしていると、その話題の本人が愛理に話しかけてきた。愛理には彼に話しけられる理由が思いつかない。妹の美夏は、姉が話しかけられていることがうらやましいようで、じいと恨みがましく愛理を見ていた。
「愛理、美夏、迎えに来たわよ」
塾の扉が開き、愛理と美夏の母親が迎えにやってきた。母親は、自分の娘たちが見知らぬ男性と話しているのを見て、不審そうに近くまでやってくる。
「愛理、そちらの男性は……」
「講師の田辺まことです。今日からこの塾で働くことになりました。よろしくお願いします」
愛理が説明する前に、男は母親に自分の素性をさらっと説明する。男がにっこりと微笑みかけると、母親の顔はみるみる赤くなる。娘二人は母親の態度の変わりようにげんなりした。母親は面食いであり、男の容姿が気に入ったようだった。
「そうですか、娘たちをよろしくお願いします」
「はい、しっかりと面倒を見させていただきます。ご安心ください」
「先生、話はまた次の塾の日でいいですか?」
母親がぼうっと男に見惚れているのを横目で見て、愛理は男に話しかける。母親が迎えにきた以上、帰宅しなければならない。
「そうですね。では、また次回にお話ししましょう」
あっさりと愛理たちを解放した男は、愛理たちのように保護者の迎えを待っている他の生徒のもとへ向かっていく。
「じゃあ、家に帰りましょう、今日の夕飯は……」
「思い出した。声がこの前の散歩途中に出会った男に似てるんだ!」
母親が話している最中に、男の声が誰に似ているのか思い出す。思い出したら、つい大声が出てしまい、周りは何事かと愛理たちに視線を向ける。それに気づいて、あわてて塾を出る愛理に、妹の美夏も母親もその後に続く。車の中で大声の理由を問い詰められたが、愛理はあいまいに言葉を濁した。
家に帰って、夕食を食べ、風呂に入り、後は寝るだけの状態になった愛理は、自分の部屋で悩んでいた。机にむかい、引き出しから取り出した名刺を凝視していた。
「この名刺をくれた男と、塾の新しい先生が同一人物なんてありえるのかな……」
塾に新しく来た男の先生を思い出す。声は似ていたような気がするが、それ以外に似ている点はわからない。散歩の途中で出会った男は、フードを被り、サングラスに黒いマスクで顔を隠していた。とはいえ、背格好は似ていた気がする。
「でもそれはないな。だって、名刺の名前と先生の名前が違ったんだから、他人の空似かもしれないし」
愛理は、男のことを考えるのをあきらめた。名前が違うのに、同一人物と思う方がおかしい。声や背格好が似ているということは、もしかしたら、兄弟なのかもしれない。
「ああ、考えたら眠たくなっちゃった。もう寝るか」
明かりを消して、愛理はベッドに入る。目を閉じると、すぐに眠気が襲い、愛理はすぐに眠ってしまった。