09 「風呂に入れ」
ログインして、配給される金貨でガチャを一度回し、何戦か戦って即座にログアウトするごく一般的BCDオンラインプレイヤーは基本的に言葉を発しない。
ギルド内は無言が支配しているため、意図的に他人をシャットアウトしなくても他人との繋がりなんてそうそう生まれない。
なぜVRゲー全盛期に、ソロプレイヤーばかりで溢れかえるBCDオンラインが受けたのかを【大赤字】の【ノララ】さんに聞いたことがある。
理由は簡単で、
プレイのハードルが低く、
個人と個人の単純な駆け引きと複雑な集団戦の組み合わせが面白いのと、
ソロで遊んでも全く問題がない作りになっていることが原因だと言われた。
なぜオンラインかつVRゲームなのに運営はソロプレイを推奨するような事をしているのか、とも私は聞いてみた。
やはり理由は簡単だった。
そもそもネトゲプレイヤーは基本的にソロ気質なのと、
チームを組むタイプの対人ゲームで、他人との無差別な関わり合いを濃密にするとゲームが荒れるからだ。と。
……それでなくとも、荒れ気味なのに。
と、【ノララ】さんは悲しそうに言ったのを私はよく覚えている。
○
「今日はこれくらいにしておくか……」
フィールドの地面に大粒の汗を落とし、四つん這いになりながらマツリカさんはこう言った。
「あ、ありがとうございました……。疲れました……」
一方的にマツリカさんを叩きのめし続けるのは若干心を痛める作業だったが、反応が初々しいのと練習したけど結局使うことのなかった奇抜なテクニックを使うことができたのでついつい長時間戦ってしまった。
ついついヒートアップしすぎてしまった。
「今日俺が見せたのでほとんどタイマンの状況は大体網羅できたと思うから、あとは遊びながら思い出して自分のテクニックにしていってね」
「は、はい……」
生まれたての小鹿のように危なげに立ち上がったマツリカさんは、試合終了のアナウンスとともにぐったりとうなだれた。
「……一回も勝てなかった……。初期装備の魔術師にまで1対1で負けるなんてありえない……」
「騎士使って魔術師に負けるのは開けた場所で戦うからだぞー。相性でダメージの通りもよくなるし射撃3セットで『加護』も剥がせる。魔術師を安全に殺したいなら遮蔽物と機動力生かさないと」
「格闘振りに来る魔術師とか見たことないですし……」
「それは……まあ、うん。Aレートでもそんなに見かけないね」
クラン【大赤字】には大量にいるが。
「そ、そもそも、私と師匠じゃエイム力が違いすぎて……」
悲しそうに大きくため息を吐く彼女だった。
……完全にやり過ぎた。
エイムも格闘も回避も位置取りも、マツリカさんの技能は私の技能に遠く及ばない。
「パリィも知らなかったみたいだしそりゃ仕方ない。だけど後半は普通に動けてたから、次の時にはもっといい勝負できるかもね。期待してるぞ」
「期待……?」
「魔術からの格闘、体術カウンター、置き格闘、格闘生当て、体術ひっかけからの格闘と、それに対するカウンター、体術無敵利用回避、角置きエイム、継続射撃怯み、基礎コンボ、長距離偏差射撃、ジャンプ射撃、体術誘発、射撃誘発、緊急回避狩り、加護削り。今日教えたこのへんの技術を当たり前のように使えるようになれば上位陣とも普通に戦っていけるよ」
教えるのにまだ早い技術もわざわざ使ったので私もそこそこ疲れた。
今日はBCDオンラインで遊ぶのはもういいだろう。
「じゃまた何かあったら」
「おつかれさまです……」
マツリカさんはログアウトしていった。
タイマン技能をものにできたのなら、しばらくは相談が来ることはないだろう。
これまでのマツリカさんの行動を踏まえ、私が見せた全部のテクニックをものにすることができるまでかなり早くて3週間といったところだろうか。
サービス開始から始まって半年程度の時間をかけてゆっくりと積み上げていった技術をこの程度の時間で習得できるのだから、破格の昇進だろう。
しかし、このゲームはチームでの対戦ゲーだ。
BCDオンラインはプレイヤー一人の戦闘能力はさほど大きくないので、例外的な状況を除けば二人以上に囲まれれば簡単に完封されてしまう。
低レートなら個人の強さだけでも勝てる。
だがレートが上がれば上がるほど個人の強さは集団に紛れ、薄れていってしまう。
次に教えることになるのは集団での動き方だ。
集団と集団がぶつかる際のセオリーを身に着けたのなら、脱初心者と言ってもいい。
今日つけた力はマツリカさんの自信になるだろう。
しかしその使い道は限られていて、重要な集団戦での戦い方が抜け落ちているのが今の彼女である。意図的にそう育成したのだが。
悪意があってやったわけではない。
物事の優先順位とマツリカさんの要望に従うとそうなってしまうだけのことだ。
タイマンなどじゃんけん程度の駆け引きしかない。
自分が知ってる2つ3つ程度の手から最善のものを選び実行する、そして最善を選べなかった奴が死ぬ。そして圧倒的に攻撃側有利。これだけだ。
しかしあらゆる場面もあらゆる状況も同じものはやってこないので、前後左右に敵味方が入り乱れたスクランブル交差点のような情況に陥っても即座に判断を下せる能力がいずれは必要になる。
それを踏まえた上で中級者は各兵科の役割、編成の考慮、乱戦、中継施設制圧、本拠点への破壊工作など、さまざまな知識を身に着ける。
週一で変わっていく環境への適応と、例外への対応を見に付ければ晴れて完璧を名乗っていい。
だが、
現実だろうとゲームだろうと、
例外な要素は、
実に、
実に多いのだ。
○
スポーツは練習を一日怠ると取り戻すのに三日かかるという風説を信じて私はログインを毎日続ける。
クランマッチの練習にお呼ばれしたので【大赤字】から抜け出し【FoW】に加入し、3時間ほど遊ばせてもらった。
クラン【FoW】は【大赤字】と違ってBCDオンラインのサービス中……つまりはゼロの状態から設立されて、徐々に頭角を表していき、現在では中堅の一角を担っているクランである。
加入には一定以上の勝率とレート、および加入メンバーとの対戦によるテストが存在するというガチっぷりだ。
私も面白半分にテストを受けに行ったがその実力は本物だった。
クラン内紅白戦を終え、いざ解散というところで私一人だけ呼び出しを食らった。
私に用があるのは、【FoW】躍進の立役者の一人であるクランマスター【彼氏面】さんだった。
時計を確認すると日付を超える30分ほど前だったので、勘弁してもらいたい気持ちもあるが、仲間に入れて遊ばせてもらってる手前私に断るという選択肢はなかった。
その時だった。
現実世界のほうで、母親が私に向かって風呂に入れと催促してきたのだった。
私の部屋にノックもしないで勝手に入ってくるのはやめてほしいと思いつつ、並行してVR空間で【彼氏面】さんとのやり取りにも応じる。
二度目になるが、BCDオンラインは完全没入型のVRゲーとは違って半没入という奇妙なスタイルをとるゲームだ。
私は設定で没入度を最低まで下げ母親の要求に対応するため風呂場に向かった。
並行して電子上にいる私と【彼氏面】さんは傭兵ギルドにあるテーブルのうちの一つに陣取り、面談を始めた。
「プロト君、ウチのクランに正式加入しない?」
いきなりデッドボールを食らったような気分になった。
他クランからの引き抜き。ド直球に危険球な話題だった。
【彼氏面】さんは私のことを褒めちぎり始める。
「その腕なら余裕で一軍入りだと思うよ。ノララさんが言ってたけど、零式聖鎧とか聖鎧・重武装仕様を使えば一人で戦況を変えられるパワーがある。素晴らしい」
「いやぁ買い被りっすよ。一軍入りって言ってもテストとかあるんでしょ? 俺そういうガチなの苦手なんすよ。一生ぬるま湯でいいです」
「謙遜してんじゃないって、うちの精鋭メンバーの中に平然と混じれる癖に。今日も結構な数の試合勝ち越してるよね」
「2敗しかしてないっすね。楽しかったです」
確かに、以前加入テストを受けることになった時、楽しく感じられる程度には平然とバトルに興じることができたのは事実だ。
しかし私は負けたくないだけのエンジョイ勢だ。好き勝手に楽しく遊べる【大赤字】から抜け出す理由はほとんどない。
「まあ確かにテストはある。だけどそのテストの試験官がさっき紅白戦で戦ってたメンツだから。むしろこれからプロト君が試験官する側になる」
やだよめんどくさい……。
願い下げだった。
正直に言うが、私に他人を審査するほどの腕前はない。
周りのサポートあって初めて活躍できるタイプなので、味方によっては成績の上下が激しく、安定しないのだ。
私は話題を無理やり切り替えた。
「なんでそんなに面子増やしたり引き抜きしてるんです? 第二クランまで作ってるのは正気じゃないっすよ。外交するためにゲームやってるわけじゃないでしょう」
「ネトゲなら外交も立派なコンテンツの一つだよ?」
「……?」
私は【彼氏面】さんの言ってることが、比喩でも何でもなくその意味を理解できなかった。
グループに分かれて殺したり殺されたりするだけのゲームで何を言ってるんだろうこの人は……。
「出たよBタイプ! 戦いのことしか頭にない人種!」
「おかしい……大赤字のメンツは半分くらいこんな感じなのに……」
「君のところのクランはちょっとおかしいと思うよ」
「大半がエンジョイ勢ですよ」
「エンジョイしすぎ。戦いが大好きすぎてトップクラスまで育ってるプレイヤーがちょいちょいいるじゃないの」
【大赤字】では毎晩のようにクラン内でカスタムマッチが組まれている。
個人的な見解になるが、ゲーム内トッププレイヤーとの呼び声が高い【ユリス】に匹敵するほどの実力を持ったメンバーも数人いる。
そんなトッププレイヤークラスの人々と毎日競うように遊び続けた結果、クラン【大赤字】の平均的な実力は目を見張るものになった……というのが【彼氏面】さんから見た印象らしい。
毎日カスタムマッチで遊ぶようになったのは、野良で地雷プレイヤーとぶつかると精神的に疲弊するからそれを避けるためと、見知ったメンツで遊ぶ気楽さが主な要因である。
加えて、ゲームに育てられて今まで生きてきたような、正真正銘の日陰者がメンバーの大半なのでプレイヤースキルの平均値が高いのも別段不自然なことではない。
この程度の集団など、探せばどこにでもいるだろう。
希少性はないと私は結論を下した。
まあ身内戦は面白いから毎晩二時間くらい戦う生活が半年ほど続いてるのだが……。
それよりだ。
【彼氏面】さんの話題は危険で、私との意見は平行線をたどる。
現実世界の私は湯舟に使っていていい気分なのに、無駄な論争で時間をゴミ箱に突っ込むのは本意ではない。
「そういえば彼氏面さんってプレイヤータイプなんでしたっけ」
「Cタイプ」
そう私が言うと、【彼氏面】さんはこう忠告する。
「あんまり自分のタイプは公表しないほうがいいぞ。特にBタイプは。クランマスは大体Cタイプらしいから俺はいいけど」
「……確かに! Bは基本的にどうしようもない猪……」
猪とは、敵陣に突撃するしか能のないプレイヤーのことを示す蔑称だ。
一人足手まといがいるとチームが敗北するこのゲームにおいて、最も嫌われる行為の一つであり、どんなゲームでも煙たがられる行為だ。
「俺は別のゲームでどうしようもない猪だった時期がありました……」
「Bはそこそこ数はいるけどいかんせん質がね。上手い奴らは大体Cだし」
「ですよねー。ちょくちょく自分以外のBタイプ探してるけどあんま見つからねぇっスわ」
「えっ? 探してるの?」
「【コンバット】とか【落石中尉】とか【縦笛二刀流】とかにも遊びに行かせてもらってるんで、そこで一緒に戦って話せるようになった人にはとりあえず聞いてます」
「面白い趣味してるね……。じゃあユリスとかにも聞いたりした?」
「いやユリスと話す機会なんてないですし……そもそもアイツ試合中もブリーフィングも絶対に意思疎通なんてしないじゃないですか、ラジオチャットすら打ちませんよ」
「ユリスは大体BかCだと思うけどなー。結構突っ込んでくるから一回もキルできないわけじゃないし」
「ちなみに引き抜きとか試しました?」
「無理だったよ」
「ああ……うん。はい。とりあえず自分のところのBタイプを強化してくださいな。しばらくは【大赤字】から離れる理由はないです。人手が足らないときには遊びに行きますけどー」
「強化しろって言われてもな……。そもそもなんかプロトの戦い方って典型的なBタイプとは違くね? うちのBタイプは一つの兵科の職人みたいなのしかいないんだけど。騎士でオラオラするとやたら強いやつとか」
「前やってたゲームの経験っすね」
「なんのゲームやってたの?」
私がその詳細を伝えると、【彼氏面】さんは酷く悲しい表情をしたのだった。




