07 酒盛り未成年
深夜まで続いた【大赤字】のカスタムマッチがお開きとなり、いつもと同じようにギルド内の食事処で宴会が開かれていた。
クランメンバー達がテーブルを囲み、思い思い語り合っていた。
いわゆる感想戦から始まり、最終的に中身のない雑談へと変貌していくのが通例だった。
「今日、後半戦全然勝てなかったわー」
「ルーンの組み合わせ見直してみたら?」
「体力増加とか結構スロットとるけど生存率高くなってオススメ、アーヴィンとかの壁騎士にはとくに」
「俺は防御系のルーンは積まない主義だな、とりあえず攻撃力上げる」
私はテーブルの上に体力に運ばれた料理に箸を伸ばしつつ、今日同じチームに振り分けられることが多かった『飯屋』さんと言葉を交わす。
どこか色っぽい表情の飯屋さんはビール瓶を片手に私に顔を近づける。
「ぷろと、さけ、のめ」
「俺未成年っすよ」
彼はぐいとコップを傾けてビールを飲み干し、また新たに手酌でガラスのなかを黄金で満たす。
「おさけ おくったけど、ちゃんと とどいた? だいぎんじょう」
「親に見つかりそうになってめっちゃ焦りましたからね俺。変なのも入ってましたし」
「けんこうに なる なのましん。それで あるこーる、ぶんかい すると いっぱい のめるよ。つまり、みせいねんも さけが のめる」
「だからそれはアル中の理論ですってば……」
VRゲーム内で食べ物を食べても現実で腹が膨れないように、アルコールを飲んでも演算処理に制限がかかって若干の酩酊を覚えるだけだが、当然のように未成年は酒を注文できない。お酒は二十歳から。
しかしBCDオンラインはガバガバなので成人が頼んだものを飲めば未成年でも酒が飲めてしまう。
軽々と酒を飲み干していく飯屋さんは、焦点の合わない目でこう口籠もった。
「のむと、しあい、かちやすいよねぇ……」
飯屋の言葉に反応した銀髪ロリが一人いた。
「あれよ。酔っ払って状況判断能力鈍って生まれるマイナスよりも、酒で気持ちよく前出て攻めまくってれば総合的にはプラスになるんだよ」
【ノララ】さんだ。
酒をあおる銀髪ツインテロリがおっさんボイスで講釈をたれる。
「一部のプレイヤー限定だけどな。あと、Dタイプの人間はあんまり当てはまらない。酒飲んで一番強くなるのはBタイプの一部とB寄りのCタイプ。飯屋もそうだろ」
「げんじつでういすきー。こっちではびーるをのむ。あとは、にこちん」
「体壊すぞ飯屋……」
「しごとのすとれすが、ぜんぶわるい……」
「このゲームに給料の半分くらい使ってない?」
「たたかうのたのしいし……おとくなきゃんぺーんもけっこうやるから、きもちよくおかねつかえるし……」
「駄目だコイツ……」
「だから、ぎんか、あまる。あまってるから、のむ。かんぺきなりろん」
NPCが新しく料理と酒を運んでくると、【飯屋】さんと【ノララ】さんの会話にまた一人混じってきた。
【ポンタラ】さんだ。クラン二人目の金髪ポニテだが、彼は巨乳である。
【大赤字】のクランマスターを務める人物だが、人望があるわけでもないのでメンバーから特別扱いはされていない。
「俺も大体装備はガチャで買うから銀貨の使い道がこの飯くらいしかないんだよな。なんか食いたいものあるなら勝手に注文していいぞ」
「あざっす」
「おにく……おさけ……うまま……」
うまいうまいと皆は飯と酒を煽るが、正直大してうまくないものをその場の雰囲気やノリでおいしいと称しているだけであった。
食べ物に口をつければ多少の味がし、飲み込めば僅かな満足感が得られる。酒を胃に運べば若干酩酊する。口寂しさを紛らわすことの出来る程度のしょっぱいコンテンツだった。
しかし馬鹿騒ぎの種にはなる。
【ポンタラ】さんのグラスにお酌をしつつ、共に食事を口に運ぶ。
私は日頃、様々なクランを渡り歩きそのたびに【ポンタラ】さんに加入処理をしてもらっているので彼には頭が上がらない。
「ポンタラさんも大抵ガチ勢ですよね。生体認証ごまかして複アカしてますし」
「課金しまくってるだけでもガチ勢になるこのゲームのハードルが低いんだよ。それに、そうなるとプロトもガチ勢だぞ、クランマやりたいがために色んなクラン飛び回るやつなんてお前以外に知らん」
「だよねー」 【飯屋】さんが相づちを打つ。
「お前ら聞いてくれ。ネットとかコミュで立ち回り方とか情報集める時点で一般的にはそこそこの深みにはまってるのだ。プレイヤー全体見るとそんなことする人はあんまり多くない」 【ノララ】さんが悲しそうに断言した。
「ないすじょーく」
「ジョークだったらいいんだけどな本当に……。野良だと魔術師はすぐに高台芋砂だし戦士は魔術師殺さないですぐ死ぬし騎士は魔術師の護衛しないし。ひどいひどい。大赤字だけの身内部屋ばっかりやってると野良には本当に馬鹿が多いの忘れるよ……」
「さけをのんで、いまは、すべてをわすれろ……」
【飯屋】さんが【ノララ】さんを慰めにかかる。黒髪お姉さんと銀髪ロリの美しさと、隠してない男臭さが奇妙な味わいを醸し出していた。
そんな二人を無視して、テーブルの別の場所から湧き上がった話がこちらのほうまで発展していく。
「ガチ勢と言えば、プロゲーマーのチームが何故かBCDに参加してきたって。プロト知ってる?」
「いや、初耳っすね」
クランメンバーの一人が私に話を振ってきた。
「……何故にeスポーツでもないこのゲームにプロゲーマーが……」「単純に遊びたいんじゃないかな。手軽だし」「もしかすると、いつか賞金制大会やるかもって聞いた」「はー、どっかから情報が漏れたパターンか」「冗談だろ。このゲーム、プレイヤースキルも戦略性も大して必要ないぞ」「eスポーツにするならガチャ廃止してくれませんかね……」「ガチでやるんなら奥深さは出てくるだろうけど、えぇ……? 大会……? このゲームで大会開くの……?」「というか大会やるんならクランで選手を6人集める必要あるんでしょ? ハードル地味に高くね?」「賞金も6人で等分だろ?」
12人もいるので勝手に話が盛り上がっていく。
ビールが頭を麻痺させていく感覚に浸りながら、私はその内容に耳を傾けた。
「そのプロゲーマーのクランってもうあるの?」
と誰かが聞いた。
「3か月くらい前にクランは設立してあったらしい。ちょうどクランマッチが実装されたあたりだな」 【ノララ】さんが横から答える。
「名前は?」
「【6人の旅人】」
○
気になったのと、いつか話題になったときに知らないと怖いので【6人の旅人】というクランについて調べてみることにした。
クランのメンバーについて外部から見ることのできるのは名前と簡単なプロフィールだけだ。
ギルドの受付のNPCに話しかけ、ギルドについて検索をかけてみる。
とりあえずレーティングで会ったら警戒しておこう……そんな軽い気持ちだった。
【6人の旅人】というワードに引っかかったのは一件のみ。
表示してみる。
クラン名 【6人の旅人】
活動方針 特になし
募集人材 無し
加入方法 承認制
マスター 『スモペニ』
・メンバーリスト
1.『スモペニ』
2.『炊き立てご飯』
3.『大麻ババア』
4.『ロトスポンチ』
5.『ピンフ主義』
6.『カメラ戦場マン』
7.『ふぇーん現象』
8.『モテない』
9.『野☆球』
9人いる……
○
いつまで自分の家でゲームをしていることはできず、悲しいかな登校の時間はやってきてしまう。
遅めに家を出たので少しばかり急ぎ足で学校に向かう。
春休みには飽きるほどゲームに時間を費やしたにもかかわらず、新学期が始まってからは本格的に授業が始まるまでのこの時間を燃やし尽くすようにひたすら遊び続けていた。
それに、今日は憂鬱な日だ。
昨日はゲームをやらずには心が耐えられなかった。
登校してからも誰かと話す気にはならなかった。
かねてからの友人との挨拶を適当にすまし、自分の机に突っ伏して瞳を閉じた。
だが、人と関わりたくないオーラ全開の私に接近してくる人影があった。
「哲人(※主人公の名前)、今日は検査の日よ。忘れてないでしょうね」
私は大きくため息をつきながら、顔を上げた。
学校指定の制服にきっちりと身を包んだ女子がそこにいた。
艶のある黒髪は肩ほどまで伸ばされていて、かきあげられた前髪からのぞく額が、活発そうな印象に加えてほんのりと色気を漂わせていた。
整えられた細い眉。長い睫毛に、気の強さが宿った瞳。外国の血がわずかに混じった、青みのかかった瞳がこちらをのぞき込んでいた。
「分かってるって。……分かってる」
「だったらしゃんとしなさい」
「分かってるよ、どうせ午後からずっと病院で一日潰れるからな。……なあ永遠、お前も検査のつらさは知ってるだろ……」
藤咲永遠。
幼稚園のころからの幼馴染で、私が気兼ねなく話せる少ない女子の一人だ。
なんやかんやで幼稚園から小学校、中学校、高校と同じ場所に通っている腐れ縁のような関係である。
物怖じしない性格とその社交性、優れたルックスに引き寄せられていく男子は決して少なくはない。
正直、可愛い。
「またゲームばっかりの生活して……。せっかくのその体に不調なんか出したら私怒るから」
幼馴染特有のズケズケとした物言いが私に突き刺さる。
かなり気が強いが、しかし愛嬌のある性格なので憎めないのが現実だった。
「ちゃんと体調管理はしてるって。中学の時みたいな無茶はしないよ」
「ちょっと手を出しなさい」
永遠に言われ、私は大人しく右手を差し出した。
手首を永遠の冷たくすべすべした手がつかむ。
彼女の親指が腕の内側を強く押す。
ついでのようにポケットに入っている携帯端末を取られた。
当たり前のようにロックを解除された。
私の端末には永遠の生体データが登録されているので解除は一瞬である。
前日の稼働ログを確認される。
「頭、出して」
「ん」
顔を上げると、真剣な表情をした永遠の顔が間近にあった。
吐いた息が顔にかかる距離だ。鼻孔を女子特有の甘い香りがくすぐる。
そのまま右目を覗き込まれる。
「今から簡単に体調チェックするから。私の端末に繋げて」
「大丈夫だって……」
「ダミーのデータ送ってもすぐにバレるからね」
仕方なく、私は永遠の指示通りに動いた、
ように見せかけ、事前に用意していたダミーデータを送った。
「疲労がギリギリなこと以外は問題はなしね。……でも何このゲームのプレイ時間、昨日なんて一日中やってるじゃないの」
「……ゲーム以外のことを考えたくない日だってある」
「考えるのが嫌なら勉強したり寝てればいいのに」
「時間は有限。一定の時間以上の睡眠をとるのはよろしくないと思うのです……」
「だからってゲームばっかり遊んでいい理由にはならないでしょ」
小言。小言。小言。
しかし、この程度のやり取りで関係が悪化することがない。
彼女なりの表現なのであるのを私は知っている。
いつものことだ。
「今回も検査終わった頃に迎えに行くから。変な結果出てたら哲人のお母さんにも協力してもらってお説教だよ、分かってるよね」
そう、検査だ。
今日の午後のほとんどは、病院での私の体の検査に費やされる。
年に何度もあることではないが、できれば二度と受けたくないのが私の本音だ。
「今日の夜の7時頃とか病室でゲームやっちゃだめ?」
「駄目」
「どうしてもだめ?」
「怒るよ?」
「ごめんなさい……」
私は永遠に強く言われただけで諦めた。
ごめんなさいマツリカさん無理でした……。
「おーっす師匠。藤咲さんもおはよう」
軽い足取りで竹内栄二が足を運んでくる。
二人で挨拶を返したところで、唐突にマツリカのことを思い出した。
もしかすると今日も何かの連絡を入れてくるかもしれない。
だが今日一日は連絡されても反応することができない。
「今日ゲームできないって、例の弟子にも連絡しておかないと……」
「ゲームで知らない人の面倒見てるの? 物好きね」
「新人のお世話って結構楽しいらしいぞ」
「なんて送るの?」
「『今日一日は病院で用事があるので練習に付き合うことはできません。ゴメンネ』……こんな感じ」
「ざっくりしてんな、文面が」 竹内は私に突っ込みを入れつつ座席に座った。
永遠に渡した携帯端末を返してもらい、メール送信の準備をする。
「メールのクライアント開くの遅いのどうにかならないかな……」
ゆっくりロードするメーラーを眺めていると、視界の端に三つ編みおさげの女子が映った。
転校生の雪村茉莉だ。
まだ特定の友達が作れてないのか、一人で教室に入ってくる。
雪村さんに向かって永遠が声をかけた。
「おはよう雪村さん」
「……おはよ藤咲さん」
「……声にあんまり元気が無いけど大丈夫? こっちに来て大変だろうけど疲れてない?」
「ちょっと昨日遅くまで勉強してて……。寝不足……」
雪村さんはあくびをかみ殺しながらしゃべった。
「雪村さんすげー、俺なんかテスト前からしか勉強しないのに」
「よっしゃメッセージ送った。……あ、おはよう雪村さん」
メールを送れたので、賑やかす竹内のついでな感じで私も雪村さんに挨拶をしておく。挨拶は大事だ。しておいて損をすることはない。
挨拶が返ってくると思えたタイミングで、ピロンと電子音が耳に届く。
「私のだ。誰からかな」
雪村さんがポケットの中を確認する。
そこに興味を持った永遠が問いかけた。
「前の学校の友達からとか?」
「えっと……う、うん。そうだ――。っ、えっ!? なんで、そんな……!」
「何があったの?」
「い、いや……そんな大したことじゃないから――ちょっと返信してくるね!」
焦った様子で、雪村さんは荷物も置かずに廊下へと走っていった。
「なんか雪村さんと仲いい感じだな永遠」
「全然知らない場所に来て不安なのは分かるでしょ。誰かが助けてあげないとダメじゃない」
永遠が素晴らしい人間性を披露するのと同時に、メッセージ受信の通知が入る。
当然のように送り主はマツリカだ。
なんとなく読み上げる。
「返信来た。『私、昨日夜遅くまでずっと征旅の鎧改を使いこなせるように戦ってたんですけど……!』」
「健気な子ね……」
「返信するか。『それはすごい偉いから師匠としてはいい弟子を持てて誇らしいです。今日はフリー演習とか使ってマップの特徴とか覚えておいて。どこからどこに射線が通るとか頭に入れておくとすごく有利だから』」
メールに文を打ち込んで、添削もしないままに即送信。
永遠が口を尖らせた。
「ずいぶんと投げやりな教え方の師匠ですね」
「たぶんこの子小学生だと思うんだよね。BCDってチュートリアルが不親切だから基礎的なテクニックほとんど教えずにロビーに投げだすじゃん」
「そうなの?」
永遠はゲームというゲームをほとんどやらないので、当然のようにBCDオンラインについては何も知らない。
「その辺のテクニックとか仕様とか知らないとすぐ壁にぶつかるから……」
「哲人はどうだったの?」
「俺は初めからエイムと差し合いと殴り合いはうまかったからなぁ。あとは色々雑談してるうちに知って、壁にぶつかったのはレートをかなり上った後だった」
竹内が嫌な顔をする。
「さらっと自慢したなお前……」
「この体のおかげだよ」
私はとんと胸を指先で叩いた。
この体のおかげで今日は一日病院なのだが……。
短い電子音が耳に届く。
【メッセージが一件届いてます。】
「返信来た」
「なんて?」
「『明日は大丈夫ですか?』だって。――まあいいか、送っちゃえ『大丈夫だよ』」
私は何も考えずにメールを送り返した。
チャットのような速度で返信が来る。
「『じゃあ明日の夕方から一緒に遊びましょう!』……なんか新鮮だなこういうの」
「かわいいな、その子。緊急回避狩り使ってボコボコにするんじゃないぞ」
「お前相手にするんじゃないしちゃんと手加減するって」
竹内の入れた茶々を聞いて、私は緊急回避をした敵を逃がさず殺す方法も教える必要があったことを思い出した。
……今一気に教えても混乱するだろうし、あとでいいかな……。
考えをまとめていると、雪村さんが教室に帰ってきた。
輝く表情、声を弾ませながら彼女は永遠に報告を入れる。
「ごめんごめん、ようやく話が終わったよ」
「なんか嬉しそうだね」
「うん。……前の学校の友達と、明日の夕方から遊ぶ約束になったよ。直接会えるわけじゃないけど」
へー、と竹内が言った。
何やら竹内は転校生に積極的に絡みに行きたそうだが、悲しいかなガヤにしかなってなかった。
HRの時間が近づいてきて、周囲のクラスメートが着席を始めてるのを見た永遠は最後にこう言った。
「午後になったら逃げないでちゃんと病院行きなさいよ」
「流石に自分の体のことだからサボらないって」
それが耳に入ったのか、雪村さんの視線がこっちに向く。
物珍しいものを見るような表情。雪村さんはつばを飲み込むと、意を決して口を開いた。
「えっと、保住君、なにか体が悪かったりするの?」
「秘密です」
私の事情を詳しく知るクラスメートは、ほとんどいない。




