38 学校では評価されないサイボーグ
永遠は何気なしに私の家に集合することを提案したが、それに同意した雪村さんの内心は穏やかではなかった。
大して関わり合いのない私の家に遊びに行くことについて、思うところがあるようだ。「うん、いいよ」とは言っていたが、永遠の勢いに流されうっかり返事をしてしまったのだと考えられる。
それは確かに、現状を打破する突破口になり得る一つの弱点だった。
正直は私は自分の家にあまり親しくない人物を招き入れたくない。許容力は永遠一人でオーバーだ。
だからと言って外で――例えばファミレスとかで勉強、というのもダメだ。個人的に嫌なのである。
永遠もあの豪奢な家に私以外の友人を招くことを良しとしていない。こうなると、残る選択肢は雪村さんの家くらいしかない。そしてその選択肢を私は嫌っている。他人の部屋では気が休まらないからだ。
要するにどちらに逃げても苦痛なのだ。だったら楽な現状維持で苦しんだ方がいいのではないかと私は思う。
本当にとりとめの無い普通の一軒家のまえに私たち3人はやってきた。
我が家である。外見の描写は割愛させていただく。
「テツ……哲人の家に来るのはずいぶん久しぶりね」
「俺永遠ちゃ……永遠のことうちに呼んだのっていつだっけ?」
「小学校……いや幼稚園だっけ……昔すぎて全然思い出せない……」
言いながら、私は玄関のロックを解除して2人を家に招き入れてしまうことにした。何事も諦めが肝心である。
私が無言で家に入ると、後ろから声が重なった。
「「おじゃまします」」
「今家に父さんも母さんもいないからゆったりしていってね」
「「……」」
若干2人の顔に赤みが増した。雪村さんはともかく、永遠も緊張してる?
雪村さんの心拍を五感デバイスを駆使して計測すると、かなり拍動が増していた。びっくりするほど緊張している。てかさっきから一言も喋っていない。
毒を食らわば皿まで。と言うので、この際と思って私はズンズカ先頭を歩いていった。雑多に物が配置され、キッチンにおびただしい量の酒瓶が置いてあるリビングに踏み入れる。2人もすぐにリビングに来た。
「よっこいせ」
リビングのローテーブルに鞄を置いて、座布団に腰掛ける。対面に座布団を二つ並べて配置して、セッティングを終わらせた。
「テツの部屋には行かないの?」
「いや狭いし掃除してないしテーブルもないし」
「テーブルがないなら持って行けばいいじゃない!」
そう言って、永遠がテーブルを叩くと、彼女は先走って私の部屋がある二階に走って行った。
私と雪村さんが残されたリビングに、永遠の大きな「テツはテーブル持ってきて!」という声が響き渡る。
思わず、声に出た。
「あいつなんかやたらテンション高いな……」
どこか浮世離れした気分だった。
両親と私の3人しかいない家。
帰りの遅い両親のおかげで、大体家では物音一つしない。
だが今日は、家に他人が2人。
緊張はしているが、やっぱり、この家は、自分が最も気が安らげる場所で。
学校なんかよりは、いつも通りの自分が出てしまって。
「保住くんと永遠ちゃんって、付き合ってるの?」
「……?」
「……だって、なんかお互い心許してる感じがするし……」
首だけをこちらに向けた雪村さんが、決定的な物を見たかのような目つきでそう言った。
「幼なじみなだけだけど」
私は、深く探られることを拒むように、見当違いな答えを言った。
「まあ今の学校で同じ中学なの、俺と永遠の二人だけだからそれもあるんじゃないかな」
○
自室に二人を招いてしまったので、妙な雰囲気にならないように勉強勉強のムードを作り上げる。
妙な雰囲気……つまり、ベットの下に何か入ってるんじゃないかな~みたいなアレである。
R-18な猥褻物はすべて電子化してあるためベッドの下にエロい物は入ってないが、クローゼットの中にはR-20な酔える物体が入っているので、勉強に集中して貰わないと困るのである。
永遠と雪村さんをテーブルの対面に座らせ、私は腕を組んだ。
「テスト勉強ねぇ……じゃあちょい模試でも解いてもらおうかな」
「模試なんてあるの?」
「いや今から作る」
「……?」
雪村さんは無言で首をかしげ、永遠は危ない物を見るように私を見つめてる。
永遠は事情を知っている側の知人だ。ARの紙ではなく、実際のコピー用紙を取りに行った私をフォローするように、雪村さんに話題を振った。
「茉莉はどこがどういう感じでテスト勉強の必要性を感じてるの? うちの高校って県で有数の進学校だし、編入できたってことはあなたも相当勉強できるはずなのだけれど」
「えっと……一年生の頃までは頑張ってたんだけど、転校しちゃってちょっと気が抜けちゃって、あと最近ゲームが楽しくて、やる気が出なくて……」
聞いてみれば、よくある悩みであった。
私はA4コピー紙数枚とボールペンを2セット用意して、言った。
「やる気っていうのは、やり始めないと出てこないからとりあえず今日30分だけでもいいから集中して勉強してみようか。暗記ものは雪村さんに努力して貰うしかないんだけど」
「あっ、うん。暗記は大丈夫、……とりあえず覚えてれば、点数取れるし」
一応といった感じに、しかし彼女は間違いなく断言した。
秀才は暗記物に対してハードルが低いからありがたい。
「とりあえず次のテストは満点取ろうか。そうすれば自然と勉強のやる気が出るサイクルに入るはず」
「哲人、それどういうこと?」 永遠が腕を組む。
「なんか、人間って成績上げたいから努力するんじゃないっぽくてさ。成績を下げたくないから努力するっていうのがよくある行動っぽいの。テストでいい点数取れてて、勉強の効果を実感できて自分に自信持ててると勉強があんまり苦痛じゃなくなるっぽい。ここまで来るとテストの点数下がるかもっていう恐怖のほうがストレスになりやすいから、それから逃げるために自分から勉強しちゃったりする」
「……受験の時とか、そうだった……」
「逆に、自分が全然頭良くないなー、とか、全然勉強について行けなくてもうダメだー、ってなると勉強から逃げるようになる感じ」
気楽に私は言ったが、二人は黙り込んでしまった。
えぇなんで、よく分からない……。雪村さんはともかく、永遠は入試で真人間トップを取れるくらいには天才で、努力とは無関係のはずなのだが。
とりあえず、気にせず続ける。
「じゃあそもそもどうやって勉強できない人が勉強できる状態に持ってくかっていうと、俺が作った模試でドーピングするのが手っ取り早いかなーって思う。やっつけでもいいから要点だけ最低限理解と暗記させて、俺が次のテストで出そうな問題予想した模試の答案を暗記させて高得点を取る感じ。一回アホみたいな高得点取れれば、あとは見栄を張り続けるために勝手に勉強する習慣がつく。んじゃ数学から模試作っていくか、予想しやすいし」
雪村さんは私の部屋を遠慮しがちに見回すと、
「パソコンみたいなのもプリンター的なのも、部屋にないけど」
私はおもむろにA4コピー紙2枚をテーブルにおいて、両手にボールペンを持ち、紙2枚に同時に問題を書き出した。
「うわなにそれ保住君そんなことできるの!?」
「サイボーグが両利きっていうのはよくある話」
○
とりあえず全教科の模試を作成し、数学の模試を2人に解かせる。
私はやることがないのでBCDオンラインで遊びつつ、【ユウスケ】さんに薦められて始めたVRゲームのチュートリアルを進めながら、やることがないなーと2人がテストを解き終わるのを見守っていた。
眉間にしわを寄せつつ問題を解く雪村さんが、集中しきれないまま声を上げた。
「何時からテスト始めたんだっけ?」
「10分からだから、あと残り30分」
「うぅぅぅ」
うなり声を上げる雪村さん。
問題自体は授業で進んだところまでが範囲だし、これから習うところは入れてないので正直不十分なのだが、それでも雪村さんはたびたび筆を止めながら検討していた。
対して永遠はすらすらと問題と解き進め、今ではもう最終問題に突入していた。眺めながら採点もしているので、点数も私は把握している。永遠はこの時点で8割は取れている。
気が緩んだ雪村さんが私に話しかける。
「なんで模試なんて作れるの……いや、その前になんで作り始めたの……」
「授業中暇だしテストも簡単だから、じゃあ試験前にテストの内容予想するほうが暇潰せそうだなって遊んでたらいつの間にか毎期の習慣になっちゃって」
「そんなそんな、冗談でしょ?」
「授業中の教師の言動はとりあえず全部頭に入れながら動作を観察しつつ、大体どのくらいの平均点にしようとか、点数9割取れる生徒が何人で、8割取れる生徒が何人で――とか、授業以外で考えること推測しつつ、教育大学の過去問とか大学入試の過去問とか模試とか参考書とかから、どの問題を参考にテスト問題作るのか、とか考えながら」
息継ぎ。
「授業でやったり問題集に出てる見たことある問題と、基礎知識があれば解けるけど学校じゃやらない問題の割合は、適当に半々で入れてある」
私が言い切ると同時に、永遠が問題を解き終わる。
「……終わり! とりあえずはこんなものかな」
そして同時に、私が設定した時間がやってくる。
3人のウェアラブル端末にアラームが鳴り響く。
「はい30分経ったからテスト終了です。答え合わせ始めようか」
「えっ!? まだ時間半分ちょっとしか経ってないよ!? まだ全然解けてないのに……!」
「テスト時間30分くらいが終わった頃に全部解けてなきゃ満点なんて無理です。後半はケアレスミスを潰す見直しの時間です」
「それは……塾でもそうやってたけど……」
秀才はこういえば納得してくれるからありがたいですよね。
だが雪村さんは、理屈では納得していても、感情面ではなにか不満があったようで。
「じゃあ、保住君はどうなの」
「どうとは?」
「保住君もなにかテスト解いてみてよ! それでもしも満点とか、すごい高得点だったら納得できるけど」
そう言って雪村さんは、ネットから拾ってきた何かの過去問とその解答用紙をARペーパーにしてテーブルの上に表示した。
一通り問題に目を通すが、解いた記憶はない。
同時にテーブルの中央やや上空に、デジタルのタイマーが表示される。
「永遠ちゃんなにこれ」
「ストップウォッチ、哲人が解き終わるまでの時間計っておこうね」
何故か乗り気な永遠である。雪村さんも、表情から堅い意思が見える。
もう逃れる場所はない……私は覚悟を決めた。
「テストでしっかり勉強したところだと、問題見た瞬間解き方分かって、後は答えを導くだけの単純作業になるときあるじゃん」
「あるね」
「うーん……中学生の頃はあった」
「俺がテスト解くとき大体あんな感じなのね」
「?」
雪村さんがぽかんとした顔になる。
両手の指や手首をポキポキと音が鳴るくらいまで伸ばしストレッチをし、グーパーグーパーと準備運動を始める。
ナイフとフォークを並べるように、テストの両サイドにARペンを2本並べ――
「はじめ!」 永遠が宣言する。
問題はもう上から下まで目を通し終えていた。
見ただけでもう正答は出せた。後は書くだけだ。
答案用紙を真正面に置き、右手で上から、左手で下から答えを一気に記入していった。
「終わり!」
私の宣言から1~2秒遅れで雪村さんがストップウォッチのボタンを押した。
34秒。




