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03 味方ガチャとレーティングA帯

 BCDオンラインは完全没入型のVRゲーとは違って半没入型という奇妙なスタイルをとるゲームだ。


 意識をすべて仮想空間につなげる従来のVRゲーとは異なり、本気でゲームをプレイしている最中でも耳や鼻で現実世界のことを多少は認識することが可能だ。それは周辺視野を使って正面以外の物体を見るようなイメージが近いと言われている。

 設定で没入度を上げれば意識のすべてを仮想空間に向けることができるが、逆に没入度を下げれはプレイしているときに飲み物を飲んだりトイレに行ったり誰かと簡単な会話をすることくらいはできる。プレイが雑になるデメリットはあるが。


 グラフィックも大して美麗なものではなく、オブジェクトを注視すればテクスチャが張られていることが一発で見て取れる。

 検証勢曰くオブジェクトごとに担当してるスタッフの腕前がはっきり分かれていて、小物はそこそこ雑にテクスチャが張られているとか。

 これは、ファンタジー世界やSF世界などの現実とは異なる世界を満悦するタイプのVRゲーとは方向性が全く異なっており、サービス開始直後は非難囂々、つけられた低評価の山はBCDオンラインの看板に大きな傷を残した。


 加えて、ゲーム内で触覚、痛覚や温感冷感といった刺激ははっきりとは感じることもない。

 アップデートが来るまで味覚刺激要素すら備わってなかったのだから恐ろしい。


 莫大な広さのマップを誇るオープンワールドでもなく、プレイヤーが自由に動き回ることができるのは傭兵ギルドの建物の内部、白くだだっ広い殺風景なブリーフィングルームに、戦場となる4つのマップだけ(しかも開始直後の戦場マップは2つだけだった)。用意された6つの箱庭がこのゲームのすべてである。


 リアリティの追求の一切を捨てた、このゲームは――



 意外にも、多くのプレイヤーに受け入れられた。



 逃避のためのゲームに余計なリアルはいらない。

 人付き合いに疲れてるから、ゲームの中くらいではあまり他人を気にせずに遊びたい。現実に慰めがないからバーチャルへと逃げ込むわけであって、慰めにもならない不要なリアリティは必ずしもVRゲーに必要なものではなかった――とは、誰が言った言葉だったか。


 要するに、BCDオンラインは邪道なVRゲーだ。

 他人との関わり合いを任意に拒絶できることで、良くも悪くもBCDオンラインはその名前を広く知られるようになった。


 サービス開始前のBCDオンラインが持っていた魅力は、環境を導入する際のコストの少なさ、の一つだけである。

 そして現在のBCDオンラインの大きな魅力を聞かれれば、基本無料スタイルに引き寄せられたアクティブプレイヤーの多さ、と多くのプレイヤーが答えるだろう。



       ○



 処理が少し混み合ったためか、私も一拍子遅れで真白く広いだけのブリーフィングルームに飛ばされた。

 これから味方となる5人の顔を見る。

 そこには見知った顔がいた。


 背はやや低め。

 活発そうな二重まぶたの切れ目に、

 非常識なピンク色した長い長いツインテールの美少女。

 そのキャラクターの名前は【那由他】という。

 OS側のプライベートチャンネルを通したボイスチャットが飛んでくる。

 うら若き女性の声が直接耳に叩き込まれた。


『プロトいんじゃん。殺さないと……』

『俺は味方だ、頭イカレてんのか』

『冗談』


 若いと言っても学生である私のほうが若いのだが……。


 那由他さんとは別のVRゲーからの付き合いがある。

 彼女は暇を持て余した女子大学生で、以前からネット上で交流があったりするプレイヤーの一人だ。


『聞いたぜープロト。またVRMMOに手出しして垢BAN喰らったって?』

『今回は19日での垢BANで最短記録です』

『垢BANのRTAでもやってんのか』

『不正行為何一つしてないのに垢BANっておかしくね? って毎回思う。結構前からやるVRゲーム全部利用規約全部読んでるのにさー、その努力全部無駄に終わるから悲しい』

『やっぱりマクロとかbotと勘違いされてんだってお前。外部ツールの使用は規約違反になるし、VRゲーその辺なんか厳しいじゃんか。おとなしく対人ゲーやってろ』

『BCDオンラインが安寧の地になるとは思わなかったよ俺』


 試合への準備の最終確認をしながら会話を続ける。


『というかプロト、また別のクランに行ってるの?』

『クランマッチ練習試合の第二部隊の穴埋めとして【FoW】に呼ばれちゃって……』


 那由他さんが所属しているクランの名称は【大赤字】。

 私も普段はこのクランに所属していて、面子は主に別のVRゲーのコミュニティから移住してきた顔見知りで構成されている。


『さっさと戻ってこい。うちのクラン出入り自由じゃないぞ』

『ういうい、了解っすー』


 ボイスチャットが切断される。


 気を取り直して那由他さん以外のプレイヤーのレベルとレートと所属クラン、装備を見る。

 【いもむし座】【コンバット】【縦笛二刀流】と三人は名の知れた中堅クラン、一人は無所属。


 ついでに相手方チームを構成するメンツも確認し、頭に入れておく。


 6人中3人がオーソドックスで高性能な【勇者の聖鎧】。

 私を含めた残りの3人は【零式聖鎧】を装備していた。


 このゲームは装備の着せ替えに自由度は皆無で、入手した装備は一つの塊となっていて、鎧をパーツごとに崩して装備することはできず、用意された装備セットに丸々着替える方式となっている。

 無数にある装備の一つ一つには、【騎士】【戦士】【魔術師】のどれか一つ属性が設定されていて、そこには三すくみとなっている相性関係が存在する。

 【騎士】は【戦士】に強く、

 【戦士】は【魔術師】に強く、

 【魔術師】は【騎士】に強い。

 BCDオンラインの基本中の基本となっているシステムの一つだ。


 【零式聖鎧】。私も装備しているこの装備のカテゴリーは戦士に属する。

 そして、零式聖鎧は現状、ゲーム内で最高性能を誇る装備である。

 明らかに他の装備よりも優れている点が多く、弱点らしい弱点もない。

 実装当初から弱体化修正されるまでの一ヶ月あまりの時間ぶっ壊れ装備として君臨し、弱体化されてからは晴れてゲーム内最強装備に落ち着いたという経歴をもつ。

 今もなお弱体化修正が声高々に叫ばれているのはご愛敬である。


 編成をどうするか考えていると、チームメンバーのうちの一人が私のことを見ていた。

 嫌な予感がしたので、耳を澄ます。


「このゲームに搭載されてない人格を持ったNPCがいると思ったら【大赤字】の戦闘AIじゃん……」

「聞こえてんぞテメー。俺は人間だ」

「いや人間のプレイ時間じゃないでしょ。てかなんでプライベート設定最低にしてるの」

「その方が楽しいし」

「その考えはおかしい」

「俺おかしくないし!!」


 私が知らない人との会話の興じていると那由他も参戦してきた。


「プロトのやることなすこと全部真に受けてたらダメだぞ。【いもむし座】の君」


 ゲーム内ボイスチャットが始まったと感づいた残りのメンバーも、耳に火を入れる。


「お……【大赤字】の戦闘AIが喋ってる。初めて声聞いた……」

「いや今は【FoW】だし俺は人間だし」

「自分のことを人間だと思い込んでるかわそいうな機械(マシーン)なのね……かわいそうな子……」


 ニタニタと笑いながら視線を向けてくるこの環境に、私は少々苛立ちを覚えた。


「言いたい放題言いやがって……味方だから許すけど……」

「許すのかよ」 那由他が私の言動に指摘を入れた。「なら敵だと許さない?」

「いや敵は殺す、味方は許す。単純なルール」

「へこたれてないのは分かった。じゃ私は遊ぶね」


 那由他さんが面白半分に勇者から零式聖鎧に変えた。

 チーム内の3分の2が同じ装備になる。

 もう一人もなんとなく勇者装備から零式聖鎧に変える。


 零式聖鎧でないのはチームに一人しかいない。


 視線が勇者装備の人に集中する。

 おふざけ大好きなゲーマー特有の悪い同調圧力が働いている。

 このまま零式聖鎧染めしようぜ! という無言の期待がその人にのしかかる。


 しかし6人全員が同じ装備で試合に臨むと言う事実は、三すくみシステムの放棄であり、それ即ち真面目な試合展開の放棄でもある。


「ごめんなさい、零式聖鎧引いてないです……」


 その人は申し訳なさそうに魔術師である【正規魔術師の聖鎧】に切り替える。


 『これで勝てるの?』という不安と『このまま行っちゃおうぜ!』というネタ編成に昂ったテンションに皆が浮足立つ。

 こうして騎士不在のパーティーが出来上がりかけたが、零式聖鎧の一人が勇者装備に装備を変更した。


 出撃までの少ない時間のなか、臨時会議が始まる。


「流石に騎士で前線張る人がいないのはちょっと厳しくないですか? 緊急回避スキル持った肉壁役がいないと不安ですし」「俺はみんなに会わせるよ」「まあ火力は圧倒的だから勝てなくはないけどちょい厳しいと思う」「レーティングですし確実に勝ちたいんで僕も変えます……」


 次々と装備を変えていく味方たち。


 周囲のバランスを見つつ、【勇者】装備がさらに一人増えた。

 魔術師である【聖鎧・重武装仕様】も一人増えた。

 各カテゴリが二人ずつという若干バランスは崩れているがなかなか悪くはないパーティーだ。


 よほどひどい装備で身を固めなければ、どんな相手だろうがしっかりと戦えそうなメンバーが集まっている感じがあるだけに、お祭り騒ぎのタイミングを逃して残念な気持ちと戦いに向けての安心感が同時に襲ってくる。


 皆にも聞こえるように零式聖鎧のままの那由他さんが私に話しかけてくる。


「私たちで魔術師から崩していけば問題ないでしょ」

「簡単に言うね……」


 軽く提案してきた那由他さんにげんなりしていると、勇者装備の一人が不安そうに手を上げた。


「プロトさん、もしかして戦士の練習中とかだったりしません?」


 那由他と他のメンバーがフォローしてくれる。


「安心していいよ。プロトはBタイプのくせに信頼できるプレイヤーだから」

「てかあの戦闘AI、レートだと大体戦士か魔術師使ってるでしょ」

「騎士使ってるところの記憶がない……このゲーム騎士ゲーなのに」


 いや、フォローではなかった。ちょっとした侮蔑が混じっていた。

 しかもそれに納得する勇者装備の人である。


「ああ……なるほど。大人しい雰囲気で常識人ぶってる癖して戦うと人格変わるタイプ」

「そんなこと……ないよ……」


 自分で訂正するが、その主張は他のプレイヤーの耳には届かなかった。


 勇者装備の人が再び発言する。


「じゃあ俺が開幕思いっきり前線上げますね」

「助かります。敵が普通の編成なら、騎士が前線でヘイト取ってくれれば奥の魔術師ソッコー落としに行くんで」 私は応答した。


 そういうことになったので出撃準備完了のサインを送る。

 他のメンバーも出撃準備を完了させる。もう後戻りはできない。

 相手チームの出撃準備も全員完了。試合開始の準備が整った。



 このゲームの本質は味方ガチャだ。



 チームへの振り分けが決まった時点で勝敗の半分以上は決定してしまっている。

 あとは本番の試合で、すでにどちらかに傾いていたシーソーゲームの決着をつけるということになる。


 そして、試合で、勝てるのか負けるのかは直前のブリーフィングの空気と編成を見ればおおよそ予測ができてしまうものだ。


 勝てる。

 私はそう確信していた。

 だから――、


〈試合を開始します!〉

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