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29 医者によって禁じられた力

 BCDオンラインの戦闘の一番の問題点は、負けているときが絶望的に退屈なことだ。

 特に、戦力差に大きな隔たりがあって、逆転が一切望めない時は試合を放り投げたくなる。あれは完全に時間の無駄だ。どうしようもない。

 だから私は徹底して勝ちを求める。



 とは言え何事にも例外は存在する。

 負けても比較的気分を害さない試合がある。

 それは上位クランのメンツだけが偶然集まった試合や、特定クランだけで戦うクランマッチ、クラン内紅白戦などがそれだ。


 クラン内の雑談でそういう話題になったとき「クランでの集まりがなかったらこのゲーム辞めてるわ俺」とノララさんが言っていたのをよく覚えている。



       ○



 カスタムマッチの設定を決める。

 マップは訓練場。コストは80。人数は6vs6。レーティング制限は無し。ルームコメントも設定する。


〈フレ1います 本気でバトル〉


 初心者歓迎とか書いておくとFレートがこぞって集まってしまうため、今回は無しだ。集まるのはAレートだけでいい。

 そして瞬きもしないうちにルームが満員になる。


 チーム分けで自分と弟子を同じチームに振り分け、それ以外はランダムに振り分けるよう設定。決定を押すと、チーム分けが完了した。


 Aチーム

【大赤字】プロト

 マツリカ

【運命の灯】足手まとい

【イグナイター】ヘイズ

【イグナイター】フレイム

【縦笛二刀流】カチコミ太郎


 Bチーム

【FoW】彼氏面

【FoW】です代

【6人の旅人】ピンフ主義

【大赤字】ユウスケ

【剣に願いを】肘シールド

【コンバット】顔面アウト



 鳥肌が立った。

 マツリカを除いた全員Aレートに到達している変態である。

 年に何度あるかわからない、廃人のみが偶然集まった試合。惜しむべきは弟子の存在だろう。チームに1人穴が開くようなものだ。彼女のいるチーム――つまりは私たちのチームが高確率で負けるだろう。


 ユウスケさんからのメッセージ。【潰す】

 私は【挽き潰す】と送り返しつつ、弟子にボイスチャットを投げた。


「なんかすごいことになった」

「えっ、どういうことですか?」

「廃人ばっかり。味方全員レートAだけど敵もそうだ。こりゃ楽しくなるぞ!」

「うえぇぇぇ……」


 マツリカさんは何故か阿鼻叫喚の声を上げていた。

 私は疑問の声を上げた。

 弟子はユリス討伐が目標なのだから将来的にはこれくらいは踏み台にして貰わなければ困るし、その前に強敵と戦えることで自己の成長に不満だというのに、何が恐ろしいというのだろうか?


「これ私のいる方が負ける感じじゃないですか……!?」

「あ――そういう話? 毎回俺のチームに入れるから大丈夫! 勝ちに行くぞ!」


 聞けばいつぞやの悩みのような状況と、現在がまさにそれであった。

 VR視界と手元にある携帯ゲーム機の画面から目を外し、机のペン立てに刺してあるペン型注射器を私は手に取った。


「ちゃらららららーん! 秘密兵器使うぜ!」


 弟子以外誰にも聞こえず、私以外誰にも見えないまま私はその注射器を天に掲げた。天井にある照明が少しまぶしい。


「な、何か、私の知らない新しい装備でもあったんですか!?」

「いや現実のやつね、あんまり大きい声じゃ言えないヤツなんだけど。ちょっとだけ臨戦状態になって体のパフォーマンスが上がるオクスリです。こいつを適当な血管にブスっとね」


 私は腹にその注射器の先端を突き刺した。

 一呼吸置いて、中身の薬液が体内に侵入していく。

 クスリと言っても中身は脳に直接作用するタイプのナノマシンだ。しかし、私の主治医である永遠の父親に見つかったら一時間以上の説教は避けられないブツだ。入手経路は飯屋さんからの郵送である。日本では未認可、米国ではギリギリ合法そのうち違法。


「サイボーグだけが使える隠し芸の一つだな。とりあえず 持続時間の長いこいつでよ、よよよ様子見、……。み、るね」

「だ、大丈夫なんですか師匠……」


 不安そうな視線が私の顔に突き刺さる。


 実際、現実の私の体は暴れるように鼓動が爆発を始め、体温は急上昇していく。

 視野は急激に広がり、耳は周囲の細かな音のすべてが判然に流れ込んでくる。

 何もかもを見逃さず、すべてを聞き分けられるようだった。


 人為的に作られた極限の集中状態に、体感時間は引き延ばされ、疲労感や倦怠感は吹き飛ぶように消えた。

 たった今目覚めたかのように身体も脳も軽く、冴えわたる。

 普段の感覚と乖離した作用に、心が躍る。


「無駄話はここまで。集中しようか。俺は呪鎧弐式でいくから」


 そして、編成が決定する。



【大赤字】プロト

 呪鎧・弐式 レベル1


 マツリカ

 呪鎧・参式 レベル1


【運命の灯】足手まとい

 呪鎧・参式 レベル1


【イグナイター】ヘイズ

 呪鎧・参式 レベル1


【イグナイター】フレイム

 呪鎧・参式 レベル1


【縦笛二刀流】カチコミ太郎

 征旅の鎧・魔術カスタム仕様 レベル3



「いこうか」



       ○



 試合開始後、私は定石通りに中央広場自陣側のリスポン拠点を制圧した。

 しゃがみ状態を解除し、メイン兵装の簡易型マナシューターのチャージを開始する。


 簡易型マナシューター。

 右手にあるそれは拳銃型の魔導具で、聖鎧に宿るマナをに攻撃性を持たせて発射するという武器である。

 簡易型マナシューターというのは【勇者の聖鎧】が装備しているマナシューターの量産型だ。

 ゲーム内の性能は、火球よりも一発の威力が低く、命中しても怯みは発生せず、爆風もなく、当たり判定も細いので慣れなければ当てにくい中級者向けの武器だ。

 しかし一発一発は弱くとも比較的早い間隔で3発連射が出来るため計算上のDPSは高く、弾速も速いためダメージを稼ぐことには向いている。

 また、チャージをすることで威力と射程が増加しひるみを発生させることのできるチャージショットを放つことが可能である。


 使いこなせれば万能、使いこなせなければ器用貧乏な武器が簡易型マナシューターである。


 簡易型マナシューターをチャージしつつ、目視で見た敵の編成を頭で整理する。

 クスリで昂揚してるおかげか、目に入る情報すべてが容易く処理できた。

 前線にいるのは呪鎧・参式が2体。勇者が2体。

 奥に呪鎧・弐式が一体。ヘビー・ファル拠点防衛型が一体。

 同時に、マナシューターのチャージ完了までの4秒が経過した。


 敵の編成で特徴的なのは勇者装備2体とヘビー・ファル拠点防衛型の存在だ。


 勇者が二体……? 見間違いでは無かった。

 私は困惑した。なんで呪鎧参式使ってないの……?


 呪鎧参式は強いが、勇者装備を選ぶ利点はまだ少しは現存している。CURSEの効果中でしか本来の戦闘能力を発揮できない呪鎧とは違い、勇者装備は最初から最後まで安定した火力を常に発揮できる上に、素の防御性能と格闘火力は未だにトップクラスだ。今勇者装備を使うのなら肉壁としての運用が主になる。


 しかしもっと重要な点は、やはり戦士と魔術師の活躍の度合いだ。やはりこの2種の活躍はゲームの大前提である。

 呪鎧弐式の圧倒的な性能に太刀打ちできる魔術師はいないため、呪鎧弐式はどれだけ魔術師を殺せるか、魔術師はどれだけ呪鎧弐式から逃げられるかが試合の結果を大きく左右する。


 敵前線にヘビー・ファル拠点防衛型が出て、連装式ブラストシューターで弾幕を形成している。あれでは味方の騎士は前に出れない。しかしこちらからの射線は通っている。


 ブースターでの高速移動中、遮蔽物から一瞬飛び出た瞬間に、簡易型マナシューターのチャージショットをヘビー・ファル拠点防衛型に当てる。命中。怯み。すぐさま武装を切り替える。選択したのはファイア・ボルト、肩部に仕込まれた魔石から小さな火の玉を合計で6発撃ち出した。全弾命中、再度よろけが取れる。簡易型マナシューターのノンチャで一発追撃。切り替えた胸部ブラストシューターでさらにダメージを稼ぎつつ自陣に離脱する。



 呪鎧・弐式のぶっ壊れポイントの一つ、戦士のくせに射撃戦が出来る、だ。



 その時、どこからか聞こえた低く唸るような効果音が聞こえた。

 戦場で何度も何度も聞いた、CURSEの発動音だ。思わず全身に力が入る。


 誘発するように味方の2体が呪いを解き放った。CURSEの音が重なる。


 横を見る。そこにいた呪鎧・参式の鎧の隙間から黒い瘴気が漏れ出し、地を這うように流れていく。

 簡易型マナシューターのチャージを保持した味方の呪鎧・参式2体が前線を上げる。

 それに征旅の鎧・魔術カスタム仕様が追随する。


「弟子! 魔術師が前出ようとしてるからの護衛頼む! 俺もリロード終わったら前線いくから!」

「わかりました!」


 レーダーを見ながら私も足を使って移動する。

 BCDオンラインで、ドーピングをしながら戦うのはそこそこ久しぶりだった。前回は那由他とのタイマンだったが、6対6で使ったのはいつが最後だったか。

 視界にはレーダー、自軍敵軍スコア、残り試合時間、味方の体力、武装の残弾状況、撃墜撃破ログが示されている。


 レーダーに映る、自陣に高速で突入してきた敵アイコンが目に飛び込んでくる。

 移動速度、向かってる場所から私は判断を下す。


「弟子! カース発動した弐式がそっち行った! 気をつけて!」

「はいっ!」


 クスリで習得できる情報量は増えていたが、判断能力は大して増加していなかった。だから私は元気な弟子の返事と、呪鎧・参式の性能だけを見てマツリカさんでも魔術師の護衛が出来る物だと勘違いしてしまったのである。


 CURSEを使った呪鎧・弐式が、いかに強力かをまだ私は完全に理解してなかったのだ。それこそ初心者に毛の生えた程度の弟子では、対処することが出来ないとは思ってもなくて。


「えっ嘘っ止まら――キャッ!」


 その悲鳴を聞いて、私は敵の呪鎧・弐式が弟子の護衛を突破したことを知ったのである。


 孤立してたヘビー・ファル拠点防衛型を斬り殺しながら私は戦況を再確認する。

 見るのはキルログだ。

 味方の呪鎧・参式の一人と、狙われていた征旅の鎧・魔術カスタム仕様が協力してなんとか自衛を果たしたおかげで、私が助けに向かうことなく敵呪鎧・弐式は撃破されたようだ。

 それが最後の敵だった。

 第一ウェーブ終了である。


【大赤字】プロト

 呪鎧・弐式 レベル1

 体力七割


 マツリカ

 呪鎧・参式 レベル1

 瀕死


【運命の灯】足手まとい

 呪鎧・参式 レベル1

 体力残り1


【イグナイター】ヘイズ

 呪鎧・参式 レベル1

 リスポーン直後で体力満タン


【イグナイター】フレイム

 呪鎧・参式 レベル1

 体力半分程度で生存、しかしCURSE再使用まで時間待ち。


【縦笛二刀流】カチコミ太郎

 征旅の鎧・魔術カスタム仕様 レベル3

 体力半分程度。


 被害状況を確認。ぼろぼろである。


 カースが使用可能なのは私、弟子、ヘイズさんのみ。


 先ほどの敵呪鎧・弐式への対応に時間を取られたおかげで、敵リスポーン地点の制圧するための時間が足りなくなり、私たちは仕方なく自陣に籠もってしゃがみ、聖鎧に備わっている自動修復機能を作動させていた。

 ほんの微量だか体力を回復することの出来るそれは、ウェーブとウェーブの合間の僅かな時間や、戦場で周囲に敵がいなくなったとき、体勢を僅かに立て直すために使われる。


 リスポーン地点の上空に、敵が次々と出現する。

 このゲームでは孤立したら集中攻撃を受けて即死する。それを避けるために味方全員で足並みを揃えてリスポーンすることが常識だ。

 私は叫んだ。


「マツリカさん! カース使って!」

「えっ!? まだ戦いは――」

「この状況じゃ、どうせ時間終了まで生き延びることなんて出来ないから温存しないで!」

「……わかりました!」


 低く唸るような効果音が、マツリカさんから聞こえた。CURSEの発動だ。

 少しタイミングとしては早いが、これでいい。最もやってはいけないことはCURSEの抱え落ちだ。

 ほぼ同時間に、ひときわ大きな鎧が降る。敵のヘビー・ファル拠点防衛型だ。


 先頭を切るのは敵勇者二体、一歩遅れて呪鎧参式が後を追ってくる。残りの呪鎧・参式一体はヘビー・ファル拠点防衛型の護衛に回っているのだろう。


「死ぬまでに魔術師だけは殺すっ!」


 私はCURSEを発動した。

 鎧の隙間から漏れ出した瘴気が視界の端で薄く広がり、エリアルブースターの噴射口からマナの光が漏れ出す。


 始まった時間制限のカウントが視界標示物に追加された。


 第二ウェーブの開始である。



       ○



 鎧から漏れ出す瘴気、枷を外されたように自由に動く体、倍以上に増加したエリアルブースターのスピードと継続時間。攻撃力も大幅に上昇し、防御面も僅かに増加する。

 身を包むのは偽りの全能感だ。

 そこにCURSEの弱点と扱いづらさが集約されている。自分が圧倒的に強くなったと勘違いし、一分という時間制限を最大限に活用しようとし単調に攻め入った結果、簡単によろけを取られリンチされて死ぬ。

 特にやっかいなのが時間制限だ。これがあるせいで、慣れてなければ絶えず変化するカウントが意識のリソースを大きく食い潰す。時間をかけた丁寧な戦い方も選択肢から消える。

 そして減り続ける制限時間から来る強迫観念と、ゲームが変わったように快適に様変わりする操作感を脳の理性で御さなければ呪鎧は使いこなせない。


 短期的な視点で見れば不利なのは自チームだが、試合全体の流れを見ればこちらが有利だ。

 CURSEの致命的な弱点。それはやはり時間制限だ。


 第二ウェーブ。この結果次第で勝利は揺るぎないものになるだろう。

 もちろん勝敗はこちらの全滅で九割は確定だが、相手チームに一定の損害を与えることができれば次のウェーブはこちらの勝ちが高い確率で狙えるだろう。


 そうなると、今回鍵を握るのは相手の呪鎧シリーズの3体と、CURSEを温存している私とマツリカと【イグナイター】のヘイズ。

 最も比重が重いのは、第一ウェーブを生き延びた呪鎧・弐式を操る私だ。


 リスポーン地点から、復帰後の無敵を纏った敵6体がわらわらと出てくる。高台に魔術師を上らせつつ、その周囲を花弁のように取り巻く5人が全方位に警戒を向ける隙のない典型的な布陣だ。


 私は、その布陣を突き破って魔術師に致命傷を与えなければならない。


(こういうのは難しければ難しいほど、楽しい……!)


 両肩にのしかかる緊張感と、自分の立ち回り一つで試合が傾く責任感に、体がこわばる。敵も私が生存していることは承知しているだろう。純粋な戦意でもって私の息の根を止めようと企む敵集団に、これから私は突撃しなければならない。


 息を深く吐き出す。

 着々とCURSEの時間制限が終わりに向かう。弐式の時間制限は一分だ。一秒一秒を無駄にできない中、にらみ合いと読み合いで着実に時間が削られていく。


 あふれ出す唾を飲み込む。

 脳内麻薬に昂揚した脳みそが感覚と思考を鈍らせる。


 楽しい。


 レーダーを一瞬見る。

 私のことを見ているのは3体。実際の視野で敵の装備を確認する。勇者、呪鎧・参式、ヘビー・ファル拠点防衛型。


 1対3か。


 やるしかないな。

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