28 垣間見ゆ
――勇者装備
ゲーム内テキストによる正式名称は『勇者の聖鎧』
公式サイトの背景にも勇者装備のイラストが描かれており、ちょくちょく開示されるメインストーリーにおいてその主人公が使う装備という、文字通り作品の顔だ。
悪の帝国への形勢逆転の一手として、悪の連合国が鹵獲したファルメイルの研究と帝国から亡命してきた魔法学の権威とも言われた技術者を背景に、経済力と魔法技術の粋を総動員し制作したのが『勇者の聖鎧』である。
連合国発となるその白兵戦型聖鎧はメインストーリー開始時に偶然その場に居合わせた民間人の少年アルフレッドの聖鎧として、テスト段階であったのにもかかわらず実戦投入したのをきっかけに、高火力・高防御・高機動と驚異的な性能を持ってして、物語の終結までのわずかな期間に超人的な戦果を上げたという。
白を基調としたスリムでヒロイックなデザインの鎧に、光り輝く聖剣、左手側に右手に映えるマナシューターが特徴的だ。
格闘射撃双方のステータスが同値となっている万能型の装備で、防御面も固く穴がなく、HPも高めに設定されており、スピードも過不足なく、すべてが高水準に纏まった装備だ。
火球に加えて魔弾付属型マナシューターというユニークかつレアなガチャ限定武器もあり、2つの武装のどちらかを選択することによってマルチな状況に対応できる高スペックな装備である。
サービス開始後から一度たりとも強化も弱体化もない完成度であり、ゲームバランスの中心だ。
これよりコストが高い低いレア度が高い低いで他の装備のバランスは調整されていると検証勢は語る。
サービス開始時には最強装備に君臨していた装備であり、緩やかなインフレが進みつつある現環境でも優秀装備の総合値を超える装備は現れていない。
これが、先週までの評価だ。
呪鎧・参式。
ついに現れた、勇者装備の上位存在に近い装備がそれである。
○
那由他にアドバイスを受けてから四時間ほど実戦で新装備の慣らしをしていると、弟子からの呼び出しがあった。
一旦武者修行を中断し、手っ取り早く会話を終わらせる方法をネットで検索しながら試合の終了を待つ。
自分の腕が現状では完璧とは言いがたいのに弟子のことに時間をかけている暇はない。
ただでさえ一週間以上もゲームから離れていたのだ。腕も落ちているし、周囲の環境にも順応が遅れている。
今はとにかく実戦で数をこなさなければならないだろう。
試合終了。表示されるリザルトをスキップし、大急ぎで試合から抜け出して弟子の元に向かう。
催促するような無駄なチャットが送られてこないのが少し怖い。
最大限に警戒を強めつつ、切り出す文句を頭の中で練りながら私はギルドに帰還した。
以前の記憶がよみがえる。
少し前に出撃から帰還した途端抱きつかれたことがあったはずだ。
今回もそうかも知れない。そう仮定してマツリカの思考をトレースする。
私がするならば、試合からギルドに転送されたきた時の最も隙の多い瞬間を狙う。前回もそうだった。注意しなければ。
視界が暗転し、ギルドに転送される。
後ろから若い女性の声。私は一瞬で反転し、身構えた。
その時、背後から衝撃。と、同時に腕が私の胴体に回される。
「師匠! 10日以上も会えなくて寂しかったです……!」
し、正面からだと……。
読み合いに負けた……。私の頭の中が敗北の二文字が埋めつくす。
抱きついてきたマツリカがくるりと私の正面に回る。
「退院おめでとうございます師匠!」
「あ、ありがとう」
見ればマツリカのアバターの装備が変わっている。
以前、出撃してない間は、征旅の鎧にローブをかぶせた征旅・魔術師仕様を着用していたはずだ。
今彼女が着用している装備は【メリッサ】。先々週追加された装備だ。勇者タイプの聖鎧の系譜であるため、ビジュアルはそれに酷似している。
私の思い込みを計算に入れたカモフラージュだ。場外戦法すらものにしているとは……。
マツリカは腕の力を強めた。抱きしめる圧が増える。
しかし、那由他のようなスリルは感じない。
それは優しいだけの、純粋な抱擁だった。
「師匠、師匠……本物の師匠……! ずっと会いたかったです……!」
「ごめんごめん。寂しい思いをさせたね」
「もうあんなに寂しいのは味わいたくないです……! あんまり無理しないでくださいね……!」
「次あっても一日だけの検査だけだから大丈夫。安心していいよ」
言いながら私はマツリカの頭を温かく撫でた。
次に手術があるとすればパーツの寿命とかで5年後くらいだろう。
空いているテーブル席にマツリカを座らせ、対面に私も座る。
「聞いてください師匠。私、とうとう課金しちゃいました」
「まじ? 呪鎧二つ?」
「その前のメリッサとクリーガーです。呪鎧は両方とも無償金貨で出ちゃいました!」
クソが……! 私は甚助を起こした。
しかしマツリカは中学生以下という可能性が高い。中学生にピックアップ確定1500×2=3000円の出費は痛手だろう。
しかも費やしたものはガチャだ。一般的に基本無料形式ゲーのガチャというものは大金を出すほどの価値は世間には認められていない。
受けられるサービスと財布から出て行った金の釣り合いが取れているか納得できるかは個人の感覚に委ねられるが、1500円だろうと3000円だろうと、金は金。そして廃村の生き残りさんの金と違って私たち学生のお小遣いは数字以上に重い価値がある。稼ぎがないからである。
まあ彼女の少ない(可能性大な)お小遣いを消費しないで済んだのならよかったのだろう。私はそう考えて嫉妬妄想を沈めていった。
「俺も昨日ちょうど買ったよ。どう? 使いこなせてる?」
「なかなか難しいけど、なんだか最近勝率上がってきた気がします。それに――」
マツリカは溜めを作って。
「レーティングがようやくCに上がりました!」
「おお! マジか! おめでとう!」
かなり嬉しいサプライズ報告だった。
マツリカのユーザー情報を確認する。
彼女のレベルは【31】、ランクは【C】、プレイヤータイプは【A】。
レーティングのランクは最下層が【F-】頂点が【A】である。【C】はちょうど折り返し地点を過ぎたところだ。
そういえば初対面の時以来、弟子のレートやレベルをほとんど確認したことがなかった。どれだけ成長していたかぶっちゃけいまいち評価ができない。
とりあえず褒めてみる。
「すごいじゃん! めっちゃ頑張ったんだな!」
「えへへへ……わたしがんばりました」
「ちゃんと勝てるように努力できるのは全員が全員できることじゃないぞ! 弟子は偉いな!」
言いながら私は懸念点に一つ気がついた。
プレイヤータイプ【A】。
運営が意図した戦い方をしているのならばCになる。
戦い方に偏りがあるプレイスタイルならばBかDになるはずだ。
マツリカはだらしのない笑顔になっていた。
「私、師匠がいなくなって、結構1人で考えたんです。ちゃんと戦えるためにはどうしたらいいかって。それで、他の人の戦ってる動画いっぱい見たり、Wikiの記事全部見たりして、自分が何が駄目なのかとかいっぱい考えたんです」
「うんうん、強くなる人はそういうこと結構やってる。マツリカさんもだいぶゲーマーとしてのセンスがよくなってきたな」
私は適当に嘘をつきながら考えた。
Aタイプのまま、ということは基本的にはあり得ない。
このゲームで、上位陣にAタイプのプレイヤーは皆無だ。
無限数列がある値に収束していくように、ゲームを遊び続けるプレイヤーは必ず一つのプレイスタイルにたどり着く。
そして、このゲームの反射速度と状況判断の重みが強く、切れる手札の少ない単純な戦いでは、ある程度戦い方が決まっているほうが強い。最終的には反射神経と攻撃の精度が重要になるからだ。正統的な戦い方ほど強く、奇抜になればなるほど弱い。
つまりはマツリカは運営の意図しない弱い戦い方で続けているというわけだ。
マツリカの状態を野球で例えるならば、正しいピッチングフォームやバッティングフォームを身につけていないとか、ルールを正確に把握していないといったところだろう。それでは勝てる試合も勝てない。
マツリカ本人は満足そうだが、高い確率で間違った努力を続けているとしか言い様がない。他人の動画や解説を見ても、戦っている本人の思考や状況判断を丸々学ぶことは難しい。
彼女の根は真面目だ。
戦う上で肝心な何かの要素が盲点になって見えていないのだろう。
私の経験では、レベルが10程度の時にはすでに【B】タイプに内定していた。
これほどまでに戦い続けて、【C】までランクを上げた上で【A】タイプというのはある意味すごいが、いずれは頭打ちとなるだろう。
対策を取らねば。
そう思いつつも、私は妙に気を良くしていた。
原因は、マツリカが自主的に勝つための努力を始めたことだ。
ゲーマーというのは勝手に強くなっていく人種であり、それを彼女がすでにしているのならば、もう立派な1人のゲーマーだと言っていいだろう。
そろそろ半人前扱いを止めてもいいかもしれない。
「俺もなー、今メリッサクリーガー呪鎧弐式参式を頑張って練習してるんだけど、まだまだ経験が足りない感じだわ、特に呪鎧弐式。全然活躍できない」
「呪鎧弐式は……なんというか、別のゲームやってるみたいになりますよね。私がそれ使うと全然魔術師までたどり着けなくて負けちゃいます」
「いや勝てなくはないのよ。むしろ勝てるほうなのよ。零式聖鎧が呪鎧参式に完封されるけど弐式使えば返り討ちにできるけど、俺は【Curse】を使わない方がうまく戦えるっぽくて使いこなせてるとは言いがたい……」
「……勝てるんですかぁ……」
マツリカさんは渋い笑顔を取り繕いながらそう言った。
「手術で環境には出遅れたけど、その分新パーツでパワーアップしたから、スペック任せでどんどん試合に出て行くしかないね」
「えっさらに強くなれたんですか!?」
「ちょっとだけだけどなったよ。細かいテクニックとか新しい発見はないけど、体のスペック上がってうまく没入できるようになって体感覚ももっと精密になったから今までの絶好調な時のスペックが安定して出せる感じだね」
私の発言を聞いたマツリカは絶句していた。
「……っ、とんでもないパワーアップじゃないですか!」
「マツリカさん。これ、序の口。本面は別のパワーアップなんだな」
私がそう切り出すと、弟子は固唾を呑んだ。
無意味に緊張が走る。構わず私は言う。
「ながらVRがね、2つ同時にできるようになったの。現実でゲームしながらVRゲームしながらもう一つVRゲームできるぞ」
「ごめんなさいちょっとわからないです」
「今はこのゲームやりながら別にSTEELもやりながら部屋で寝っ転がってゲーム機でゲームをやってる」
というわけで、クランメンバーにも明かさなかった新特技が【VRゲーム多重起動】である。
市販のVRデバイスを使わずに、体内の機材に搭載されたエミュレータを使ってVRゲームをプレイするタイプのサイボーグにのみ許された特技である。
もちろん、現実の自分の意識はそのまま残っているので授業を受けたり携帯ゲーム機で遊んだりと自由度も据え置きである。
「……そんなにゲームばっかりやってて疲れないんですか……?」
弟子が冷静に聞いてきた。
「オペレーション・ダブルっていうゲームがありましてね……それに比べるとゲーム3つくらいは軽いもんだよ」
「いやいや、そんな」
「ゲーム自体は人型ロボットのコクピットに座ってチーム組んで戦うっていうBCDオンラインみたいなゲームで、腕が四本あるロボットと遠隔操作できるガンドローン四機をマニュアル操作して対人するってコンセプトだったんだけど――」
このときの私はすでに会話を手っ取り早く終わらせて――という当初の目的を完全にに失念していて思う存分会話を楽しんでいた。
「操作量多すぎ、パーツ多すぎ、戦略性高過ぎ、マップ広すぎ、ゲームスピード速すぎ、試合時間長過ぎ、アクティブユーザー少なさ過ぎで2年持たなかったゲームだよ……。操作とか戦術とかロボのアセンブルとかカスタムとか一つ一つの要素が全部ハードル高くてな、当時ただでさえ少ないVRゲームのプレイヤーたちがどんどん引退していって最後はサービス終了、俺は泣いたよ」
「地獄みたいですね……」
「なんで俺はあんなのに熱中してたんだろうね……コクピットに座ってレバーやらボタンやらペダルやらなんやらでほぼ全身使って入力しないと全然ロボが動かないっていうね。たしかチュートリアルでアカウント作った全プレイヤーの60%が離脱したとか」
「ひ、ひどい」
率直すぎるマツリカの言葉だった。
私はそのゲームが大好きだったが、反論は一切できなかった。
当時の私は、あの複雑すぎる操作と戦いについて行けないプレイヤーのことは見下していた。なぜこの程度のことができないのか、と。
できてしまう自分が歪であると自覚しながらも、自分の強さに酔ったまま有象無象を蹴散らし続けていたのだ。
何しろトップランカーだった私の周囲にいたのは同等レベルの操作技能を持つ廃人だらけだ。下層のプレイヤーのことなど見る余裕すらなかった。
そして誰も廃人に追いつけなくなったオペレーション・ダブルというゲームは残された僅かなプレイヤーの離脱によって終焉を迎えた。
当然の結果である。酷いとしか、言うことができない。
しかしそこで得られたものは確かにあった。
「そんな感じで、ボタンが30個くらいついた操縦桿4つと踏み込んだりひねったり蹴り上げたりだのいろんな操作を感知するフットペダル2つとコクピットについた大量のボタンで機体の挙動調整しながらガンドローン4機の操作して5対5の対人戦してた元オペダブのパイロットにとってBCDオンラインくらいは屁みたいなものですよマジで」
「……そんなものですか?」
「だってオペダブは2時間くらいのプレイで気絶しそうになるもん……3時間目に突入すると逆に何も感じなくなるけど」
絶えず高速で変化を続ける戦況と、人間を超えなければ追いつかないほどの多すぎる操作量、こちらの裏の裏の裏をかいてくる敵パイロットの戦術への対応。
頭にたたき込まれる莫大な情報を処理しながら戦いを続けた2年が、私を強くした。
「あれやってたら誰だって強くなるからもしもマツリカさんがユリスくらい強くなりたいなら修行に使えたんだけど、もう2年くらい前にサービス終了したからできないのよね。地道にBCDで頑張ろっか」
私としては、いい感じに話を締めくくったつもりだった。
だが、マツリカのその両目は私の自覚の薄い本心をも的確に見透かしていて、
「師匠って、いまBCDオンライン、楽しいですか……?」
おびえるように、しかしはっきりとした確信を含んだ声でマツリカさんはそう言った。
「……」
思わず私は言葉を失った。
「師匠って、このゲームで出会ってもあんまり楽しそうにしてるとこ、見たこと無いような気がして」
「……痛いところをついてくるね」
私は顔を引きつらせた。
よく見ているよ。本当に。
たしかに、私が求めているゲーム性はBCDオンラインとはかけ離れている。
むしろ真逆だ。サイボーグは複雑で反射神経の問われるプレイングこそが得意な傾向だが、BCDオンラインにそんな要素はほぼない。
「まあ楽しいと言えば楽しいよ、勝てるもん。でもなんか物足りないんだよ、やっぱり。あの、アホみたいな情報量と操作量で頭の中が一色になりながらその時の自分にできること考えて機体動かして……みたいなのができたのはあのゲームだけだ。あれくらい熱中できるゲームはもう無い」
私の言葉が悲痛なものを含んでいたかのように捉えたマツリカは目を伏せた。
もちろん、それはただの思い出話だ。少し悲しさを覚える、私の笑い話の一つだ。感情を爆発させて何もかもに絶望したのは、もう1年以上も前になる。
前向きなことを話そう。そう決めた私はマツリカに向かって微笑んで、
「今はクリーガーと呪鎧が楽しいから前ほどじゃない。むしろ今までで一番楽しい。敵に囲まれながらレーダー頼りに攻撃かわしながら射撃と格闘の差し合いしてるときの緊張感なんかまさに俺の求めてたものとそっくりだよ」
それは私の嘘偽りのない感想の一つだ。
マツリカが薄く笑った。現実の左目で見なくてもわかる。作り笑いだ。
「クリーガーと呪鎧って本当にピーキーすぎて扱いにくいですよね。使いこなせれば、誰にも止められないくらい強いんですけど」
「あの限界の緊張感が5分くらい続いてれば完璧なんだけど、そのレベルになると大半のプレイヤーにとっては重すぎる負担でしかないから、ジレンマだな」
「それは……そうですね」
私は居心地の悪さを感じていた。
弟子に気を遣われている。
BCDオンラインの戦いに不満点があるのは確かだが、同時にかけがえのない長所があるのも事実だ。
それはプレイヤーの多さである。ゴールデンタイムならマッチングに10秒もかからない盛況はVRゲーム全体を見ても珍しく、黄金の輝きを放つ宝である。
しかし長所にはすぐ慣れ、短所はより存在感を増していくものだ。
「時間の経過と他人の評判とその時の気分で手のひら簡単に返すのがゲーマーだ。俺はまだしばらくは引退する気はないし、どんどんゲームスピード速くなっていっているからそのうち俺の満足するゲームに近づいてくかなって今は思うよ。あと半年はのんびり遊ぶさ」
これも嘘ではない。
サービス開始から一級品であり続けた勇者装備が、今週になってようやく陰りを見せた。頂点に立ち続けること6ヶ月、実に長かった。
最近追加された新装備も、6ヶ月は持つだろう。ここで腕になじませておけば、6ヶ月は楽しく遊べる。そういう算段だ。
「これから時間あるかなマツリカさん」
私が突然そう問い掛けると、彼女は戸惑いながらも「はい」と首を縦に振った。
「いい機会だし、一緒に修行する?」




