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27 那由他の薫陶

【大赤字】の飯屋ルール部屋で私が得をしたことの一つと言えば、不特定多数のメンバーから面白半分に贈られてくる無数の酒だ。

 未成年に飲酒をさせるために酒を送る。クラン方針のやっちゃいけないことしようぜ!の一つである。彼らに法と良心というものはない。

 基本的は私が隠れて回収しているのだが、ある日、両親に見つかってしまい誤魔化しきれなかった分を「付き合いで貰った」とそのまま渡したらわかりやすく好感度が上がったのだ。

 ゲームばかりやっていても損しかないと思っていた私の両親にとっては棚からぼた餅だったと言える。


 さすが人生の日陰者ばかりが集まっているだけあって、送られてくる酒も風変わりなものばかりで、それが一層両親の気分を愉快にさせた。

 今では無数の酒が積まれた居酒屋のキッチンのようなコーナーが我が家のリビングには存在している。



       ○



 スキル【Curse】

 それはサービス開始から一ヶ月ほどの時期に追加された装備である、【(じゅ)(がい)・壱式】【ジーンメイル改】に付属していたスキルである。兵科は戦士だ。

 そのスキルのメリットは実に単純『一定時間の戦闘能力大幅向上』。発動タイミングは任意であり、得られる具体的な効果は「攻撃力大幅上昇」「移動速度上昇」「旋回性能上昇」「格闘モーションスピード上昇」「武器切り替え速度上昇」と盛りだくさんである。

 無事に効果終了を迎えた後は体力の四分の一ほどのダメージを受けるデメリットがある。なおこのダメージで体力が0となり撃墜となることは無い。再び使用は可能となるのは80秒後だ。


【大赤字】で【Curse】を使いこなすプレイヤーとして筆頭にあげられるのは那由他だ。

(じゅ)(がい)・壱式】【ジーンメイル改】は非常にピーキーな性能であり、一時期は環境を染め上げる程度には強かったが、現在は同コスト帯に追加された零式聖鎧にその場を追いやられた時代遅れの装備である。

【Curse】発動中にしかまともに戦えないと言われるほどの基礎ステータスの低さとゲーム内最低レベルのHPによる打たれ弱さから、戦士使いは次々と零式聖鎧へと装備を変えたが、その一瞬で燃え尽きるかのような圧倒的で破滅的な攻撃性能は未だに健在である。


 そして今週追加された新装備【(じゅ)(がい)・弐式】【(じゅ)(がい)・参式】

 これらが問題なのは上記の呪い装備の欠点を克服し、さらに長所を増やした完全なる上位互換であることだ。


 試合環境を跡形もなく塗り変えるような強装備。

 私はなんとなく察していた。

 この装備を使いこなさなければ、楽しく遊べなくなると。



       ○



 土曜日は正午を少し超えたくらいの時間に起床した。


 目覚めは意外と悪くない。

 全く酔っていないのは、ふらふらになりながらも体内のアルコールを分解するナノマシンを服用した覚えがあるからだろう。

 寝返りをうてば、枕の横に注射器があった。

 体の伸びをしながらそれをゴミ箱に投げ捨てつつ、BCDオンラインをもう一つ起動し、私は布団をかぶりなおした。

 二度寝、二度寝。



       ○



 一部のサイボーグにとって、生の脳みそが寝た状態でVRゲームをすることは造作もない。

 だがそんなことするくらいなら普通に徹夜するので、休日くらいにしか出番はない技能である。


 ログインすれば、ちょうど用があった那由他がギルドの床で仰向けになっているのを発見した。

 寝ている場所的は試合から帰還したときに送られる場所に近い。

 出撃した後に寝落ちしてしまって、邪魔だからと移動させられてこの位置に落ち着いた可能性が高い。


 目を閉じている那由他の薄い胸に手を置いて体を激しく揺らす。


「起きろ。那由他。起きろ」

「……起きてる」

「起きてたか」

「……私、頭痛いんだけど。……あとおっぱい触んな」

「全年齢のVRゲーじゃ感覚伝わらんからいいだろ別に」

「気持ちの問題だっての」


 言いながら那由他がゆっくりと体を起こす。


「もしかして酒飲んだまま寝落ちして、今起きた?」


 那由他は無言で首を縦に振った。

 動作の一つ一つに機敏性が見られない。

 未だにアルコールで意識が麻痺しているようだ。

 しったことかと私は話を続けた。


「那由他。カース使いこなせないんだけど。助けて」

「助けてって、お前いつ呪鎧の練習してたんだよ……昨日の夕方に引いたばっかりだろ……。飯屋部屋だと全然練習にならんしどういうことだ」

「その辺はサイボーグ特権で」

「ずりぃわサイボーグ……。練習時間が常人の倍以上はとれるからそりゃ強いわ……」


 那由他はピンク色の頭をかきむしりながら妬み心を吐き出す。


「で、ズルっこしてるサイボーグなのに私に頼るのかコノヤロウ」

「実装初日に色々試しつつ質問しつつ情報集めたかったんだけど入院してたし、俺、出遅れてるからそれ取り戻したいのよ」

「しゃーねーなー。頼れれてやんよ」


 彼女は不貞腐れながらもあっさりと私の頼みを了承した。

 出し渋りつつなんやかんや教えてくれる。廃人ゲーマー特有の行為である。


「なにがわからないの? 移動速度が速すぎるところ? 旋回速度が速すぎるところ? それとも時間制限?」

「発動タイミングがわからん」

「……私もまだ煮詰められてないよそれは」


 那由他は舌打ちをして、甘えるようにも見える視線で私を見上げた。


「なー、私の頭触って」

「は?」

「いいから、早く」

「頭を触れ? 俺の聞き間違い?」

「は、や、く、し、ろ」


 私は那由他の色気もへったくれもない剣幕にびびって、壊れ物を扱うように恐る恐るその頭に手を置いた。

 手を動かせば、二度目の舌打ち。


「違う。もっと激しく、強く」

「なんなんこれ」

「アルコールで心臓がドキドキするせいか、偏頭痛みたいになって痛いんだよ……。頭触ってれば気が紛れるけど、自分でそれやるのも疲れた。変わって」

「頭痛が痛いの?」

「痛くて割と憂鬱だよ本当に……あーそこそこ、気持ちいい。もっと乱暴にしてくれ。BCDの刺激は弱くてかなわん」

「こういうのは友達とか恋人とか家族にやってもらえよ」

「恋人なんていねぇよぶち殺すぞ……」

「ごめんなさい……」


 普段の軽口ではない本物の殺意を感じ取ったので、私は平謝りした。

 普通に怖い。今私が撫でいるのは女の子ではない、猛獣のようだ。

 しかし今日の猛獣の様子はアルコールによって少し変わっていて。


「なープロトよ。私たち前に一回オフ会したじゃんか」

「オフ会? あれは大会の打ち上げじゃね」

「細かいことは気にすんな。でさ、そんとき見たお前の顔ってそこそこよかった覚えがあるんだけど」

「今は整形されてほぼ別人だぞ」

「なら顔写真送ってよ」

「は?」

「あんときゃ垢抜けてないガキだったじゃんか。今高2だろ?」


 質問されながらも私は答えず、淡々と那由他の頭をスクラッチしつづけた。

 下手に対応を間違えれば待ち受けているのは死だ。タイマンのような緊張感が私の身に走るのを覚えた。


「私が恋人を選ぶ基準の一つに、私よりもゲームがうまい人っていうのがあったりする」

「おまえ酔ってんの?」

「二日酔いだよ! で、どう、近いうちにオフ会でもしない? 確か住んでるところ近かったでしょ」

「オフ会て。クランのみんなも呼んで? それとも二人で?」

「メンバー呼んだらオッサンの飲み会になるだけだろうが……」


 確かに、と思いつつも私は話の出口を模索し続けた。

 私は基本的に何も考えずゲームをしているので、こういう人間関係絡みの話題にはめっぽう弱い。

 那由他の攻めは続く。


「あの時の私よりも大分きれいになったからね」

「あの時の那由他の顔が思い出せない……」

「あーひでぇ。……まああんまり昔の私のこと覚えられててもアレだから、べつにいいけど」

「なら今はサークラとか姫とかやってるのか」

「学部の姫はやってるけどサークルには入ってないぞ」

「そうなの?」

「ゲームやりたいからな」

「イケメンやな」


 中身のない会話で時間を稼いでいる間に決定打を探そうとするが、平行して自由に使えるほうの脳みそは睡眠中である。

 私はあがいた。


「頭痛いの大変だなと言ってやりたいが俺はその辺の感覚人と違うみたいだから同感したやりたくても下手に同感できない……すまない……」

「あ――……、その気持ちだけで十分だから。うれしいよ」

「適当に言うの承知で聞いて欲しいんだけど、飯屋さんにナノマシンもらえば?」

「馬鹿野郎、お前が使ってるのはサイボーグ用のむやみに高性能なやつだよ。私たちじゃ制御できんわ」

「じゃあそれ持ってる飯屋さんってサイボーグなの?」

「知らん。あの人に常識は当てはめない方がいいと思う。ナノマシンそのものを改造してるとか薬品で制御してるとかでしょ、ああいうの好きそうだし」


 張りのない声で那由他は口を動かし続ける。


「プロトってさ、前にエナジードリンク効かないとか言ってただろ。それよく考えたらその手のナノマシンが分解してたんじゃないかって前気がついてな。そういうレベルのやつ注射してるって自覚しとけよ」


 那由他がぼそぼそとした声で喋っているところを見るのは初めてのような気がした。

 よほど二日酔いがつらいのかも知れない。

 とは言え、彼女の指摘は見当違いもいいところだったので指摘しておく。


「その辺は自分の体一つで融通効くから深く考えたことない。わざわざ注射使って外部から入れるのも別の理由だし」

「よくわからん」

「とにかく母親の子宮の中にいたときからナノマシン漬けだったからもしもの時があっても対処できるよ。ナノマシンでやばいことになったとき用の薬は常備してあるし」

「割とおつらい生まれなのね」


 睡眠中と酩酊中。お互いに意識があやふやな状態で会話をしているせいか、より一層どうでもいい方向に向かって話が脱線していく。

 那由他との雑談は楽しい。しかし時間だけが無駄に過ぎていく実感があった。

 時計を確認する。そろそろ戦いたい。


「それよりもカースのことはやく聞きたいんだけど」

「えっちなことより殺し合いのほう優先なのは変わらんなお前。……はいはいわかりましたよ。さっきの話は忘れてくれ。聞きたいのはカースの発動タイミングだっけか?」

「うん」

「プロトはどの辺りで使うようにしてる?」

「とりあえず体力7割切った状況でやるように心がけてる」

「そりゃ悪手だな」


 那由他は事も無げに断言した。


「カース発動中にノーダメージなんてよくあることだから体力を基準に発動を考えるのはよくないぞ。やるにしても減った状態でやるようにするんだな。5割以下とかそのくらいがちょうどいい」

「そうなの? だから攻め時だと思って使うとすぐに敵が全滅して時間半分くらい無駄なるのか」

「なるほど、面白い」


 その物言いを私は理解できなかった。


「いや面白くねぇよ」

「違う違う、馬鹿にしてるわけじゃないんだ。お前ってカースは使う専門じゃなくて殺す専門じゃん? 殺し方知ってるのに使う方はいまいちなんだなって」

「慣れてないから仕方なくね?」

「でもお前がカースに慣れた時のこと考えるとなかなか面白そうだ。殺す側と使う側の両方知った上で弐式のぶっ壊れ性能が合わさればマジで完璧だろ」


 那由他の目が細まった。捕食者の目つき。私は頭を撫でている手を反射的に引こうとしたが、それよりも前に彼女の手が私の手首をつかんだ。


「決めた。お前も呪鎧使いになれ。ノウハウはどうせ使ってるうちに編み出すだろうから、私の今までの経験でわかった法則だけ教えてやる」

「法則?」

「経験則な。知ってると状況判断が楽になるから効果的にカースを運用できる」


 那由他がそう断言し、私の期待はうなぎ登りに上がっていった。

 しかし一向に手は離してくれそうにない。それどころか、より一層の力が込められていく。


「カースはだいたいは開戦前即発動でよかったんだけど今回はそれだと通用しない。【ジーンメイル改】で色々試したけど結局使わなかったやつが呪鎧弐式だとまあまあ効果的に使えるっぽいのよ。たぶんタイミングは大体今から言う4パターンのうちのどれかになる。目ん玉かっぽじってよーく聞けよ。まずはな――」


 那由他はその口を開いて、今までの経験をすべて私に伝えたのだった。

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