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23 永遠ちゃんゲームを始める。チュートリアル編



 今日の授業中に初めて気がついたのだが、私の新しい体はやたらと高性能だ。

 前のボディも超人と言っても過言でない程度の身体能力と演算能力が付属していており、先日の手術までそれを発揮する機会は全く無かったのだが、今回の新ボディは無意味にもさらなるパワーアップを遂げていた。


 元々普通道路をフォーミュラカーで走っているような感覚だったのだが、今回は空飛ぶスポーツカーとかの別カテゴリにクラスチェンジした気分だ。

 永遠の言っていた人型の重機というコンセプトに偽りはなかった。

 しかしそんなことはどうでもいいのだ。

 ゲームに関係の無い現実の話をする理由はない。



       ○



 改造はあまりしていないと雪村さんに嘘をついたが、バレるのは時間の問題な気がしてきた。

 というか、会話をするたびにどんどんほころびが出てきているガバガバ設定はもうどうにもならないだろう。

 アイカメラを入れるだけの改造に、頭蓋骨を人工骨格に置き換える必要などない。

 雪村さんは永遠と仲が良い。

 そして永遠は、私のカラダのことを熟知している。

 ドコでナニをどうすると私がどうなるかの大概を把握しているのだ。



 ――藤咲永遠。

 幼稚園の頃からの幼なじみで、幼稚園、小学校、中学校、そして現在と常に同じ校舎で学生生活をともにしているのは彼女一人しかいない。

 記憶は朧気だが私が機械の体を持つに至った事故の中心人物の一人らしく、体の検査やメンテナンスに際にお世話になっている『藤咲総合病院』の病院長の一人娘だ。


 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能――文武両道良家の才女という誰もがうらやむスペックの持ち主でありながら、物怖じせず竹を割ったような明るい性格のおかげで周囲に妬み嫉みを持つような人物はいないというあらゆる面において完成された人間であった。

 それが不断の努力を欠かさずに過ごしている結果の一つだと私は知っているが、そんな苦悩を外には決して漏らさない強い女性である。


 特筆すべきは、サイバネティクスへの興味関心、および経験と知識である。

 その科学分野への深い見聞と優れた知識量から、いつしか『理系の女神』などという愛称まで発生する始末である。


 小学校、中学校、今とそこそこの頻度で異性から愛の告白されているらしいが今まで浮いた話は皆無。


 私など縁もゆかりもなくても不思議ではない完全なる別世界の人間であるが、不思議なことに今の今まで不思議な交流関係が不思議なくらい続いている。

 といっても、毎日顔を合わて挨拶して、用事があれば一言二言会話をするだけの関係であり、よほどのことが無い限りプライベートにはお互い多く干渉をしない暗黙の了解のようなものがあったのだが――


 退院明けのこの日は違った。


 藤咲(ふじさき)永遠(とわ)は、放課後になるなり私に向かってこういったのだった。


哲人(てつと)、あなたって確かBCDオンラインってゲームやってたわよね?」

「ええ、まあ、はい。サービス開始の半年前から。……永遠ってゲームに興味あったっけ?」

「微塵も無かったけど今日挑戦してみるわ! 今から私の家来て教えてもらっていい?」


 波乱の幕開けである。



       ○



 弟子が増えたんですけどどういうことなんでしょうか。


 断る口実を探したが見つからず、むしろ女子たちにBCDを広めるチャンスなのではないかと考えに至った。

 なるほど、ピンチはチャンスというのは事実らしい。


 ……ピンチはチャンス?


 今の心の独り言で気がついたけどどうやら俺はいまピンチらしい。

 何がピンチなのかはわからないが。

 とにかく危険な橋を渡っている感覚は頻繁に肌を刺してきている。


「テツ、伊達メガネかけるの止めた?」

「まあ」

「その方がかっこいいわよ」

「……さすがに似合ってないって言われると、外した方がいいかなってなったよ」

「誰に言われたの?」

「えっと……誰だっけ……たしか、転校生の子。目も新しくなったしもういいかなって」


 そんなことを話しているうちに私は藤咲家へとたどりいてしまった。

 門を通り、そこそこ広い庭を抜け、重い玄関の扉を開けば、大理石の白を基調とした広い玄関が私たちを迎え入れた。

 永遠が肺に息をたっぷりと吸い込む。


「ただいま! ママー! テツ連れてきたからー!」

「おじゃましまーす」


 私は天井のある一点に向かって挨拶をした。監視カメラが埋め込まれている場所だ。そこに挨拶をすればネットワークを通じて家のどこかにいる永遠の母親に伝わるという寸法だ。


 挨拶もそこそこに、廊下をずんずんと進んでいく永遠の後ろを私は追いかけた。


 永遠の母親は当然私の事情を知っており、私が愛娘に卑猥な行為をできないことを知っている。そのため永遠が私を家に招き入れても特に口出しもしなければ妙な視線を向けたりもしない。


 招かれるままに永遠に追従していけば、そのまま一切の恥じらいも躊躇いも無しに彼女の部屋へと連れ込まれた。


 12畳という十分な広さを持つ彼女の自室は、ある場所を区切りとして二分されていた。


 一面は、整えられたしわ一つ無いシングルベッド、整理整頓がなされていて決められた位置に決められたものがきちんと置かれているデスク、積もった埃の一つも無いテレビやオーディオ類。と神経質なまでに乱れたものが無いモデルルームのような一角。


 もう一面は、雑多な品物であふれかえっている工作室のような一角だ。

 可愛げのないスチールの作業机には様々な塗料がこびりついた深緑色の塩ビマットが敷かれていて、

 その上には左手側の筋電技肢や、使ったまま乱雑に転がっているドライバー類、何かのケーブル、ノギスやテスターなどの計測機器、ミドルタワーサイズのPCとその入出力機器、複数台の3Dプリンター、潤滑スプレーやグリス、万力などが見受けられる。

 床には梱包材や、なにかの商品が入ってたであろう空箱が無造作に積まれていて、机の側面には雑に折りたたまれた段ボールが立てかけられている。


 まるで別人のテリトリーのようだが、間違いなく永遠の仕業なのを私は知っている。


 永遠は床に置きっぱなしになっていたヘルメット型の機械をおもむろに持ち上げると、


「テツ、VRのスペックはこれで足りる?」


 私にそれを差し出した。


 近くで見なくてもそれがなんなのか一発で判別できた。

 VR機器、それも医療用途にも過不足無い過剰な性能を発揮する現行のハイエンドモデルだ。

 ナノマシンの服用無しでも電脳世界にダイヴできてしまうその性能と価格設定は正気ではないとの評判だ。


「永遠ちゃん永遠ちゃん。安いVRメガネとナノマシンでいいんだよ、BCDオンライン遊ぶだけなら3000円くらいで済む」

「……なんでそれ早く言ってくれないの」

「俺先週からずっと入院してたんですけど……」

「じゃあ使い慣れてるこれ使えばいい?」 永遠はきれいな方の机においてあるデバイスを手に取った。

「うん……それもやりすぎなスペックだけど」

「性能は良ければ良いほどいいのよ」


 ふんと鼻を鳴らす永遠である。

 ついでに汚い方の机に置いてある小さなボトルを手に取って、蓋を開けた。

 中身はVR用のナノマシンだろう。彼女は一息にボトルを空にした。


「じゃあゲーム落としてこようか。はい今リンク投げたよ」

「ありがと」


 ウェアラブル端末を器用に操り慣れた手つきで彼女はゲームをインストールする。


「あれ? もうインストール終わったの? どれだけ低容量なのよこれ……」

「人格持ったNPCいないからなこのゲーム」

「それ手抜きじゃない?」


 呆れ返る永遠だったが、ゲームはしっかりプレイしようと思っているようでVRメガネをかけながら同時に床に転がっていた特大クッションに身を投げた。


「んふふふー。じゃあ始めるから。テツ、ついてきて」


 何だ今の笑い方……。

 今日学校で朝会ったときから永遠はやたら機嫌が良かったが、ここまで来るともう逆に不気味である。

 私の体が新しくなったことが、嬉しいのだろうか。


 投げられるゲーム観戦の申請。私は受理した。

 デバイスが観戦に向けて待機モードに移行する。


 ……深く考えていなかったが、私のゲーム事情に関して一番口うるさいのが永遠だ。私の母親よりもやかましい。

 怒られるとしたらプレイ時間の多さか、授業中にやっていることか、弟子のことを適当に扱ってクランメンバーと馬鹿をしていることのいずれかになりそうだ。

 なんとか隠しながら遊ばないと……。


 制服の首元を緩めたり、靴下を脱ぎ去ったり、足を大きく広げたりと、楽な体勢で寝転ぼうとしている永遠を見て私は忠告した。


「ちなみにBCDオンラインって完全没入型じゃないんだけど」

「なにそれ。昔のなんちゃってVRゲームみたいと同じやつ?」

「いやそれを別の方向に進化させたやつ。永遠が使ってるソフト開発用の簡易VRチャットが近いかな」

「あの技術でゲーム作ったのは正気じゃないわね……」


 私は永遠が勉強用に使っている椅子に座って、鞄から携帯ゲーム機を取り出した。

 ながらVRについては永遠も知っているので今更何か言われたりしないが……。


「じゃあテツがこのゲーム遊んでも意識はそのままじゃない。通信偽装して授業中にプレイしてるんじゃないでしょうね」

「そんなことないよー」


 軽い口調で真実を突き止められた私は動揺しながらもサイボーグフェイスで平常心を偽ったのだった。



       ○



 ユーザーネーム、オリーブ。

 外見、赤髪で前髪をパッツリと切った成人女性。本人の趣味により胸は大きめ。


 そこまで決めたところで、チュートリアルが始まった。

 永遠は真白く広いだけの空間にたった一人たたずんでいた。

 この空間は後にブリーフィングルームとして訪れる場所である。マップの流用は基本だ。


 永遠は自分が操るアバターをしげしげと眺める。


 装備しているのは初期装備である【征旅(せいりょ)の鎧レベル1】のチュートリアル特別仕様版である。

 現実の甲冑とは違い、複数の金属板を貼り合わせて整形したようなファンタジックなそれは、直線を持つ部分が多いため鋭い印象を持つ。

 色は白の部分が多いため、純白の鎧、と称することもできるが、設定的には【勇者の聖鎧】の簡略量産版でありデザインも簡略化されている部分が多くどこか冴えない印象の装備である。


『今から傭兵として戦っていくための訓練を開始したいと思いまーす』


 そうこうしているうちにチュートリアルが始まった。

 ゲーム内では二度と聞くことのない少女の声をした天の声が響く。


『まずは視界操作の訓練から!』


 視界に説明書きが表示される。


 ================================================

〈チュートリアル STEP1〉

 ・首を振って視界の操作

 ・体の操作でも、プレイヤーの旋回が可能

 ================================================


「そこからはじまるの!?」


 永遠が現実でもVR上でも叫んだ。

 彼女の困惑は続く。


「えっ? なにこれ体が重い……! 重しつけられて水中にいるみたい……!」


 彼女は必死に体を動かそうと力を込めるが、関節部分がさび付いた機械人形のように動作はぎこちない。


「足もゆっくりしか動かないし首もちょっとずつしか回らないんだけど……!」

「それがこのゲームなのだ。プレイヤーの身体能力と機器の性能問題の最下層に合わせて作ったらこうなったらしい……」


 そんな様子で永遠が好き勝手に動いていると、ピローンと効果音が鳴り響く。



【STEP CLEAR!】


『すごいね!』



 元気よく響き渡る天の声を聞いて、永遠は不機嫌そうに言った。


「ねぇテツ、これだけで褒められても私うれしくないんだけど」

「耐えよう」


『次のプログラムは移動についてだね!』


 ================================================

〈チュートリアル STEP2〉

 ・歩行でプレイヤーの移動

 ・レーダーマップには様々なアイコンが表示される

 ================================================


『じゃあ、いまからレーダーで指示された目的地まで歩いて行ってみよう!』


 永遠の機嫌など全く関係無しにチュートリアルは進んでいく。


 視界にブロックノイズが走る演出が入り、視界標示物が追加される。

 こった演出だが、もう二度と見ることはない。

 出てきたのは魔力レーダー、ミニマップ、スコアゲージ、味方体力一覧。


 そして実際のマップ上にも矢印が表示される。ARの道路ガイドのようなものなので、現代人には馴染みやすいものだ。


「永遠ちゃん、あの矢印まで歩けば褒めてくれるぞ」

「早く終わらせて次行きましょう」


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