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22 NEW BODY!!!

 BCDオンラインの話題をリアルでするにあたって、自分のユーザー名や所属クランを明かさないようにする必要が今週から生まれた。

 一般的にレア度4装備を持っているユーザーは超がつく廃人である。

 私は運がよかっただけだが、他人からはそう思われないのが現実だ。


 加えて【大赤字】も意外と悪名高い。

 メンバーが満員に近い数まで入っていて、アクティブが多く、腕が立つメンツも多いので当たり前のように有名な中堅クランの一つに数えられているのだ。


「雪村さんってゲームとかやるんだ、意外」

「あはは、そうだね。自分でも意外だと思ってるよ。今年の春からやり始めたんだ」

「じゃあ初心者? いや、雪村さん頭いいからもうAレートまで行ってそう」


 小声で廊下を歩きながら話す。

 私は保健室へ、雪村さんはグラウンドへ。

 通る道が分かれるまでの短い時間でなんとなく言葉を交わす。


 幸村さんは苦笑いして、


「私なんて全然強くないよ。そういう保住君はどうなの?」

「さぁどうだろ」

「あ、それ強い人の言葉だ」


 ふふふと雪村さんは屈託のない笑顔を浮かべた。


「でもそっかぁ、保住君がサイボーグだったなんて考えもしなかった。……サイボーグならやっぱりゲーム強いよね。うらやましいなぁ」

「なら今週追加された【メリッサ】か【クリーガー】のどっちかは持っておいた方がいいかもよ雪村さん。今後90コストはアレが主流になっていくらしいから」

「そうなの?」

「俺も今情報集めてる最中だけど、アレ使いこなせないとたぶん環境においていかれる」


 ノララさんや廃村さんのお墨付きだ。信用性は高い。

 私がそう訴えると、雪村さんは微笑みを浮かべてこう言った。


「一緒に頑張ろうね、保住君」


 不意に私の胸が高まった。

 いや、私の心臓は有機コンピューターで電子的な制御を受けており、現在はセーフモードで動かしているので鼓動の周期はほぼ一定なのだが、それでも何かが私の胸を射貫いた実感があった。不整脈かな……?


 私は自信なさげにつぶやいた。


「……俺明日から入院かもしれないから置いていかれたらごめんね」

「入院? そこまで大変なの?」

「サイボーグだから大きい不調があったら基本は手術。今回は……結構大きな箇所の不調だからもしかすると一週間くらいは入院かも……」

「そんなぁ……」


 私の言葉を聞いた雪村さんはなぜか、非常に気を落としたのだった。



       ○



 翌日。

 すっかり慣れてしまった患者衣に袖を通し、左目に眼帯をしたまま病室でのんびりと時間を待っていた。


 なんでもう今日の午後には手術の日程が組まれているんだろうか?

 病院側のスケジュールに余裕がある体制なのはまだしも、パーツ届くの早すぎない?

 常識外れで急すぎるスケジュールに若干やきもきしつつも、来たるべき時間を遊びながら待つ私である。


 不調でVRゲームができないならやることはもうネットで時間つぶしくらいしかないのだが、二時間もすればやることはなくなってしまった。

 他にやるべきことは無いか。【大赤字】のメンバーの大半は私がサイボーグだと言うことを知っているし、出入り可能な他のクランのリーダーに知らせていたら日が暮れるから言わないとして――


 そうして人脈の総当たりをした結果、私は弟子の存在に手術前ギリギリでたどり着いた。

 持ち込んだ古き良きノートパソコンを起動し、急いでマツリカにメールを送った。


『緊急入院することになりました。一週間はネット使えないしログインもできないかもしれません、ゴメンね』



       ○



 そして外部との関わりが断絶した状態で、一週間が経過した。




 木曜の午前には退院できたので、その日は自宅待機で想定外の休日となった。

 自宅待機、甘美な響きである。

 しかしVRゲームのプレイはドクターストップが掛かっているのでプレイはできない。

 VRゲームができないなら……できないなら……。

 ……。


(俺は休日、VRゲーム以外いつも何をして遊んでいたんだったっけ……?)


 もしや自分はほぼ無趣味なのではないかと衝撃を受けながら、私は古い携帯ゲーム機を手に取って充電ケーブルを差し込みその電源を入れた。



       ○



 金曜日。

 久しぶりの登校だが、私が一週間以上いなくなったところで別段誰も大騒ぎはしないのが現実だ。

 廊下を歩いていると、別のクラスに行ってしまった友人か声をかけられたりするが、彼らは私がサイボーグだとは知らないので持病だと適当にごまかした。

 本当にごまかせていたかどうかは知らない。


 問題は私がサイボーグだと知っている友達への対処だ。

 事情を知っているのは先生、永遠、竹内、そして雪村さんだ。

 先生は友達ではないので誤魔化す必要は無い。

 永遠は私の体の事情に深く入り込んでいる一人なのでそもそも誤魔化すという発想が間違っている。


 問題は竹内と雪村さんだ。


 あたかも待ち構えてたかのように廊下に立っていた竹内が、教室へ向かって歩いていた私に目を向けた。

 一週間以上顔を合わせていない中での再会だが、お互い特別な感情は湧き上がらなかったので普通に挨拶をした。


「おはよう」

「ようやく退院か」

「ゲームに復帰できるのは今日の夜からだわ」


 その言葉で竹内はゲーム廃人を見るような視線を向けてきたが、私は寛大な心で受け止めた。私は廃人ではないからである。


「ここで誰か待ってたの?」

「うちの女子マネ」

「……そういえばお前は剣道部の部長だったな。三年に押しつけられた不憫な男……」

「たまに全体集会とかで表彰に前出てるぞ俺、まさか見てないのか」

「俺そういう時はゲームやってるし」


 呆れたと言わんばかりの表情をする竹内である。


「なに? 女子マネ狙ってるの?」

「……なんで分かるんだよ」

「俺は人の心がある程度は分かるし、そもそも顔に書いてある」


 私の、人の微表情から心理を読み取る力に関して、竹内はそれを知っていながら普段通りに接してくれるという貴重な友人だった。

 元々わかりやすく開けっぴろげな性格というのもある。そして、現在彼の心理は誰が見ても読み取れてしまうほど分かりやすいものだった。


「……頼む! 脈あるか見てくれない!?」

「え――……?」

「後生だから! 今日じゃなくてもいいから!」

「俺は自分の力を私利私欲のためにしか使わないって決めてるんだけど」

「世のため人のために役立てようという気はない?」

「ない」


 私はそうきっぱりと断言し、思いっきりとぼけることにした。


「今度の大会で優勝したら~、的な口説き文句を使うといいぞ」

「悲しいけど今のメンツだと次の大会は一回戦勝てたらいいほうなんだ……」

「俺が助っ人で出ようか?」

「真人間と戦おうとするな。それにお前ルール知らんだろう」


 私たちの会話に耳を立てるような輩はいないとはいえ、普通に『真人間』とかいうキーワードが出てくると私の内心は穏やかではなくなる。

 それに、ひどく内容のない雑談になりかけてたので、私は話題を元に戻した。


「まあ今までで見た感じでは好感触だろ。女子マネ」

「……本当?」

「信じるか信じないかは自由だ」

「……俺もその目があれば彼女とか作り放題だったのに」

「手術する?」

「しない。第一金がないし、レギュレーション違反で剣道できなくなる」

「借金という手段がですね」

「無茶言うな」

「そもそも目があれば彼女できるってどういう理論だよ」

「俺の人生の師匠が言っていた。恋愛は押しの強さと試行回数だと」

「それ前に言ってたナンパの理論じゃなかった?」


 私がそう指摘すると彼は黙り込んでしまった。


「……と、とにかく相手の心理が分かればそれだけで有利、なんだと」

「……そうかなぁ……」

「お前は恋愛興味ないもんな、もったいない。その特殊能力に、知識と経験と行動力があれば彼女の一人二人余裕だろうに」

「俺がお前にBCDで言ってるようなことを言いやがって……」

「BCDのセオリーの一つの『攻めてる方か強い』。これも恋愛のコツの一つだって言ってたな」

「そうなの?」

「お前だって、美人が向こうから来てくれたらいいなーみたいなこと考えるだろ? 女の子側もそう思ってるからこっちからガンガン行くんだよ。……たぶん」


 したり顔で竹内は語るが、その顔と声には自信のなさがにじみ出ていた。

 彼も今まで彼女などできたことのない男の一人だった。

 モテるための努力はしているようで、徐々に女子からの印象は良くなっているのだが未だに結果は出ていなかった。

 その姿勢にリスペクトはあるが、成果には期待せずに眺めているのが私である。


「そういやお前が休んでるとき何回か雪村さんにお前のこと聞かれたんだけどなんかあったの?」

「……雪、村さん……? 心当たりがない……」

「なんかお前の左目について知ってるみたいだし、BCDオンラインで話したいことがあるとかなんとか言ってた。いつの間に仲良くなったの?」

「……心当たりがない……」



       ○



 竹内と別れた私はおっかなびっくり教室に入った。

 できれば竹内に一緒についてきて欲しかったが先約もあるし、なんか女子マネに粉かけているところを見るのも不愉快なのでいつも通り単独行動だ。


 教室の方向に向けて集音を全開にしクラスメートの声を……というか雪村さんの発する声を探る。

 声はない。だがそれだけでは安心などできない。できれば外から教室の中を目視したい。

 しかし、教室にいなかったところで、どうせHRまでには顔を合わせることにはなるのだからどうにもならない……。


 私は覚悟を決めて教室に踏み入った。

 自分の机の方を見ると、即座にこちらの方向に顔を向けた人物と目が合った。

 雪村さんだ。


 彼女は話していた友達に一言声をかけると、トテトテとかわいらしい足取りでこちらに向かってきた。


「退院おめでとう保住君」


 彼女は開口一番、そう言った。表情に不自然さはない。

 本心で私の退院を祝ってくれているようだ。

 なぜ? 今は逆にそれが怖い。


「一週間以上も入院なんて大変だったね」

「心配してくれてありがと」

「授業とか大丈夫?」

「その辺はこれから取り戻さないと駄目かなー」


 私の声を聞きながら、雪村さんはおずおずと携帯端末を取り出した。


「保住くんが良かったらでいいんだけど、連絡先交換して貰っていい?」

「……?」

「私、入院してるときにお見舞いとか連絡とか入れたかったけど、保住君の連絡先知らないし」

「??」


 彼女は携帯端末を取り出して、連絡先を交換しようと私が持っているであろう端末に申請を飛ばした。

 雪村さんは私が端末を取り出すのを待っているようだが、私の持ち物にそのようなモノはない。

 そう言った機能はすべて体の内側にある電脳にインストールしたエミュレータが代行してくれるからだ。


 視界に彼女から飛ばされてきた申請の画面が表示される。

 無言と棒立ちのまま私は申請を受理。同時に雪村さんの装着しているデバイスにその報告が行く。


「えっ? いま、保住君何もしてないのに――」

「俺、検査の日以外は携帯持ってないのよ。自分の体で全部代用できるから」

「そうなんだ……初めて知った」


 彼女は目を丸くして驚きを私に知らせている。


「でもこれでいつでもお話しできるね!」


 にっこりと笑って雪村さんは私に微笑んだ。

 不随意筋の動いている割合が多い。本心から言っているようだ。

 どういうことなの?


「でさ、一週間ずっと聞きたかったんだけど、手術ってなにがどうなってたの? 永遠ちゃんに聞いても教えてくれなくて」

「永遠に聞いたの?」

「うん、でも、本人の口から聞いてって」


 私は周囲を見渡すために首を右へ左へと振った。

 教室はクラスメートがそこかしこで雑談をしている。


「人に聞かれたくないから言いたくない」

「……どうしても駄目?」


 彼女のねだるような視線。私は即座に折れた。


「……パーツの制御用の装置に不調が出たから、それの取り替えついでに使ってたパーツも全部新しいのに取り替えたの。左目も新しくしたよ、ほら」


 言いつつ、私はファッショングラスを外して左目を指さした。

 そうすると、雪村さんは息が触れそうなほどの距離まで顔を近づけてきた。

 彼女の心拍数に変化は見られない。完全に興味本位からの行動のようだ。


「あ、血管みたいなのも見える……本当の目みたい」


 目をのぞき込むというのは、永遠が私によくする行動の一つなので私もそれほど緊張はしなかった。

 永遠は私の右目の状態を見て、なにかの判断を下すらしいがよく分からない。

 そういうときは私は大抵左目を使って周囲の様子を見ているのだが――


 今回のぞき込まれているのは機械にしてある左目だ。

 左側の視界は完全に雪村さんの肌色で埋め尽くされていて、機械で制御されていない右目の自由度は低いのでどこかを見るのも難しい。ゲームも夜まで禁止だ。必然的に両目で彼女を見るしかなくなる。


 そして、雪村さんは左目観察を終わるとなぜかそのまま視線が右目の方にスライドしてきた。


 自然と、鼻と鼻が触れあいそうな超至近距離で、私と彼女の両目が合った。


「~~っ!」


 雪村さんは、自分がしていた行為をようやく客観視できたのか、顔を真っ赤にしながら顔を引く。

 すぐさま出てくる謝罪の言葉。


「ごっごめん保住君……いくら何でも近かったよね……?」

「いや別に雪村さんなら構わないけど」


 私は全身の動作を電脳で制御して、無理矢理にも平常心を保った。

 なに? なにが起きているの? ドッキリか何か?


 肝心の雪村さんは、本気で顔を赤らめていた。

 私以外の特定の誰かに意識を向けているようなそぶりの一つも見えない。

 えっ。今の自主的な行為なの?


「あのときみたいに他の人がいなかったら取って見せれたんだけど、ごめんね」

「いやいやそこまでしなくても平気だってば! ちょっと見れたから満足だよ」

「露出してる部分には本当に眼球線維膜使ってるんだって。もうここまで来ると生の目と見分けがつかない、らしい」

「そんなのあるんだ……」

「海外だとそういう需要が強いんだって」


 新しい義眼の導入を決めたのは永遠である。

 日本国内のマーケットにはまだ出回っていない商品らしい。

 アイカメラとしての性能も悪くないどころか前の義眼よりも上がっているのはさすがの目利きである。値段のことは知らない。


 そんなことを考えながら目の前の彼女のことを観察していると、何度も視線を切りながらも、雪村さんもちらちらと私を見ていることに気がついた。


「……もしかして俺の顔に何かついてる?」

「いやそうじゃなくて、保住君、なんか顔変わった? 前みたいはメガネがもっと似合ってたのに、なんか今はメガネない方がかっこいいよ?」

「……手鏡とか持ってない?」

「もってるよ。ちょっと取ってくるね」


 私の意をくんでくれた雪村さんは、小走りで自分の席の鞄まで行き、筆箱に入りそうなほどかわいらしい小さい手鏡を手にしてから戻ってきた。

 彼女は「はい」とためらいもなく私に差し出しす。化粧用の手鏡なんだろうか。


 ありがたく受け取って、自分の顔を見る。

 一応寝癖がないように整えてきたが、それ以外の確認はしていない。

 雪村さんの口ぶりからすると目が変わっているようだが……。


「……やられた!」


 記憶の中の自分の顔と照合すれば、それはすぐに気がついた。


「永遠の親父さんだ! あの人はひとの顔を勝手に……!」

「勝手に整形されたとか……?」

「いや、なんというか……」


 説明を求める雪村さんの不安そうな表情。

 もうどうにでもなれと、私は口を開いた。


「事故で顔の形がかなりぐちゃぐちゃになった影響とか、手術とかで人工骨格とかいろんな機械入れている影響とかで、頭部は代謝に任せてるとめっちゃ歪むんだって。だからゲノムとかバイタルデータとか使って将来を推測してちょっとずつ人の手で形を変えることになってんだけど、」

「だけど?」

「毎回誰かの好みのノイズが入った顔になってるんだよね。……今回は目つきが若干若い頃の父さんに寄ってる感じがするなぁ……」

「じゃあ、今回はお母さんの趣味とか?」

「いや、これは永遠と永遠の父さんの趣味だな。あの二人は俺が伊達メガネをかけることにあんまりいい顔してないから」

「なんで?」

「似合ってないらしい」


 今までの私の自信なさげな目つきとは少しだけ変わっていて、どこか活発さも漂う優しげな目つきへと若干変化していた。

 その変化は自分でも気がつかないほどの、絶妙な加減だった。


 手鏡に映る私の顔の写真をアイカメラで撮影し、そのデータをARとして眼前に投影する。閲覧設定は私と雪村さんのみだ。


「しかもほら、今回は顔がほぼ完全に左右対称だ。めっちゃ不自然じゃん……」


 ソフトウェアで写真の左右反転を繰り返して指摘する。藤咲家は私の体を遊び道具だと勘違いしているのか、無断で細かいところの設定を帰ることが多々あるのだ……。


「でもまあ目の違和感は消えてるし、ちょっとくらいならいいか……」

「えっ? いいの?」

「昔なんて顔予測するAIの精度悪くてほぼ別人の顔だったことあったし、これくらいなら許容範囲かなぁ。自分でも気がつかなかったし」


 私がそう告げると、雪村さんは困ったように笑ったのだった。



       ○



 その後、教室に担任が入ってきてHRが始まる前に、雪村さんが私に向かってこう言った。


「保住君、やっぱりメガネかけてない方がかっこいいよ?」


 それはかけるなという遠回しな圧力でしょうか……?

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