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21 たかが、されどもメインカメラ


 火曜日になった。

 授業に出つつBCDオンラインにログインしながら、アップデートを待つ。


 14時になり、今週追加された新装備が判明した。

 どちらも恒常ガチャでは最高レア度3の騎士【メリッサ】【クリーガー】。

 コストは90。勇者装備レベル2の競合相手となる。


 主人公側の連合国軍サイドの装備は漢字交じりで【○○の聖鎧】という,ネーミングの傾向があり、敵側の帝国軍サイドの装備はカタカナで【○○メイル】となっているのが一般的だった。

 今回の【メリッサ】【クリーガー】は一般的な命名傾向からは外れていることに対してノララさんを筆頭にクランメンバーがごちゃごちゃ言っていたが、そんな話題はすぐに押し流された。

 環境を変えてしまうほどの強装備だったからである。


 そして翌日、水曜日の午前中。

 その使用感を確かめている最中、私は突如強制的にログアウトさせられてしまったのである。


 体のバイタルチェックと機器のデバイスチェックを走らせれば、身の毛立つほどの大量の致命的エラーが発生していたのであった……。



       ○



 ちょうど昼休みが始まったばかりだったので、私はひとり手に汗を握りつつ最善の行動を打つために歩き回っていた。

 このようなとき、事前の準備がなければ時間の経過で体調が回復することはない。サイボーグの欠点の一つである。

 急いで私の体の事情を知っていて知識と技術を持っている人物――クラスメートで幼なじみでもある藤咲(ふじさき)永遠(とわ)に助けを求める。


 ネットワークを使ってSOSを送ってもよかったがエラーが出て使えない。

 仕方が無いので、友人らと会話を楽しんでいる永遠に向かって遠くから声をかけ、こちらへと呼びかける。


「永遠、永遠。ちょっと来て、ヤバイ」


 私の呼びかけを聞いた永遠は友人達に一言声をかけて、その席を離れてくれた。

 雑談に興じていたグループの中にいた転校生の雪村(ゆきむら)茉莉(まつり)が不思議そうに私たちを見つめていた。


「ヤバイ? 何」


 永遠は肩ほどまで伸ばしている黒髪を手でかき上げながらそういった。

 不機嫌そうな鋭い彼女の視線が私を貫くが、もはや気にしている余裕はない。

 端的に症状を説明する。


「いくつか筋肉が動かん。背中側のそこそこ太いのが何本と、足の細かいのが何本、あと頭皮の筋肉もちょっとしびれてて、そのうち動かなくなりそう。ネットもなんか繋がらない」

「自己修復ユニットは?」 ことの重大さを認識した永遠は冷静に聞き返す。

「重いから持ってきてないです……」


 私は正直に白状した。

 永遠は大きなため息をついて、


「とりあえずは警備ロボのやつをちょっとだけ借りて対応しましょう。うちの病院にも連絡しとくからこれからの予定、全部キャンセルしておいて。今のところは普通に動けるのね?」

「全力で走ったりは無理。だからこの後の体育は苦しいから無理言って保健室で欠席させてもらう。もともとやれることはほとんどないし」

「倒れそうなほどじゃないのね?」

「そこは、大丈夫。絶対。まだ予備のシステムまで使ってないし」


 私は自信を持って断言した。


「この前のメンテナンスでは大丈夫だったけどやっぱり機器が寿命なのかしらね」

「そうだったの?」

「無線LANモジュールなんか前のボディから流用だったし、それが耐久限界を超えた感じじゃないかしら。筋繊維系のいくつかが動かないのは……ローカルネットワークの方にまで影響が出たのかな?」


 永遠はその細い顎に人差し指を当てて考え込むような姿勢を見せたあと、誰にも聞こえないような声でこういった。


「でも、ちょうどいいかも」


 故障してるのになにがちょうどいいんでしょうか……。

 幼なじみの少女はうれしそうな表情で私の顔を見つめ、息を大きく吸い込んだ。


哲人(てつと)(※主人公の名前)がよかったら使ってる機材を全部新しいタイプに交換しない? そろそろ全身寿命来てもおかしくないだろうし」


 永遠は携帯端末を取り出してぶつぶつボイスコマンドを呟きながら怒濤の勢いで指を動かし始める。

 その端末にはディスプレイやスピーカーなどはついておらず、見てくれはちょっと圧のみある金属のカードでしかない。

 操作は表面に実装されている多種多様なセンサーや接続したウェアラブル端末を利用し、ボディージェスチャーやボイスコマンドなどを利用して行う。

 映像や音声信号は個々が装着しているAR機器などに直接送られる仕組みになっているため、端末同士の情報を常に共有するような深い関係でない限りそれを他人が見ることはできない。


 永遠は見ているブラウザの画面の共有申請を私に投げつける。

 私が受理すると海外の聞いたこともないサイトが開かれた。

 翻訳サービスを使用していない素の画面は、英語だらけで全く意味が分からない。


「この前発売された新しいcnt筋繊維組織はね、筋収縮速度も上がってて軽量なのにパワーも上がったの。シャーシも最近は安くなってきてるからボロン繊維使ったプラスチックにしてもいいかな? できればまた軍用規格を使いたいわね、ある程度は耐弾性があるらしいし。声帯デバイスもスピーカーと併用できるタイプのやつの値段も落ち着いてきてるからそれにしましょう。電子鼻も嗅覚センサーの性能も分子識別技術もどんどん高性能化してるからちょっと値段にガッツ入れて現行のハイエンドモデルで。内耳も低周波音から超音波まで聞き分けできるやつがあるんですって、頑張れば反響定位もできるようになるらしいわ。燃料電池とコンデンサーももっと大電力用の――」

「ちょっと待って永遠」


 周囲に聞かれるとそれはそれで面倒なので、口早に言い募る永遠に私は一旦ストップを申し出た。

 聞こえてくる単語が趣味丸出しである。

 こうなった永遠はその知性が全く役に立たなくなってしまう。


 冷静さを欠いてる永遠に向かった私はこう問い掛けた。


「それ全部本当に必要?」

「ロマンよ」


 彼女は平然と言い切った。

 いかん、勢いで押し切られる。

 そんな予感がしたので、私は体のモードを切り替えた。

 生き残っているセンサーの精度を上昇させ、永遠の心をのぞき込む。


 短く息を吸い込むために鼻孔が広がる、肩の筋肉と体幹に力が入る小さく鈍い音が聞こえる。

 永遠は私の体に腕を伸ばし、その手を握った。


「今は本当に時期がいいの。新技術の公開で新しい軍用パーツも市場に流れてる。ニューボディのアセンブルをするなら今なの、ここ逃がしたらあとでぜっっっったいに後悔するから!」


 大胆に力説する永遠はさらに握る手に力を込めた。

 白く華奢な彼女の手からは想像できない程度には強い力だった。

 じわと発汗もしている様子である。自分の大声で興奮しているのかもしれない。


「どうせまた全身軍用パーツでそろえるつもりなんでしょう?」

「当たり前じゃない!」

「無駄に金かけなくてもいいじゃん……」

「無駄じゃない!」

「俺は永遠の財布が心配だよ。昔みたいに医療用のボディでよくない?」


 永遠の表情筋からすっと力が抜けた。しかし握る手にはさらに力が入る。


「昔みたいって……今も昔も子供用のボディがいくらすると思ってるの。全部カスタムメイドだったのわかってる? アレに比べたら強化兵再現なんて全然安いんだから」

「そうだったの?」

「昔は技術も未熟だったからほとんどのパーツは一から設計し直しだったんですって。その時の経験のおかげで今は子供用ボディの値段も昔よりかは安いけど、でもやっぱり極少数の受注生産だから高いの」

「知らなかった……」

「私のお父さんと、事故の賠償金のおかげでどうにかなったけど、その頃はみんな必死だったもん。考えてる暇なんか無かったって」

「永遠ちゃん……その話は」


 苦い記憶が掘り起こされ、二人そろって顔をしかめた。

 沈黙。気まずい。

 何か話題を切り替えねばと永遠の見ているブラウザの文字をリアルタイムで翻訳して、切り出した。


「……今回のコンセプトの予定は?」


 永遠は私の体をおもちゃか何かだと思っている節があるので、事前に構成と見積もりを妄想することで遊んでいる場合がある。

 彼女はさらりと口を開いた。


「人型の重機+完全メンテナンスフリー。メインカメラも高性能なのにするけど、補助用に複眼も入れていい? 首回りとかの目立たないところにするから!」

「だめです」


 ばっさりと断ち切ると永遠はしょぼくれた表情をしたが、私の目には演技だと一目で分かった。



       ○




 歩いて帰れなくなると困るので、私の体の事情をある程度知っている担任の教師にエラーログを提示し、警備用のロボットに使われている自己修復ユニットを少し分けてもらうことにした。


 修理を教室でやるわけにはいかないので永遠を連れて保健室に行き、簡易的な修理をしてもらった。

 昼休みを修理でつぶした永遠はそのまま授業に行き、私はそのまま授業を見学することになった。永遠にはあとで埋め合わせをしなければならないだろう……


 手で眼鏡を取ろうとして、眼鏡をかけていないことに気が付いた。

 あれ? いつ外してどこに置いたっけ……。


 映像記録をたどればどこで外したかは絶対に判明するがあれはあれでめんどくさい作業になる。

 ゲームもできず暇だし、私は保健室に行く前に自分の足を使って探しに行くことにした。


 静まった廊下を歩いて誰もいない教室に行く。

 別のクラスの生徒が扉ガラス越しにちらちらと私のことを見るが、私は何もやましいことをするつもりはないので堂々と歩く。私は置き忘れたと思われる眼鏡を探しに行くだけなのだ。疑われたら最悪、映像ログを提出すればよい。


 のんびりと教室の扉を開くと、中で動く1つの影が小さな悲鳴を上げてこちらを振り返った。


「わっ……! びっくりした……」

「ん? ……ゆ、……雪、村さん? なんで教室に?」

「……保住(ほずみ)君(※主人公の名字)も体調悪いの?」

「いや、眼鏡忘れたから探しに来ただけよ俺は。体調不良といえば体調不良だけど」


 も、とはどういうことなんだろう。

 しかし私と雪村さんは、積極的に関わり合う関係ではないため、詮索はしないことにした。

 教室で何か悪事企てるような性格でもないだろうし、驚いて動揺していたようだったが拍動も今は落ち着いてきている。

 彼女の言葉から考えると普通に体調を崩しているだけだろう。


 見れば、彼女は永遠の机に置きっぱなしにしてあった携帯端末を手にしている。

 概ね永遠が置き忘れていたことに気がついて、体調不良で体育の授業から離脱した雪村さんに確保を依頼したのだろう。


 そして、私のお目当ての眼鏡は永遠の机の上に置きっぱなしになっており、それに気がついた雪村さんはそれをつまみ上げた。


「あー、この眼鏡って保住君のやつだったんだ。藤咲さんの机に置いてあったからなんだろうなーって思ってたんだ」

「そうそれ俺の、無くしたら永遠に怒られる」


 言いながら私は雪村さんの元へと足を進めた。

 彼女は物珍しいのか、私の眼鏡のデザインを確かめるかのようにじっくり観察しながら私に問い掛けた。


「保住君って視力悪いの? ……って、あれ? この眼鏡、度が入ってない……。ARデバイスでもないし……」

「ファッショングラスです」


 私は物怖じせず端的に答えた。

 雪村さんはそれを聞いて、答え合わせをするかのように私の顔に目を向ける。


 確かに珍しいだろう。

 今時、視力が悪いのならばコンタクトレンズ型のARデバイスで補正すればいい。

 伊達メガネというファッションにしろ、眼鏡型のARデバイスも安く普及しているのでそれを使うのが一般的だ。


 窓から日が差し込む。

 隣のクラスからは先生の声と生徒たちの手を動かす音だけが聞こえてくる。


 私は気まずさから、なんとなく視線を別の場所に向けようとして――

 その瞬間、視界が二重にぶれた。


「……左目が」


 決定的なものを、雪村さんに気が付かれてしまった。


 一瞬、ごまかしてしまおうという考えが私の脳裏によぎった。

 だけどもう手遅れな気がした。


 私は、自分の左目を乱雑にとんとんと爪で音が鳴るような強さで突いて見せた。


「左目は義眼なんだよ、俺」


 雪村さんは声には出さないが明らかにその行為に嫌悪感のようなものを感じていたのが微表情から見て取れた。


「みんなには言ってないから秘密ね」

「ぎ、義眼? 目見えないの……?」

「小学生のころ事故で潰れてさ。表面に出てるのは眼球ユニットで、実際はその奥のカメラが本体。眼球ユニットでも外の景色を見れないことはないけど基本はダミーだね」

「右目は……?」

「右目はちゃんとした生の目だからね。そこまでは改造してないよ」


 先ほど視線を動かした時に、一瞬視界がぶれた。

 あれは左右の目の動きの同期がうまくいっていないと発生する現象だ。

 おそらくは左目の眼球ユニットが正常に稼働していないのだろう。

 現在の体の不調は、左目にまで及んでいるらしい。

 人は意外なほど視線の動きに敏感だ。

 右目しか動いていなかったのが、左目の義眼に気がつかれてしまった原因だろうか。


「じゃあ保住君って一応はサイボーグってことなんだ」

「一応ね、一応。……知られると本当に面倒だから、本当に内緒だよ?」

「よく話してる竹内君とかも知らないの?」

「いや、あいつは知ってる。あと永遠……藤咲も知ってる。あいつの家、デカい病院だからそこで世話になってる関係で」

「だからお昼に筋肉がどうって話してたんだ……」

「聞いてたの?」


 私が問い掛けると、雪村さんは恥ずかしそうに話した。


「藤咲さんのこと見てたら聞こえちゃって」


 雪村さんと永遠は同じグループに所属しており、学校ではかなりの頻度で行動を共にしている。おそらくは彼女が最も心を許しているクラスメートが永遠なのだろう。それを私が昼休みに借りていってしまったのだから、聞かれていたのも仕方が無いなと私は合点した。


 雪村さんが意を決したように口を開いた。


「前からそういう人に聞いてみたかったんだけど、ゲームとかするとき、やっぱり体の改造してるとやっぱり便利だったりするの?」


 正直に言う必要もないので、私は嘘を言った。


「目に関しては言うほど便利じゃないなー。右の視神経は残してあるから左目だけ機械でも特にゲームに使えるってことはあんまりない」

「そうなんだ」

「この辺は人によりけりだね。俺の左目は人体の再現が一番の目的だから、アホほど高性能なユニットではない」


 虚偽である。

 私の体は藤咲家が経営する病院で、サイバネティックスを専門とする永遠の父親の手によって施術が行われる。

 だが、入れ込む機械のパーツの選出は永遠が一枚噛んでおり、彼女の個人的な思想によって意味も無く高性能なパーツが私の体にはインプラントされているのだ。


 例を挙げれてみると、左目のカメラは軍用ロボットに使われるものの中で汎用性が高く小型なメインカメラを転用し、わざわざ性能が一番優れていたロットのものを取り寄せたのだ。

 おかげさまで、知識と経験とアプリケーションの組み合わせで視界から様々な情報を拾うことができる。

 人だけに限定しても、筋肉一つ一つの動き、骨格と重心の移動、心拍数、瞳孔の動き散大や縮小など、心理を推測できる材料となる予備動作が無数に読み取れてしまう。


 私は息を吐くように虚言を吐いた。


「重みで顔ゆがむし、外しても穴開くから顔ゆがむし、特に俺は片目残してるからカメラと眼球の同期がとれないと視界がぐっちゃぐっちゃになるし、見たもの全部がデータに残るし」

「全部!? それってすごい量のデータになっちゃうんじゃ」

「実際ストレージのほとんどはすぐ食い潰しちゃうよ。でも、それより、俺と会話してると内容全部録画されてるって初めの頃みんな気にするから、あんまり人には知られたくはないかな」

「……確かに、監視カメラみたいなものだもんね」

「でも町中のカメラなんて気にしないでしょ? 録画されても、確認なんてめんどいからほとんどされないってみんな思ってるのに、サイボーグのアイカメラにはその考えはほとんど及ばないっていう。一日分の映像確認する作業とか毎日してたらゲームで遊ぶ時間無くなるからやるわけないのに」


 詰まっていたものを吐き出すように私の口から言が流れ出していく。

 都合がよかった。

 話題をそらすのと、雪村さんのサイボーグへの印象を変えるのに。


 雪村さんは納得したように目を開いて首を縦に振っていた。

 作り物ではない自然な表情。嘘はついていないようだ。

 若干言い訳がましい気がしたが平気だったようだ。


「そういうわけで事故で右目無くなっても頑張って生きてます」


 そう言って私は雪村さんから伊達メガネを受け取って装着する。

 彼女はその様子をじっと見つめて、


「メガネかけるだけで、義眼の違和感って結構無くなるんだね」


 けろりと彼女はそう言ってのけた。鋭い指摘である。


「気がついた?」

「うん、だって、なんでファッショングラスなんて使ってるのかずっと考えてたし」


 右目で教室備え付けの時計を見る。

 そこそこの時間話していたようだ。

 保健室から抜け出してきている身なのでさっさと戻ろうと話を切り上げようとしたが、まだ雪村さんは話し足りなかったようで――


「保住君ってなんのゲームやってるの?」

「BCDオンラインってやつ」

「あっ、私もそれやってる!」


 そう言って、彼女は今までに見せたことのないほど満面の笑みを浮かべたのだった。

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