20 リハビリテーション!
月曜の夕方前。
今日は私の方からアポを取ってマツリカさんと出会う予定になっていた。
同一サーバー上で出会うための特定手順を踏んだ後に、私と弟子は対面した。
設置されているテーブルの向かい側に弟子を座らせて私は切り出した。
「ごめんね急に呼び出しちゃって。予定とか大丈夫だった?」
「いえいえ! 全然大丈夫です!」
「この一週間どうだった? いっぱい稼げた?」
「はい! 【勇者の聖鎧】とか【重装型聖鎧】とか【先行量産型アーヴィン】とかレアな装備いっぱい出ました!」
「いいねぇ、その辺はサービス開始時からあるけどまだまだ環境一軍装備よ」
「えっと、……ししょうのほうは……」
おずおずとマツリカさんは話題を切り出した。
レア度4装備の話だろう。
マツリカさんは一応情報収集技術はそこそこあるので、当然耳に入れていたようだ。
「あぁ……うん。大変だったよ。本当に……」
「お、おつかれさまです……」
「純粋にねぎらってくれるのはマツリカさんだけだよ。ありがとうね、ちょっと楽になったよ」
「そんな、これくらいのことでお礼なんて。……やっぱり師匠はすごいです。私も、もっと頑張らないと……」
聞き捨てならない単語が聞こえた。
頑張る? 何を?
やんわりと問い詰めることにする。
「最近どう? 試合は勝ててる?」
「えっと、勝てたり負けたり……です、……あれ? これは当たり前ですね」
「一日のほとんど勝てる日もあるし、負け続ける日もある、みたいなのとかは?」
「はい、あります」
「得意なマップとコスト帯はどんな感じ?」
「訓練場で40コストとかです、高コスト帯はあんまり自信が無くて……」
「ぶっちゃけ最近ゲームやってて楽しい?」
「……楽しいような、楽しくないような……って感じです」
マツリカさんは声をすぼめるようにそう口にした。
症状は大体分かったので私は断言した。
「マンネリ期ですね」
「……? 倦怠期みたいなものですか? れ、恋愛ごとの……」
「いやゲームのマンネリ倦怠と恋愛のマンネリ倦怠はちょっとニュアンスが違くてな。ゲームだと、飽きてるけどなんとなく続けちゃうマンネリ期と、ゲームそのものから離れはじめちゃう倦怠期があるのよ」
マツリカさんがマンネリ期であると私は診断した。
しっかりとゲームが日課になってしまっているようだが、それ故に刺激的な体験の頻度が少なくなっているようだ。
ゲーマーが確実に通る道の一つである。
「まあぶっちゃけ俺もレア度4装備掘りに付き合わされてもうしばらくはBCDやるのは控えめでいいかな……と昨日思ったことはある」
「えっ!?」
「……なんか勘違いしてるみたいだけど付き合いで周回してるだけって前に言ったし別に狙ってたわけじゃないし。持ってるからって全然すごくないぞ」
「でも師匠はゲットできたわけじゃないですか!」
「そのこと言ったら【ノララ】さんには負ける。あの人レア度4装備が現状ではほとんど使えないの分かったあとにもなんか周回してゲットしたわけだし。何あの執念……」
私にノララさんのことは理解不能だった。
私に大きな顔をされるのが嫌だとかそういう安易な理由は思いつくが、彼の心の奥底は暗すぎてついて行ったら二度と戻ってこれなさそうな予感がする。触れてはならない。
「まあいいや、その辺の話は。明日アプデだけどそれはひとまず置いておいて、どうする? 正直このままマツリカさんの環境変えない限り退屈なままで、これから時間無駄にし続けるぞー。楽しくないゲーム続けたって無意味だし、しょせんは遊びだからこれやめて他のやりたいことするのも全然アリなんだけど」
「……ぅ……」
マツリカさんは首を絞められたような小さな声を上げた。
引退を勧められたようなものだのだ、おそらく最も信頼を置いている私から。
一種の裏切りのようなものでもあり、ゲーム全般の知識が無いマツリカさんにとっては言い返すことのできない強い意見となるだろう。
だから私はこうも付け加えた。
「もっと強くなるというルートもあるけど……考えるのはとりあえず明日以降にしようか。アプデが来てなんか変わるかもしれないしな」
私は結論を先延ばしにすることで、話を終わらせた。
彼女は断れない性格で、私の言動を重要な判断材料にしているのは明白である。
本心を言えば「もっと一緒に頑張ろう」と言いたかったが、言ってしまえば彼女は必ず首を縦に振るだろう。
それはもはや行動を強制しているようなものだ。
ゲームは強制されてやるものではない。
自発的にやるから面白いのだ。
自主的に時間をドブに捨てるからやめられないのだ。
なのでそういう行為は、楽しくゲームをするためには不要である。
私の話題も尽きて、マツリカさんからの相談もない。
このまま解散でいいかなと私は考えていたが、弟子は唐突にこう開口した。
「師匠って、サイボーグなんですか……?」
「え急になんで?」
「この前那由他さんが、師匠がサイボーグだって言ってたの聞こえちゃいまして……」
どうやら、那由他の発言を真に受けていたらしい。
私はそんなやりとりなんて話題にも上がらずとっくに終わったものだと思っていたが、そうではなかったようだ。
マツリカさんは意外と細かいところを気にしている性格なのだろう。
嘘を言う必要もないので、私は正直に言った。
「そうだね、俺、サイボーグだよ」
「本当に存在したんですね……その……どのくらい、体を強化してるんですか……?」
マツリカさんは上目遣いで、恐る恐る私に問い掛けた。
「あーその辺は無理。教えられない。ちょっと知ってる人が調べれば個人の特定につながるから」
「そ、それは?」
「結構大々的に機械入れてるのよ。どこまで改造してるとかは言えないけど、かなりめずらしいって言えるくらいには体の中は機械だらけ。正直、普通の人が見たら引くレベル」
「……そ、そんなに」
マツリカさんの反応はありふれたものだった。
大抵、ネットで私の体のことをカミングアウトすれば、困惑多めのリアクションを目の当たりにすることは珍しくない。
ネットは広い。
なのでサイボーグ自体はそれほど珍しいものではないから、私はこうして話してしまうことが多々あった。
「いままで隠してたことで嫌な気持ちになったのならごめんね?」
「いえ! 全然そんなことはないです。ただ……」
「意外だった? まあでもそうだよね、まだ日本じゃゲームの中でもサイボーグなんて珍しいし。上位の廃人どもならともかくカジュアル勢でサイボーグはなかなかいない」
「師匠がカジュアル勢……? ちなみに、便利なところ以上に不便なところもやっぱり多いんですか?」
「いや、あんまり不便とかはない。定期的なメンテナンスがあるくらい。先天的か後天的な障害のどっちが原因でサイボーグになったかって言うと後天的なほうで、元々あった脳みそは健やかに育ってたわけだから基本的に見てるものは普通の人と変わらんと思うよ。……たぶん」
マツリカさんは瞬き一つせず私が垂れ流す経験談に耳を傾けていた。
そんなに面白い話なんだろうかと私は疑問に感じた。
がよく考えてみれば私もたまにクランメンバーが口にする個人情報から現実の姿をプロファイルしてみたりもするし、サイボーグとばったり遭遇することなんてゲームだろうと現実だろうとほとんど無い。意図的に探せば別だが。
つまり今は、彼女からすれば当たり前のように希少な体験中なのだろう。
ゲームがあんまり楽しくないなら、こういう馴れ合いの歓楽を享受するのも悪くはない手だ。
乗ってあげることにした。
「でも、ハイエンドモデルの五感デバイス使ってるからやろうと思えば肉眼じゃ見えないようなものも見れるし、野生動物ほどじゃないけど鼻も効くし、基本的にはどんな音も聞き逃さずに処理できるし、真人間だった頃よりかはできること多いとは思ってるよ!」
「すごいですね!」
「真人間の感覚なんてもう思い出せないから主観的な意見だけど!」
楽しそうに聞いていたマツリカさんは私の黒い発言を聞いて表情を固まらせた。
マツリカさんは聡明だ、これは概ね間違っていない。
だが私の発言の意図はまだ正確につかめていないようだ。
私が青年だとすでに見抜かれている気がするが、肝心なのは彼女のサイボーグに対する感覚だ。
ゲーマーは話し相手がサイボーグだと聞くと、健常者が何らかの目的を持って強化に走ったのだと勘違いするのが通例だ。
「サイボーグって言っても俺はいわゆる強化人間じゃないんだわー。機械入れたのは医療目的だし」
「医療目的……? なにか、病気とかでしょうか」
「いや、子供の頃、事故って死にかけた。らしい」
らしい、というのは事故があったときの自分の記憶が曖昧だからだ。
「いやぁ死にかけても今はうまいもの食えるしゲームできるしすごいよね今の科学。体の使い方に慣れれば並列していくつも作業こなせたりするし便利。そのうち〈ながらVR〉もサイボーグ達の間で普及すると思う」
マツリカさんはわずかに考えた後に、私の目を真正面から直視した。
「私あれから、VRゲームしながら別の作業する方法について調べてみたんですけど」
「ほう」
「全然出てきませんでしたし、いろいろ曖昧なことしか書いてなかったんですけど、サイボーグの方達って、ARデバイスもVRデバイスも使わずに使えるって本当なんですか?」
「本当だよ。視神経系の改造と、演算用の電脳積んでればそうなるね。AR・VRデバイスの機能は義体のパーツに元々組み込まれてるから」
「でもそれだけじゃ普通の人間とちょっとだけしか変わらないし、師匠がやっていることって一体……」
弟子は自信がなさそうに言った。
「電子の体と現実の体の2つを同時に動かすのには、ちょっとしたコツと結構な訓練と高性能な代理電脳がいる。この辺は……強化人間とはちょっと趣旨が違うんだよね。ネットで検索しても出てこないと思う」
「そうなんですか……。でもやっぱり特殊な訓練が必要なんですね」
「まあ訓練。……訓練、訓練というか……」
「というか?」
「訓練というか――」
彼女が首をかしげたので、私は言い切った。
「リハビリ」
マツリカさんは再び閉口した。
「む、昔は今みたいにサイボーグの技術も確立してるとは言い難い感じだったし肩身も狭かったし。今みたいにゲームのために肉体改造しちゃうみたいなところまで日の目を見るようにはなったけど、俺はそれよりも前の前の世代のサイボーグだから色々違うところ多いんだよね」
「苦労してるんですね……」
「……あ、ここまで話すつもりはなかったのについつい言っちゃった」
年齢、事故に巻き込まれた時期、改造の度合い。
ここまで大まかに情報を流してしまった。
興味のある人ならば、すでに十人以下まで絞り込める量の情報である。
「マツリカさんと話すの新鮮で楽しいから口が滑った。個人特定したかったらできるぞマツリカさん。やってみる?」
「いえいえ! そんなことできませんって!」
手をブンブンと振ってマツリカさんは否定する。
「一つだけ覚えておいて欲しいのは、このゲームって戦闘能力の重要度は意外と下の方で、勝負を決めるのは位置取りとか状況判断のほうが多めだからサイボーグだろうが真人間だろうがあんまり差は生まれないんだよね。一応サイボーグのほうが有利なところは多いけど、サイボーグだから強いって訳じゃないのは知っておいてほしい」
「えっ!? そうなんですか!?」
「サイボーグのほうが強いんだったら俺が最強格の1人に数えられてると思うよ。だけど現実は違って普通に俺よりも強い人は結構いる。楽しい」
ここで、ふと思い出すものがあった。
「現最強プレイヤーのユリスはどうかなぁ」
「あの人もやっぱりサイボーグなんでしょうか」
「いやぁどうだろう。プロフィール見る限りではプレイ時間はかなり少ない方だし大体一日二時間くらいしかやってないから人間な気がするんだよね。AI何じゃないかって面白半分に言われてるけど、どうなんだろうねぇ。結構人間らしいミス目立つし定石外して奇襲かけるとちょっとは動揺するし」
マツリカさんが現時点で目標としていて、大多数の廃人が目にかけているプレイヤー、ユリス。
私もたびたび戦う機会があるのでそのたびに余計なちょっかいをできるだけ多く出すようにしているが、その正体に関しては未だに有力な情報は何一つ得られない。
このあたりはマツリカさんに話しても不毛なだけだ。
話を切り上げて、私はこう締めくくった。
「とにかく上のプレイヤーにはサイボーグは多いんだろうけど、強さを決めるのは結局は各々の性格と経験から来る判断だから、強化してるからって劇的に強いわけじゃないんだよ」
「意外な事実ですね」
「ハハハ、そうだね、それがこのゲームのいいところなんだよね。でも少しは絶対に強くなれるのも確かだ。マツリカさんも改造する? 知り合いにサイボーグいないからわりと寂しいんだわー」
「さすがに遠慮しておきます」
ですよね。




