02 初心者とレーティングF帯
BCDオンライン。
昔の学校給食のスープのなりそこないみたいな名前のこのゲームは、ファンタジー世界をベースに『聖鎧』という特殊な装備を使い戦いに身をゆだねる人々に焦点を当てている。
聖剣や魔法や勇者だのなんだのという固有名詞とは裏腹にモンスターや魔王などは存在しない世界観で、悪の連合国軍と悪の帝国軍が奏でる泥沼の戦争が舞台となっている。基本的にそこに正義はない。
プレイヤーはその世界で傭兵ギルドに所属し、ストーリーや任務をこなしたり(PvEモード)、他プレイヤーと模擬集団戦(PvPモード)を行い最強の兵士を目指す……と言うのが公式に書かれている文言である。
基本無料、課金要素アリ。
○
桜が散る季節は出会いの季節だ。
マツリカは学生だと必要のないカミングアウトを私にした。
マツリカは今頃どこかの学校の教室で現実を満喫しているのだろう。
そして私も同様に学生である。
よって、今この教室で現実に立ち向かっていかなければならない。
できればゲームだけの世界に逃避したかった。
今日から新学期が始まる。
クラス替えも起こり、周囲は新たなクラスメイトの顔にてんやわんやの大騒ぎである。
私も別のクラスに割り振られた元クラスメイトに会いに行き、雑談に花を咲かせてから自分のクラスに戻ってきたばかりである。
昨日は眠る前に想定外の出来事があった……疲れた……。
マツリカというプレイヤーの存在が頭の中に引っかかり、睡眠の質が若干落ちた気がして仕方がない。
加えて今日のこの騒ぎである。
私は人付き合いが極端に苦手と言うわけではないが、今日は一段と疲れるに違いない。
教室内では以前から親交があったのだろう顔の知らないクラスメートと顔の知らないクラスメートが大声で騒ぎを続けている。
あの人たちとこれから一緒の教室で過ごすのか、と考えるとまあまあ胃がキリキリするような感覚を覚える。
誰に話しかけてみようかな、と言った感じの様子見の雰囲気がそのうち蔓延していくのは想像に難くない。
少々気が重たいので、自分の座席の位置を確認し、腰かける。
すると教室の扉から一人の男がやってきた。
「なんかテンション低いな師匠。今から一年同じクラスなんだぜ」
彼は竹内栄二。
一年のころは別のクラスだったが、BCDオンラインをやっていることがきっかけとなり友人になった男だ。
竹内は対面の座席の椅子を引いて座って私に向かい合った。
「師匠とか言うな」
「分かったって保住(※主人公の名字)。で、また何か厄介事っすか」
おずおずと、しかし楽しそうな声色で竹内が私の顔を覗き込んでくる。
私はメガネの位置を直しながらこう言った。
「……弟子を取ることになりそう」
「俺の弟弟子?」
竹内は面白半分で弟子を自称しているが、明確な師弟関係があるわけではなかった。
BCDオンラインを始めた時期が私のほうが早く私のほうが強かったため、お遊びの1vs1でボコボコにしてたら勝手に師匠に祭り上げられただけである。
「どんな感じ? なんで弟子にすることになったん?」
「典型的な初心者だよ。メッセージが送られて来たんだ」
「直接聞きに行くなんて珍しいな……」
「だろ?」
私は昨日の流れを説明することにした。
やり取りは以下の通りである。
『強くなりたいです。私に戦い方を教えてくれませんか?』
『分からないことがあったら教えるくらいならいいよ』
『プロトさんくらいまで強くなりたいです。弟子にしてください』
『征旅の鎧改持ってる?』
『持ってないです』
『今週中にそれ店で買えたらいいよ』
『わかりました! ありがとうございます!』
それを聞いた竹内は声を張り上げた。
「だだ甘じゃんその条件!」
「小学生とかだったら断ったらかわいそうだろ」
ちなみに征旅の鎧改は普通に遊んでいれば一日か二日で買える店売り装備であり、誰でも使える。どうのつるぎ的なポジションだ。
マツリカは自分が学生だと言った。
VRゲーで見るには昨今珍しい純粋なプレイヤーだった。
加えてアバターは女性だった。
その年齢でネカマプレイとは考えたくないので、女子小学生か女子中学生だろう。
「弟子にするとは言ったけどどこまで教えるかはこっちの自由だしー。とりあえず旅改を買うまでの時間でやる気を見ようかなって」
「……それ、意味ある? てかwikiとか見れば良くね?」
「ネットで調べても出てくるのは浅い情報ばっかりで、今はもう自分で調べて一人で登っていく時代だぞ。というか俺たちが生まれた頃からずっとこんな風潮じゃんか」
竹内は正真正銘のカジュアルユーザーだ。
対人要素のあるゲームに手を出したのもBCDオンラインが初めてであるらしく、昨今の流れを全く知らない。
「そんでもって上に行った廃人は同じレベルの廃人とでコミュニティを作るから、上の連中だけで情報共有してどんどん強くなっていくという……」
「地獄かよ」
「新規参入が途絶えて、ミッド層と廃人の隔たりが覆せないレベルになったあたりでそのゲームは寿命だ。プレイヤー層が先細りすぎてゲームが成り立たなくなって過疎ルート一直線……!」
「……地獄を見てきたやつの言うことは重みが違うな」
「なんで俺が魂賭けるくらいに好きになるゲームはどれもサービス終了してしまうんです?」
「ピーキーなやつばっかり遊んでるからじゃねぇかな」
竹内は呆れたように言葉を投げた。
「その点BCDオンラインは画期的だと思う。簡単だから新規多いしゲームとして浅いからトップ層が大量にいる。プレイヤー層のピラミッドのスケールがでかい、つまりゲームとして安定してるってわけよ」
「……俺としてはこのゲームそんなに簡単では無いと思うけど……。新規参入向けのwikiの記事がかなり充実してるだけだと思う」
「まあ、おかげでプレイヤーの成長速度が早すぎてすぐ廃人にぶつかるという問題はある」
それはゲームデザインの欠点であり短所でもある。
しかし、短所は見方を変えれば長所となり得るのも事実だ。
「その先に行きたいならそこでぶつかった廃人との関わりを持つしか無い。やつらは意外と話したがりだから聞けばかなり親切にテクニックを教えてくれる。我らミッド層の心強い味方だ」
「おまえのどこがミッド層だ。総プレイ時間いくつだよ」
「俺のような雑魚が廃人なわけないだろ。うちのクランには廃人がいっぱいいるからそれに支えられてるだけだし」
「ぬかせ」
竹内はけなすような単語を私に言い果ったが、特に表情は変わらない。
「もうこの話はいいや、別の話題を話しに来たんだよ俺は」
突然話題が切り替わった。
「このクラスに転校生が来るらしいぜ」
「へー」
「女の子だって。結構かわいいらしいぞ」
どこでそんな情報を入手してきたのか若干気になるが、周囲の会話の単語を拾っても似たようなことを喋っているので半分周知の事実に近いのだろう。
そしてHRの時間になり、このクラスの担任が教室に入ってくる。
全員が着席したのを確認し、挨拶と連絡を済ませてから転校生の話になった。
担任がにべもなく言う。
「それでは、転校生を紹介します」
教室の扉に視線が集中する。
扉が開き、入ってきた女子にクラス中の視線が集中した。
視線が引き付けられるのも仕方がないと開き直れそうな、見目麗しい黒髪の女子だ。
真新しい制服に、整った顔立ち。三つ編みのおさげを揺らし、大きく柔らかい双眸の前には、旧式のARデバイスが輝いている。
服の上からでもわかる控えめにふくらんだ胸部、くびれた腰の美麗なボディライン。
とんでもない美人だ、しかし真一文字に結ばれた口元からとんでもなく緊張しているのがこちらにも伝わってくる。
「ほ、本日から転入することになりました、雪村茉莉です。よ、よろしくお願いします」
茉莉?
昨日出会った似たような響きの名前のプレイヤーとは関係ないよな……。
○
新学期初日からゲームの話をしている私のような人間に青春!って感じのイベントに縁はない。
つまり美少女転校生が来ようが遠くから眺めるだけだ。
今はもっとややこしい問題がある……。
始業式の日程は午前中で終わったが、クラス替えの影響やら転校生との交流で帰る雰囲気ではなくなってしまったので、帰宅が微妙に遅れてしまった。
急いでゲームで明日からの憂鬱から目を逸らす。
しかし、夕飯前の微妙な時間帯なのでレーティングマッチにもカジュアルマッチにも人が集まらず試合は一向に始まらない。
この時間帯のカスタムマッチもプレイヤーの質がいまいちなので気も乗らない。
社会人がログインできるようになる時間まで待つしかないようだ。
【メッセージが一件届いてます。】
その時OSからメッセージの通知が、ゲームを通さず私に直接送られる。
送り主はマツリカだった。
『明日までには征旅の鎧・改が買えそうです!』
私はぼやいた。
「ゆっくりやってればいいのに……」
マツリカはどれほどの時間、戦い続けているのだろうか。
ゲームをやり始めのころは動かしているだけで楽しいものだ。
が、言わずもがな、負けるよりも勝つ方が楽しい。
初心者が参加することになるレーティングF帯はまさしくそんなプレイヤーたちで埋め尽くされているだろう。
学習能力が優れており着実にスキルアップを続けることができる者、
ある程度勘が良く戦いを重ねるうちに定石を構築できてしまう者、
事前に情報を収集しシステムの理解が進んでいる者、
他ゲームで磨いたプレイヤースキルを存分に活用する者。
素早く勝ち上がり上のレートに上がれる連中はそんなタイプが多いだろう。
レーティング最下層のFレート帯はゲーム始めたて純粋な初心者から、すでに別のゲームで遊ぶことに慣れている者、そしてこれから中級者へとステップアップしていく強者予備軍も入り混じる。
それらがいっしょくたになり二つのチームに分けられ戦うFレート帯の戦場は極まった混沌の様相を成す。
勝つ負けるはプレイヤーがチームに振り分けられた段階で9割以上は確定していると言ってもいい。
特に味方の質に影響されやすい魔術師の兵科は、その煽りをダイレクトに喰う。
想像してみる。
予測のつかない動きをする騎士たち。
テンプレとは程遠い形のぐちゃぐちゃの前線。
無謀に特攻をした結果簡単に死んで敵に得点を献上し続ける猪戦士。
味方の後ろで大してダメージにならない魔法を撃ち続ける芋魔術師。
連携のレの字もない戦場だ。
考えてるだけで体調が悪くなりそうだった。
気を取り直しギルド受付に走り、NPCに話しかけて再びレーティングマッチに入る。
タイミングがよかったのかマッチングに集まっていたのは10人で、即座に2人が補充され準備が完了する。
都合12人が6人と6人に分けられ、試合準備開始のアナウンスが流れた。
各サーバーに振り分けられてる参加者がブリーフィングルームへ転送される。
処理が少し遅れたためか、私も一拍子遅れでブリーフィングルームに飛ばされた。
これから味方となる5人の顔を見る。
そこには見知った顔がいた。




