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18 高難易度チャレンジ版「対空戦・ソルジャーシップ」後編

 終始無言で周回をこなす。


 現実時間は深夜の一時だ。

 家族は寝静まっており、窓の外を見ても人の気配はおぼろだ。

 時たま車が通るくらいでもう人が活動する時間ではないというのは明白だ。


 しかしVR上では異なる。

 私たちはひたすら周回に励んでいるが、ゲームのロビーチャットは荒れに荒れていた。あまりの高難易度にクリアできないカジュアルユーザー達が不満をあわらにしているのだ。

 AIによる検閲を逃れた、遠回しな罵倒やスラングと隠語混じりのネガキャンがゲームにあふれかえる深夜である。

 ロビーチャットのネガキャンはゲーム内の雰囲気を大きく盛り下げるため、運営は対処に追われているのだろうが、私たち周回勢がそんなことを気にしている暇はない。


 その時一件のボイスチャットを受信した。マツリカさんからだ。


『ししょう~!! チャレンジ版クリアが全然できません~!!』

『あ――、チャレンジ版は野良だと絶対無理、諦めて寝た方がいいよ』

『そんなぁ……』

『そんなぁと言われても……。マツリカさんってクラン入ってないんだよね? なんか理由あるの?』

『えっと……ちょっと、入るの怖くて……』

『ふーん、今時間ある? その辺、話してなかったし』

『はい、お願いします。……師匠はチャレンジ版には挑戦しないんですか?』

『今やってるところだよー。〈ながらVR〉は普通の人にはお勧めしないからまねしないでね。俺はできる人だけど』

『〈ながらVR〉とは一体……』

『VRゲーやりながらボイチャしたり飯食ったり風呂入ったりっていう技術』

『それは物理的に不可能なんじゃ……動かせる脳は一つしかないですし』

『まあ特殊体質ではある。はい、思いっきり話が脱線したね、話を戻そう。マツリカさんはどうしてもレア度4装備ほしいってクチ?』

『いえそんな! ただ、一回はクリアしておきたいなって感じでして』

『今回みたいなチャレンジ版は廃人との人脈無いとクリアできないんだよな……無言クランとかあるけど入っても意味ないし。そもそもレア度4装備なんてドロップするかどうか眉唾もの……』

『師匠はやっぱりレア度4装備、欲しいんですか?』

『いや別に今使えないのゲットしたって意味ないし……でも長時間周回するからメンバー必要ってことで、まあ付き合いで周回してるだけやね。俺もいろいろ助けてもらってるし断るのもなんだし』

『た、大変なんですね』

『あとで笑い話にするから今は耐える……! ゲームでそこそこガチでやりたいならなんかのコミュニティに所属しとかないと情報収集とか苦労するんだけど、そのへんどうなの? ずっとソロ?』

『師匠以外とは誰とも面識とかないです……』

『まー今からどっかのコミュニティに属するのも難しいといえば難しくはある。すでに空気出来上がってるし、そこに入っていくのは勇気が要るよね。……まあ俺に弟子入りしてきたときみたいに、そういう直談判やってたりするのかなー、ってちょっと思ってたところはあるけど』

『あ、ああ、あの時は私、もうダメだって、追い詰められてて、その時師匠と出会って、その……一回だけ勇気を出してみようかなって……』

『そうだったの? 俺もコミュニティ関連は疎いかならぁ……【大赤字】はBCDやる前からの繋がりが大半だし追加メンバーは勝手に入ってくるし、他のクランとの関わりも交流戦をノララさんが取り持ってくれて、好き勝手に暴れてたらあっちから声かけられた感じだし。SNSも全然使ってないからなー。あれだったら顔見知りのクランマスターにマツリカさんのこと紹介してみる? 俺の弟子だって言えば【FoW】とかは無理でも【FoS】とかなら簡単に入れると思うし』

『そういうのは私もちょっと困っちゃうんで遠慮しておきます……』

『そっか、まあ別のゲーム遊んだりする時はそういう活動もたまに必要だって覚えといて。BCDは底が浅くてプレイヤー人口多いからちょっと調べるといろいろ出てくるからこんな時以外は必要ないけど。半分ソロゲーだし無理してクラン入ってトラブル巻き込まれたりとかめんどいだろうから、いやならこのままでもいいんじゃない? どうせゲームだし気楽にやればいいよ』

『はぁ……』

『あとはなー、リアルの友達とかと誘って遊んだりとか、かなぁ。思ってるよりやってる人が多い感じはするから気配を感じたら探ってみると面白いかもしれないけど俺はやりたくない……』

『それはちょっと……難易度高いですね……』

『身近に廃人なんてめったにいないしなー。ただ、ゲームは知らない人と遊ぶだけじゃなくて身内で楽しむのもなんやかんや面白いから』


 私は作戦を変えていた。

 無理矢理マツリカさんを離脱させたり、いやな思いをさせて引退させるのではなく、健全にゲームを楽しむ方向へ進めようと考えたのである。

 顔見知りだけの快い空間に閉じこもって楽しいだけの経験をしつつ、充実したプレイの中で実力をつけていくがいい……!


 BCDオンラインなど企業から一方的に提供されるだけのコンテンツに過ぎない。

 どう遊ぶかはある程度プレイヤーが決めていいのだ。

 マツリカさんには居心地のいい健康なコミュニティに引きこもっていてもらいたい。


 まだ続いているかは分からないが、マツリカさんの目標はユリスの討伐だ。

 ユの字を倒したいのであればまず私を倒せないと話にならない。

 しかし急いて力をつける理由もあるまい。

 力をつけて敵を打ち倒す以外の楽しみもマツリカさんには知ってもらわなければ、先輩としては不満である。

 徹底的に強さを求めるのは、そのあとでいい。


『したかった話はこのくらいかなー。じゃあ次の周回始まるから通話切るね。苦労してチャレンジ版クリアしてもろくなドロップ落ちない……』

『やっぱり大変なんですね……』

『いや。クリアそのものはメンバーがそろってれば簡単……いや簡単ではないな……大変じゃないって感じ、手順は知ってるからね。ただひたすらめんどくさい……』

『お、お疲れ様です……』

『じゃあおやすみ、雑談してちょっと気が紛れたよ』


 私は通話を切った。



       ○



 スタートから三時間後。

 ドロップ確率も低下の一途を見せていき、もはや獲られるものは最低保証の銅貨と経験値のみである。

 しかしこのゲームにおいて銅貨の使い道は初心者以外にはほぼなく、レベルは強さには直接関与しないプレイ時間の指標にしかならない数値であるため、空しさだけが降り積もっていく。


「ゴミ」

「ゴミがでた」

「ゴミしか出ない」

「ごみ」


 同時に4人がドロップを発見することくらいしか、楽しみがなくなっていた……。



 スタートから四時間後。


「これ本当にレア度4装備なんて出るの?」

「周回しながらSNS見てるけどドロップの報告が一つもないっすね」

「それまじ?」

「地獄かよ……」



 スタートから五時間後。


「……」

「……」

「……」

「……」



 スタートから六時間後。


 窓の外を見れば、若干空は白々としてきていた。夜明けが近い。

 犬の散歩に出かけている人や、ジョギングをする人。家族も徐々に目を覚まし始め、家の中に誰かが動く気配が出てくるころだろう。


「とうとう出ないまま朝になったよ……」

「そろそろねむい……」

「あと一時間だけ……限界までやるぞ……」

「……」


 私も、ながらVRをするのがつらくなってきたのでベットへと寝転がった。

 あと一時間……それが終わったら絶対にログアウトしよう……。



 スタートから七時間後。

 ノララさんがギルドの出撃受付から目を背け、正反対の方向にとぼとぼと歩く。


「……じゃあ、解散で……おつかれ……」

「おつ――……」

「おつ」


【ノララ】【飯屋】【ポンタラ】さんが次々とログアウトしていく。


「や、やっと終わった……」


 何も成果が得られなかったことよりも、終わった安堵感のほうが強かったのはなぜだろう。

 VRゲームは脳みそにそこそこの負担がかかる。

 なんだかんだ肉体勝負なので、普通は一仕事終えた後はしっかりと睡眠をとって休まなければならない。

【ノララ】【飯屋】【ポンタラ】さんの休憩時間は3時間。この後また10時から周回に励む予定となっていた。

 没入度設定を最低にして肉体への負荷を減らしていたとはいえ、不眠不休でゲームをしていいというわけではない。

 そして何より飽きる。同じ行動に対して同じ対応を続けた7時間は、まさに電脳世界の地獄であった。

 私もゆっくりリフレッシュしようとログアウトしようとした、その時。


「休ませんぞ」

「さては逃げようとしてるな」

「お前はまだまこれから走るんだよ」


 ログインしてきた【大赤字】のメンバー3人が私の肩をつかんだのだった。



       ○



 翌日。

 高難易度チャレンジ版「対空戦・ソルジャーシップ」、終了日。



 土曜日は24時間ログインし続けたので、日曜日はさすがにログアウトさせてもらいゆっくりと休ませてもらった。

 その後、復帰してからは残っていたメンバーと小隊を組んで出撃を繰り返したが、離脱メンバーがちらほらと現れ最終的に残っていたのは12人だった。


 その12人=3小隊で出撃を繰り返していると、その時は訪れた。

 時刻は午後1時。

 周回メンバーは【ノララ】【ユウスケ】【那由他】、寝起きから六時間ほど周回したころの出来事だった。


「あっ。あれ? ……ん!? ええっ!?」


 何の前触れもなく、黄金に光り輝く宝箱のアニメーションが視界の中央に表示される。

 見たことも無い新規演出に、心臓が飛び跳ねる。



〈ブレイヴフルカスタム・エクスペンダブル【SP】入手!!!!〉



「出た! レア度4!」


 私は叫んだ。そして嘆願した。


「もう……疲れたんで別のゲームしていいですか……!」


 だが大赤字メンバーがそれを許すことはない。


「おめでとうプロト! 死ね! たぶんお前が発見者一号だぞ! 死ね!」「お前だけは絶対に許さんぞ!」「死ね! てか殺してやる! そんで死んだら性能の報告しろ!」「寝たいとかじゃなくて別のゲームするの!? 馬鹿じゃねぇの!?」


 一の祝福に混じり十の罵倒と怨嗟と殺害予告が向けられる。

 興奮したノララさんは周回を放棄して矢継ぎ早にまくし立てた。


「とにかく、今すぐ使用してスクショとか上げろ! 俺たちは性能見てぇんだよ!」

「俺身バレとか怖いからそういうのやってないし……コミュに上げればいいよね?」

「おまえのことは許さんがそれで許す! はよせぇ!」


 ガチャでノーピックアップレア度3を単発引き報告したときよりも強い嫉妬の渦に若干の快感を覚えながらも、私はメニュー画面を開いてそのテキストを読み上げた。


「名前はブレイヴフルカスタム・エクスペンダブル【SP】。カテゴリは戦士、コストは……180+20?」

「180+20!? つまり……200!? 今の最高コストより100も高いじゃねーか!」

「使えるコスト帯無いっすねこれ。どこで使うんだ」

「とりあえずフリー演習では使えるだろ!?」


 声を上げるノララさんを傍観しながら、私は考えた。


 ブレイヴ……Brave? 勇者か?

 エクスペンダブル……消耗品。

 消耗品の勇者?

 意味がわからない。勇者装備は主人公専用の聖鎧のはずなのに。

 なんだこの装備は……。


 演算記号が混入したコストなど見たことも無い。

 さらに蓋を開けてみれば、この装備はありとあらゆる要素が前代未聞であった。


「スキルは――」


 私はステータス画面を開いた。

 上から順に読み上げる。


【緊急回避レベル4】

【強行突破装甲レベル4】

【クイックブーストレベル4】

【ブースト制御】

【マナバッテリーレベル8】

【魔力障壁レベル10】

【攻性障壁レベル10】

【オーバードブースト】

【オートロックオン】

【反重力・空間戦機動】

【重力渦の加護】

【魔法義肢・双手の加護】

【特攻隊の底意地】

【Vanguard】

【自爆装置】

【アーマーパージ】



「スキル16個とかチートかよ」「知らねぇスキルばっかだ」「不穏な字面のスキル多すぎる……」「特攻隊って言っちゃってるよ。どういうストーリーなんだ」「自爆装置スキルの効果気になるなぁ」「フリー演習に出撃して使ってる所見せて!」


 私は快く答えた。


「分かった!」


 私はOSのメニューを開いてライブストリーミングを開始し、ついでにコミュニティにそのurlを貼り付ける。


 装備を【ブレイヴフルカスタム・エクスペンダブル【SP】】に切り替えると、アバターの外見が切り替わる。


 それは鎧と言えるかどうか、疑問を持つ代物だった。

【勇者】系列を思わせる、純白のアーマーは飾り気のない灰白色に染まり、元のスリムなシルエットを台無しにするように、無数の巨大な外付け武装が搭載されてた。

 右腕左腕両方の下部にぶら下がるように取り付けられているのは巨大な魔法銃――大型マナシューターだろうか。

 背部の右には二本のレールを砲身とするレールガンがそびえ立っており、背部の左には長細いコンテナが。下半身の体側には見慣れぬ箱状の装備が備わっている。


 最大の特徴は、背中側の腰から尻尾のように突き出した巨大な筒……ロケットブースターのような物が接続されていることだろうか。


 これで果たして、普通の鎧のように歩行が出来るのだろうか。VRだからいいものの、普通に重心が後ろにありそうで倒れちゃいそうなんだけど……。


「あのこれ……外見ですでに世界観が違うんだけど……」


 困惑しながらも、続けて武装の確認をする。


【右腕試作型大型マナシューター】

【右腕試作型マナブレード+試作型光刃】

【左腕試作型大型マナシューター】

【左腕試作型マナブレード+試作型光刃】

【胸部ブラストシューター×4】

【肩部ホーミングバレット×2】

【背部大型ホーミングバレット】

【背部試作型レールキャノン】

【脚部グレネードディスペンサー】

【爆撃用簡易プロミネンスランチャー】

【試作型アペンド【SP】】



「武装11個……? いや使い切れないでしょこれ」


 言いながら私は各武装のカタログデータを参照しつつ、配信を鑑賞しているクランメンバーの反応に耳を傾ける。

 しかし、誰も何も言わない。

 私は動揺した。


「あれ? ちょい、ノララさん!? 飯屋さん!? ポンタラさん!? ユウスケさん!? 那由他!? みんな見てる!? えっ!?」


 気がつけば周囲にプレイヤーはいない。

 ブラウザを起動し、自分のストリーミング放送のページを開いてコメント欄を見る。


 ・見れない

 ・武装11個ってマジ?

 ・スクショちょいだい

 ・見れないんだけど

 ・回線の不具合?

 ・画面真っ暗

 ・前が見えねぇ

 ・モニタに俺の顔しか映ってないんだけど

 ・おい閲覧制限かかってんぞ!

 ・R-18なの!?

 ・いやプロトのエロとか需要無いでしょ


「……」


 ストリーミングの生放送は、コメントの通り真っ暗だ。

 視界を見れば、ゲームプレイ配信禁止制限がかかっていた。

 別のソフトのボイスチャットにINして、そっちで会話する。


『あーそういうことね、なるほどね。なるほどなるほど』

「なにがなるほどだよ」 イライラしてそうな【ノララ】さんの声。


 私は鼻歌を歌いながらNPCに話しかけて、フリー演習に出て行く。

 その音だけが私の電脳を伝いボイスチャットに流れ、それを聞きにクランのメンバーが次々とボイスチャットに参入してくる。


 フリー演習の場所は訓練場だ。

 いつもの戦場に転送された私は、そこでもゲームプレイ配信禁止制限が解けないこと、スクリーンショットも撮れないこと――つまり、私からの伝聞でしかこの情報は見れないようにと、運営がわざわざ制限をかけていることを理解した。


 この程度の配信規制、いくらでも抜け道はあるし、私の口が軽ければほとんど意味の無い制限なのだが……。わざわざ制限など、運営は何を考えているんだろうか?


 まあいいや。

 とにかく見れないものを見ているのは、自分だけなのだ。利用しない手はない。



 20人ほど集まったところで頃合いだと確信した私は、大きく息を吸い込んで――



「まだ11時間も走れるぞ性能見たいなら自分で当ててみろやカス!!!!!!!」



 返事も聞かず、私はボイスチャットから即座にログアウトした。

これで第一章終わりです。ひどいオチで申し訳ない。


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