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11 師匠はかなり適当にゲームを遊んでいる


 マツリカさんがそこそこ育ちのいい女子である可能性が浮上し、私は悩んでいた。

 彼女はこんな民度の低いゲームにのめり込ませるような手伝いをしていいのだろうか? やっちゃいけないことをしている気がする……。


「うーむ……」


 やっちゃいけないことをしようぜ! が【大赤字】の明文化されていない基本姿勢だが、それはゲーム内での方針だ。

 リアルに直結しているこれは本当にやってはいけない事な気がしてならないのだ。

 こういう予感は往々にして的中する。

 私に人を堕落させる趣味はない。

 彼女もある程度割り切ってゲームを楽しんでいるようだが、対人ゲームは確実に人の精神に決して落ちない汚れを刻み込む。


 私の頭の中にあるマツリカさんの情報をいったん整理する。

 女性で、学生。

 今までにゲームをほとんどプレイしたことのない可能性が高く、人に迷惑が掛かるようなことは絶対にできない性格。

 しかし熱心にレーティングマッチには出撃しているようで、ゲームにおいて強くなりたいと願う一部のゲーマー特有の使命感も何故か有している。

 他人のプレイングに呪詛毒を吐くようなことはせず(まだ定石を知らず行為の善し悪しが判断できていない可能性もあるが)、試合の勝ち負けに関して責任は自分にあると考える傾向が強い。


 これが試合内容や運営が出す声明に対してにいちいち毒づく、【ノララ】さんのような一般的なゲーマーになってしまうと考えると、非常に心が痛む。

 速やかにゲームを引退してもらったほうがいいが、しかし彼女がゲームをやめる理由はない。

 この手のF2Pのゲームを人が引退する原因で最も強いものは現実のライフスタイルの変化だ。例えばバイトで忙しくなったとか、ほかのゲームが楽しくてログインを怠り始め、だんだんとBCDオンラインに興味が薄れていって、ある日思い立って引退してしまう。そんな形が好ましい。

 しかし今は4月で新生活が始まったばかりである、期待できない。


 となれば、ゲームを離脱せざるを得ないほどの苦痛や挫折、あるいは面倒事を与えるのが簡単だが――


「おうおうプロト、ここで何突っ立ってんだ?」

「げっ」


 邪なことを考えていると、育ちの悪い女性の声が聞こえた。

【那由他】さんだ。


「げっ、ってなんだよてめー」

「毎回チンピラみたいな絡みしてくるからに決まってるんじゃないですか。何の用です」

「この時間帯は野良の実力が安定しないからやることない、遊ぼうぜ」

「……むぅ。タイマン?」

「イエス」

「タイマンかぁ~~……。……タイマンかああぁぁぁぁ……。やるなら夜やりましょうよ。今は都合が悪いんで、カスマとか行ったらいいじゃないですか」

「やだ。身内戦がいい」


 ちなみに今は16時だ。


「都合が悪いってなに。昨日、てか今日の夜中は私と夜明けまでしっぽりだったじゃないのー」

「【じゃじゃ】さんと【栗鼠】さん入れて22(にーにー)(2対2の略)でしたけどね」

「つまり乱交パーティー……」

「あなたは何を言ってるんです?」


【那由他】さんとマツリカが鉢合わせると面倒なので、この目の前にいる女にはさっさとどこかに行ってもらいたいが、落ち着きのない子供のように私の周囲を意味もなくうろつき脇腹をつついてくる彼女に道理は通用しないように見えた。

 彼女の私への絡み方を見れば、今はとりあえず暇をつぶせればいいと考えているのだろう、と推測できる。

 彼女の本質はかまってちゃんに近い。

 構ったら負けだが、すでに会話は成り立たせてしまっていた。


 私は突き放すような話題を選んだ。


「あと一人来たら22(にーにー)で遊べるって言われたから行っただけですからね俺」

「呼ばれたら来るってことがどれだけアレなのか自覚がないのかな」

「アレってなんだ」

33(さんさん)(3対3の略)以下のカスマに集まるメンツは希少なんだよ」

「……そうかなぁ……」

「全員の勝ち負け記録してたけど栗鼠さんがいるチームはほぼ負けだったぞ。引退案件じゃなきゃいいけど」


 3対3以下の少人数戦では、基本的に個人の技量のみで勝敗が決定する……らしい。

 このゲームで最も重要な戦略的駆け引きがほとんどなくなり、目の前の敵を殺すことに長けた人間のみが勝利を得る、という形になる……らしい。

 故に他者との戦闘能力差の優劣がはっきりと現れるため、嫌う人が多い……らしい。


 最低でも4対4以上の人数でなければプレイしたくないというのは定期的に聞く文句だ。私は全く同意しないが。


「いや俺より先に部屋入ってたし気にするようなタマじゃないでしょ栗鼠さんは……たぶん……」

「へへへ、だよねー安心した」


 私の根拠のない返答に、へらへらと笑う【那由他】さんである。

 悩みなど一つもなさそうなその笑顔……というか、実際このゲームでの悩みや不満はガチャ以外一つもないのだろう。

 こいつもこいつでものすごく強い。

 【呪い】装備の使い手だ。一人でチームを勝利に導くことが可能な、稀有な存在の一人。

 間違いなくトッププレイヤー層に分類される。


 トッププレイヤーは一般的なプレイヤーと比べると、毒を吐く頻度はほどほどに抑えられている。

 味方の足を故意に引っ張るような信じられない地雷行為をする味方がいないなら、大抵勝ててしまうからだ。

 口から出る悪いものといえば運営と装備の収集に関しての愚痴くらいだが、その程度は誰だっていうものである。


 なるほど。つまりマツリカが目指す者は、このレベルのプレイヤー……。

 いや、無茶だ。やめておこう……。


「とりあえず部屋を立てるね。パスは1192で」


 メニューを開いたのであろう【那由他】さんは慣れた手つきで勝手にカスタムマッチを組み、私に招待を送った。


「てか、鍵部屋に招待ならパスいりませんよね?」

「だってプロト結構突っ込んできてくれるから、ボケないともったいない」


 瞬時に招待は取り消され、再度一通送られる。

 催促だ。口と表情とシステムを使って三重に参加を訴えてくる。


「だからやらないって言ってるでしょう」

「じゃあ何でログインしてるの」


 私は嘘をつくことにした。


「野良で遊ぼうと思ったんです」

「野良で遊ぶくらいなら私と遊べー!」


 腕を私の首に回してチョークするかのように【那由他】さんは私に絡みつく。

 しかしこのゲームのアバターの首を回しても別に息苦しさを感じるようなリアリティーは実装されていない。

 痛みに訴えるような行動も、このゲームでは数ある普遍的な行動の一つに過ぎず、遠回しな愛情表現になる。

 小学生レベルの行為だが……所詮現実ではなくゲーム内の出来事だ。

 大の大人がやっていても非常に気色が悪いだけで別段問題にするべきことではない。


 私は【那由多】さんのことを意識から追い出し、腕を組んで長考に入る。

 考えるのはマツリカさんのことだ。


 ……だがそんなことをしているうちに、時間切れとなった。


「師匠! 今戻りました!」


 小走りでマツリカさんが帰ってくる。

 ロクに何かを思いつくことすらなく、普通に那由他と話し込んでしまったどうしようもない私であった。

 纏わり付いてくる【那由他】さんを蹴り飛ばし、弟子の到着を歓迎する。



 言い訳をすれば、それは単なる保険だったから実行に移さなかったのだ。

 このゲームでは他人とのコミュニケーションは基本的に遮断される設定になっている。プライベート設定は大まかに分けて『遮断』『透過』の2種類。

『遮断』はその名の通り会話の遮断で、フレンド以外、クランメンバー以外、味方以外、高不快指数スコアプレイヤーなど、様々なフィルターを用いて会話の遮断ができる。

『透過』は会話遮断フィルターを少なめに設定している人であり、敵チームのプレイヤーなど、外すことが推奨されていないフィルターを外しているプレイヤーなどがここに分類される。

 初期設定では『遮断』だ。フレンドやクランメンバー以外との会話は出来ないようになっている。

 なので【那由他】さんとマツリカさんが鉢合わせたところで、彼女らの設定によっては意思疎通すら成り立たない可能性が高かった。


 二人はフレンドである確率など明日地球が崩壊する確率よりも低いだろうし、もしもマツリカさんが初期設定のままならば、その声は【那由他】さんには届かないはずだったが――


「……ししょう?」


 倒れ込んだ【那由他】さんが、ぽつりと言葉を繰り返した。


 私はこの場から一刻も早く消えていなくなりたかった。

 メニュー画面からログアウトを選択しようとしたが、その手はあと一歩のところで踏みとどまった。

 ……ここで逃げたらもっとややこしいことになる……。


 呆然と、マツリカさんが【那由他】さんに視線を向けた。

 明らかに意思疎通が成り立っている。


「師匠、あの……この方は?」

「へ!? プロトが師匠!? ……あ、あはは! ははは! ははははは! 何それ! バッカみたい!」


 そして、遠慮というものを知らない【那由他】さんは、地面に転がったまま腹を抱えて大笑いを始めた。

 馬鹿みたいって、それちょっとひどくない?


「あはははははははは!! プロトみたいなイカレ野郎が人にモノ教えるってなにそれおかしい! あはははハハハハ!」


 抱腹絶倒している【那由他】さんを蹴り飛ばしたくなったが、私はその衝動を必死に抑えた。

 理性だ。獣のようにイカれている【那由他】さんと違って、私には理性がある。

 小馬鹿にするような視線を向けてくる彼女への感情を、私は拳の中に握りつぶした。


 もう訳がわからなかった。

 マツリカさんがプライベート設定を透過側に寄せているのも理解不能だし、【那由他】さん赤の他人との会話をしようとしているのも理解が出来ない。


「ヤバイヤバイ、息できない……! ハハハハ! ああ、ダメ、笑い死ぬ! ははは、はははは! えなに!? もしかして一人でも敵陣に突っ込むアホが私と自分以外にいないから作ってるの!? なによもー私が居ればいいじゃない!」

「んなわけねーだろ!」


 えずきながら笑う【那由他】さんである。

 私の怒りのボルテージも上がりつつあった。


「はあぁ……。師匠ね、へー、プロトさんも偉くなりましたねぇ」

「なんか文句でもあんのかよ」

「ないない。っ、くくくっ」


 否定しつつも笑い声を漏らす【那由他】さん。

 にやにや顔で立ち上がった彼女は、マツリカに体を向けて。


「私、那由他っていうの。こいつと同じクランのメンバー。よろしく」

「よ、よろしくおねがいします」

「暇な大学生で~す」

「じょ、女性の方ですか……?」

「さあねー、男かもよ。だってこれ何でもありのゲームだもん」


 全く意味のない会話をする【那由多】さんを見ていると、無性にむかっ腹が立ってきた。


「今弟子と遊んでんだよ。つーわけだからオメーは野良で遊んでろ」

「えー私仲間はずれ? なんでよー、三人で一緒に遊べばいいじゃないのー」

「……」


 それはそれで絶対に楽しいと思うけど今は楽しく遊ぶことが目的じゃない……。


【那由他】さんは、その実力にブレがあるが、あまりにも強すぎる。

 味方にマツリカさんのような役立たずが2人居たとしても、調子がよければ【那由他】さんが3人分の働きをして敵チームを敗北へと誘う。

 そういうことが【那由他】さんには出来る。

 だから初心者の勉強にならない。


「遊ぶならこれ終わったら行くから今はどっかで時間潰しててくれよ。2時間くらいしたら終わるからそれから3時間でも5時間でもいくらでも付き合うからさ」

「あたしは今遊びたい!」

「無理!」

「あたしのほうが先輩なんだからちょっとくらい気を遣えよプロトぉ!」


【那由他】さんは私の胸ぐらにつかみかかる。

 会話に入り込めてなかったマツリカは、その言葉を聞いてはっとした表情になった。


「先輩……? 大学生ってことは……あれ、もしかして――」

「騙されるなマツリカさん、俺はただの無職だ」

「は? プロトが無職? おいプロトの弟子、こいつはな――」


 さらりと私の個人情報のかけらが流れ出し、私の頭に血が一気に上っていくのを自覚した。


「那由他テメェ! いいかげにしろ!」

「来いよサイボーグ! 強化人間相手じゃもう物足りねぇんだ!」

「いいぜ叩き潰してやる! ごめんマツリカさん共闘はまた今度な!」


 私はさっき作られたルームに【那由他】さんを連れ込んだ。


 諍いを解決するのは実力行使が一番だ。



       ○



 二人はカスタムマッチに転送され、マツリカだけがギルドに残された。


「サイボーグ……? 師匠が……?」


 独りごちたのは那由他がプロトを煽るために発した言葉だ。


 何かの冗談か、単なるスラングか――? と考えるも答えは出ず。

 どういうことだろう?

 あの那由他とかいうプレイヤーは大学生で、師匠の年齢はそれ以下らしい。


 ……学生の身分でサイボーグ?

 まさか、ありえない。


 マツリカはそう結論を下したが……。

 黒いもやもやした感情だけが心に残った。


「それより……師匠と一緒に戦うの、なくなっちゃったな……」


 唐突に始まりそうになって、唐突にキャンセルされた共闘の約束。

 もしも今日水分をあんまりとってなかったら、2人ですぐにいけば――そんなもしもが頭の中を埋め尽くす。


 那由他というプレイヤーに、師匠をとられた事実が胸の奥を締め付ける感覚がした。


【メッセージが一件届いてます。】


 感傷に浸るマツリカに、通知が届いたのはそんな時だった。


 送り主はプロト。

 文面には動画サイトのurlと、一言メッセージがこう書かれていた。


『俺と那由他の戦いを見ておいて』


 マツリカはログアウトし、メッセージに置いてあったurlを開いた。


 それは、プロトが使っているライブストリーミング配信サイトのページだった。




 マツリカは反射的にページにアクセスし、2時間にも及んで繰り広げられたプロトvs那由他の戦いを見続けたのだった。

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