10 弟子は頑張ってゲームをしている
レーティングマッチに出ていた。
【FoS】【柴犬部隊】【コンバット】――味方に中堅クランがそろっていた、編成もバランスよく、そこに明確な隙は無かったはずだ。
味方の生存状況を確認する。一人落ちている。他の味方の体力ももう少ない。
そしてたった今誰かが死んだ。キルログに撃墜ログが入る。続けてもう一人、さらに一人、次々と味方が死んでいく。
戦線が完全に崩壊した。このウェーブで味方陣営の全滅が確定する。
多分俺もすぐに死ぬ。
だが死ぬ前にちょっとくらいのダメージは稼いでおきたい。
私の装備は零式聖鎧だ。
対峙する敵の装備は勇者、完全に抑えられていた。
的を絞らせないために横に回り込むように敵の勇者がブーストを吹かす。
私も旋回しながらレティクルで敵勇者の影を追う。
……一瞬足を止めさえすれば、悪あがきに致命傷は与えられる。
カメラ移動と旋回を駆使して敵勇者の進行方向に向け火球の狙いを定める。
トリガー。火球を撃った――その瞬間、敵勇者が逆方向に切り返す。命中せず。
敵の手が私の足元を向いている。くそ、完全に主導権を握られた。
ダメだ。死んだ。
私は後ろにブーストを入れる。しかしその先に火球が正確に撃ちこまれる。私はスキル【強行突破装甲】で強引に怯みを無効化した。
しかしHPと加護は削れる。急制動した直後にダメージを食らったせいで加護の容量は限界ギリギリだ。
敵の増援がレーダーに映る。ちんたら差し合いをしている時間はなくなった。私は抜刀した。
呼応してか、敵勇者も抜刀。
旋回しながら横向きにブーストを入れ、敵勇者に向かって走る。
お互い剣のリーチに体が入る。
だがここで安易に格闘を触れば即カウンターの餌食、そういう予感がした。
敵勇者は目を見張る。しかし動きに微塵もブレは生まれていない。
体を半身にしつつ敵勇者の背後に回った。正面に格闘を振っても空振るが、右手側に範囲の広い弱攻撃を振れば敵の背後にギリギリで判定を引っ掛けられるポジションだ。
それを察したのか、敵勇者は前方にブーストを吹かした。レーダーで確認しつつ、私もブーストで追った。
マナが枯渇する。もう手札が切れた。急制動の連続で加護への負担も限界だ。もうここで勝負を決めなければならない。
ためらいなく格闘を振った。その瞬間、右手側にいた敵勇者が忽然と姿を消した。
「……っ!」
体の左側から強い衝撃が奔る。
……緊急回避スキルのモーションで逆サイドに回ったのか……!
中攻撃を振った敵勇者がそこにはいた。続けざまに最短で強攻撃が入る。私は転倒した。
敵の増援の追い打ち射撃が倒れた私に突き刺さる。そしてとどめに誰かが私に格闘を振った。
キルカメラに撃破者の風貌が映る。
〈 【とんずら!】まじかる 少数生産型ファルメイル LV6〉
見たいのはお前じゃない。
○
一度完全崩壊した戦線を立て直すことはできたが、6人が全滅することで持っていかれた点差を取り返すことはできないまま試合は終了を迎えた。
試合のリザルトが表示される。
こちらの陣営の各項目トップのプレイヤーはてんでバラバラに分かれていた。
悲しいことに私の名前はない。
こういう結果になるときは、大抵相手が異様に強かった場合だ。
相手チームのリザルトも確認する。
リザルト
撃破トップ 【イグナイター】キチンナイフ
ダメージトップ 【イグナイター】キチンナイフ
施設トップ 【とんずら!】まじかる
協力トップ 【イグナイター】キチンナイフ
陽動トップ 【イグナイター】キチンナイフ
総スコアトップ 【イグナイター】キチンナイフ
【イグナイター】?
知らないクランだ……。
やたら動きのいいあの勇者はたぶんこの『キチンナイフ』だ。覚えておこう……。
○
「師匠~。助けてください~!」
出撃から戻ってきた途端、リスキルを待機してたかのようにローブ姿のマツリカが私の胸に飛び込んできた。
格闘!? カウンター! と咄嗟に手が出そうになったがすんでの所で留め、私は困惑しながらも泣きついてきた弟子の体を優しく受け止めた。
一般的なプレイヤーは大抵プライベート設定を高く設定してるので、傭兵ギルド内で誰かと抱き合おうが殴り合おうが干渉されることはめったにない。現に私も一度もしたことはない。誰も知らないゲーマーの輪に突っ込んでいく度胸はないのだ……。
えぐえぐと泣きわめくマツリカに困惑しながら、私は質問した。
「なんだなんだ。というか何で同じクランでもないのに同じサーバーにいる」
「ログインとログアウト繰り返したら毎回入るサーバー違うって聞きまして、何度も試しまして……」
「俺の知らない知識だ……」
この弟子……成長してる……!
私が知らない知識に戸惑っていると、マツリカは聞いてくださいと前置きして、
「あれから敵一体には勝てるようになったんですけど、ちょっとしたところですぐに囲まれて死んじゃいます……おかしいですってこんなのぉぉ……」
「ああぁ……それはつらいな。よし、師匠が慰めてやろう」
「わああぁぁん」
「よーしよし、よく頑張ったな。師匠としては弟子がそこまで成長したのがうれしいぞ」
子犬でもあやすように私はマツリカの頭を力強く撫でた。
先日はついつい高ぶってしまい、徹底的に打ちのめしてしまったので次にマツリカに出会ったら際限なく甘やかそうと決めていたのである。
DV夫のような振る舞いをしている気がするが気にしないことにする。
「魔術師に撃たれると何であんなに体力減らされるんですかぁ……あんな遠くからダメージ出せるなんてずるいですよぉ……」
「分かるぞそのつらさ、味方の戦士が魔術師抑えてくれないと騎士はどうしようもないもんな」
私は耳障りのいい嘘をついた。
マツリカを肯定するために使った言葉は、よくある戦術論の一部分を切り抜いただけだ。ある意味で正しいし、間違ってもいる。ユーザー同士で戦術論が活発になったあげくに荒れるケースも、全体を見ずに一部分だけを見た主張がされていることが多い。
「こういう時どうしたらいいんですか……?」
「手っ取り早いのが自分が戦士を使うことだけど、戦士は扱いそのものが難しいからな……。騎士使ってるならダメージ覚悟で味方と一緒に押し込むしかない。それか自分が魔術師使ってカウンタースナイプに勝って後ろに下がらせるか、だね」
戦士は騎士に弱い。
相性によるダメージ倍率にプラスの補正がかかるので簡単に殺される。
戦場にいるプレイヤーの半分は騎士を使うことが大半なので、天敵に囲まれながらも後方にいる魔術師を殺しに行かなければならないのが戦士という兵科だった。
私は手っ取り早い結論を下した。
「極論言うと、戦士は不在でもなんとかなったりするので無理して使わなくていい」
「え、そうなんですか!?」
一際大きな声で反応するマツリカであった。
その打ち抜かれたような表情は、思いの外なことを言われたことだけが原因ではない気がした。
私は推測する。
「……もしかして戦士使ったの……?」
「……はい。全然戦えませんでしたけど……」
申し訳なさそうにマツリカは声を漏らした。
だが彼女の気持ちとは裏腹に、私の気分はうなぎ登りに高まっていった。
「いや! それはそれで偉いぞ。全部の兵科が参加してるの編成が各々の役割がはっきりするからやっぱり一番だ」
私は掛け値なしにマツリカを褒め称えた。
テンションの高さに任せて私は彼女の肩を強めに叩く。
味方の編成を考慮してバランスを取るプレイスタイルは、意外と誰もができることではない。役割を放棄して好き勝手に遊ぶようなプレイヤーも多い。
存外、彼女はいいプレイヤーになるかもしれない……!
「戦士は見つかると騎士が率先して殺しに来るから使うのには割と才能がいる。死にやすいけど、火力も出せるから敵を殺しやすい。良くも悪くも一人で戦局を左右するのが戦士だ。だからか、うちのクランでも絶対に使わないって人が多い」
戦士を自分で使わずに他人に任せるというプレイヤーはかなり多い。勝ち負けの責任の多くを背負いたくはないのだ。
「個人的にはマツリカさんには戦士も扱えるようになってほしい。けどその前に騎士と魔術師でゲームに慣れておこうね」
「……でも、全然わからないことだらけです……。折角動きを教えてもらったのに、それを使うところまでたどり着けないというか……。みんなと動きを合わせているうちに、気が付いたら勝ち負けが決まってるというか……でもそこから頑張ったりすると逆転があったりして、全然わからないです……」
「このゲームの基本はいつまでも集団行動だ。タイマンなら体力9割から6割くらいまでが即死圏内だけど、孤立してる状態で敵二体に囲まれたら10割から即死圏内だから囲まれたらまず死ぬのはそのせい」
戦い方が変わることで、今までできていたことができなくなってしまう。
ゲーマーにはよくあることだ。
しかし、マツリカは思ったよりスペックが高い。
頭のいい女子中学生くらいあるかもしれない。
「ちょっと早いけど、もう集団戦の勉強しちゃおうか。何回か共闘してみる?」
「えっ!? いいんですか!?」
「全部安定して勝てるかはわからないけどね。面白い経験にはなると思う」
「お願いします!」
「マツリカさんって初めのころは魔術師も使ってたよね、旅魔(征旅・魔術師仕様の略語)」
「はい」
「今でも魔術師で遊んでる?」
「はい、たまにですけど」
「使う装備は?」
「コストが低いところでは『魔術師型ファルメイル』で、それ以外だと『正規魔術師の聖鎧』を使ってます。これ使えばいいって聞いたんで」
「よし、完璧。騎士は?」
「『征旅の鎧改』と『征旅・指揮官型』『急造型聖鎧・特別仕様』で遊んでます」
「それも完璧だなぁ。うん、じゃああんまりアドバイスすることはないね」
自信なさげに言明するマツリカであったが、その内容は完璧そのものであった。
強いと評判の装備を的確に選び、使用している。
ゲーマーとして重要な素質の一つは完璧だ。
あとは戦い方を仕込めば、立派な廃人候補生になれるだろう。
「プロトさんはどう戦ってるんですか?」
「俺は零式聖鎧で敵陣に突っ込んで全力でヘイト稼ぎつつ、隙を見て敵の背後に周りこんで奥の魔術師を殺しに行く感じ」
「……その戦い方だいぶおかしくないですか……?」
「ぜんぜんふつうだよ」
私は適当に弁明した。
戦士の戦い方は、言葉にするとおかしいものになるのだ。
故にマツリカにはまだ教えるのは早いと私は判断した。
とりあえず、今後の予定を私は伝えた。
「マツリカさんはとりあえず野良で戦いまくってどうすれば死なないか、どうすれば勝てるかを体に染み込ませておいたほうがいいよ。野良は毎回メンバー違うしぶっちゃけ完全な回答は出ないから、自分自身でそれっぽ~~い答えを導いておいた方が後々楽。とりあえず基本的な考えは枚数有利を作ることね。基本は2対1の状況を作って手早く敵を処理していくるが好ましい。だけど、これがうまくいくことなんてそうそうない。6対6でぶつかり合っても局地的に見れば4対4とか2対2の戦場が複数出来てるのが普通だ。まあ高確率でどこかに一人戦力として浮いてるやつがいるんだけどそれは無視しよう。こっちから攻め込んだと仮定して、先に格闘強攻撃で敵を一体転倒させれば数秒だけ自由に動ける味方の数が敵を上回る。そのタイミングで一斉に押し込めばどこかで2対1の状況が生まれるから、そこで敵を一体落とせれば後は流れで盤面は取れる。2対1の状況をどこかで生んで一人ずつ減らしていくのがベスト。逆に味方が1対2だったら手伝いに行って2対2にしてあげよう。開幕の射撃戦で集中砲火がうまくいっていきなり枚数有利取れるパターンもある。初回のぶつかり合いに勝ったら、その後は実力が問われる場面だけど、初動の貯金が残ってるからミスしなければ勝てる。相手も点差を取り返すのに必死だから一番楽しいところだね。だけど今言ったのは本当に理想的な流れだから、こんなにうまくは行かないのが現実。理想的に行けば何人かはノーダメで敵を一回全滅できるから最初から最後まで敵殺しまくりで楽しい試合展開で最終的にダブルスコアくらいは付けられるよ。話が脱線したね。最終的には、味方が強かったり弱かったり、敵が強かったり弱かったり、全部のパターンを経験した上でその場の状況に対応できるかが肝だよ」
「あっはい」
○
私の熱意がマツリカに伝わったかどうかは定かではないが、現時点での問題はそれではない。
「とりあえず色々戦って自分の課題が何かを見つけてきて。その後は質問してくれたら答えるから」
「……自分で答えを見つけて、とか。そういう教え方じゃなくて、いきなり答え教えてくれるんですか?」
マツリカが不思議なものを見たかのような声色で言った。
「初対面の時に似たようなことは言ったけど、ゲームで重要なのは情報収集のスキルと、次にそれを使いこなすこと。答えを出すのも大変だけど、それを実践するのがもっと大変だ。だったら簡略化できるところは簡略化したほうがいい」
「……なるほど……」
「その辺は学校の勉強と通じるものがある。いつまでも答えにたどり着かないまま過ごすのはいい経験にはなるけど時間の無駄だ」
マツリカが勉強のできるタイプの学生だと仮定して、私はそういった。
「特にゲームだと答えにたどり着いてから過ごした時間の方が重要」
問題なのは、マツリカの腕が信用ならないところだ。
レーティングマッチでレートを最大まで上げたような猛者は、大体カスタムマッチで遊んでいる。
気楽で、負けてもデメリットが一切なく、ルールも自由なカスタムマッチは油断ならない程度には過酷な戦いが繰り広げられることが多い。
そこに初心者のマツリカが入り、味方のチームになれば敗色は濃厚だ。
言葉を選ばなければ足手まといとなる確率が高く、しかしマツリカの成長には勝利が必要で、しかし私もわざわざ時間を割いて負け戦に興じるほどアホではない。
「信頼できる仲間がもう一人ほしいな……」
「……?」
「魔術師枠と戦士枠は1つずつみたいな風潮がある。戦士は俺が埋めるとして。腕のいい魔術師使いが一人ほしい。それだけでだいぶ勝率は高くなると思うから」
口も開かず、上目遣いでマツリカは私の顔を眺めていた。
仕方がないので解説をする。
「騎士はバランスも総合力も最高だけど、魔術師と戦士は安定性と引き換えに戦場を好き勝手に引っかき回せる。だからこの2つの兵科は信頼できる腕前の奴にしか任せたくない。俺も今回は基本的には戦士だけ使って戦う」
だが、成長には、勝ちもだけではなく負けも飲み込む必要があるだろう。
勝ちの試合展開だけではなく、悪い試合展開を経験すれば、ゲームの理解度は跳ね上がる。
いくつかの負けは覚悟のうえで、私はこういった。
「だから、基本的には俺が戦士、マツリカさんが魔術師。助っ人さんには魔術師か騎士をやってもらいたいと思う」
「えっ……私が魔術師を使ってもいいんですか……!?」
「騎士だけじゃなくて魔術師も使えるんでしょ? なら使わない手はない。集団戦を理解するには魔術師を使うのが一番だ」
それは、私の持論である。
私は第一に【大赤字】のメンツのログイン情報を確認した。
他クランのフレンドにも声をかけてもよかったが、【大赤字】のメンバーは戦えれば何でもいいみたいなスタンスが大半だ。受け入れてくれるだろうと私は確信していた。
「【那由他】がインしてる……あいつはないな。今の時間だと【飯屋】さんがいるな。というか今日は夜勤って言ってたのにインしてる……」
「……あっ、えっと……その人もやっぱりすごく強いんですか?」
「めっちゃ強いよ。でも大体酔っぱらっててふざけてるからひらがなで喋るのが難点」
「あら、ひらがなで……」
【飯屋】さんは非常に癖の強い御仁だが、その実力は本物だ。
彼がいれば苦戦することはあっても、確実に勝ち越せるだろう。
「断られるかもしれないけどとりあえず連絡してみるね」
「あ、あのっ……」
「どうしたのさっきから、受け答えラグってるけど。回線か体調悪いの?」
私がマツリカの目をのぞき込めば、その瞬間に彼女の顔が真っ赤に染まる。
レスポンスは一瞬だ、ラグがあるわけではない。
ならばどういうことだ――? と私がマツリカのことを心配していると、
「す、すみませんっ!」
「はい」
「ちょっとお花を摘みに行ってきます……っ!」
そう言ってマツリカは、ギルドの建物の奥の方に走っていったのだった。




