01 〈※敗北演出鑑賞 ネタ装備歓迎〉
※ 非MMOです
曇りきった空から湿気を含む重たい風が草原を強く撫でる。
私の胸には一抹の不安がくすぶっていた。
PvPモードの試合で、勝てるのか負けるのかは直前のブリーフィングの空気と編成を見ればおおよそ予測ができてしまうものだ。
そこで感じた嫌な予感というものは往々にして的中するものだが、PvEモードのこれでは果たして……。
雑魚エネミーの骸骨兵2体にボコボコにされかけた同行者の魔術師(女キャラ)が転倒から立ち上がり、息も絶え絶えにこう言った。
「あ……ありがとう……ございます。凄いですね私なんて1体で限界なのに、3体相手にノーダメージって」
それを聞いて嫌な予感がさらに強くなる。
面倒だが仕方ないと私は話しかけた。
「どうする? この先一気に5体くらい湧いてくるけど。俺、先に前行って全員倒してこようか?」
「いえ! 私も一緒に戦います!」
元気よく発言する彼女は力強く杖を握り締めた。
『征旅・魔術師仕様レベル1』装備のローブから覗くロングの黒髪が揺れる。
清楚と言わんばかりの黒髪黒目。そのキャラエディットにはアニメキャラのような派手さはないが、小動物のような大きく愛らしいたれ目に、鼻と口とフェイスラインのバランスはひと手間加えた感じが見て取れた。
身長も平均的な女性キャラよりも半頭ほど小さめで、いくらでも大きくできる胸も慎ましい。
彼女のレベルは【8】、ランクは【F-】、プレイヤータイプは【A】。
初期装備の一つである征旅・魔術師仕様レベル1装備を使っていることと、戦闘能力の低さを見る限りもはや初心者であることは疑いようがない。
イベント戦の失敗は確実だ。
何故この中級者向けのPvEモードに同行してきたのかは理解しがたいが、このまま帰還するのも味気ない。
私が設定した特殊な目的と彼女の目的が合致しているのかは不明だが、初心者にはいっぱい優しくするのがゲーム全体が長続きするコツだ。
「次のウェーブがどんな感じかやったことある?」
「ないです……」
「とりあえず俺が突っ込むからよく見ながら援護よろしくね。えっと、マツリカさん」
マツリカというプレイヤーネームの彼女は、子犬のように頷いた。
『征旅・魔術師仕様レベル1』が持てる武器は、基本的にカスのようなものばかりだ。
加えて、雑魚敵の骸骨一体すら処理ができない中身の性能では足を引っ張られることのほうが怖いが……今はそんなことを気にするような状況ではない。
上空からポップした骸骨兵5体が草原に降り立つ。
「マツリカさんは俺が転倒取ったガイコツに撃ってダメージ稼いでくれればいいから」
「大火球とマナバレットのどっちを撃ったらいいですか?」
「両方。初発は大火球撃ってからマナバレットに切り替えて追撃してほしい。大火球のほうは間違えて俺に当たるとよろけるけど心配しないでガンガン撃ってね」
いいんですか? とでも言いたげなマツリカの表情。
「たくさん撃って場数踏んでエイムに慣れるのが一番だよ。失敗怖がってたら一向にゲームなんてうまくならないからさ。それにほら、ミスったらゴメンでいいし」
マツリカの視線がそわそわと揺れていた。
魔力レーダーの範囲内に骸骨兵が入り込む。
敵の骸骨兵の兵科は戦士だ。
マツリカの魔術師装備とは相性が悪い。
ウェーブが重なるたびに骸骨兵の装備も強くなってくる。
早く対処しないと不安なのだろう。
「た、た、戦わなくていいんですか!?」
「平常心だ、平常心を心掛けて。焦るとエイムもぶれる」
おもむろに私も骸骨兵に向き合う。
装備を切り替え火球・改が魔法がセットされた指輪を選ぶ。
武装切替時間はごく短い。
すぐに使用は可能となる。
「うっし行くか」
骸骨兵に遠距離攻撃の手段はない。
私はのっそのっそと歩きながら右手に青白く発光する聖剣を装備し、骸骨兵の集団に突っ込んでいった。
骸骨兵は突っ込んできて短剣を振るってくるだけのザコなので、駆け引きする必要すらなく火力押しで簡単に撃破できる。
しかしそれも序盤のウェーブだけだ。
徐々に骸骨兵のグレードは上がってくる。
殴られても痛くないのはそろそろ終わりだ。
マツリカが襲われたら助けに行くのは厳しいと思い、多少のダメージは覚悟して魔法をけん制に使いつつ格闘で骸骨兵をなぎ倒す。
マツリカが持つ杖から放たれる大火球と、片手に持つ拳銃型の魔導具から撃たれるマナバレットが骸骨兵に刺さるが正直大したダメージにはなってなかった。
敵の攻撃を遮ってくれるような最上級の援護を期待するのは酷か……。
「あっ! ごめんなさい!」
マツリカの悲鳴に近い謝罪の直後、私の頭部に大火球が直撃する。
このゲームのFFにダメージはない。
味方に撃たれようが殴られようがノーダメージだが、しかし行動の阻害はされてしまう。
そして私は骸骨兵たちのど真ん中にいる。
大火球の発射間隔はそこそこ長く連射は効かない。
つまりもうマツリカの援護は期待できないということだった。
骸骨の持つ刃が私に降り注ぐ。
しかし装備のレベルや相性の関係もあってこっちが悲しくなるくらいに体力は減らない。
敵に殴られながら私は「これからどうしようかな……」と呟いた。
○
道中の敵にのみ私は圧倒的に強いので、タコ殴りにされたりマツリカのFFがあったところで負けはなかった。
次のウェーブが来るまでのわずかな時間、装備した武器を解除し、しゃがんでHPと『加護』の回復に努める。
「ここのボス倒すと貰える装備ってそんなに強いんですか?」
「あれ? 持ってないの?」
「プロトさんは持っているんですか? 征旅・火力支援型……でしたっけ、報酬の装備」
プロトというのは私のキャラクターネームだ。
しかし会話が噛み合わない。
「俺はこのイベント実装の直後に手に入れたよ。マツリカさんなんでこの部屋に入ってきたのかって感じだけど……まあいいや。あれは強いね、射程はゴミで爆風無いから直当てしないと駄目だけど低コスト帯じゃ半頭飛びぬけて強い」
「たくさんレーティングマッチにも挑戦したんですが全然勝てなくて……チームに私が入ると負けるんじゃないかって……」
「あーあるある。そういう悩みは初心者のころだと出てくるよな。俺もちょっと苦労した」
「だから、その強い装備があれば私でも勝てるようになるかなって」
聞く気はなかったが聞いてみればよくある初心者の悩みだった。
「メインコンテンツはチーム対人だからねこれ。その辺のプレイヤースキルって人それぞれだし。あとチームに一人役立たずがいると味方の負担一気に増えるからつらいよなー。拮抗してるはずの前線が崩れるとそこから押し込まれるし」
「うぅっ」
マツリカは申し訳なさそうに体を縮こませた。
「Aレートとか行けるプロトさんみたいなゲームの上手い人とは私、違いますし……」
「いやまさか、同じだよ。Aレートだろうが基本はみんな同じ人間。誰だって初めは初心者だし、そもそもその考え方がちょっと違う。ゲームの腕前ってプレイヤースキルだけで計れるものじゃないから」
HPと加護の回復が完了し、そろそろ攻め入ってもいい頃合いだったが私は話を続けた。
「テクニックも重要だけど、わりと大事なのは情報収集のスキル。この基礎が最初から最後まで一番重要だ」
私は指を二本立てた。
「まずは強い装備を知っててそれを選べることと、次にそれを正しく運用できること。重要なのはこの二つかな」
「じゃあ私は……」
「征旅・火力支援型が強そうってこと知ってるんならいいんじゃない? Aレート目指すとかならまだまだ知らないといけないこと沢山あるけど」
言い終わると同じくらいに次のウェーブが強制的に開始する時間になった。
目の前の光景は注視せず、視界に表示されてる情報を確認する。
そのさなかマツリカが私に向かってこう言った。
「私、強くなりたいです」
へーなるほど。
私はゆっくりと立ちって、
「さ、そろそろ次の敵が来る。調子出てきたからもっと前出るね俺」
「ええ? 離れないでくださいよ!」
「一緒に前出て凸魔術師してみようぜ」
「魔術師ってそういう戦い方する兵科じゃないですよ! 距離取って戦いたいですって!」
「いや随伴魔術師っていう戦い方もあるし、どちらかと言うと征旅魔術師仕様はガンガン前出て火力出してく装備だぞ。武器の射程短いし」
リロードも挟んで残弾はフル。体力も満タン。
そろそろマツリカもセオリー通りの動きができるようになれと期待して私は発破をかけてみた。
「まあちょっと聞いてよ。このゲーム何もしなくてもレティクルの中央にわかりやすく弾が飛ぶから、前に出れば敵も近くなって弾も当てやすいんだ。相手の動きに翻弄される前にこっちから行って出足叩いたほうが流れも掴める。この状況ならぶっちゃけ前に出ない理由はあんまりない」
「……本当ですか」
「マジマジ」
「……危ないときは、ちゃんと守ってくださいよ」
「危なくなったら救援要請か支援要請飛ばしてくれれば駆けつけるから」
魔力レーダーに反応。
ポップした骸骨たちがこちらに迫る。
「とりあえず戦士は速攻で処理するから、その後は流れで」
「本当に敵に向かっていくんですね……」
「あれだぞ。これ原則として覚えておいてほしいんだけど」
不安に揺れるマツリカに向かって私は言った。
「この手のゲーム全般って基本的に攻めてる方が有利だからね、PvPもPvEも」
足の重いマツリカなど構わず私は単騎、敵の群れに突っ込んでいった。
無謀にも見える私の突撃を見たマツリカは、一拍二拍置いて随伴を開始した。
○
「今日のお昼からずっと勝てなかったんですけど、なんか今は調子がいいです……!」
無傷とはいかなかったが、撃墜0で道中の敵の攻撃をしのいだマツリカは声を上ずらせていた。
魔術師はよく悪くも味方への依存度が高い兵科だ。
基本的には一人で戦えるような兵科ではなく、味方との連携が重要になる。
つまり何を言いたいかというと、私が敵の攻撃を一手に引き受けているから彼女は意識のリソースの全てを射撃に費やすことが出来ているわけだ。
それで100点満点の正解だ。魔術師の役割は移動砲台であり、敵と正面を切って大立ち回りをすることではない。敵の急所をつける場所に陣取り、最大火力を発揮し続ければその火力に追随できる兵科はいない。
基本的な役割分担が上手く出来ればこうなるのだが……彼女の様子を見るに、初体験のようだ。
私は若干の悲しさを覚えた。
この調子でいざボス、とマツリカが私に視線を投げているが、
「明日は平日だしこの戦いで今日は終わりかな」
「ええっ? なんかテンション低くないですか……? 私もいい調子なんです! これからって感じじゃないですか!」
いやにマツリカのテンションが高い。
VRゲーじゃなかったら唾が飛んできそうな勢いだ。
「今日は負けてばっかりで、こんなに戦えたの初めてなんですよ私!」
「えぇ? どのくらい負けが続いてたの……」
「えっと……お昼前からやっててほとんど勝てなかった気がします」
私は絶句した。
マッチングに時間がかかる時もあるが、一試合は早ければ10分で終わる。
昼間からずっとプレイして負け続けているということは……。
試しに少し計算したらつらくなってきたので私は考えることを止めた。
「このゲームそこまで楽しかったの……? 負けが続くの心折れなかったの……?」
「いや、ゲームってあんまりやったことなくて新鮮だったっていうのと……明日から学校で、何かやってないと不安で……」
「はー」
学生なのね……。
「でもでも! 試しに入ってみたこのルームの戦いは今までで一番楽しいです! このままボスにも勝てますかね!?」
マツリカの期待を受け、私は片手で目を覆った。
「やっぱり……。ルームコメント見てなかったな。無理。火力も人数も足りないからどうあがいても負け。良くて時間制限でタイムアップだよ」
「……え」
初心者の気の抜けた声と同時に、ボスがポップする。
草原に吹き荒れる突風に翼を乗せ、大出力のエリアルブーストで自由自在に大空を旋回する怪鳥を模した金属の巨体が地面に影を落とす。
視界を横切るように文章が流れる。
〈ソルジャーシップが出現しました!〉
ゲーム内の設定によると巨大な鳥を模した鎧……らしい。
帝国装備らしい丸みを帯びたボディに、表面にエングレーブされた大量の魔方陣が不気味な模様となっている。
それは、ただただデカく、火力が圧倒的で、防御面に穴がほとんどなく、それでいて空を飛んでいる嫌がらせの塊のようなボスだ。
勝ち目がないわけではない。
と言うかもうなんども攻略した。
斬れば撃てばHPも加護も減る、敵のマナが尽きればリロードが必要で、ブーストが切れれば地上にも降りてくる。中に動かす人もいる。
不利な帝国軍が卓越したエースに用意した、汎用性生産性を犠牲に圧倒的火力を手に怪物のようなビジュアルへと進化を遂げた聖鎧……という設定だ。
しかし設定を楽しむプレイヤー以外にとってはどうでもいい。
特にこいつと対面している私たちが一番頭から追い出さなければならない情報だ。
「なんか大きいの出てきましたよ!? どうしたらいいんですか!?」
「こいつ、モード開放されてから30分くらいは誰も攻略できなかったんだぜ知ってる?」
「知ってるわけないじゃないですか!」
「空飛んでるから長射程持ちの魔術師がいないとろくにダメージ通らないのと、バリアでマナ属性の射撃を弾くっていうイカれた防御性能してるんだこいつ。単機で一つの局面をひっくり返すってコンセプトの装備らしいんだけど」
その時、背筋が凍るほどに魔力レーダーに映る敵影が増えた。
骸骨兵の集団が宙に出現し、次々と地に降り立っていく。
「このモードに限っては何故か単機では戦わずに随伴歩兵が無限に湧いてくるんだよ。ほら、戦士装備の骸骨が湧いてきた」
逆に言えば、この理不尽な敵の大群も廃人によって30分で攻略され、翌日には検証勢のうちで効率的な攻略方法が広まり始めていた。
運営が想定する戦い方では攻略に最短で5分、システムの穴を付いた戦い方をすれば最短で2分でけりが付く。
攻略に極度の集中力と大量の時間がかかるような凶悪な難易度ではない。
攻略法は確かにある。
自分の頭にも入っているし、どのロールでも実行することだって可能だ。
だがメンバーも装備も整っていない状況でそれは実行できない。
よって、待ち受ける結末は死だ。
マツリカは声も出さずに後ずさりした。
唐突に叩き込まれる大群に頭の処理がついていかず、体も若干硬直している。
「よっしゃ! 絶対勝てないけど頑張ってみるか!」
そして、私とマツリカは惨殺が避けられない理不尽な戦いに身を捧げていった。
○
主人公が作ったルームのコメントにはこう書いてあったという。
〈※敗北演出鑑賞 ネタ装備歓迎〉
○
ルームの解散後、私は特に感慨もなくログアウト処理を進めゲームを終了した。
眠りに付こうと思いベッドに向かいかけたその時、一通の通知が送られてきたのだった。
【フレンド申請 マツリカ】
【メッセージが一件届いてます。】
『強くなりたいです。私に戦い方を教えてくれませんか?』
ご意見、ご感想などお待ちしております。




