EX3話 有栖川香蓮
警察車両の中で、守谷刑事と響華、雪乃はアイプロジェクターを使って捜査を始めた。
響華は空中で指を滑らせ、国民情報システムにアクセスする。
「守屋さん、そのSATの人の名前って何ですか?」
問いかける響華に、守屋刑事が答える。
「指宿慎二、三十一歳。警視庁警備部警備第一課、特殊部隊所属。東京都三鷹市出身。これくらいの情報があれば、検索出来るはずよ」
「ありがとうございます」
響華は検索窓にその情報を入力し、検索ボタンをタップする。
《データベースを検索中》
目の前に円が現れ、くるくると回る。
「何か分かりました?」
隣で首を傾げる雪乃に、響華は「まだ検索中」と返す。
すると、守屋刑事が言う。
「私も国民情報システムには何度も検索をかけてるのよ。でも、ほとんど手がかりが掴めなくて。きっと監視カメラを避けて行動してるんでしょうけど、ここまで来るとさすがに手が込みすぎてる」
その時、検索が完了し結果が表示された。
《指宿慎二:行動履歴 2021/04/14/07:49 東京都世田谷区砧八丁目付近 情報源:タクシードライブレコーダー》
響華はハッとした表情を浮かべ、声を上げる。
「守屋さん、出ました! 私が狙撃されたちょっと後に、ドラレコに映ってたみたいです」
「響華さん、それ本当?」
守屋刑事は素早く指を動かし、その映像を確認する。映像は響華と雪乃の目の前にも同時に映し出された。
映像は走行中のタクシーの前方を捉えたもので、コインパーキングの横を通り過ぎるタイミングに、一瞬だけ人の姿が映り込んでいた。その人は車のトランクにギターケースを積み込んでいる。
「この赤線で囲まれてるのが、指宿って人ですか?」
響華の言葉に、守屋刑事が頷く。
「ええ。この見た目、間違いない」
「積み込んだギターケース、きっと中身は狙撃銃のはずです」
雪乃が呟く。
「あの車の行き先を調べるわ」
守屋刑事は再び空中で指を滑らせ、検索する。
《検索結果:現在地 東京都千代田区丸の内二丁目付近》
「丸の内……。急いで向かいましょう」
守屋刑事はエンジンをかけ、車を発進させた。
霞ヶ関、魔法災害隊東京本庁舎。
司令室では、長官と遥が並んで座りモニターを監視していた。
「遥さんって今、雪乃さんと一緒に住んでるんでしょ? 仲良くやれてる?」
長官の問いかけに、遥は笑顔で答える。
「はい、楽しくやってますよ!」
「そっかぁ、いいな〜。私は家に帰っても誰もいないからな〜」
長官は椅子にもたれかかり、小さく左右に揺れる。
遥は長官の肩をぽんと叩き、慰めるように言う。
「大丈夫ですって。長官ならすぐに素敵な人が見つかりますよ」
長官はそうかなぁといった表情を浮かべると、急に真顔になった。
「……こうなったら、いっそ響華さんと結婚しようかな」
「えぇ!?」
突然の衝撃発言に、遥は思わず大きな声を出してしまう。慌てて周りの司令員たちに謝る仕草をして、長官の顔を見る。
すると長官はクスっと笑って、両手をひらひらと振った。
「冗談冗談。さすがに響華さんに手は出さないけど、友達と住むのは悪くないかなぁ、なんて考えることはあるよ。だから遥さんにこの話を振ったんだけどね」
長官の言葉に、遥はホッとした様子で息を吐く。
「もう、本気でびっくりしちゃったじゃないですか〜」
「ごめんごめん、まさかそこまで驚くとは思わなかったから」
そんな話をしていると、モニターに魔法災害情報が表示された。
「長官、異常な魔力反応が!」
「丸の内に避難指示、なるべく早くね」
ほんの一瞬で真面目モードに切り替わる遥と長官。
あの二人は一体どんな脳構造をしているんだ。周りの司令員たちはそんなことを考えつつ、情報収集や警察、自治体への連絡を行っていた。
東京駅前、丸の内ツインタワー本館屋上。
指宿慎二が隣の新館の屋上に向けて狙撃銃を構える。
そこにはなぜかユー・リンファの姿があった。リンファは立ったまま目を閉じ、ぶつぶつと魔法を唱えている。
「姉さん。本当にあの魔法能力者、大丈夫なんだろうな?」
無線を通じて不安そうに問いかける指宿に、女性は淡々と言葉を返す。
『そんなものやってみなきゃ分かんねぇさ。だからこそアンタを安全装置としてそこにいさせてんだろ? 黙って仕事しな』
「はい、了解です……」
指宿はスコープを覗き込み、リンファの額に照準を合わせた。
東都高速三号池尻線。
守屋刑事が運転する警察車両は、サイレンを鳴らしながら丸の内へと走行している。
その時、後部座席に座る雪乃のスマホが鳴った。
「ハルさん、何かありましたか?」
電話をかけてきたのは遥だった。
『ユッキー、今どこにいる?』
遥は少し焦っている様子だ。
「えっ? 今は六本木を過ぎた辺りで……。というか、丸の内に向かってる途中なんですけど」
雪乃が答えると、遥は『これって繋がってる……?』と呟いて言葉を続ける。
『さっきから、丸の内で強力な魔力反応が検知されてるんだ。分析室からの情報では、ユー・リンファの魔力の可能性が高いって。あの人は何をしでかすか分からない。慎重にね』
「了解です、ハルさん」
雪乃は電話を切り、響華と守屋刑事に伝える。
「丸の内に、リンファさんもいるそうです」
「SATのスナイパーに魔法能力者の研究者。接点も謎だけど、目的は何だろう……」
考える響華に、守屋刑事が言う。
「もしかしたら、それを束ねてる誰かがいるのかもしれないわね」
「つまりそれって、何らかの組織ってことですか?」
問いかける響華に、雪乃が口を開く。
「その場合、かなり危険な状況かもしれません。嫌な予感がします」
「飛ばすわよ」
守屋刑事はアクセルを強く踏み込み、現場へ急行した。
丸の内ツインタワー本館、地下駐車場。
守屋刑事と響華、雪乃の三人が車から降りる。
「指宿の車はこれね」
守屋刑事が乗用車のナンバープレートを確認する。
《検索結果:日ノ本レンタカー 成城営業所 貸出中》
アイプロジェクターは瞬時に情報を表示した。
「私と響華さんで屋上に向かう。雪乃さんは向こうのビルに登って」
守屋刑事の言葉に、響華と雪乃が頷く。
「分かりました!」
「はい!」
雪乃が駐車場の出口を駆け上がっていく。
響華と守屋刑事はエレベーターに乗り、上層階へと向かう。
『ピンポン。三十六階、レストランフロアです』
扉が開く。その瞬間、目の前に人の姿が見えた。
「ちょっと早すぎんなぁ。ま、アイツがやらかすことくらい想定内だけどさ」
何やら呟いているその人は、黒いボディスーツを身に纏った女性だった。
「動かないで!」
守屋刑事は拳銃を抜き、女性に銃口を向ける。
女性は面倒臭そうに両手を挙げ、無抵抗の意思を表す。
「ここで撃たれるのは御免だ。とりあえずアンタら、エレベーター降りれば?」
守屋刑事は銃口を向けたまま、響華と共にエレベーターを降りる。
《有栖川香蓮 外務省特殊貿易局先端技術輸出課課長 Credit Rate:1622 over122》
響華と守屋刑事の視界に人物情報と信用レートが映し出される。
「外務省……」
響華の発言はほとんど声になっていなかったが、有栖川は口の動きで察したようだ。
「最近は個人情報がダダ漏れできついねぇ。そう、アタシは外務省のエリート官僚さ」
「では有栖川さん、あなたはここで何をしているの?」
守屋刑事は拳銃のセーフティーを外し、鋭い視線を向ける。
しかし、有栖川は愉快そうに笑った。
「あれ? 魔犯のエースがそんなことしていいの? アタシ、信用レート適正値だよね?」
「関係ないわ。このまま邪魔するようなら、公務執行妨害でも何でもいい。まずはあなたを拘束します」
守屋刑事が強い口調で言うと、有栖川は楽しげな表情を見せた。
「いいねぇ! そういうの、嫌いじゃないよ」
「狂ってる……」
守屋刑事が引き金に指をかける。
《有栖川香蓮 Credit Rate:1780 over280 警告:不信者ではありません。正当防衛を超える行為は即時通報されます》
「有栖川さん、あなたの目的は一体何ですか?」
問いかける響華に、有栖川は顔を向けて答える。
「知りたいか? アタシらの目的は、この世界から魔法を消すことさ」
「魔法を、消す……?」
「ああそうさ。世界から魔法が無くなれば、絶対に大きな混乱が起こる。それに乗じて治安維持として各国にアマテラスのコピーを売り込むのさ。そうすれば日本は世界を支配することができる。素晴らしい計画だろう?」
有栖川の言葉に、響華が唇を噛む。
「また、変な椅子取りゲームに巻き込まれたってこと……?」
「ちょっと待って。アマテラスのコピーって、何?」
守屋刑事がふと呟く。有栖川はにたっと笑って言う。
「そうか、アンタは知らないのか。なら、教えてやろう。国民情報システムと信用レートの正体、それはアマテラスの思考や知識をコピーした人工知能なのさ。なあ、藤島響華?」
有栖川が響華に視線を移す。
「嘘、でしょ? だって、アマテラスを倒したのに、それを放っておくなんて……」
守屋刑事は信じられないといった様子で響華の顔を見る。
響華は守屋刑事をじっと見つめ、口を開いた。
「あの人の言ってることは本当だよ。私もずっと知ってたけど、どう伝えればいいか分からなくて。守屋さん、ごめんなさい」
頭を下げる響華。
守屋刑事が目の前に表示された文字に目を遣る。
《有栖川香蓮 Credit Rate:1823 over323》
《警告:自身の信用レートが急速に低下しています。直ちに現場から離脱することを薦めます》
「邪魔、鬱陶しい……! だから、こんな数字は最初から嫌いだって言ってるのよ」
守屋刑事は響華に銃口を向ける。
「守屋さん、落ち着いてください!」
響華は必死に声をかけるが、守屋刑事は興奮状態で聞く耳を持たない。
《藤島響華 Credit Rate:1799 over299 警告:不信者ではありません。正当防衛を超える行為は即時通報されます》
「魔災隊なら、魔獣の残したものは全部処理することね!」
引き金を引く守屋刑事。
『バン!』
有栖川は隣で笑みを浮かべている。
「このまま、相手のペースに飲み込まれちゃだめだ……!」
響華は迫ってくる弾丸を躱し、魔法を唱える。
「魔法目録二条、魔法光線!」
響華が両手を後ろに引きながら、守屋刑事の方に体を向ける。
《守屋都 警視庁魔法犯罪対策室 Credit Rate:1500 border》
「守屋さん、目を覚ましてください。敵は私じゃなくて、あっちです!」
その瞬間、響華はつま先でターンし、体を有栖川の方に向けた。
光線が放たれ、有栖川の腹部に直撃する。
「ぐぁっ……!」
有栖川は吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。
「守屋さん、今のうちに!」
響華が言うと、守屋刑事はハッとした表情をして有栖川を見る。
「ごめんなさい響華さん。私、ちょっと動揺してた」
守屋刑事が有栖川の元へ駆け寄り、手錠を取り出す。
「有栖川香蓮、あなたを拘束します」
しかし、有栖川はちらりとこちらを見遣って、不敵な笑みを浮かべている。
するとその直後、ドーンという大きな音と衝撃が響華と守屋刑事を襲った。
「な、何今の……?」
響華が周りを見回していると、有栖川が口を開く。
「やっぱり無理だったか。まあいい。あの魔法能力者はどうせ捨て駒さ」
「どういうこと?」
問い詰める守屋刑事に、有栖川は上を指差す。
「屋上に行けば分かる。……そうだ、使えない安全装置も捕まえといてくれ。SATの割に随分と無能だった」
「屋上に指宿とリンファがいるってこと? とにかく屋上に向かいましょう」
守屋刑事の言葉に、響華は大きく首を縦に振る。
「はい、急がないと指宿さんも危ないかも!」
非常階段へ駆け出す響華と守屋刑事。
「また会おう。日本の英雄さん」
有栖川はひらひらと手を振り、エレベーターに乗り込んだ。




