EX1話 魔法能力者連続傷害事件
二〇二一年四月九日、十六時四十三分。山手通り、中野坂上交差点。
ビルの隙間から射す夕陽を浴びながら、一人の女子高生が信号待ちをしていた。その女子高生は耳にイヤホンを着け、気分良さそうに独り言を呟いていた。
「魔法能力者は特別な存在。魔法能力者至上主義を、もっと広めないと……」
その時、一台の乗用車がタイヤが擦れるを響かせて交差点に滑り込んできた。
しかし、女子高生はイヤホンをしている為それに気が付かない。
『キキー! ガシャン!』
乗用車が歩道に突っ込み、女子高生を巻き込む。
「だ、大丈夫ですか……!」
乗用車の運転席から男性が降りてきて、慌てた様子で声をかける。
「うぅ…………」
女子高生は大怪我を負っていて、返事もままならない様子だ。
突然の事故に、現場は一時騒然とした。
二〇二一年四月十三日。魔法災害隊東京本庁舎、食堂。
響華と雪乃、芽生、碧の四人は、椅子に座って話をしていた。
「今日は遥ちゃん非番だっけ?」
首を傾げる響華に、雪乃が頷いて答える。
「はい。ハルさんはお休みですよ」
すると碧が、雪乃の顔を見て言う。
「ん? 今お前、滝川のことをハルさんって言ったか?」
「あっ、すみません。つい家での呼び方が……」
雪乃は顔を真っ赤にして俯く。
「そういえば、雪乃は遥と二人で一緒に住み始めたのよね?」
芽生が問いかけると、雪乃はこくりと首を縦に振る。
「今までは高校生だったので難しかったですけど、四月からは社会人になったので。実家は本庁舎に通うにはちょっと遠いですし、親元を離れてみようかなと思ったんです」
「そっか。雪乃ちゃんの地元、確か足立区だもんね」
響華の言葉に、雪乃は「はい、梅島です」と返した。
「それで、二人暮らしはどう? 遥ちゃんから変なことされてない?」
響華が質問すると、雪乃は両手を水平に動かして否定する。
「変なことなんてされてません。仲良くやってますよ」
そのやりとりを隣で聞いていた芽生が、ぽつりと口を挟む。
「どちらかと言うと、雪乃の方が遥に変なことしてるんじゃない?」
「へっ? 何のことですか?」
声が上擦る雪乃。少し動揺している様子だ。芽生はそれを見逃さなかった。
「遥のちょっかいは冗談っぽい感じだけど、あなたが遥に対してする行動は本気にしか見えないもの。家の中じゃ、あなたが攻める側なんじゃないかしら?」
ジト目で見つめる芽生。
「えっと、その……。はい…………」
圧に押されたのか、雪乃は消え入りそうな声で答え、黙り込んでしまった。
「雪乃ちゃん、家で遥ちゃんに何してるの……?」
引き気味で呟く響華。
碧は咳払いをして、話題を変える。
「そうだ藤島。最近、守屋刑事の捜査を手伝ってるんだってな?」
響華はそうそうと頷き、スマホの画面を見せた。
「この事件についてなんだけど……」
碧と芽生、雪乃が画面を覗き込む。
「魔法能力者連続傷害事件。確かここ一ヶ月で十人の魔法能力者が被害に遭ってるようだな」
「ええ。事件現場は杉並、中野、練馬、世田谷の四区で、発生時刻はいずれも夕方」
「犯人は未だに特定されていないって聞きましたけど」
この事件はニュースでも大きく取り上げられているので、三人も知っているようだ。
響華はスマホをポケットにしまい、話を続ける。
「それだけじゃなくてね。ここ数日の間に、魔法能力者が五人も事故に巻き込まれてて。それももしかしたら事件と関係があるかもって」
「事故って、どんなだ?」
碧が問いかける。
「車の事故だよ。急にタイヤがバーストして歩道に突っ込んだとか、そんな感じの」
響華の言葉に、芽生が疑問を浮かべる。
「その事故に事件性があるとして、運転手は黒じゃないの?」
すると響華は首を横に振ってそれを否定する。
「多分運転してた人は誰も犯人じゃないと思う。信用レートも全員平常値だったみたいだし」
その時、雪乃が口を開いた。
「狙撃……。狙撃なら、事故に見せかけてタイヤを破裂させることはできます」
「でも、それらしき弾なんて現場には無かったはずだし、違うんじゃないかな?」
響華が首を捻って言う。
四人は「う〜ん」と唸り、不可解な事件について考えを巡らせていた。
しばらくして、食堂に長官が入ってきた。
「響華さんと雪乃さん、ちょっといいかな?」
少し焦った様子で手招きする長官。響華と雪乃は何だろうと顔を見合わせ、席を立つ。
廊下に出ると、長官が用件を話し始めた。
「魔法能力者連続傷害事件について、守屋刑事から本格的な協力要請が来たんだけどね。響華さんには引き続きお願いするとして、雪乃さんにも加わってほしいって言われたんだ。雪乃さん、どうかな?」
雪乃は少し考えてから、こくりと頷いた。
「はい、大丈夫です」
「よし、それじゃあ今から中野に向かってくれるかな? 響華さん、場所は分かってるよね?」
長官の言葉に、響華は「分かってます」と返す。
「それじゃあ、頑張ってね!」
微笑みかける長官に、響華と雪乃は首を縦に振ってエレベーターの方へと向かった。
十二時十七分。山手通り、中野坂上交差点。
車通りの多い交差点の角に、守屋刑事が立っている。ウェアラブルデバイスのアイプロジェクターを装着しているが、今ではすっかり当たり前の姿だ。
「守屋さん、お待たせしました!」
「すみません、少し遅れてしまいました」
響華と雪乃が謝りながら駆け寄ると、守屋刑事は気にしないでいった様子で笑顔を見せる。
「早速だけど、現場検証を始めましょう。これ、二人も着けて」
守屋刑事は鞄からアイプロジェクターを二つ取り出し、響華と雪乃に手渡す。
「えっと、私は自分のがあるので借りなくても……」
響華が言うと、守屋刑事は首を横に振る。
「これは警察用のだから、一般販売されているものとは違うわ。これでしか使えない機能を使いたいから、響華さんもそれを着けてもらえる?」
「はい、分かりました」
響華は受け取ったアイプロジェクターを装着する。
《画像データを読み込み中》
目の前に文字が浮かび上がる。
しばらくすると、実際の風景に重なるように事故当時の光景が映し出された。
「これ、実際の事故の様子ですか?」
問いかける雪乃に、守屋刑事が頷く。
「ええ。二〇二一年四月九日、十六時四十三分。山手通りを北進していた乗用車のタイヤが突如破裂、中野坂上交差点で信号待ちをしていた女性に衝突した。女性は魔法災害隊中野管轄の隊員、茜屋かなえ、十七歳。重傷のため現在は入院中。車の運転手は軽傷で、信用レートは1582。規定値はクリア。事件性は無いように見えるけど、状況が状況だけに、ね」
響華は歩き回って、現場の細かい様子を確認する。
「あの、タイヤがバーストしたのってどの辺ですか?」
「信号の向こう側よ」
響華が聞くと、守谷刑事が青梅街道を越えた先を指差した。
「私も気になるので、向こうに渡ってもいいですか?」
雪乃も一度その場所を見ておきたいようだ。
「それじゃあ、信号が変わったら行きましょうか」
守屋刑事はそう言って、信号が青に変わるのを待った。
中野坂上交差点から南に五十メートル。車道は左折レーンと右折レーンのために、道幅が広がり始めている。
「車は左車線を走行していて、ここでタイヤが破裂。その後は大きく蛇行しながら交差点に進入した。周辺の防犯カメラや後続車のドライブレコーダーの映像からして、それは間違いないわ」
響華は車道に残されたスリップ痕を眺める。守屋刑事の言う通り、その痕は左車線から右折レーンに向かった後、急角度で左へと曲がっていた。
「う〜ん、事故にしか見えないけどなぁ」
響華は呟いて、腰に手を当てた。
その頃、雪乃は歩道にしゃがみこんで、何かを探していた。
「雪乃さん? 何かあったの?」
守屋刑事の問いかけに、雪乃は下を向いたまま答える。
「いえ、あの。可能性を潰しておきたくて」
「可能性?」
「はい。私としては、タイヤが破裂した原因は狙撃なんじゃないかって思うんですけど、弾痕が無ければその可能性は潰れるので」
雪乃の言葉に、守屋刑事は顎に指を当てて考える。
「狙撃、ね……」
「守屋さん?」
顔を上げて首を傾げる雪乃。
「ううん、何でもないの。気にしないで」
笑顔を見せる守屋刑事に、雪乃は「そうですか……」と言って再び視線を下に向けた。
その時、守屋刑事のアイプロジェクターに通信が入った。
『警視庁から各局、杉並区荻窪で199発生。マルガイは魔法災害隊所轄隊員との情報あり。周辺で警戒中のPMは直ちに現場に急行されたし。繰り返す……』
「魔法能力者が、殺された……!」
守屋刑事がハッとした表情を見せる。
それと同時に、目の前に地図が表示される。
「響華さん、雪乃さん、現場検証は一旦中止。荻窪でまた事件が起きたわ。しかも今度は殺人。犯行がエスカレートしてきたわね」
守屋刑事が二人に声をかける。
「殺人って……!」
「そんな……」
響華と雪乃が息を呑む。少しショックを受けた様子だ。
「車はそこに停めてあるわ。響華さんと雪乃さんも乗って」
守屋刑事がコインパーキングへと駆け出す。
響華と雪乃も気持ちを切り替えて、急いで守屋刑事の後を追った。
荻窪、事件現場。
一台の警察車両が到着し、守屋刑事と響華、雪乃が降りてくる。
「魔犯の守屋です。こちらは魔災隊の藤島隊員と北見隊員。連続傷害事件の捜査に協力してもらっています」
守屋刑事がすでに現場に到着していた所轄の刑事に警察手帳を見せる。
所轄の刑事は響華の顔を見て一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに「こちらです」と現場を案内した。
「これは……!」
「酷い、ですね……」
響華と雪乃が口元を押さえる。
現場には真っ赤な血の痕と、被害者の持ち物であろう鞄とその中身が散乱していた。
「被害者の身元は?」
守屋刑事が問いかけると、所轄の刑事は透明な袋に入った生徒手帳を見せた。被害者の制服のポケットにあったものらしい。
所轄の刑事からそれを受け取り、身元を確かめる。
「霜月真奈美、二〇〇五年十一月十日生まれ。都立阿佐ヶ谷高校一年、魔法災害隊杉並管轄隊員。魔法能力者って情報は間違ってなかったのね。それで、殺害方法は?」
守屋刑事が生徒手帳を返しながら聞く。所轄の刑事は別の袋を取り出して答える。
「そこの建物の壁に、弾痕とこれが」
守屋刑事が袋に目を向ける。中に入っていたのは、狙撃銃用の弾丸だった。
響華と雪乃も近づいて弾丸を見る。すると雪乃が何かに気が付いたように声を上げた。
「この弾って、確か……」
「雪乃ちゃん、何か分かったの?」
首を傾げる響華に、雪乃は。
「これ、SATで使われてるものと同じです……」
と小声で呟いた。
守屋刑事は響華と雪乃の顔を見つめ、口を開く。
「今まで言ってなかったけど、実は信用レートが低下していたSATの人間が一人失踪してるのよ。それに、狙撃銃も一つ無くなってる。さっき雪乃さんが狙撃って言葉を口にした時に言いかけたのはそのこと。黙っててごめんなさい」
頭を下げる守屋刑事に、響華は両手を水平に動かす。
「そんな、守屋さんが謝ることじゃないですよ。私たちに機密事項をそう簡単に話すわけにもいかないでしょうし」
「そうですよ。頭を上げてください」
雪乃も微笑んで声をかけると、守屋刑事は顔を上げて「ありがとう」と表情を緩めた。




