第81話 魔法神の戦い
警視庁、魔法犯罪対策室。
ウェアラブルデバイスのアイプロジェクターで資料を作成していた守屋刑事は、疲れた様子で大きく伸びをした。
「ずっと籠りきりなのも辛いわね……」
守屋刑事は呟くと、立ち上がって窓際に向かった。
「響華さん達、大丈夫かしら……」
窓の外を見る。しかし、外は霧がかかったように真っ白で、魔法災害隊の建物も霞んでいた。その時、空から黒い何かが降りてくるのが目に入った。
「あれは、人……?」
人の形にも見えるそれは、ゆっくりと垂直に下降を続け、守屋刑事と高さが並んだ。守屋刑事がじっと見つめていると、濃い紫色の光が二つ瞬いた。
「目? やっぱり人なの……?」
守屋刑事がスカウターを起動させ、信用レートの計測を試みる。
ただ、それと同時に相手もこちらに気が付いた。黒に近い紫色の瞳が守屋刑事の顔をちらりと見る。
「っ!」
冷酷な視線に貫かれ、守屋刑事は慌てて壁に隠れる。
(何、今の……。あの瞳、奥の方に途轍もない悪意を感じた……)
守屋刑事の鼓動が速まる。今度は恐る恐る陰から外を覗く。
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「信用レート、ゼロ……」
目の前に表示された信用レートに、守屋刑事は言葉を失った。
響華たちの前に、黒い人影が立ちはだかる。
「あなたは、アドミニストレータ……!」
響華が声を上げると、濃い紫色の双眸がこちらを睨みつけた。
「お前、エミュレータだな? しばらく見ないと思ったが、下へ降りていたのか」
アドミニストレータはそう言って、不敵な笑みを浮かべる。
「ここで決着を付けよう、アドミニストレータ」
響華の体が青く輝き、瞳が青く光る。
「いいだろう。ただし、負けるのはお前だ」
アドミニストレータはにやりと笑い、戦闘態勢をとった。
「魔法目録二条、魔法光線!」
響華が両手を後ろに引き、神経を集中させる。
「なめられたものだな」
アドミニストレータは呟き、魔法を唱えることなく真っ黒な光線を放った。
「響華っち、危ない!」
遥が叫ぶ。響華は既のところでそれを躱すと、すぐに体勢を立て直して反撃する。
「魔法光線!」
もう一度魔法を唱え、光線を放つ。しかし、アドミニストレータはすかさず防壁を展開し、それを簡単に弾き返した。
「エミュレータ、もっと本気を出せ」
アドミニストレータは煽るように言う。
「あなたにそんな余裕があるの? アドミニストレータ?」
響華はそう返すと、再び魔法を唱えた。
「魔法目録二条、魔法光線!」
アドミニストレータへ向け、思い切り光線を放つ響華。だが、やはりアドミニストレータにその攻撃は届かない。
「お前は何をしている? まさか、負けることを望んでいるのか?」
問いかけ、嘲笑うアドミニストレータ。
響華は唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべる。その時、後ろから声が聞こえてきた。
「藤島! その呼び方で正しいのか分からないが、私も力を貸そう」
「碧ちゃん……?」
響華が振り返ると、芽生や雪乃、結城隊員や川辺隊員も声を上げた。
「私も。一緒に戦うわ」
「私も……。ただ見ているだけなのは、ちょっと嫌なので……」
「藤島隊員! 命をかけても、私があなたを守ります!」
「それなら、私もっ……!」
響華は全員の顔を見つめ、口を開く。
「でも、アドミニストレータはみんなが倒せるような相手じゃ……」
すると、遥が響華の肩をぽんと叩いた。
「何言ってんの、響華っち。いや、今はエミューかな? まあいいや。とにかく、今はピンチなんだから、素直に私たちを頼ればいいんだよ」
「遥ちゃん……。うん、ありがとう。みんな、一緒に戦ってくれる?」
響華が問いかけると、六人は大きく頷いた。
「神の戦いに人間無勢が割って入るか」
アドミニストレータは不敵な笑みを浮かべ呟く。その顔はどこか楽しんでいるようにも感じられた。
「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」
碧の目の前に弓矢が形成される。それを手に取ると、すぐに弓を引いて矢を放った。
「甘いな」
しかし、あっさりと防壁で防がれてしまう。
続けて、結城隊員と川辺隊員が同時に魔法を繰り出す。
「魔法目録五条、電磁誘導!」
「魔法目録二十七条、火炎放射っ!」
二人の魔法が途中で合わさり、威力が数倍にも増す。だが、アドミニストレータはいとも簡単にそれを防ぎきった。
「まだまだひよっこだな」
アドミニストレータが鼻で笑う。
その瞬間、芽生が後ろから打刀を振り下ろした。
「後ろががら空きよ」
アドミニストレータはハッとした表情を見せ、慌てて回避する。
「避けられた……!」
刀は空を切り、芽生がよろめく。
「今度はお前が、がら空きだ!」
アドミニストレータが芽生の脇腹に肘打ちする。
「くあっ!」
芽生の体が吹き飛び、数メートル先の地面に叩きつけられる。
「芽生ちゃん!」
響華が大声で名前を呼ぶ。
「大丈夫、気にしないで……」
芽生は少し体を起こし、微笑みを浮かべた。
「よくもメイメイを……!」
遥は鋭い視線をアドミニストレータに向ける。
「お前、多少は楽しませてくれそうだな」
アドミニストレータはにやりと笑い、来いと手招きした。
「魔法目録一条、魔法弾!」
遥が高く跳び上がり、魔法弾を思い切り投げつける。
「それでは意味が無いぞ」
アドミニストレータは上に魔法防壁を展開させ、魔法弾を防ぐ。
「そんなん分かってるっての!」
遥は地面に着地すると、その勢いのまま右に体を倒して横に飛んだ。
すると、遥の背後に狙撃銃を構えた雪乃の姿が見えた。
「あなたの心臓、撃ち抜きます……!」
『バン!』
引き金が引かれ、銃口から弾丸が放たれる。
「お前は邪魔をするな!」
アドミニストレータが雪乃めがけて魔法光線を放つ。光線は弾丸を飲み込み、一直線に雪乃へと向かっていく。
「雪乃ちゃん!」
響華が叫び声を上げる。
『ドカーン!』
「うあぁっ……!」
雪乃は狙撃銃ごと宙を舞い、地面に体を打ち付けた。
「ユッキー!」
遥が駆け寄ると、雪乃はゆっくりと口を開いた。
「……すみません、滝川さん。失敗しちゃいました……」
「いいんだよ、ユッキー。よく頑張ったって」
遥が微笑みかける。
「ありがとう、ございます…………」
雪乃は嬉しそうな笑みを浮かべ、目を閉じた。
「ゆっくり休んでて」
遥はそっと声をかけ、再びアドミニストレータに視線を移す。
「ユッキーまで酷い目に合わせるなんて、もう許さないよ」
遥の表情がより一層引き締まる。
「いいぞ、もっとだ。もっと我を楽しませろ!」
アドミニストレータが地面を蹴る。
「近接攻撃か、面白いじゃん!」
遥もアドミニストレータ目掛けて駆け出す。
「援護します!」
「私もっ!」
結城隊員と川辺隊員が後方から電磁誘導魔法と火炎放射魔法を放つ。遥がタイミングを見て跳び上がると、電気を帯びた炎が真下を突き抜けた。
アドミニストレータはそれをひらりと躱し、すぐさま反撃する。
「我はお前たちの相手をしているのではない。邪魔だ」
両手から同時に光線が放たれ、結城隊員と川辺隊員に直撃する。
「うっ!」
「くっ……!」
結城隊員と川辺隊員が地面に倒れる。
「魔法目録一条、魔法弾!」
その時、アドミニストレータの目の前に、遥の姿が現れた。
「転移を使ったか」
アドミニストレータの問いかけに、遥は得意げに笑う。
「私たち、この技ちょいちょい使うんだよね〜。ほいっ!」
遥が右手に持った魔法弾をアドミニストレータの腹部に押し当てる。
「うぐっ!」
アドミニストレータは苦しそうに呻き、後ろによろめく。
「あれれ〜? 結構効いてるみたいだけど、大丈夫かな〜?」
遥は顔を近づけ、アドミニストレータを煽る。
「……お前は我に本気を出させた。それだけは褒めてやろう。だが、お前はここで終わりだ」
アドミニストレータは囁くと、一つ魔法を唱えた。
「アンマネージドマジックコード3445、アンチテレフォニカ」
直後、遥の体に激痛が走る。
「ぐあっ! あ〜っ!」
遥はその場に倒れこみ、激しく身悶える。
「苦しいか? 死ぬのが怖いか?」
アドミニストレータが上から顔を覗き込む。
「おい滝川! 大丈夫か!」
その姿を見て、急いで助けに向かおうとする碧。しかし、響華が腕を引っ張ってそれを止めた。
「碧ちゃん、アドミニストレータに近づくのは危ないよ。それに、遥ちゃんには絶対に触っちゃダメ」
響華の言葉に、碧が立ち止まる。
「すまない。確かに、あの魔法神に近づくのは判断として良くないな。しかし、なぜ滝川に触ってはいけないんだ?」
首を傾げる碧。響華は遥の方を見遣ってから答える。
「遥ちゃんに触ると、その瞬間に触った人にも同じ症状が起こるから」




