第73話 顕現
二〇二一年三月十八日。魔法災害隊東京本庁舎、食堂。
テーブルの奥に遥と雪乃、手前に碧と響華、芽生が座って話をしていた。
「アマテラス、どこにいるんだろうね……」
響華が呟く。
「魔力反応も無いということは、もう日本にはいないのか?」
碧の言葉に、芽生が首を横に振る。
「いいえ、きっと日本のどこかにはいるはずよ。国民に救国神とまで名乗っておいて、日本を離れるとは思えないわ。もし国民を何とも思っていないのなら話は別だけど」
「そうだよね〜。そこなんだよ、問題は」
遥がテーブルに突っ伏しながら言う。
「人を支配したいのか、世界を支配したいのか、それによって取る行動も変わってきますからね……」
困った表情を浮かべる雪乃。
「ん〜、どうしたらいいんだろう……」
響華も唸り声を上げ、頭を抱えた。
司令室では長官と木下副長官がアマテラスの捜索に当たっていた。
「ねえ、木下副長官は何か見つかった?」
パソコンのキーボードを叩いていた長官が作業をやめて問いかける。木下副長官はモニターを見つめたまま答える。
「いえ、手がかりすら見つかりませんでした」
「あと調べてないのってどこだっけ?」
長官が首を傾げる。
「二十三区内で残るは新宿区だけです」
「よし、じゃあ新宿で検知されてる魔力反応を全部調べよう」
長官の言葉に木下副長官が大きく頷く。二人は再びパソコンに向かい、新宿の魔力反応を探し始めた。
西新宿ゲートタワー、地下六階。
真っ暗な部屋の中に、赤く光る双眸が浮かび上がる。
「時ハ来た。藤島響華よ、わらわの力を思い知ルがいい……!」
アマテラスは部屋を出て、エレベーターに乗り込む。
『ピンポン、四十三階です』
最上階で扉が開く。アマテラスはエレベーターを降りると、魔法を唱えた。
「魔法目録二条、魔法光線」
両手を後ろに引き、天井に向かって勢いよく光線を放つ。するとコンクリート片が煙を上げながらバラバラと落ちてきた。煙が収まるのを待ってから上を見上げると、天井には大きな穴が空いていて、そこから青空が見えた。
アマテラスは思い切り跳躍し、穴から屋上に上がる。
「では、わらわの力を一部解放スルとしよう……」
アマテラスは呟いてから、大きな声で魔法を唱えた。
「魔法目録百六十条、天柱破壊!」
するとその瞬間、ゴゴゴゴという大きな音とともに、青空が一瞬にして雲に包まれた。
「世界が神界と一つにナッタ時、世界ハ魔獣のものとなる。猶予は少ナイぞ、藤島響華」
アマテラスは不敵な笑みを浮かべ、空を眺めていた。
魔法災害隊東京本庁舎、司令室。
「異常な魔力反応を検知! 場所は西新宿一丁目、西新宿ゲートタワーです!」
司令員が声を上げる。
「その情報、モニターに出してくれるかな?」
長官が言うと、司令員はパソコンを操作し情報を大きなモニターに映し出した。
「こ、これは……」
その情報を見て、木下副長官が息を呑む。
「うん、間違いないと思う。ちょっと待ってて、響華さんたちを呼んでくるね」
長官は立ち上がり、急いで食堂へと向かった。
「みんな、アマテラスの居場所が分かったかもしれない!」
長官が食堂に駆け込んでくる。
「本当ですか!」
響華が立ち上がって長官の顔を見る。長官は頷いて、こう問いかけた。
「とりあえず司令室に来てもらってもいいかな?」
「はい、分かりました!」
長官は響華たちを連れ、司令室へと戻る。
司令室に入ると、木下副長官が慌てた様子で話しかけてきた。
「長官、再び異常な魔力反応が……!」
長官と響華たちは巨大なモニターに視線を移す。するとそこには、目を疑うような映像が映し出されていた。
「何、これ……」
響華が呟く。
「晴れてたのが、一気に曇った?」
遥の言葉に、雪乃が首を捻る。
「曇ったというより、空との境界が出現したって感じですかね……?」
「この状況は一体……」
映像をじっと見つめている碧に、芽生がぽつりと言った。
「強力な魔力反応に空の異変。もしかしたら共工の固有魔法、天柱破壊かもしれないわ」
「共工って、アマテラスに倒されたんじゃなかったの?」
首を傾げる響華に、長官が答える。
「正確には『取り込んだ』が正解かもね。共工を取り込んだアマテラスは、共工の固有魔法を手に入れた。芽生さんはそう推理したのよね?」
長官が聞くと、芽生はこくりと頷いた。
「ええ。もしその推理が当たっていれば、あれは雲じゃなくて神界との境界ということになるのだけれど」
「神界との、境界……」
碧が小声で言う。
「それじゃあ、もしそれが地上に到達したら……」
雪乃の言葉に、遥が口を開く。
「この世界に人の居場所は無くなるだろうね」
響華たちは言葉を失い、黙ってその映像を見つめていた。
警視庁、魔法犯罪対策室。
「さっきまで晴れてたのに。雨でも降るのかしら……?」
守屋刑事は薄手のコートを羽織ると、壁に立てかけてあったビニール傘を手に取った。
するとそこへ国元がやってきた。
「守屋さん、お出かけですか?」
「ええ、ちょっと。それで、今日は魔災隊と公安、どっちの用件?」
首を傾げる守屋刑事に、国元は「どっちもです」と答えて真剣な表情を見せた。
「どっちもってどういうこと?」
守屋刑事は右手に傘を持ったまま机に寄りかかり、左手をコートのポケットに突っ込む。
「どうやらアマテラスが姿を現したようです」
国元の言葉に、守屋刑事は驚いた様子で声を上げる。
「あの会見以来行方知れずだったアマテラスがこのタイミングで?」
「はい。そして空に広がっているのは雲ではなく、神界との境界である可能性が高いとのことです」
それを聞いた守屋刑事は窓の方を見遣ってから、こう問いかけた。
「ちょっと待って。神界って、何……?」
「聞いた話では、魔法を司る神である魔法神のいる世界だそうです。もしその神界とこの世界が融合した場合、人間に勝ち目は無いと」
「融合? 勝ち目? あなたは何を言っているの?」
守屋刑事は国元の話を信じられなかった。というより、信じたくなかったのかもしれない。国元は淡々と話を続ける。
「響華さんたちはこれからアマテラスがいると思われる新宿へ向かうそうです。そして、公安はこれからアマテラスとその関連事件についての捜査を開始します。おそらく魔災隊、公安双方から守屋刑事にも協力要請があると思いますが、まずは自分の安全を第一に考えてください。伝えたかったことは以上です。僕はこれで」
国元はお辞儀をして、踵を返す。
「神界との境界って、一体何なの……」
一人残された守屋刑事はぽつりと呟き、しばらく俯いていた。
西新宿ゲートタワー、屋上。
アマテラスの前に、響華たちが転移してくる。
「アマテラス、何を企んでるの?」
鋭い視線を向ける響華に、アマテラスはにやりと笑って答える。
「この世界ヲ神界と融合すれば、この世界ハもっと良くなると思わないカ?」
「思わないな。お前にとってのユートピアは、私たちにとってのディストピアだ。神界との融合など、させるわけにはいかない」
碧が反論する。
「ほう? では桜木芽生、お前ハどう思う? お前は確か、コンパイルに会ッタことがあるノだろう?」
アマテラスが問いかける。
「ええ、あるわよ。だけど、あなたの上にいる魔法神とコンパイルは仲が悪いのでしょう? コンパイルと仲良くできないような魔法神に、ユートピアなんて築けるのかしら?」
煽るように返す芽生。遥と雪乃も敵意をむき出しにして言う。
「それに、救国神とか意味分かんない肩書き名乗っといて何ヶ月も姿見せないとかありえないんだけど? だったら総理大臣生かしておけば良かったじゃん」
「そもそも、私を操ってシナイ戦争に加担させた時点で、アマテラスが悪意に満ちていることは明白です。アマテラスは救国神じゃない、禍神です」
アマテラスは唇を噛み、苛立ちを見せる。
「黙レ! 人間ハ愚かだ。わらわはその愚かナ人間共を正シク導いてやろうと言っているのだ。おとなしく神界に飲み込まレルのを待っていろ」
アマテラスはそう言い放つと、魔法を唱えた。
「魔法目録十五条、転移」
アマテラスの体が光に包まれ、その場からいなくなる。
「ああもう、今度はどこ行っちゃったのさ!」
遥が悔しそうに声を上げる。
「とにかく、まずは神界との融合を止めなくちゃ……」
「ああ、そうだな」
響華の言葉に、碧はこくりと頷いた。




