第72.7話 大事なもの
海上自衛隊横須賀基地。
停泊していた魔法護衛艦『かつうら』の艦橋には、遥と雪乃、芽生の姿があった。遥は帽子を被り、センターを陣取っている。
「出航用意! 錨を上げー」
遥が声を上げると、芽生が呆れた様子で言う。
「誰に向かって言ってるのよ? 自分で何とかしなさい」
「しょうがないな〜。魔法目録七条、物質操作!」
遥は渋々魔法を唱え、錨を上げる。
「そういうのって、魔法で無理やり動かして壊れたりしないですよね?」
その様子を見ていた雪乃が問いかける。
「へーきへーき。細かいことは気にしない」
遥は呑気に言うと、再び号令をかけた。
「『かつうら』出航! 両舷前進微速」
「だから誰に向かって……」
そう呟く芽生に、遥が視線を向ける。
「じーっ……」
「あーもう、分かったわよ。私がやるわ」
芽生は遥の圧に押され、仕方ないといった様子でため息をついて操舵輪を握った。
港を出ると、遥は艦長気取りで指示を出す。
「航海長操艦! 最大戦速で小笠原諸島沖へ!」
「はいはい、最大戦速ね」
芽生はやる気のない様子で返事をする。
「ユッキー砲雷長、『ラストピリオド』を止めるにはどうすればいい?」
遥の質問に、雪乃は少し考えてから答える。
「そうですね……。反魔法光線を使えば一撃でしょうけど、通常の魔法光線と魚雷だとかなり厳しいと思います」
「そっか〜。それじゃあやっぱり反魔法光線を使うしかないみたいだね」
遥が言う。
最新鋭の魔法護衛艦『かつうら』には、通常兵器と魔法光線砲に加えて、反魔法銃の技術を応用した反魔法光線砲が装備されている。しかし、反魔法光線を放つとその反動でしばらく艦を動かすことができなくなる。もしその攻撃が上手くいかなければ一気に窮地に陥ってしまうため、なるべく使いたくはない。だが、それを使わない限り『ラストピリオド』を止めるのは難しそうだった。
「で、メイメイ航海長? 今どの辺まで来た?」
振り向いて首を傾げる遥に、芽生は。
「まだ東京湾も出てないわよ」
とため息交じりに答える。
「もっと急いでよメイメイ! 響華っちとアオは大ピンチなんだよ!」
遥の言葉に、芽生が苛立ちを隠せない様子で言い返す。
「あなたが最大戦速って言うからそうしてるんでしょう? すぐにでも響華と碧を助けたいのなら、この船ごと転移すればいいじゃない。出来るのかは知らないけど」
すると遥がハッとした表情を浮かべ、「それだ!」と声を上げた。
「魔法目録十五条、転移。場所、小笠原諸島沖!」
「えっ、いきなり転移するんですか? まだ心の準備が……!」
隣で慌てる雪乃をよそに、遥が魔法を発動させる。遥たちを乗せた艦が光に包まれ、一瞬にして東京湾から姿を消した。
小笠原諸島沖、魔法護衛艦『さんとう』艦橋。
「艦長。響華サンと碧サン、連れて来たぞ」
シュウ副長が響華と碧を連れて戻って来た。
「凪沙艦長、今ってどういう状況ですか?」
響華が問いかけると、真鶴艦長は操舵輪を動かしながら答える。
「巨大な艦から攻撃を受けてるの。多分アメリカ海軍の艦だと思うけど、あんな艦は聞いたことないかも」
「日本との戦争に合わせて造られた? にしては期間が短すぎるか……」
碧が呟く。
「とにかく、響華サンと碧サンの力を貸してくれ。私たちだけじゃ逃げ切れねぇ」
シュウ副長が響華と碧に言うと、真鶴艦長もこうお願いした。
「響華さんと碧さんがいてくれたら、どんな波だって越えられる気がする。だからお願い! この艦を助けて!」
響華と碧は顔を見合わせると、首を縦に振った。
「「はい!」」
敵艦からの攻撃は更に激しさを増していた。
『ドカーン!』
「いよいよ直撃するぞ。どうすんだ艦長?」
シュウ副長が焦った様子で言う。すると響華が一歩前に出て口を開いた。
「私が魔法で何とかします。ガラス一枚割っちゃいますけどいいですか?」
「何とかするって、響華さん一人で!?」
驚いた様子で声を上げる真鶴艦長。
「響華サンが日本の英雄だってことは分かってる。だが、いくらなんでもあれは無理だ」
シュウ副長も首を横に振る。しかし、響華は自信に満ちた表情を浮かべ、敵艦の方を向いた。
「魔法目録二条、魔法光線!」
響華は魔法を唱えると、目を閉じて神経を集中させる。
『ダダダン!』
再び敵艦が発砲してきた。
響華は目を開き、タイミングを見計らって両手を前に突き出す。
「行っけ〜!」
響華の手から魔法光線が放たれる。光線は艦橋のガラスを突き破り一直線に進むと、こちらに向かってくる砲弾に見事に命中した。
『ドーン!』
閃光とともに大きな爆発音が響く。どうやら空中で爆発したようだ。
「すごい……」
「信じられねぇ……」
真鶴艦長とシュウ副長が驚嘆した様子で呟く。
「碧ちゃん、主砲を壊してくれる? このままじゃ防戦一方で攻撃出来ない」
響華の言葉に、碧は頷いて魔法を唱えた。
「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」
目の前に弓矢が形成されると、それを構えて敵艦の主砲に狙いを定める。
「ここだ!」
碧が弓を引き矢を放つ。先ほどの響華の光線によってガラスが割れた箇所から、矢が放物線を描いて敵艦の主砲へと向かっていく。
「壊れろ」
碧が祈るように言う。
『ガキン!』
だが、矢は主砲に当たったものの弾き返されてしまい、そのまま海に落ちてしまった。
再び敵艦の主砲が動き、こちらに照準を定める。
「まずい、また来るぞ!」
シュウ副長が叫ぶと、真鶴艦長は大きく舵を切る。
「お願い、避けて!」
しかし、敵艦との距離はどんどんと詰まっていて、回避行動を取る時間は少なくなっていた。
『ドドドン!』
敵艦から発砲される。
「魔法目録二条、魔法光線!」
響華はもう一度魔法を唱える。
するとその時、まばゆい光が艦橋の左側から差し込んできた。それと同時に大きな波音が聞こえ、艦体が激しい揺れに襲われる。
「まぶしくて何も見えないよ〜!」
「おい、何だこれは?」
「着弾地点は?」
「分からん。とにかくこの光が収まらねぇと……」
響華と碧、真鶴艦長とシュウ副長はあまりの眩しさに目を開けられない。
数秒後、光が無くなり視界が回復する。真っ暗な夜の海に視線を向けると、左側につい先ほどまで存在しなかった艦影があった。
「ねえ、あの艦は?」
真鶴艦長の問いかけに、シュウ副長が答える。
「ありゃあ日本の艦だな、とりあえず敵じゃなさそうだ。しかし、救援の話は聞いてないんだが……」
隣に現れた護衛艦は、副砲を旋回させ敵艦に向けて発砲する。
『ビチューン!』
「あれは、魔法光線……!」
碧が呟く。その護衛艦が放ったのは砲弾ではなく魔法光線だった。
「魔法光線が装備されてるってことは、この船は魔法護衛艦『かつうら』ってこと!?」
響華が声を上げる。
「でも、一体誰が動かしてんだ? 動かせる人がいねぇからワタシたちが訓練してんだろ?」
シュウ副長が首を傾げていると、『かつうら』のスピーカーから声が聞こえてきた。
『響華っち〜、アオ〜、助けに来たよ〜!』
「この声は……!」
碧が驚いた表情を浮かべて『かつうら』の艦橋に目を凝らす。聞こえてきたのは明らかに遥の声だった。
『ユッキーとメイメイもいるから、全員で協力して片付けちゃおう?』
遥の言葉に、響華が手を振りながら言う。
「遥ちゃんに雪乃ちゃん、それに芽生ちゃんまで……! うん、やろう。皆でならあれを止められる!」
遥たちがいると思われる艦橋に向かって大きく首を縦に振ってみせる。
『よっしゃ、じゃあ始めますか! こっちが主砲を撃ったら、すぐに敵の艦橋めがけて攻撃してね!』
「分かった!」
響華が両手で丸を作ると、『かつうら』の主砲が動き始めた。
一体どのような攻撃が繰り出されるのか。響華と碧、真鶴艦長とシュウ副長は興味深そうにじっと見つめていた。
魔法護衛艦『かつうら』艦橋。
遥が相変わらず艦長気取りで号令をかける。
「戦闘用意! 戦闘左反魔法光線戦。ユッキー、主砲をぶっ壊すよ」
「方位角右四十五度、距離一マイル。いつでも行けます」
雪乃が言うと、遥が大声で指示を出す。
「うちーかたはじめー!」
「てーっ!」
雪乃がボタンを押すと、主砲に充填された青白い光が勢いよく放たれた。
『ビチューン!』
その光線は『ラストピリオド』の主砲へと一直線に伸びていく。ドカーンという大きな音と同時に、主砲がばらばらに粉砕されるのが見えた。
「ユッキー、完璧だよ!」
「はい! まさか滝川さんのゲーム知識がここで活かされるとは思いませんでした」
遥と雪乃が笑顔でハイタッチを交わす。
「さて、後は響華と碧がとどめを刺すだけね」
芽生はそう言って『さんとう』の艦橋を見遣った。
魔法護衛艦『さんとう』艦橋。
「反魔法光線、敵艦主砲に命中。すごい威力だね……」
真鶴艦長が呟く。
「碧ちゃん、今だよ!」
響華の言葉に、碧は頷いて弓を構える。
「ああ。最大出力で、敵艦の艦橋のガラスを射抜く」
すると、シュウ副長が碧の背中に右手を当てた。
「ワタシの魔力、使ってくれ」
「ありがとうございます」
碧は照準を定めると、思い切り矢を放った。
矢は風を切って敵艦の艦橋へと突き進んでいく。そして『パリーン!』とガラスの割れる音が響き、ガラスの破片がキラキラと海に散った。
それを見た響華は、碧と入れ替わるように艦橋の中央に立ち、すかさず魔法を唱える。
「魔法目録二条、魔法光線!」
両手を後ろに引き、神経を集中させる。
「響華さんには私の魔力をあげるね」
今度は真鶴艦長が響華の背中に右手を当てる。響華はこくりと頷いて、小声で呟く。
「凪沙艦長の思いも込めて、このピンチを乗り切る……!」
勢いよく両手を前に突き出すと、とてつもない威力の魔法光線が放たれた。
光線はゴーッという音を立てながら敵艦の艦橋へと向かっていく。そして碧がガラスを割った箇所から艦橋の中へ入り込んだ。
『ドカーン!』
その直後、敵艦の艦橋が真っ赤な炎と黒い煙を上げ大爆発した。
「敵艦、機関停止……!」
シュウ副長が声を上げる。
「私たち、助かったんだね」
真鶴艦長がホッとした様子で胸を撫で下ろす。
「やったよ碧ちゃん!」
響華は両手を広げ、碧にぎゅっと抱きつく。
「おい、藤島! 恥ずかしいだろう……」
口ではそう言う碧だったが、その顔はどこか嬉しそうだった。
海上自衛隊横須賀基地。
帰港した時にはすっかり太陽が昇っていた。
「全員無事で良かった」
波岡艦長が『さんとう』と『かつうら』から降りてきた響華たちと真鶴艦長ら乗組員を見て言う。
「すみません、新しい護衛艦をボロボロにしちゃって……」
謝る遥に、波岡艦長は優しく声をかける。
「いいんだよ。君たちが戻ってきてくれれば」
「でも、修繕には時間も費用もかなり必要よね? 大丈夫なの?」
首を傾げる芽生。
「まあ、何とかするよ」
波岡艦長はそう答えて笑顔を見せた。
「それにしても、あの艦が人工知能を搭載した無人艦だったなんてびっくりだよ〜」
真鶴艦長の言葉に、シュウ副長も首を縦に振る。
「確かに、護衛艦も省人化が進んだとはいえ、完全無人化には程遠いと思っていたからな」
「そんなこと言ったら、三人で護衛艦を動かした雪乃ちゃんたちもすごいんじゃない?」
その話を聞いていた響華が、雪乃に話しかける。
「えっ? いや、その……。私は滝川さんの指示に従っていただけなので、すごいのは滝川さんだと思います」
雪乃はあくまで遥の功績だと謙遜する。
「全く、本当に北見は滝川のことが好きなんだな」
「ち、違いますよ! って、違わないですけど……」
碧が言うと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした雪乃。それを見て響華たちが「あはは」と笑う。
するとその様子を見ていたシュウ副長が碧に声をかけた。
「碧サン、ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか?」
碧がシュウ副長に歩み寄る。
「碧サン、自分には魔力も魔法能力も覚悟も無ぇとか言ってたよな? でも、そんなのよりよっぽど大事なものを、碧サンはたくさん持ってるじゃねぇか」
シュウ副長の言葉に、碧は首を傾げる。
「大事なもの、ですか?」
「おう、無くしちゃいけない大事なもの。それは、仲間だ。碧サンには良い仲間がこんなにいるじゃねぇか。これだけの仲間に信頼されてるなんて、碧サンは幸せ者だな」
「私が、幸せ者……」
呟く碧に、シュウ副長はため息をついた。
「はぁ、気付いてなかったのか? 全く、碧サンはどんだけ恵まれた人生を送ってきたんだっつーの」
シュウ副長が苦笑いを浮かべる。
「すみません。ですが、ありがとうございます。副長のおかげで、大切な存在に気付くことができました」
碧が頭を下げる。
「ま、ワタシが役に立ったなら良かったよ」
シュウ副長はにこっと微笑んだ。
「今回は訓練に参加させて頂き、本当に感謝しています。ありがとうございました」
碧はもう一度深くお辞儀をして、踵を返す。その時、シュウ副長が碧を呼び止めた。
「おい、碧サン」
「まだ何か?」
振り返る碧。
「最後に、ワタシから一つお願いしてもいいか?」
「お願い?」
「碧サン、絶対にあの魔獣を倒してくれ。そして、日本と中国、朝鮮連邦に平和を取り戻してほしい。頼んだぞ」
シュウ副長の言葉に、碧は大きく頷いた。
「はい。副長のその願い、必ず果たしてみせます」
横須賀基地の門で、響華たちを真鶴艦長とシュウ副長、波岡艦長が手を振って見送る。
「みんな〜、またね〜!」
「元気でな〜!」
「お気を付けて」
響華たちは笑顔で手を振り返しながら、横須賀基地を後にする。
「碧ちゃん、魔災隊はどうするの? やっぱり戻る気しない?」
駅に向かう道中、響華が問いかける。
「いや、続けたい。副長にアマテラスを倒せと頼まれたし、それに……」
「それに?」
響華が碧の顔を覗き込む。
「私には、お前たちがいるからな」
「碧ちゃん……! 私も碧ちゃんのこと大好きだよ!」
響華が歩きながら碧に抱きつく。
「藤島、歩きにくい」
碧は響華の体を突き放す。
「もう、本当は嬉しいくせに」
「私は別に……」
響華たちの楽しい笑い声が横須賀の街に響き渡る。
だが、この国には解決しなければならない大きな問題が残されている。
都内某所。
暗い部屋の中で、テレビ画面にニュースが映っている。
『アメリカの国防総省は先ほど会見を開き、独断で日本に攻撃を仕掛けたとしてマーティン国防長官の更迭を発表しました。海上自衛隊は、昨夜に小笠原諸島沖でアメリカ海軍の護衛艦に攻撃を受けたと発表しており、それを指しているものと見られます。また、関係者筋によりますと、マーティン国防長官は精神疾患を患っていたとの情報もあり……』
『ピッ』
リモコンの電源ボタンが押され、テレビ画面が消える。
「これで邪魔者もいなくナッタ。さあ、決着をつけようジャないか、藤島響華」
真っ暗な闇の中に、赤い目が光った。




