第72.4話 海自からのオファー
アメリカ、国防総省。
「あの艦の整備は終わったか?」
マーティン国防長官が幹部に問いかける。
「はい、先ほど完了しました」
「では、直ちにそれを日本に向かわせろ。『ラストピリオド』で東京は火の海になることだろう」
マーティン国防長官はそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
二〇二一年三月一日。東京、魔法災害隊東京本庁舎。
待機中の碧は、食堂で椅子に座りスマホを眺めていた。
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「んー。私には、何が向いているんだろうな……」
碧がぽつりと呟く。するとそこへ、響華がやってきた。
「碧ちゃん、何見てるの……って、求人サイト!? もしかして一般就職するの?」
驚く響華に、碧はかぶりを振る。
「いや、卒業まで二週間もないし、そもそも一般就職するつもりなんてない」
「じゃあ何で求人サイト?」
首を傾げる響華。
「私は藤島や滝川のように魔法能力が高くない。それに、桜木の剣術や北見の狙撃のような特技もない。そんな私が魔災隊に向いているのか、少し考えてしまってな……」
ため息をつく碧。響華はテーブルにドンと手をついて言う。
「そんなことないって! 碧ちゃんは絶対に魔災隊に必要だよ!」
「……ありがとう。お前は優しいな」
碧が立ち上がり、食堂を出ていく。
「待って……!」
響華は呼び止めようと追いかける。しかし、廊下に出ようとしたところで人にぶつかってしまった。
「痛っ! ごめんなさい!」
慌てて謝る響華。
「響華っち、どしたの? アオと何かあった?」
「あれ、遥ちゃん?」
響華が顔を見る。ぶつかった相手が遥だと分かり、少しホッとした様子で肩を下ろす。
「あ、あの。新海さんはあっちに行きましたけど、追いかけなくていいんですか?」
遥の後ろにいた雪乃が問いかける。
「うん、大丈夫。それよりも遥ちゃんと雪乃ちゃん、ちょっと時間いいかな?」
響華が聞くと、遥と雪乃は顔を見合わせ首を傾げた。
「アオが求人サイトをね〜」
響華の話を聞いた遥が呟く。
「碧ちゃん、悩んでるみたいだった。でも、どう声をかければいいのか分からなくて……」
響華が困ったように言うと、雪乃が「ん〜」と唸ってから口を開いた。
「やっぱり、お父さんを亡くしたことがショックだったんですかね? いくら戦争だったとはいえ、すぐ近くにいながら自分が何も出来なかったと悔やんでしまっているのではないでしょうか?」
「なるほど、つまりは響華っちのせいだ」
遥の言葉に、響華の表情が曇る。
「あの時は、その……。もし私が原因なら、私は……」
俯く響華。そこへ碧が戻ってきた。
「お前がやめるのか?」
「碧ちゃん……」
響華が碧の方へ顔を向ける。
「別に藤島のことはもう責めていない。ただ、父のことを引きずっているというのは正解だ。命をかけて国を守る覚悟が、きっと私には足りていない。魔災隊になる資格など、最初から無かったんだ」
自信を失っている様子の碧に、遥が鋭い視線を向ける。
「じゃあやめたら? 自分の人生は自分で決めるもの。アオがそう思うなら、私は止めない」
「ちょっと滝川さん! いくら何でも冷たすぎますよ」
いきなりの冷酷な発言に慌てる雪乃。すると遥は微笑みを見せた。
「ってのは冗談だけどさ。一旦魔災隊から離れるのも悪くはないんじゃない? 長官に相談してみたら?」
「そうだな、滝川の言う通りだ。長官に相談しようと思う」
碧が再び食堂を出ていく。響華、遥、雪乃の三人は碧の背中を黙って見つめていた。
司令室。
長官と芽生はモニターを眺めながら話をしていた。
「芽生さん、板橋の魔法災害はどうなってる?」
「たった今、所轄によって鎮圧されたわ」
「よし、じゃあ残るは豊洲だけか。長沼班を直ちに豊洲に急行させて」
長官が司令員に伝える。
「さすが長官。完璧なオペレーションね」
芽生が微笑みかけると、長官は照れたように言う。
「そんなことないよ。これでも精一杯なんだから」
するとそこに碧が近づいてきて、長官に声をかけた。
「すみません、長官。今お時間よろしいでしょうか?」
「うん、いいけど……。どうかしたの?」
長官は何だろうといった様子で、芽生と顔を見合わせた。
「魔災隊から距離を置きたい。それは構わないけど、碧さんはその間したいこととかあるの?」
碧の話を聞いた長官が問いかける。
「いえ、特には……」
首を横に振る碧に、芽生が話しかけた。
「身が入らない状態で任務に当たるのは精神衛生上も良くないし、時には休養も必要だと思うわ。しばらくゆっくり過ごしたら?」
「ゆっくり、か……」
碧が呟く。今までずっと気を張って任務に当たってきた碧は、どう休んでいいのかも分からなかった。
その様子を見た長官がデスクの引き出しから一枚の紙を取り出した。
「そうだ。昨日ね、各省庁の事務方が集まった会議があったんだけど、そこで防衛省からこんな話をもらったんだ。はいこれ」
長官から紙を受け取った碧は、それに目を落とす。
《海上自衛隊魔法護衛艦『かつうら』計画 最先端の魔法科学技術と魔法兵装を搭載した新型魔法護衛艦を建造。その乗組員は魔法能力者のみで構成する。その試験段階として、魔法護衛艦『さんとう』にて魔法能力者を中心に乗組員を構成し訓練を行う》
「長官、なぜこれを私に?」
首を傾げる碧。
「海上自衛隊に所属する魔法能力者だけじゃ人手が足りないらしくてね。魔災隊にも協力してほしいって言われてるんだけど、それはうちも同じだから困ってたところなんだ。もし碧さんが休むのは気が引けるって感じてるなら、参加してみたらどうかなって」
長官の話を聞いて、芽生も続けて言う。
「いいんじゃない。少しはお父さんに近づけるかもしれないわよ?」
「自衛隊、か……。私、これに参加しようと思います」
碧は力強く頷き、こう答えた。
「それじゃあ防衛省の方には私から連絡しておくから、日時が決まったら連絡するね」
「分かりました」
碧はお辞儀をして長官の前から立ち去る。
「この話、響華が聞いたら何て言うかしら」
芽生が呟く。
「響華さんなら、一緒に行くって言い出すかもね」
そう言って笑みを浮かべる長官に、芽生が問いかける。
「そしたらどうするの?」
「行かせてあげるしかないんじゃないかな」
長官はそう言うと、モニターに視線を移した。
二〇二一年三月八日、海上自衛隊横須賀基地。
碧が基地に着くと、そこにはなぜか響華の姿があった。
「碧ちゃ〜ん!」
元気よく手を振る響華に、碧は慌てて駆け寄る。
「藤島、お前何やってるんだ?」
「私も碧ちゃんと一緒に魔法護衛艦の訓練に参加することになったんだ〜。びっくりした?」
無邪気な響華に、碧がため息をついて言う。
「あのな、藤島。これは遊びじゃないんだぞ? そんな気軽に参加されてもだな……」
するとそこへ、海上自衛隊の制服を着た男性が近づいてきた。
「お久しぶりです。シナイ戦争の時以来ですね」
その声に、響華と碧が振り返る。
「波岡さん!」
「波岡艦長!」
声の主は、以前にシナイ王国へ行った時に乗ったイージス艦つわのの艦長、波岡だった。
「君たちに来てもらえて、本当に心強いよ。協力してくれてありがとう」
微笑む波岡艦長に、碧が疑問を口にする。
「でも、どうして波岡艦長が? 今回私が乗艦するのは『さんとう』のはずですが」
すると波岡艦長はこう答えた。
「この魔法護衛艦『かつうら』計画は、私が発案したものなんだよ」
「波岡さんがですか?」
響華が驚いた様子で言う。
「あの時の君たちを見て、魔法能力者が乗組員にいれば大幅な防衛力強化に繋がるのではないかと、上層部に提案したんだよ」
その言葉を聞いて、碧が気が付いたように声を上げる。
「では、今回の訓練に藤島が参加することになったのは……?」
「私からお願いしたんだよ」
波岡艦長は笑顔で頷いた。
「そっか、だから長官は私に碧ちゃんがこれに参加するって教えてくれたんだ!」
「なるほど。長官は最初からこのつもりだったんだな……」
響華と碧は納得したように言う。
「ではそろそろ乗艦しましょうか。『さんとう』は魔法能力者の女性が艦長、副長を務めています。きっとお二人とも息が合うと思いますよ」
波岡艦長が『さんとう』が停泊している場所へと歩き始める。響華と碧はその後ろを付いていった。
魔法護衛艦『さんとう』。元々は中国海軍の空母だったが、中国が日本に併合されたことで自衛隊の所属となり護衛艦に改修された。一般的な戦闘機の離発艦は不可能だが、オスプレイのような垂直離着陸機なら離発艦可能である点から、今現在も空母能力を有しているという意見もある。
波岡艦長に連れられ、響華と碧が艦橋にやって来た。
「彼女たちは魔法災害隊から派遣されたオブザーバーの藤島響華隊員と新海碧隊員です」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
波岡艦長に紹介された二人は頭を下げる。
すると、帽子を被った女性が一歩前に出て手を差し出した。
「私は『さんとう』艦長の真鶴凪沙。よろしくね」
「あなたが艦長さんなんですね!」
真鶴艦長と響華が握手を交わす。
「そしてこっちが副長のシュウ・メイファンさん。前は中国海軍で副長をやってたんだって」
真鶴艦長が言うと、シュウ副長が「ヨロシクな」と微笑んで碧と握手を交わした。
「今回はあくまで訓練だから、君たち二人に危険が及ぶことはない。それに、万が一不測の事態があっても、真鶴艦長とシュウ副長が対処するから安心していいよ。それじゃあ、私はこれで」
そう告げて踵を返す波岡艦長に響華が問いかける。
「あの、波岡艦長はこの船には乗らないんですか?」
「私は今回の訓練では基地から監視や指示を行うことになっていてね。もちろん通信回線は繋がってるから、何かあったらいつでも連絡してね」
響華の方を振り向いて答えると、波岡艦長は艦橋を後にした。
「よし、みんな大丈夫かな?」
真鶴艦長の言葉に、シュウ副長が頷く。
「出航準備! 前部員錨鎖詰め方!」
甲板で青い手旗が掲げられる。それを確認した真鶴艦長は前を向いて号令を発した。
「両舷前進微速! 『さんとう』出航!」
艦が動き出す。岸から離れると、再び真鶴艦長から号令がかかる。
「航海長操艦。両舷前進原速、赤黒なし。針路九十度」
「頂きました航海長。両舷前進原速、赤黒なし。針路九十度」
航海長が復唱し舵を切る。
魔法護衛艦『さんとう』は横須賀を出て、伊豆諸島へ針路をとった。




