第69話 脱出
次元結界内、中原街道○子橋。
『ゴゴゴゴゴ……!』
突然、地響きのような音とともに地面が揺れ始める。
「地震か?」
碧が呟いたその時、真っ白な霧がこちらに向かってくるのが見えた。
「このままじゃ飲み込まれちゃうよ!」
響華が声を上げる。
「とりあえず走りましょう!」
雪乃の言葉に、響華たちは一斉に走り出す。
「今から多摩川駅に行っても、きっと電車に乗る前に霧に飲み込まれると思う。だからこの道を真っ直ぐ行こう」
遥が走りながら言う。四人は霧から遠ざかるように中原街道を北進する。
「でも、このまま走り続けるのは限界があるぞ。何か手立てはあるのか?」
碧が問いかける。すると雪乃が何かを考え始めた。
「雪乃ちゃん、何かいいアイデアがあるの?」
響華が聞くと、雪乃はふと思い出した様子で答える。
「確かこの先にも駅があったはずです。タイミングさえ合えば、五反田まで行けます」
「ナイス、ユッキー! それならその駅までダッシュだね!」
遥が走るペースを上げる。
「ま、待ってください! 駅は環八通りの信号よりも先です。一キロをそのペースで走れるんですか?」
雪乃はどんどんと離れていく遥に大声で呼びかける。しかし遥からの反応は無い。
「もう、遥ちゃんったら……。二人はこのままのペースで走ってて。私が遥ちゃんに伝えてくるよ」
響華は碧と雪乃にそう告げると、前方を走る遥の元へと駆けて行った。
「霧が迫ってくるのは怖いが、それ以前に体力が尽きてしまってはしょうがないだろう……」
「最初はちょっと焦りましたけど、冷静に考えてみるとそもそも霧が迫ってくるスピードって歩く速さくらいでしたよね……」
碧と雪乃は顔を見合わせ、肩をすくめた。
雪▽谷大塚駅。
響華たちが駅に着いてまもなく、電車がホームに滑り込んできた。扉が開くと響華たちは急いで電車に飛び乗った。
「ちょっと休憩……」
響華が息を切らしながら席に座る。
「いやぁ、まさかこんなに距離があるなんて思わなかったよ……」
遥も疲れた様子で言う。
「滝川さん、結局一キロをあのペースで走り切っちゃいましたもんね」
苦笑いを浮かべる雪乃に、碧は頷いて呆れた表情を見せた。
「全く、ちゃんと北見の話を聞かないからこうなるんだ。それに、霧が迫ってくる速度とかも考えなかったのか?」
「まずは駅に行こうって、その頭しかなくて……」
ぽりぽりと頭を掻く遥。碧は返す言葉もないといった様子で深いため息をついた。
電車は五反田へ向けて走行している。停車駅はいくつかあるが、霧が迫ってくる速度を考えれば追いつかれることはないだろう。
「でも、何でマリナの結界は消滅じゃなくて収縮を始めたのかな?」
響華がふと疑問を口にする。
「言われてみれば、確かに。このままじゃ最終的には押しつぶされちゃうし、外に出る方法を考えないとだよね」
遥が言うと、雪乃は少し考えて口を開いた。
「……外側に転移することは出来ないんですかね?」
「転移か。悪い考えではないが、魔獣の張った結界を突破するのは難しいんじゃないか?」
碧が答える。すると響華が続けてこう言った。
「それに、収縮してるって状況を考えると、中にいるたくさんの人間が狭い場所に集まるってことだよね? 魔法能力者だけ逃げるなんて、そんなこと出来ないよ……」
「それじゃあ、やっぱり結界を壊さなきゃってことだよね」
遥が呟く。
「そうだな……」
碧は俯き、難しい顔で考え込んだ。
『次は五反田。終点です』
電車は間もなく五反田というところまで来た。
「休憩も終わりか〜」
遥がゆっくりと席から立ち上がる。その時、窓の外を眺めていた雪乃が軽く首を捻った。
「ん? ユッキー、どしたの?」
遥が問いかけると、雪乃は「うーん」と唸ってから答える。
「周りがやけに落ち着いてるなと思って……」
「つまり、どういうこと?」
首を傾げる遥に、雪乃が説明を続ける。
「霧が迫って来ていたら、いくら魔法能力者でなくても焦りますよね? そしたら今の時代はすぐにネットで拡散されるはずです。そうなればもっと混乱が広がると思うのですが、全くそんな感じがしないのは不自然ではと……」
隣で話を聞いていた響華も、思い出したように声を上げる。
「あっ、そういえば。魔獣が出た時も周りの人はパニックになってなかった気がする。それも何か関係があるのかな?」
すると碧が「そうか」と呟き顔を上げた。
「もしかしたら、結界の中にいる人間全員に暗示魔法がかかっているんじゃないのか?」
その言葉に、遥がハッとした表情を浮かべる。
「アオ、それが本当ならとんでもないことになるよ……!」
「うん、東京にいる人が危ない……」
響華は深刻な顔をして、拳を握りしめた。
東京、五反±。
電車を降りると、響華たちは急いで改札を出た。
「みんな霧のことに気が付いてないみたいだね」
遥が言う。
「ここで私たちが伝えることで逆にパニックになってしまう可能性もある。くれぐれも慎重にな」
碧が響華に話しかける。響華はこくりと頷いて、周りの通行人に呼びかけを始めた。
「魔法災害隊です! ただいま、東京が魔獣による結界に囲まれており、それが収縮を開始しています! 皆さんは、落ち着いて都心部の安全な場所へ避難してください! 繰り返します……」
その横で、雪乃はスマホを操作してインターネットから注意喚起を行なっていた。
《魔法災害情報 【緊急】東京都心部において、魔獣によって形成された結界が収縮を開始しました。落ち着いて安全な場所へ避難してください》
「情報、流しました」
雪乃の言葉に、碧が首を縦に振る。
「そうか。では、後は避難誘導を行なって……」
周りを見回した碧がふと動きを止める。
「なんだ、この状況は……!」
響華も呼びかけをやめ、じっと街の様子を見つめている。
「アオ、響華っち、どうかしたの?」
問いかける遥に、雪乃が告げる。
「明らかに、周りの反応がおかしいです。魔災隊だと名乗っているのに、誰も立ち止まってくれません。それに、SNSでも一件もリツイートされてないんです。こんなの絶対おかしいですよ」
「えっ、何で……?」
遥は焦った様子で呟き、考えを巡らせる。その時、響華が声を上げた。
「魔災隊のことを、誰も覚えてない……!」
その言葉に、碧、遥、雪乃は同時に息を呑んだ。結界内の全員が暗示魔法にかかっているとすれば、自分たちが最初に覚えていなかったように魔災隊の存在を覚えていない可能性が高い。
「ってことは、これ詰んだのでは……?」
遥がぽつりと言う。警察や消防と同じように魔法災害隊という組織が認識されているからこそ、高校生である響華たちでも市民を動かすことができるのだ。それが無ければ響華たちはただの高校生であり、街頭やネットで注意喚起をしたところで誰も聞く耳を持たないのは当然だろう。
「まずいな……」
碧の顔に焦りの色が見える。雪乃もどうしていいのか分からないといった様子で、スマホの画面を眺めていた。
その時、響華たちの目の前に誰かが転移してきた。
「皆さん、ご無事ですね」
響華が声の主を見て、驚いたように言う。
「ライリーさん!?」
「早く脱出を。ここはマリナの作り出した次元結界、この都市や人は全て偽物です」
ライリーが鬼気迫った表情で話しかける。
「次元結界? 偽物……?」
突然の出来事に、理解が追いつかない様子の碧。
「とにかく転移魔法を。ただ、座標はサンディエゴ海軍基地に指定してください」
「え、あの、どういうことでしょうか……?」
困惑している雪乃に、遥が声をかける。
「とにかく今は指示に従うしかないんじゃない? 残された時間は少ないみたいだし」
空を見上げると、すでに霧はすぐそばまで迫っていた。
「いや、転移はもう間に合わない……!」
ライリーが声を上げる。よく見ると、四方から霧が迫って来ていた。
「私たちは、ここまでなのか……」
碧が絶望したように呟く。
「まだだよ、まだ終わりじゃない……」
するとその隣で、響華は目を瞑り神経を集中させ始めた。
「響華っち?」
「藤島さん?」
遥と雪乃が不思議そうに響華の方を見る。
「魔法目録二条、魔法、光線……!」
響華が目を見開き両手を前に突き出す。その目は青く光っていて、全身から魔力が溢れ出した。
「こ、これは!」
ライリーが信じられないといった表情を見せる。
「行っけ〜!」
響華から凄まじい威力の光線が放たれる。その光線は車や建物を貫通し、その先にある霧に向かった。するとその風圧で霧が吹き飛ばされ、その中に隠されていた壁が出現した。
「あれが、次元結界の外縁部……!」
声を上げる雪乃。
光線はそのまま壁に直撃し、大きな衝撃音と閃光が響華たちを襲った。
「絶対に脱出して、芽生ちゃんを助ける!」
響華が叫ぶ。
その瞬間、次元結界の壁が割れ一気に崩れ落ちた。
『パシャーン!』
響華たちは空から降ってくる破片に襲われ、その場に倒れ込んでしまった。




