第63話 違和感
アメリカ、CIA本部。
ライリーがパソコンの画面を見つめ、難しい顔をしている。
「ここから先の追跡が出来ない……」
パソコンの画面には、響華たちの魔力反応の位置情報の履歴が表示されている。しかし、その情報は昨日から更新されていない。その上、監視カメラやスマホのGPSを追跡しようにも、それすら不可能なのだ。
「転移したにしても、一体どこへ……?」
ライリーが呟く。
その時、机に置いていたスマホがブルブルと震えた。ライリーはスマホを手に取り、それを耳に当てた。
「国元勇也、何か進展はありましたか?」
『いえ、何も。そう聞いてくるということは、そちらも進展は無いようですね』
電話の向こうで国元が言う。
「最後に魔力反応とGPS信号を感知したのはサンディエゴ海軍基地です。ただ、その先の行方が全く掴めないというのはあまりにも不自然すぎます。これはやはり、魔獣が絡んでいる可能性が高いでしょう」
ライリーの言葉に、国元は。
『僕はCIAが魔獣の存在を知った上で響華さんを保護下に置こうとしていることは分かっていました。それを最初に明かさなかったからこんな事態になったのでは?』
と問いかけた。
「その件については謝罪します。ですが、国家機密をそう簡単に他国の捜査機関に提供するわけにはいきませんので」
ライリーはそう答えると、最後に。
「こちらも引き続き藤島響華の追跡を行います。何かあったらまた」
と言って電話を切った。
「…………。この情報は、まだ伝えるべきではないでしょうね……」
ライリーがパソコンの画面に視線を戻す。そこには、サンディエゴで謎の魔法を検知し続けているという情報が表示されていた。
東京、霞∀関。
「倒しちゃいけないって、どういうことだ?」
碧の問いかけに、響華が戸惑った様子で答える。
「さっき魔法光線を放とうとした時にね、『撃たないで』って声が聞こえたんだ。それって、倒しちゃいけないってことなんじゃないかなと思って……」
「その声、どんな声だったの?」
芽生が聞く。
「えっと、芽生ちゃんの声、みたいな感じ?」
「私? だからあの時、私に何か言ったかって聞いたの?」
芽生の言葉に、響華はこくこくと頷く。
「でも、藤島さんが聞いた声、私たちには聞こえなかったですよね?」
雪乃が言うと、碧と芽生も同意するように首を縦に振った。
「メイメイの声、魔法結晶のペンダント……」
その横で、遥がぽつりと呟く。
「遥ちゃん、どうかしたの?」
響華が顔を覗き込むと、遥は笑顔を見せて「いや、何でもないよ」と言った。そんな遥の様子を不審に思っていると、雪乃が小声で話しかけた。
「滝川さん、朝からずっと何か考え事をしてるみたいなんですけど、私にも全然教えてくれないんです。藤島さん、それとなく探ってみてもらえませんか?」
「うん、分かった。タイミングみて声かけてみるね」
響華が優しく微笑みかけると、雪乃は「お願いします」と言って軽く頭を下げた。
『ピコーン、ピコーン』
再び芽生のスマホの地図に魔獣反応が表示される。
「また魔獣反応……。響華の聞いた声の謎は一旦置いておいて、とりあえず現場に向かいましょう」
芽生がそう言って魔獣反応が表示された地点へと駆け出す。
「あっ、芽生ちゃん待ってよ〜!」
響華たちも遅れないように慌ててその後ろをついていった。
東京、〓比谷公園。
「グギャァ!」
広場の中央に、一際大きな魔獣がいるのが見える。
「碧、まだいける?」
芽生の問いかけに、碧は首を縦に振る。
「ああ、これを倒すくらいなら平気だ」
「じゃあ、ひとまず私と碧で何とかするわ。あなた達はここにいて」
芽生は響華と雪乃、遥に声をかけると、碧とともに魔獣の方へ向かっていった。
「……ねえ、遥ちゃん?」
響華が話しかけると、遥は顔をこちらに向ける。
「ん? 響華っち、どうかした?」
「あ、あのさ、遥ちゃん。何か悩み事とか、あったりする?」
「え、何で?」
わざとらしく首を傾げる遥に、響華は一歩近づいて言う。
「そういうところだよ。今日の遥ちゃん、なんかおかしい。雪乃ちゃんもずっと気になってるみたいだし、正直に話してくれるかな?」
じっと見つめる響華に、遥は諦めたように頷いた。
「……分かったよ、響華っち。ユッキーもおいで」
「私も、いいんですか?」
雪乃が遥のそばに寄る。遥は芽生と碧の様子をちらりと見て、魔獣と戦っていることを確認する。
「あの二人には、絶対に言わないでね」
遥の真剣な表情に、響華と雪乃に緊張感が漂う。
「それで、遥ちゃんは何に悩んでるの?」
響華が聞くと、遥は「悩みっていうとちょっと違うかもだけど」と前置きして話し始めた。
「私、今朝目が覚めた時からずっと違和感があってさ。どう説明すればいいのか分からないんだけど、私たちの仕事ってこんな感じだったかなって、疑問に思って。それにこの世界、なんかおかしいと思わない? ぱっと見は普通だけど、何かが違うような、私にはそんな気がするんだ」
「言われてみれば、所々に違和感は感じますよね。私の過去の記憶があやふやになっているのも、何か関係があるのかもしれません……」
遥の話を聞いた雪乃が呟く。
「もしそれが本当だとしたら、私たちは何に巻き込まれてるんだろう?」
響華が首を捻る。
「分からない。でも、誰かが何かを企んでることは間違いないと思う。最初は誰が敵なのか判断出来なかったから隠してたんだけど、響華っちとユッキーは敵じゃないと思ったから今こうして話してる」
「えっ、それじゃあ新海さんと桜木さんのどちらかが敵だって言いたいんですか?」
驚いたように言う雪乃に、遥は首を横に振る。
「いや、あくまで可能性に過ぎないよ。ただ、可能性がある以上は、私が勘付いてるって思われたくないから」
「そうですね……」
雪乃は碧と芽生には申し訳ないと思いながらも、それが最善の選択であると理解した様子だった。
しばらくして、響華がふと声を上げた。
「あっ、思い出した……」
「思い出したって、何をですか?」
首を傾げる雪乃。
「魔法災害隊。私たちって、魔災隊の見習いだよね?」
「マサイタイ? って何ですか?」
雪乃が響華を見つめ、目をパチクリとさせる。
「良かった。響華っちはまだ記憶があるみたいだね」
遥が言う。
「あれ? これ、私がおかしいんですか?」
雪乃が焦ったように呟く。遥は雪乃の頭を撫でながら声をかける。
「大丈夫だよ。おかしいって自覚があるなら、正気は失ってないってことだからね」
「滝川さん……」
雪乃は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「魔災隊、庁舎は霞ヶ関だよね?」
響華の問いかけに、遥が頷く。
「うん、そうだよ」
「じゃあさ、碧ちゃんと芽生ちゃんが戻ってきたら、霞ヶ関に行ってみない? そしたら何か分かるかも」
響華の提案に、雪乃が首を縦に振る。
「はい。私もその場所、行きたいです」
二人の様子を見た遥は霞ヶ関に行くことを決め、こう呟いた。
「そしたら、あの二人をどう説得するかだね……」
遥が広場の方を見遣る。碧と芽生はまだ魔獣と戦っている。
するとその時、碧が魔獣に突き飛ばされるのが見えた。
「碧!」
芽生が叫ぶ。
「くっ……」
碧は地面に倒れたままで、立ち上がる気配がない。遥は響華と芽生に「ちょっと待ってて」と言い残して、碧の元へと駆け出した。
「アオ! 大丈夫?」
遥が碧を抱き抱えると、碧は苦しそうな声で言う。
「滝川、せめてお前が戦ってくれれば、こんなことにはならなかったんだがな……」
「ごめん、アオ。アオはもう休んでていいから。あとは私とメイメイでやる」
遥は碧を寝かせ、魔獣の前に立った。
「魔法目録一条、魔法弾!」
遥は魔法を唱え、魔獣に向かって魔法弾を放つ。
「グギャァァァ!」
魔法弾が直撃した魔獣が、咆哮をあげる。
「メイメイ、止めを刺して!」
遥が芽生に声をかける。芽生はこくりと頷いて、手に持った刀を構えた。
「これで、終わりよ」
芽生が魔獣に斬りかかる。しかし、魔獣はそれを既のところで躱したのだ。
「まずいわね……」
魔獣が芽生に襲いかかる。遥はすぐに芽生を助けに向かう。
「魔法目録十五条、転移!」
遥は芽生のそばに転移すると、続けて魔法を唱える。
「魔法目録三条、魔法防壁!」
防壁が展開され、魔獣の攻撃はそれに弾かれた。
「メイメイ、平気?」
遥が聞くと、芽生は疲れた様子で答える。
「怪我は無いけど、体力がそろそろ限界ね……」
「…………」
遥は黙って芽生の顔を見つめている。
「どうしたの、遥?」
首を傾げる芽生に、遥がこう問いかけた。
「メイメイ、体力限界じゃないでしょ? 私ずっと見てたから分かるよ、わざと手を抜いてるって」




