第62話 欠けた記憶
碧と遥が響華たちの元へと戻ってきた。
「二人で何話してたの? って、何で怪我してるの!?」
響華が驚いて声を上げる。
「ああ、ちょっとな」
「うん、ちょっとね」
碧と遥は苦笑いを浮かべて言う。
「ちょっとって何? ちゃんと説明してよ〜」
響華は納得いかない様子だが、二人もどう説明すればいいのか良く分からなかった。
「とりあえず、応急処置しますね。魔法目録四条、回復」
雪乃が二人に回復魔法をかける。碧と遥の体が緑色の光に包まれる。
「すまないな、北見」
「ユッキー、ありがと」
二人の言葉に、雪乃はこくりと頷いた。
『ピコーン、ピコーン』
「また魔獣反応が探知されてるわ。行きましょう」
芽生がスマホを見ながら言う。
四人は首を縦に振り、その場所へと向かった。
東京、六◎木。
「この角を曲がった先よ」
芽生が声をかける。
「分かった」
響華は手前で立ち止まり、建物の陰から顔を覗かせる。そこには先ほどと同等クラスの大型の魔獣がいた。
「グギャァァァ!」
魔獣の咆哮が周囲に響き渡る。
「遥ちゃん、今回はどうするの?」
響華が問いかける。
「うん。もう一回メイメイにお願いしようかな」
遥はそう答えると、芽生の方を見遣った。芽生は仕方なさそうに言う。
「分かったわ。あなたがそう言うからには、何か理由があるんでしょうし」
芽生が魔獣の方へと歩き出す。すると碧が「待ってくれ」と声をかけた。
「何?」
芽生が振り返る。
「私も手伝おう。さすがに桜木一人でずっと戦わせるわけにはいかないからな」
「助かるわ」
碧の言葉に、芽生は微笑んで小さく頷いた。
角を曲がる芽生と碧。それを見届けると、遥は「う〜ん」と唸った。
「滝川さん?」
その様子を見て、首を傾げる雪乃。
「あっ、ごめん、何でもない」
遥は慌てて笑顔を見せるが、その笑顔が取り繕ったものであるというのは明白だった。
「そういえば藤島さん、そのペンダント可愛いですね」
雪乃が響華の首にかかったペンダントを見て話しかける。
「これ? このペンダントはね、本物の魔法結晶なんだよ」
響華はペンダントを触りながら、嬉しそうな表情を浮かべる。
「へぇ、素敵ですね。誰かに貰ったんですか?」
「うん、そうだよ。えっとね……」
ふと、響華の動きが固まる。
「藤島さん?」
雪乃が心配そうに顔を覗き込む。しばらくして、響華が口を開いた。
「……あれ、何で分からないんだろう? これ、誰に貰ったんだっけ?」
ペンダントを見つめたまま考え込む響華。
「分からないならいいです! すみません、変なこと聞いて……」
申し訳なさそうに言う雪乃に、響華は「うん……」と空返事をした。
「そんなことよりさ、ユッキーは最近違和感とか感じてない?」
「違和感、ですか?」
遥の突然の質問に、雪乃が首を傾げる。
「そうそう。日常生活の中で、何か感じない?」
「そうですね……。滝川さんがいつにも増して変、とかですか?」
雪乃の言葉に、遥は「そうじゃなくて!」とツッコミを入れる。
「確かに私も変だけど、それ以外で何かない?」
「滝川さん以外だと……。あっ、一つあります」
思いついた様子の雪乃に、遥が顔を近づける。
「何なに? 教えて」
「違和感って言うと、ちょっと違うかもしれないですけど。最近、過去の記憶を思い出そうとすると、頭が痛くなるんです。思い出せたとしても、ぼんやりとしか思い出せなくて……」
「なるほどね〜」
遥は腕を組んで思案する。
「それがどうかしましたか?」
雪乃が聞くと、遥は首を横に振った。
「ううん、何でもない」
「何でもないなら、いいんですけど……」
雪乃は遥が何も話してくれないことに、モヤモヤとしていた。
「これで、仕留める!」
碧が矢を放つ。矢は魔獣の頭に突き刺さり、魔獣は力なくその場に倒れた。
「さすが碧ね」
芽生が歩み寄って言う。
「いや、今日はまだ戦ってなかったから思い切り動けただけだ」
謙遜する碧。
「そうかしら? 私なんか全然攻撃が当たらなくて、足手まといになっていたでしょう?」
芽生が問いかけると、碧はとんでもないといった様子でかぶりを振る。
「そんなことはない。桜木のサポートがあったからスムーズに倒せたんだ。それにお前はすでに一回戦ってる。連戦でパフォーマンスが落ちるのは当然だろう」
「お気遣いありがとう。さて、そろそろ響華たちのところへ戻らないとね」
芽生の言葉に、碧は首を縦に振った。
響華たちの元へ、芽生と碧が戻ってくる。
「お疲れ様〜!」
響華が声をかける。
「全く、遥は人使いが荒いんだから……」
芽生が遥の方を見て疲れたように言う。
「私たちも連戦では厳しい。次は全員で戦うからな?」
それに続けて碧が声をかける。遥は渋々頷いた。
「……うん、分かった」
「滝川さん……」
隣にいた雪乃は、遥のことを案じている様子だった。
『ピコーン、ピコーン』
またしても、スマホの地図に魔獣反応が現れた。五人が一斉に駆け出す。
「芽生ちゃん、碧ちゃん、今度は私も戦うよ!」
響華が走りながら言う。
「それはありがたいわね」
「ああ、頼んだぞ」
芽生と碧は響華に向かって微笑む。その横で、遥はぶつぶつと呟きながら考え事をしていた。
「絶対におかしい。でも、何が……」
さすがに様子が気になった雪乃は、遥に話しかける。
「滝川さん、何でもなくないですよね? 悩み事があるなら、私に教えてください。私は滝川さんに今まで助けられてきました。だから今度は、私が滝川さんを助けたいんです」
「ユッキー……」
遥は雪乃の顔を見遣る。
「滝川さん、話してみてください。何が気になってるんですか?」
雪乃は優しい笑顔を浮かべている。しかし、遥は「ごめん」と俯いた。
「ユッキーには悪いけど、今はまだ言えない。もちろんユッキーが信頼できないわけじゃないよ。ホント、ごめん……」
遥が走るペースを上げる。雪乃はどう返せばいいのか分からず、ただ後ろをついていくことしか出来なかった。
東京、霞∀関。
「魔法目録二条、魔法光線!」
魔獣に向かって響華が魔法を放つ。
「グギャァ!」
光線を受けた魔獣が咆哮をあげる。
「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」
それを見た碧はすかさず魔法を唱える。形成された弓矢を手に取ると、すぐにそれを構えた。
「これで、どうだ!」
碧が矢を放つ。矢は見事に魔獣に命中したが、僅かにダメージが足らず倒しきれなかった。
「もう一発か……」
碧が呟く。すると響華が碧に声をかけた。
「碧ちゃん、私がやるよ」
響華は再び魔法を唱える。
「魔法目録二条、魔法光線!」
両手を後ろに引き、神経を集中させる。その時、響華の脳内に声が響き渡った。
『撃たないで!』
「えっ?」
響華が動きを止める。
「藤島さん、どうしたんですか?」
遥と共に少し離れたところから見ていた雪乃が問いかける。
「芽生ちゃん、今何か言った?」
響華は戸惑った表情を浮かべながら芽生の顔を見遣る。
「いいえ、何も言ってないわよ」
「そうだよね……」
首を横に振る芽生に、響華はぼそっと呟いた。
確かに、響華が聞いたのは芽生の声だった。だが、芽生は何も言っていないと言うし、声の響き方からしてそれはそうだと思う。あれは脳内に直接語りかけてきたような、そんな感じだった。
「グギャァァァ……!」
魔獣の叫び声が聞こえ、響華はハッとして碧の方を見る。碧は弓を下ろし、こちらを向いた。
「大丈夫だ、魔獣は私が倒した」
「碧、ちゃん……」
響華がくぐもった声で碧の名前を呼ぶ。
「ん? どうかしたか?」
首を傾げる碧。
「分からないけど、それ、倒しちゃいけないんだと思う……」
響華は魔獣を指差して、消え入りそうな声で言った。
二〇二一年一月十三日。東京、魔法災害隊東京本庁舎。
国元と木下副長官が地下駐車場で会話をしている。
「転移魔法の使用許可が出なかったのは、木下副長官の指示なんですね?」
「はい。アマテラスが認めるなと言ったので、私はその通りに行動しました」
国元の問いかけに、木下副長官が頷いて答える。
「結果として、芽生さんは救助されたものの植物状態、響華さんを含めた四人は行方不明です。責任はどう取るおつもりで?」
詰め寄る国元。木下副長官は俯いて、ゆっくりと口を開いた。
「……申し訳、ありませんでした。私がアマテラスの言葉を信じさえしなければ、こんなことには……」
自分を責める木下副長官に、国元はこう声をかけた。
「木下副長官。あんなに恐ろしい魔獣の味方をしていたことは、到底許されるものではありません。ですが、誰かを助けたいという思いを利用したアマテラスは、より罪が深い。あなたには魔災隊の副長官として、魔獣アマテラスという災害を鎮めて頂きたいのです」
国元が車に乗り込む。木下副長官は「ごめんなさい、由依……」と呟き、エレベーターホールへと入っていった。




