第61話 いつも通りの日常?
一部地名等に表記がおかしい点がございますが、意図的な演出によるものです。誤字ではありませんのでご了承ください。
アメリカ、国防総省。
「Four heroes, forever trapped in false Tokyo」
マリナは不敵な笑みを浮かべ、どこかへと転移した。
二〇二一年一月拾参日。東京、世■谷区。
響華は自宅のベッドの上で目を覚ました。
「んん〜っ! 今日もいい天気!」
窓の外には気持ちのいい青空が広がっている。
「よし、今日も頑張るぞ」
気合いを入れるように呟いた響華は、制服に着替えて部屋を飛び出した。
『今日の天気は晴れ。絶好の洗濯日和です』
テレビの天気予報が聞こえる。響華がリビングに入ると、父は新聞を読み、母は朝食の用意をしていた。
「今日は少し遅くなる。夕飯はいらない」
「分かったわ」
響華が椅子に座ると、母がサンドイッチと牛乳を持ってきて問いかける。
「今日も魔獣退治?」
響華は頷いて答える。
「うん。今日も五人でいっぱい倒すんだ〜」
「怪我には気をつけろよ」
新聞を読みながら言う父に、響華は「大丈夫だって」と笑った。
『時刻は七時五十分。ここからは……』
テレビの時報を聞いて、響華は慌てた表情を見せる。
「うわぁ大変! 早く食べて家出なきゃ!」
響華はサンドイッチを口に放り込むと、牛乳で一気に流し込んだ。
「行ってきま〜す!」
勢いよく出かけていく響華。父と母は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
東京、渋谷宮益▲。
「お待たせ〜!」
響華が息を切らしながらやって来た。
「遅いぞ」
碧に注意され、「ごめん」と頭を掻く響華。
「と言っても、まだ滝川さんが来てないんですけどね……」
困ったように言う雪乃。芽生はスマホを取り出して時間を確認する。
「もう待ち合わせ時間過ぎてるじゃない。全く、しょうがないわね……」
するとそこへ、遥がのんびりと歩いてきた。
「おはよ〜」
呑気に挨拶をする遥に、碧が苛立ちを隠せない様子で声を上げる。
「おい、時間過ぎてるんだからせめて走ったらどうだ。反省の色も見えないし、お前は時間にルーズすぎる」
「悪かったって。朝起きたら何か違和感があってさ、それが何なのかな〜って思ってたらこんな時間に……」
謎の言い訳をする遥に、碧は呆れて物も言えなかった。
「じゃあ、今日も魔獣退治頑張ろう!」
響華の掛け声に、四人が頷く。
響華たちはスマホ片手に、魔獣の反応を探り始めた。
『ピコーン、ピコーン』
スマホの地図上に赤い点が表示された。
「魔獣反応です……!」
雪乃が呟く。
「すぐそこだね、急ごう」
響華たちはその地点へと駆け出した。
「グオォォォ!」
咆哮を上げる魔獣。かなり大型で、自分たちの倍ほどの大きさはあるだろう。
「よし、全員で一気に片付けるぞ」
碧が言うと、遥が「ちょっと待って」とそれを止める。
「どうしたの、遥ちゃん?」
響華が首を傾げる。
「この魔獣、メイメイにお願いしてもいい?」
「桜木さん、ですか?」
遥の言葉に、雪乃が不思議そうに問いかける。
「一回様子を見させてほしいんだ。ダメ?」
遥が聞くと、芽生は「別に構わないけど」と頷いた。
「魔法目録八条二項、物質変換、セーバー」
芽生は魔法を唱え、目の前に形成された片刃の刀を手に取る。
「グルルル……」
魔獣は牙をむき出しにして、こちらを睨みつけている。芽生は魔獣目掛けて一直線に駆け出す。
「やぁっ!」
高く跳んだ芽生は、体を捻りながら刀を横薙ぎに振るった。
「グギャァ……!」
刀が魔獣の体を切り裂く。芽生は着地すると、すぐに刀を握り直して再び魔獣に向かっていく。
「これで終わりよ」
芽生が魔獣の腹部に刀を突き刺す。
「グワァ……!」
魔獣は苦しそうな声を上げ、その場に倒れ込んだ。
「この魔獣は大したことなかったわね」
芽生が戻ってくる。
「すまなかったな。一人でやらせてしまって」
碧が言うと、芽生は気にしないでといった素振りを見せる。
「それにしても、遥ちゃんは何で様子を見ようと思ったの?」
響華が問いかける。
「確かに、いつも適当なことばかり言う滝川さんでも、こういうことはあまり言わないですよね?」
雪乃も疑問に感じていた様子だ。遥は少し考えてから口を開いた。
「いやぁ、ちょっと確かめたいことがあってね」
「確かめたいこと?」
響華が聞き返す。
「うん。どう説明すればいいのか分からないんだけど、あの魔獣、倒しちゃいけない気がするんだよね」
「倒しちゃいけない? 私たちの仕事は魔獣を倒すこと、ですよね?」
雪乃の質問に、遥はこくりと頷く。
「もちろん、魔獣を倒すことも任務の一つだよ。だけど、何かが違うんだよな〜。何が違うんだろう?」
意味不明な言動を続ける遥に、碧が怒りをあらわにした。
「おい、滝川! 私たちの仕事は魔獣を倒すことだ。違うも何も無いだろう!」
遥の胸ぐらを掴む碧。至近距離で睨みつけられた遥は真剣な表情を浮かべ、碧にしか聞こえないような小声でこう告げた。
「……ちょっと二人で話そう?」
碧は胸ぐらを離すと、深いため息をついた。
「ごめん、ちょっと時間ちょうだい!」
遥が碧を連れて路地へと入っていく。
「何だろう?」
「さあ?」
響華と雪乃は顔を見合わせ、お互いに首を傾げる。
「…………」
その横で、芽生は遥の後ろ姿を静かに見つめていた。
遥に連れられて路地裏にやって来た碧。
「滝川、一体どうした? 今日のお前明らかにおかしいぞ」
まだ怒りが収まっていない様子の碧に、遥が話しかける。
「聞いて、アオ。私がいいって言うまで、魔獣を倒さないでほしいんだ」
「理由は?」
碧が問いかける。
「それは、今はまだ言えない……」
遥の答えに、碧はため息をついた。
「理由も言えないのか。そんな魔獣の味方のような真似をするやつが、このチームにいるとは思わなかった」
「違うんだ! とにかく魔獣を倒すのは危険なんだって!」
遥は必死に訴えかけるが、碧は聞く耳を持とうとしない。それどころか、遥に対して敵意を抱いている様子だ。
「お前は、一度痛い目を見た方がいいだろうな。目を覚ませ、滝川」
碧はそう呟くと、一つ魔法を唱えた。
「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」
目の前に弓矢が形成される。碧はそれを手に取り、遥に向けて構える。
「も〜、そんなつもりじゃないのに〜! 魔法目録一条、魔法弾!」
遥も魔法を唱え、戦闘態勢をとる。
「どちらが強いのか、真剣勝負といこうではないか」
碧は弓を引き、思い切り矢を放った。遥は華麗な身のこなしでそれを躱すと、右手から魔法弾を繰り出した。
「アオ、私に勝てるとでも思ってんの?」
遥は一気に間合いを詰め、魔法弾を叩きつける。
「ぐあっ……!」
碧の腹部に魔法弾が直撃する。碧は衝撃波で数メートルほど吹き飛ばされ、ゴミ捨て場に体を打ち付けた。
「もう終わり? 同じキャリアクラスのくせに、大したことないじゃん」
挑発する遥に、碧は鋭い視線を向ける。
「……いや、まだ終わりではないぞ。そうやって自分が優位に立っていると思い込むのは、あまり良くないなっ!」
突然碧の姿が無くなる。遥は慌てた様子でキョロキョロと周囲を見回す。するとその直後、太ももに激痛が走った。
「くっ! しまった!」
遥が後ろを振り返ると、そこには弓を構えた碧が立っていた。
「この程度の距離なら魔法を唱えなくとも転移できるからな。油断していたか?」
遥は太ももに刺さる矢を引き抜いて、それを地面に捨てる。
「何言ってんの? 油断してるのは、アオの方でしょ」
不敵な笑みを浮かべる遥。碧は何が起こるのかと身構える。
「な〜んちゃって。まだ何も仕掛けてないよ〜」
遥は馬鹿にしたような口調で言い、続けて魔法を唱えた。
「魔法目録一条、魔法弾!」
遥が再び魔法弾を放つ。
「騙された……!」
碧は反応が一歩遅れ、回避することができない。
「ぐはっ……!」
碧がビルの壁に体を打ち付け、地面に倒れこむ。遥はゆっくりと歩み寄り、手を差し伸べる。
「勝負は終わり。身内で戦ってもしょうがないでしょ?」
碧はその手を払い除け、自力で立ち上がった。
「私は魔獣を倒す。お前は好きにすればいい」
痛めた箇所を押さえながら路地を出ていく碧。
「アオ……」
最後まで理解してもらえなかった遥は、碧の背中をじっと見つめていた。




