第55話 緊急会見
二〇二一年一月七日。東京、国会議事堂。
アマテラスは木下副長官と会話をしていた。
「マリナは手を抜イテいる。もっと攻勢をかけてもらわないとナ……」
「ですが、マリナの目的に藤島響華の確保がある以上は東京に大規模な攻撃を行うことはないのでは?」
木下副長官の問いかけに、アマテラスは頷く。
「確かにそうデあろうな。……仕方ない、ならばこちらから動コウ。今日の正午から会見をスル。準備ヲしておけ」
アマテラスの言葉に、木下副長官は。
「承知しました。アマテラス様のため、最大限の援護をさせていただきます」
と言って頭を下げた。
午前十一時。東京、魔法災害隊東京本庁舎。
「おはよ〜」
遥が目をこすりながらやって来た。
「遅いぞ、滝川」
「もう、寝不足でまともにやれるの?」
碧と芽生が呆れた様子で話しかける。
「大丈夫だって。今日は自衛隊任務じゃないし」
「そういう問題ではないと思うんですけど……」
雪乃は謎の理論を展開する遥を見て苦笑いを浮かべる。
するとそこへ、長官が声をかけて来た。
「よし、みんな揃ってるね? って、響華さんは入院中だけど」
「おはようございます」
碧が頭を下げる。
「うん、おはよう。それでね、昨日のことなんだけど、ちょっとみんなに話を聞いてもいいかな?」
問いかける長官に、四人は首を縦に振った。
長官はキーボードをカタカタと操作し、モニターに観測データを表示させる。
「これが昨日新宿で観測された魔法災害情報なんだけど、みんなには思い当たることがあるよね?」
モニターを見て、芽生はこくりと頷いた。
「ええ。時刻や場所からして、これは響華の魔力暴走ね」
「そう。それで、次に見てもらいたいのがこれ。分析室に解析してもらったデータなんだけど、いくらヘリコプターで魔力暴走を引き起こしたとはいえ、さすがに被害範囲が広すぎると思うの。みんなはどう感じるかな?」
モニターには新宿付近の地図に被害範囲の円が描かれている。それは西新宿の高層ビル群から新宿駅までがすっぽりと収まっていた。
「私たちが転移した場所がプラザホテルの辺りだったでしょ? 魔力暴走にしては明らかに規模がおかしい」
遥が言うと、長官はその通りと頷く。
「魔力暴走なんて、高度な魔法能力者であっても被害が及ぶのは半径数十メートル。それが今回はこの規模。響華さんの身に起きたのは、本当に魔力暴走なのかな?」
黙り込む四人。しばらくの沈黙の後、雪乃が口を開いた。
「あ、あの。藤島さんが苦しそうな声を上げた時、左目を押さえてたじゃないですか? 私の記憶が正しければ、その時の藤島さんの左目は青く光ってました。それって何か関係ありますかね?」
「青く、光ってた……?」
長官が聞き返す。
すると遥が思い出したように声を上げた。
「そうだよ! あの感じどっかで見たことある気がしてたけど、シナイ王国の時のユッキーだ!」
「アマテラスに操られてた時の雪乃? それとどう関係があるのよ?」
芽生が首を傾げる。
「響華っちの目が青く光ってる感じとユッキーの目が赤く光ってた感じ、色は違えど性質は同じだった」
遥の言葉に碧がハッとした表情を浮かべる。
「まさか、藤島は誰かに操られそうになっていたのか?」
それに対して、遥は首を横に振る。
「いや、そうじゃない。もっと何か、強い力が働いていたような、そんな気がする」
その時、ここまでのやり取りを聞いていた長官がぽつりと呟いた。
「……魔法神との融合」
「融合? 何の話ですか?」
碧が問いかけると、長官は説明を始めた。
「これは言い伝えみたいなものなんだけどね。江戸時代後期、大規模な魔法災害によって江戸の街は壊滅的な被害を受けていた。そんな中、一人の魔法能力者の少女は大好きな江戸の街を、みんなを守りたいと願った。するとその想いが届いたのか、魔法神エミュレータが現れて、自分との融合を持ちかけてきた。それを受け入れた少女は、圧倒的な魔法能力と魔力を手に入れて、見事に魔法災害を鎮圧した。状況は違うけど、少しこの言い伝えに似てないかな?」
「確かに、類似点はあるかもしれないわね」
芽生が言う。しかし、遥はどこか納得いかない様子だ。
「う〜ん。もし魔法神エミュレータと響華っちが融合してるとしてだよ? 響華っちは私たちと出会った時にはすでに最強レベルだった。ってことは、響華っちはいつ融合したの? いくら何でも、そんな小さい子に融合を持ちかけるかな?」
「滝川さんの言う通りです。きっとエミュレータさんは、悪い魔法神ではないですよね。だとしたら、そんな重要な判断を小さい子にはさせないはずです」
長官は首を捻って考え込む。
「そうだね。その言い伝えでも、確か少女の年齢は十七歳だったし。魂そのものに融合を持ちかけたなら話は別かもしれないけど、生まれた時から魔法神ってのもおかしな話だしね。何だったんだろうな〜、昨日のあれ……」
長官と四人はかれこれ一時間ほど議論したが、結局答えは出なかった。
ふと時計を見ると、針がちょうど十二時をさすところだった。
その瞬間、モニターの端に表示されていたテレビが国会からの生中継画面に切り替わった。
『この時間は予定を変更してお送りします。正午より重大な会見が行われるということで、国会には多くのメディアが集まっています。一体どのような発表がされるでしょうか』
「この画面、大きくしてもらえるかな?」
長官が言うと、司令員の一人がキーボードを操作してテレビ画面を拡大する。
「これ何の会見?」
遥が問いかける。
「さあ? 戦争に関すること、でしょうかね?」
雪乃も分からないといった様子で答える。
「最初に誰が出てくるか、それである程度は判断できるでしょうけど」
芽生はテレビ画面を見つめたまま言うと、隣に立つ碧も。
「まあ、始まってみないと何とも言えないな……」
と呟いた。
『予定の時刻を過ぎました。まもなく会見が始まる模様です。まず最初に出てきたのは……』
国会議事堂。
パシャパシャとフラッシュが焚かれる会見場に最初に姿を見せたのは、木下副長官だった。木下副長官は壇上に上がって一礼する。
「こんにちは。突然のご案内になってしまったにも関わらず、大勢のメディアにお集まり頂き誠にありがとうございます。私は魔法災害隊東京本庁副長官の木下です。これから、新しい日本のトップをご紹介します。それは首相でも大統領でもない、全く新しい存在です」
木下副長官の言葉に、ざわめきが起こる。
「それではご登場頂きましょう。この方がこれから国民を導かれる救国神、アマテラス様です」
木下副長官の呼びかけに応じて、アマテラスが壇上に転移してきた。アマテラスはふわりと着地すると、赤く光る目をカメラの方に向けた。
「わらわノ名はアマテラス。この国と国民ヲ正しい未来へと導くためニ舞い降りた。以後、よろしく頼ムぞ」
アマテラスはにこりと笑う。
「おい、こいつ魔獣じゃないか! 魔災隊のトップツーがなぜそれを持ち上げるんだ!」
記者の一人が声を上げる。木下副長官はその記者に鋭い視線を向けて言う。
「アマテラス様は確かに魔獣です。しかし、普通の魔獣は負の感情に任せ行動しコミュニケーションすら取れないのに対し、アマテラス様は人間に寄り添い行動することができる存在です。そして何より、アマテラス様は今までも日本に対して多大な貢献をしてきました」
「多大な貢献? 迷惑の間違いだろ?」
全く納得していない様子の記者に、木下副長官はこう言い放った。
「国民情報システムや信用レートといった高度な情報システムの構築から、アイプロジェクターのような最先端技術まで、全ての開発はアマテラス様の力無しには敵いませんでした。それだけではありません。今まで日本が平和にいられたのも、国民が豊かな暮らしが送れているのも、全てがアマテラス様のおかげなのです。この方はまさに日本を導く救国神なのです」
会見場が静寂に包まれる。
アマテラスは最後に、カメラに向かって語りかけた。
「わらわの力を以ッテすれば、アメリカなど簡単に潰すことガできる。日本国民の命はわらわが保障スル。そしてアメリカよ、これ以上の攻撃は多くノ犠牲を生むと、肝ニ銘じておけ」
東新宿、国立国際魔法医療センター。
『会見が終了しました。ここからは、スタジオに政治部デスクの篠崎さんをお迎えして……』
「何、これ……。アマテラスが……」
病室のテレビでこの会見を見ていた響華は、あまりの衝撃に言葉を失う。
国会での会見と木下副長官の説明、この二つによってアマテラスの信用度が高まってしまっている。それに今は非常事態の最中だ。このままでは、国民はアマテラスがトップに立つことを受け入れてしまうかもしれない。だが、アマテラスは救国神などではない。史上最悪の魔獣である。響華はベッドの上で、どうしようもない不安に苛まれていた。
アメリカ、国防総省。
「どうするのですか? このままでは軍に多数の犠牲が……」
動揺を見せるマーティン国防長官に、マリナは。
「心配は無用ダ。アマテラスには藤島響華ノ正体が見えていない。それさえものにできれば勝ち目ハある」
と言って不敵な笑みを浮かべた。




