第54話 響華の容態
あの光が新宿を包み込んだ時、守屋刑事はまだ新宿駅西口地下広場にいた。
「くっ!」
あまりの眩しさに、守屋刑事は目を開けていられなかった。
「な、何今の……?」
光が収まると、守屋刑事は目を開けて周囲を見回した。だが、何か違和感を感じる。
「さっきまでと何か違う。でも何が……?」
しばらくして、その違和感の正体に気が付いた。
「そうだ、アイプロジェクター」
守屋刑事はアイプロジェクターを装着し、電源を入れていた。アイプロジェクターには基本機能として、視界の左上に時刻が、右上に電池残量が表示される。あの光の後、その表示が消えていたのだ。
「おかしいわね。電源を切った覚えは無いのだけど……」
守屋刑事は首を捻りながら電源ボタンを押す。しかし、電源が入らない。
「壊れてる……?」
アイプロジェクターのことは一旦置いておく。ただ、まだ違和感が消えない。守屋刑事は改めて周囲を見回す。すると今度は地下広場に異変を感じた。
「そうだ、電気が消えてる」
先ほどまで明るく照らされていた地下広場が、いつの間にか真っ暗になっていたのだ。ロータリーの近くは陽の光が差し込んでいて多少は明るいが、改札口の方はここからでは視認できないほど暗くなっていた。
「停電?」
守屋刑事はカバンから懐中電灯を取り出し、改札口の方へと歩き出す。
「警察です。巡回に来ました。誰かいらっしゃったら返事をして下さい」
呼びかけが聞こえたのか、暗闇の中から数人が出て来る。
「皆さん、お怪我などありませんか?」
守屋刑事が聞くと、その人たちは首を縦に振った。
「では、安全な場所までご案内しますね」
守屋刑事がそう言って微笑むと、その中の一人が不安そうに問いかけた。
「あの、何が起きたんですか? もしかして、これもアメリカの仕業ですか?」
守屋刑事はどう答えればいいのか、少し迷う。
「……すみません、確認が取れたらお伝えしますね」
何が起きたのか、それは守屋刑事にも分からない。寧ろそれは、守屋刑事自身が聞きたいことだった。
魔法災害隊東京本庁舎。
「新宿で強力な魔力反応! これは……」
司令員の声に、長官と木下副長官が駆け寄る。
「どうしたの?」
「魔獣ですか?」
すると司令員は黙ってモニターを指差した。モニターには観測された情報が表示されている。
《魔法災害情報:魔力反応 場所:新宿付近 備考:詳細の解析は不能。分析室にデータを送信しました》
「詳細が分からない?」
長官が不思議そうに言う。
「もしかしたら、米軍によって観測機器が破壊されているのかもしれません。気にすることはないでしょう」
木下副長官は冷静を保ったままモニターを見つめている。
「そうなの、かなぁ?」
長官は少し引っかかったが、考えたところで仕方がなかった。
東新宿、国立国際魔法医療センター。
「ん、んんっ……」
響華が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。
「響華?」
「響華っち!」
「藤島さん、大丈夫ですか?」
芽生と遥、雪乃が顔を覗き込んで話しかける。
「あ、あれ……? 私、何で病院にいるの……?」
体を起こそうとする響華を、芽生が制止する。
「まだ寝てなさい。あなたは無理をしすぎたのよ」
「無理なんて、してない、よっ……」
響華は全身に力を入れ起き上がろうとするが、うまく力が入らない。
「響華っち、だから寝てなって」
遥はそう声をかけ、布団を直してあげた。
「ごめん。ありがとう……」
響華が申し訳なさそうに言うと、遥は気にしないでと微笑んだ。
「藤島、お前は自分に何があったか覚えているか?」
窓際の壁に寄りかかっていた碧が問いかける。
「えっと……。碧ちゃんのお父さんを殺しちゃって、それで碧ちゃんに怒られて、それで……」
響華の動きが止まる。
「やはりそうか……」
碧が呟く。
何のことか分からないといった様子で碧の方を見つめる響華に、遥が説明する。
「覚えてないだろうけど、響華っちはヘリコプターの中で魔力暴走を起こしたんだ。連続で魔法を放ち続けたから体が持たなかったんだろうね。おかげで戦闘機は敵味方関係なく墜落、西新宿は大停電」
「えっ? それじゃあみんな、死んじゃったの……?」
響華の言葉に、雪乃は首を横に振る。
「いいえ。ほとんどの人はパラシュートで脱出しました。それに、西新宿はすでに無人だったので、大きな被害は確認されていません」
「良かった……。でも、人助けとか言っておいて、これじゃあダメだよね……」
響華の目に涙が浮かぶ。
「そんなこと無いと思います。藤島さんが意図した形ではなかったかもしれませんが、結果として自衛隊と米軍の衝突は一時的に回避されました。あのまま空戦が続けばもっと犠牲者が増えていたはずです。だから藤島さん、自分を責めないで下さい」
雪乃がハンカチを手渡す。響華はそれを受け取ると、涙を拭った。
「ありがとう、雪乃ちゃん」
響華が笑いかけると、雪乃は「はい」と笑顔で頷いた。
その日の夜。
病室のベッドでぐっすりと眠っていた響華は、不思議な夢を見ていた。それは行ったことも見たこともない場所で、会ったこともない人と親しげに会話をしている夢だった。
「そなた、本当に下へ降りるのか?」
霧がかかったような空間で、四角い帽子に長いガウンを羽織った十歳ほどの少女が問いかけてくる。
「うん。やっぱりみんなを放っておけないから」
「では、容れ物はどうするつもりじゃ?」
「誰かの体を借りる。もちろんちゃんとその人と相談してだけど」
自分の言葉にその少女は、ため息をついてから言う。
「産まれる前の人間の魂に、そんな判断が下せるわけなかろう」
「でも、だからと言って成長した女の子と融合するのは無理があるでしょ?」
「まあ、確かにそうじゃな……」
少女は仕方ないといった様子で呟いた。
「じゃあ、行ってくるね!」
自分が手を振って別れようとすると、その少女が最後にこう告げた。
「魔法神の力は人間の容量を超えておる。しっかりと調整しないと記憶を破損する恐れがあるから気をつけるのじゃぞ」
「うん、分かった〜」
響華が目を覚ます。時計を見ると、針は朝の六時をさしている。
「何だったんだろう、今の夢……」
妙に鮮明に焼きついたその夢は、なぜか懐かしい記憶のようにも感じられた。
『コンコン』
その時、病室のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
響華が体を起こして返事をすると、ドアが開き一人の女性が入ってきた。その女性は長い金髪をなびかせ、響華のそばで立ち止まった。
「私はCIA魔法工作員のライリー・ディアス。私はあなたにとても興味があります。少しお話を伺っても?」
「は、はい……」
響華は寝起きの突然の来客に頭の処理が追いつかず、思わず首を縦に振ってしまった。ライリーは近くにあった丸椅子をベッドの横に引き寄せ、そこに腰をかける。
「それでは藤島響華、単刀直入にお聞きします。あなたの魔法能力と魔力はなぜそんなに高いのですか? 魔力に至っては、もはや人間のキャパシティを超えています。魔法能力者である私から見ても、その力は異常です」
「異常って言われても、物心ついた時にはこうだったので……。それに、私だって理由があるなら知りたいですよ」
響華はライリーの顔を見て答える。するとライリーはニコッと笑ってからスーツの内ポケットに手を入れた。
「では、検査をしてみませんか? アメリカの誇る最先端の魔法能力検査。これを受ければあなたの魔法能力と魔力、その全てが計測できます。CIAにとってはもちろん、あなたにとっても有益であると思いますが」
ライリーはポケットから封筒を取り出し、その中から三つ折りのA4サイズの紙を引き抜いて響華の前に差し出した。その紙には《U.S. special magic ability test》と書かれている。
「ユーエススペシャル……」
響華が片言の英語で読み上げていると、ライリーが遮るように言った。
「米国特殊魔法能力検査。日本の魔法能力検査は魔法能力を測るものですが、このテストは魔力を重視したものです。正確な数値が算出されるので、その人の持つ潜在的な能力や限界値が分かります。ただ、この検査はアメリカでしか受けられないので、戦争が収まったらにはなりますが」
響華は少し考え、ゆっくりと口を開いた。
「……私、この検査受けてみたいです。自分の魔力の限界とか潜在能力とか、ちょっと気になりますし」
「では、この紙にサインを。なるべく早く検査できるように準備を進めておきます」
「はい、よろしくお願いします」
響華はライリーからボールペンを受け取ると、紙の下にある署名欄に名前を記した。
「本日は朝早くに失礼いたしました」
ライリーは紙を封筒にしまい、立ち上がる。
「いえいえ、こちらこそわざわざ日本まで来てもらってすみませんでした」
響華が頭を下げる。ライリーは軽くお辞儀をして病室を後にした。
ライリーが国立国際魔法医療センターの建物を出ると、そこには国元が車に寄りかかって立っていた。
「同意は得られたんですか?」
国元の問いかけに、ライリーは目を合わせることなく答える。
「はい。藤島響華も前向きに受け取ってくれました」
「まあ、響華さんならそうでしょうね。それで、その検査の結果はどうするんです?」
その言葉に、ライリーは国元の方を向いてニヤリと笑って言う。
「それは結果次第です」




