第53話 魔力暴走
「おい! お前のせいで父さんが死んだんだ! 何か言ったらどうだ!」
碧は涙目になりながら響華の胸ぐらを掴んでいる。
「…………」
俯いたまま黙っている響華。
すると、二人の様子を見かねた遥が声を上げた。
「今はケンカしてる場合じゃないよ! アオの気持ちは分かるけど、ここは戦場なんだ。誰にでも死ぬ可能性はあるし、それは誰のせいでもない。アオが響華っちを責めるのは違うんじゃないの?」
「お前にこの気持ちが分かるわけないだろう! 藤島の魔法が、目の前で父さんの命を奪った! 誰に責任があるかは明白だ!」
今までになく感情的になっている碧に、遥は目に涙を浮かべて言う。
「アオ、もういい加減にしてよ……。響華はこの国を守ろうと一生懸命やってた。責められる道理なんてない」
「だが、命を奪った責任はあるだろう! お前は藤島の味方をするのか?」
碧が遥を睨みつけて問う。遥は窓の外へ視線を移した。
「味方とか、そういうのじゃないから……。ユッキー、メイメイ、残りを片付けるよ」
怒りと悲しみが交じったような声で言う遥に、雪乃と芽生は小さく頷いた。
「…………」
このやり取りの間も、響華は下を向いたまま一言を発することはなかった。
同時刻、新宿駅西口地下広場。
この隣にあるロータリーの上には屋根がなく、地下でありながら空を見ることができる。守屋刑事はそこから戦況を見守っていた。
「あのヘリコプターに響華さんたちが乗っているのよね?」
守屋刑事が上空でホバリングしているヘリコプターに目を遣る。守屋刑事は国元から響華たちが自衛隊と協力することを電話で聞いていた。
「いくら響華さんでも、あの数を相手にするのは無理があるわ」
空には二十の米軍機が飛び回っている。魔法でどうこうなる話でないことは、魔法能力を持たない守屋刑事にも容易に想像できた。
しばらく見ていると、一機の自衛隊機が空中で爆発した。遠くの方に破片がバラバラと落ちる。
「やっぱり数で押し切られてるわね……」
守屋刑事が呟く。自衛隊は米軍が敵になることなど想定していない。もし魔法災害隊の隊員を総動員したとしても勝てるかどうか、そういうレベルの相手である。守屋刑事は祈るように言った。
「響華さんたち、無事に帰ってきて」
響華たちを乗せたヘリコプターの中は、かなり険悪な雰囲気になっていた。
「新海さんがあんなに怒っているの、初めて見ました……」
雪乃は芽生に小声で話しかける。
「ええ。でも、無理はないでしょうね。父親が目の前で死んだら、誰かを恨みたくもなるわよ」
芽生は碧の方をちらりと見る。
その時、遥が頭を抱えて叫んだ。
「ダメだ〜! 計器を全部狂わせたのに全然引き返さないじゃん」
遥は電子操作魔法で米軍機の計器を狂わせたのだが、米軍機は引き返すどころか攻勢をさらに強めている。
「滝川さん、どうするんですか?」
雪乃が問いかける。
「う〜ん。心苦しいけどエンジンを止めるしかないかなぁ……」
遥はそう答えながらも首を捻っている。
「きっと響華なら上手くやれるんでしょうけど、ずっとあの状態だものね」
芽生は響華を見遣り呟く。
「いやぁ、響華っちもショックだったんだろうね。アオのお父さんを巻き込んじゃったこと」
遥の言葉に、雪乃が頷く。
「藤島さんは優しいですから。ただでさえ辛かったはずなのに、追い討ちをかけるように新海さんに責められて。無理もないですよね……」
そんなやり取りをしていると、またしても警告音が響き渡った。
『ピピピピピ……』
「ロックオンされてるわよ。遥、早く対処して」
芽生が言うと、遥は目を閉じて神経を集中させる。
「魔法目録二十三条、電子操作……!」
しかし、遥の魔力はもう限界だった。
「滝川さん?」
雪乃が心配そうに聞くと、遥は体をぐったりさせて答える。
「ごめん、私もう電池切れだ……」
「えっ? それじゃあ私たちどうなっちゃうんですか?」
雪乃が焦った様子で声を上げる。
「操縦士さん、機銃で何とかならないかしら?」
芽生が身を乗り出して操縦士に言う。しかし、操縦士は首を横に振る。
「無理です。ミサイルを壊すほどの力はありません」
『ピピピピピ!』
警告音がより激しくなる。ミサイルはもうヘリコプターのすぐ後ろまで迫っていた。
(このままじゃやられる……!)
芽生はぎゅっと目を閉じる。
その時突然、響華が唸り声を上げた。
「うぅぅ……!」
四人が一斉に響華を見る。
「響華?」
「響華っち?」
「藤島さん?」
芽生、遥、雪乃は顔を覗き込んで話しかける。だが、碧はそっぽを向いたまま「今更泣いてどうするんだ」と冷たく言い放った。
「あなたもいつまでそんな態度を取ってるのよ」
芽生が呆れたような表情で碧を見たその瞬間。
「うぅ、あぁぁっ!」
響華は左目を押さえて苦しそうに叫んだ。よく見ると、響華の左目が青色に光っている。
直後、視界が真っ白な光に包まれ何も見えなくなった。
「な、何だ!?」
碧が眩しそうに目をつぶって言う。
その光はすぐに収まったが、同時に操縦士が大きな声を上げた。
「まずい!」
「どうしたの?」
芽生が問いかける。
「エンジン停止、再起動不能。このままでは墜落します!」
ヘリコプターは地面に向かって落下していく。
芽生は響華の手を握って魔法を唱えた。
「魔法目録十五条、転移」
それに続けて雪乃が遥の手を握る。
「魔法目録十五条、転移」
碧は操縦士へと手を伸ばす。
「掴まってください。もう何秒もありません」
「は、はい……!」
操縦士が碧の手に触れる。
「魔法目録十五条、転移」
五人と操縦士は転移魔法でヘリコプターから間一髪で脱出した。
五人が転移した先は西新宿の高層ビル街だった。
「魔法の力とは、こういうものなのですね……」
操縦士が驚いたように呟く。
「良かったわ。碧が操縦士さんを見捨てなくて。ちゃんとした判断が出来るのなら、響華に対してもどうすればいいのか分かるでしょう?」
芽生が碧に問いかける。すると碧は、響華の方を向いてゆっくりと口を開いた。
「……その、藤島。悪かった……」
しかし響華は雪乃に支えられたままぐったりとしている。
「藤島さん? 新海さんのこと、許してあげてもいいんじゃないですか?」
雪乃が優しく話しかける。だが、それでも反応がない。
「もう響華っち、いつまでショック受けてんのさ?」
遥がそう言って響華を小突くと、響華はバタンと地面に倒れ体を強く打ち付けた。
「響華? ねえ、響華? しっかりして」
芽生が慌てて響華の体を起こす。響華は全身の力が抜けていて、意識を失っているようだった。
「ユッキー、回復魔法! 早く!」
遥が雪乃に指示を出す。
「は、はい! 魔法目録四条、回復」
雪乃はすかさず魔法を唱えた。響華の体が緑色の光に包まれる。
「どうだ……?」
碧が心配そうに顔を覗き込む。しかし、響華の意識は戻らなかった。
「救急車。とにかくまずは、病院に運びましょう」
芽生が言うと、遥はスマホを取り出した。
「え〜と、まずはロックを解除して……あれ?」
スマホの画面を見つめて首を傾げる遥。
「どうかしましたか?」
雪乃が聞くと、遥は真っ暗な画面を見せて答える。
「ボタン押しても電源つかないんだけど」
「もしかして滝川さん、電池切れじゃないですか? いつもゲームばかりしていますし……」
雪乃はしょうがないですねといった表情をして自分のスマホを取り出した。
「あれ、私のもつきません……!」
だが、雪乃のスマホも電源が入らない。
二人の様子を見ていた芽生と碧もスマホを取り出し確認する。
「私のも使えない」
「私もだ」
どうやら全員のスマホが壊れているようだ。
その時、キョロキョロとビル街を見回していた操縦士が話しかけてきた。
「すみません。そういえば、あの光が消えた後、妙なことが起きていたんですが……」
「妙なこと?」
芽生が聞き返す。
「はい。他の自衛隊機や米軍機が、一斉に墜落していったんです。それってかなり不自然ですよね? それに、周りを見てください。ビルの照明や街頭ビジョンはおろか、信号まで消えています」
「それってまさか!」
遥が響華に視線を向ける。
「滝川、お前はあの光が藤島の電子操作魔法だと言いたいのか……?」
碧が驚いたように問いかける。
「響華っちを疑ってるのはそう。だけど、あれは電子操作魔法じゃなくて、『魔力暴走』だと思う」
遥の答えに、雪乃が息を呑む。
「そんな、魔力暴走って……。魔法の扱いになれていない新人ならまだしも、藤島さんが魔力を抑えられないことなんてありえませんよ……」
「でも実際、電子機器は壊れてるし、響華は気を失ってる。他に説明のしようがある?」
遥の言葉に、誰も言い返すことは出来なかった。
「その子、早く病院に運ばないとですよね? 生きている公衆電話を探してきます」
操縦士が新宿駅の方へと駆け出す。
四人は救急車が来るまでの間、静かに響華のことを見つめていた。




