第51話 取引
東京、魔法災害隊東京本庁舎。
響華たちが戻った頃には、すっかり夜になってしまっていた。
「長官、今の状況は……って。あれ?」
司令室に入った響華は、長官を探したが見当たらない。
すると木下副長官が寄ってきて言う。
「長官なら魔法省で緊急の会議があるといって席を外しています。私で良ければ状況を説明することは可能ですが?」
「では、お願いします」
碧が軽く頭を下げると、木下副長官が説明を始めた。
「守屋刑事から聞いた情報では、現在までに確認されている米軍による攻撃は、十件以上にのぼっています。あなた達が遭遇した入間基地の爆撃。そして、ニュースにもなっている神谷首相が乗った車両への攻撃。他にも、横田空域を飛行中の民間機の撃墜や、つくばの魔法物質研究機構への爆撃など、攻撃対象は多岐にわたっています」
「民間人も容赦なしって、アメリカは本当に戦争をしようっていうの?」
芽生が信じられないといった様子で声を上げる。
「ええ、私も受け入れたくはありません。ですが、こうなった以上日米開戦は避けられないかと」
木下副長官の言葉に、雪乃は改めて恐怖を感じる。
「……それじゃあ、自衛隊はアメリカに攻撃するんでしょうか?」
消え入りそうな声で聞く雪乃に、木下副長官は小さく頷いた。
「おそらくは」
「私たちにもなんか出来ないの? 戦争を止めるための手伝いとか」
遥が問いかけると、木下副長官はこちらを見て答えた。
「あなた達に覚悟があれば、その手配は可能です」
翌日。二〇二一年一月五日、朝十時。
守屋刑事は新宿で警戒任務にあたっていた。
「今のところ爆撃は無さそうね」
空を見上げて呟くと、ビルの壁面に取り付けられた街頭ビジョンに視線を移した。
そこにはニュースの映像が流れている。
『アメリカのマーティン国防長官は先ほど会見を行い、「日本は東アジア地域を支配しようとしている。我が国はこれを許容することは出来ない」との声明を発表しました。また、「日本政府が二十四時間以内に中国と朝鮮連邦の併合を撤回しない場合、開戦を宣言する」とも発言し、世界に波紋が広がっています。これを受けて、日経平均株価は大きく値を下げ……』
「戦争までの猶予は二十四時間……」
守屋刑事は周りを見回す。
道路には乗用車からバスやタクシー、トラックまで、多種多様な車が走っている。歩道を見ればサラリーマンに学生、親子やお年寄りと色々な人が行き交っている。
「この光景は、明日には見られなくなる。その時私は、どうすればいいの?」
守屋刑事はどうしようもない不安に襲われ、その場に立ち尽くした。
魔法災害隊東京本庁舎。
響華たちに木下副長官が話しかける。
「昨日の件ですが、手配が完了しました。あなた達は自衛隊と協力し、この国を守り抜いてください」
「ありがとうございます!」
響華が頭を下げる。
その会話を隣で聞いていた長官が驚いたように問いかける。
「ねえちょっと、君たち戦争に参加するつもり? 相手は米軍、アメリカだよ? いくら君たちでも敵う相手じゃないよ。それに、木下副長官も勝手に話進めないでよ」
長官の言葉に、芽生が顔を見て答える。
「もちろん、難しいことは分かってるわ。でも、自衛隊だけで米軍に太刀打ちできるはずがない。日本が対抗するには、魔法が必要だと考えたのよ。それに、木下副長官には無理を聞いてもらっただけだから、あまり責めないであげて」
長官はゆっくりと首を縦に振った。
「……分かったよ。君たちがそこまで言うなら止められないね。絶対に生きて帰ってきてね」
「はい!」
響華が元気よく返事をすると、長官は優しい笑みを浮かべた。
数分後。長官が司令室を出たところで、国元が声をかけてきた。
「長官。木下副長官が公民党側の人間と知っていながら、なぜ響華さん達をそのまま行かせるのです? あの人は何を考えているか分かりませんよ?」
長官は立ち止まって国元を見る。
「うん、それはそうだけどさ。私はみんなのこと、信じてるの。だから、木下副長官の思い通りにはならないと思うし、私もそうはさせない。むしろ利用してやる、くらいの気持ちでいればいいって考えてるんだ」
それを聞いた国元は、ため息をついて一言。
「では僕は、長官を信じることにします」
と言ってその場を去っていった。
長官は司令室にいる木下副長官の方を見遣る。
「木下副長官は、本当に悪い人なのかな……?」
何かが引っかかる様子で呟く。この時、長官は木下副長官が完全な悪者ではないのではないかと感じていた。
その日の夕方。
響華たちが帰り支度をしている時、五人のスマホが一斉に鳴った。
「何だろ?」
遥がスマホを開くと、一件のメールを受信していた。だが、そのアドレスに見覚えはなく、どのキャリアのものとも一致しない文字列でいかにも怪しい。
「私にも届いているな」
碧が呟く。どうやら五人に同じメールが届いたらしい。
「こういうのって開かない方がいいですよね? ウイルスとか仕込まれてるかもしれませんし……」
そう言う雪乃をよそに、遥がメールを開く。
「あっ、遥ちゃん!」
響華が慌てて止めようとするがすでに手遅れで、遥は気にも留めずにメールを読み上げる。
「えーと何なに? 『今から国会ノ地下へ来い。用件ハそこで伝える』だって。じゃあこれ、アマテラスのコピーからだ!」
遥が驚いた声を上げる。
「おそらく、米軍絡みの話でしょうね」
芽生が言う。
「とにかく、行ってみないとだね」
響華の言葉に、四人はこくりと頷いた。
国会議事堂、地下。
響華たちがスーパーコンピューターの前に着くと、コンソールから声が聞こえてきた。
『よく来たナ、お前たち。あのメール、少々不審だっタだろう?』
「ああ、かなり不審だった。遥が開かなければ、読まずに消去していただろうな」
碧が厳しい口調で言うと、アマテラスのコピーは。
『他に方法ガ思いつかなくてナ。申し訳無イ』
と謝った。
「あら、今日は随分と態度が柔らかいわね? 人間を監視しすぎておかしくなったんじゃない?」
芽生が嫌味っぽく聞くと、アマテラスのコピーは『かも知れんナ』と流すように言った。
『では、本題に入ろウ。この戦争ノそれぞれの目的。それをわらわハ知っている。今日はそれを伝えようト思う』
「それぞれの目的? 得をするのはアメリカだけじゃないってこと?」
響華が問いかける。
『ああ、その通りダ。まずはアメリカ。アメリカを支配する魔獣マリナは、東アジアを手中に収メル為。そして、わらわのオリジナルは混乱ニ乗じて表に出ることヲ目指している』
「表に出るって、国民に自分が日本のトップだって発表するわけ?」
そんなまさかといった様子で言う遥に、アマテラスのコピーは。
『そのつもりらシイ』
と答えた。
もはや黙ることしか出来なくなってしまった五人に、アマテラスのコピーはさらに話を続ける。
『そして最も厄介なのが、CIAダ。CIAは藤島響華、お前をアメリカで保護することを目論んでいるようダ』
「えっ? 藤島さんをですか?」
雪乃が不思議そうに聞く。
『藤島響華は、マリナも相当欲しがっているようでナ。それを知ったCIAが保護下に置こうとしているようダ。しかし、それはリスクが高すぎル。おそらくマリナは、アメリカへの移送中に襲撃してくるであロウ』
「そんな……。この戦争のきっかけになったのは、私ってこと……?」
響華はショックを受けたのか、両手で口を押さえる。
『だから、わらわハお前たちと取引がシタイ。米軍ヲ退けてからでいい。わらわのオリジナルを倒セ』
五人は顔を見合わせる。アマテラスのコピーがアマテラスを倒せという指示を出すのはありえない。絶対に裏があるに違いない。そんな考えが五人の頭をよぎる。しかしアマテラスのコピーは真剣な様子だ。
『わらわから見ても、オリジナルのやり方ハもう限界だ。それなら、せめてわらわだけデモ国民情報システム、国民信用レートとして生き延びる方ガ賢明だと考えたのだ。取引してくれヌカ?』
すると、芽生がコンソールに視線を向けた。
「なるほど。アマテラスという存在が長く生き延びるためには、オリジナルが邪魔になったってことね」
芽生は深くため息をつくと、小さく頷いた。
「いいわ、取引してあげる。ただ、全てが終わった後、もしあなたが暴走した場合は電源を落とすわよ?」
その言葉に、アマテラスのコピーは。
『桜木芽生、お前の正しい判断に感謝スル』
と言った。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
帰り道、碧が芽生に小声で問いかける。
「ええ、きっと大丈夫。この世界で問題なのは魔獣が国を支配していること。アマテラスのコピーは魔獣の思考を持っていてもただの人工知能にすぎないし、天秤にかけたら悪い話ではないと考えただけよ」
「さっすがメイメイ、合理主義者なだけあるね〜」
遥が芽生を小突く。
「でも、明日からは日本は戦場になる。気合い入れていこう」
響華の言葉に、四人は大きく頷いた。
(開戦のタイムリミットまで、あと十五時間……)
ぎゅっと拳を握りしめた響華は、地下鉄の駅へと入っていった。




