第49話 入間基地
JPBワールドTV。
『日本政府は、国家体制が崩壊状態にある中国と朝鮮連邦を、今年度中に事実上併合すると発表しました。これにより、日本は東アジアを統一することとなり、地政学的にも大きな変化をもたらしそうです』
アメリカ、国防総省。
「Amaterasu. You have too much power」
目を赤く光らせた人型の魔獣はそう呟き、マーティン国防長官の方を向いた。
「Execute the operation immediately」
「Any changes to the strategy?」
マーティン国防長官が問いかける。
「No. The purpose is two. Defeat Amaterasu and detain Irregular」
二〇二一年一月四日、東京。
藤島響華、新海碧、桜木芽生、滝川遥、北見雪乃の五人は、都心を走る地下鉄に乗っていた。
「いや〜、久々の養成校はやっぱり緊張するね」
響華がホッとしたように言う。
「そうだな。書類をもらうために職員室へ行くことはあったが、教室に入るのは二年生の時が最後だったからな」
碧の言葉に、芽生が口を開いた。
「ということは、もう一年三ヶ月くらい前? つい最近まで養成校に通っていた感覚だったけど、時が経つのは早いものね」
五人は魔法災害隊養成校東京校キャリアクラスの三年生。キャリアクラスとは魔法能力、学力など全てにおいて優秀な魔法能力者のみが在籍しているクラスで、この学年でキャリアクラスなのはこの五人だけだ。そして、キャリアクラスの生徒は二年の後期から魔法災害隊に見習い隊員として配属されるので、養成校に行くことはほとんど無くなる。しかし、今日は卒業式に関する説明を受けるために、一時限目の時間は久々に教室に行っていたのだ。
「じゃあ、もう卒業も近いね〜。そしたら私たち見習いじゃなくて正式な隊員になれるってことだよね?」
遥が問いかけると、雪乃が答える。
「はい、四月からは私たちも立派な隊員です。もちろん、魔災隊入りを望めばですけどね」
「望めばって、キャリアクラスから一般就職とか進学する人なんて聞いたことないよ? あれ、もしかしてユッキー迷ってんの?」
遥が驚いたように聞くと、雪乃は首を横に振った。
「確かに、最初はちゃんとやれるか不安で、普通の仕事に就こうかと考えたこともありました。でも、見習いとしてここまでやってきて、色々大変な思いもしましたけど、私はここで頑張りたいって思えたんです。だから、迷いは無いです」
「そっか、ユッキーも強くなったね」
遥が雪乃の頭を撫でると、雪乃は顔を真っ赤にして俯いた。
『まもなく、霞ヶ関です。入谷線はお乗り換えです』
車内アナウンスが流れる。
「よし、じゃあ今日も気合い入れていこう」
響華の言葉に、四人がこくりと頷く。
扉が開くと、響華たちは電車を降り魔法災害隊東京本庁舎へと向かった。
霞ヶ関、魔法災害隊東京本庁舎。
五人が司令室に入ると、モニターを見つめていた進藤さゆり長官がこちらを振り向いた。
「響華さんたち、急で申し訳ないんだけど、入間基地で魔法災害が発生したみたいで……。今から行ってもらってもいいかな?」
「はい、大丈夫ですけど……。入間基地って埼玉ですよね? 所轄に任せちゃダメなんですか?」
響華の問いかけに長官が答える。
「もちろん所轄も対応してるけど、数が多くて強さも桁違いみたいでね。かなり苦戦してるんだって」
「そこでプラチナ世代にして日本の英雄、キャリアクラスの私たちの出番ってわけだ!」
遥が調子に乗ったように声を上げる。
「おい、滝川。言われたことのある異名を全部付け足すな。全く……」
碧は呆れた表情を見せ、ため息をついた。
「今から入間に向かうとなるとゆっくりもしていられないわね。行きましょう」
芽生の言葉に雪乃が頷く。
「そうですね。魔獣のせいで自衛隊の活動に支障が出たら大変ですからね」
響華たちは地下の駐車場へ向かう。
駐車場に着くと、すでにドライバーの国元勇也が車のエンジンをかけて待っていた。
「入間基地ですよね?」
国元が運転席から顔を出して聞く。
「はい、お願いします」
響華たちが車に乗り込むと、国元は入間基地に向けて車を発進させた。
埼玉、航空自衛隊入間基地。
響華たちが基地の前で車を降りると、迷彩服を着た自衛隊の人たちが魔獣のいる場所まで誘導してくれた。
「こちらです」
自衛隊の人が指差した先には、滑走路のど真ん中をうろうろとしている魔獣数体がいた。
「これでは緊急時に離陸させることが出来ないな」
碧が呟くと、自衛隊の人が頷く。
「はい。スクランブルもそうですが、今現在訓練飛行中の戦闘機が着陸できない状態に陥っています。燃料に余裕はありますが、パイロットの事を考えると一刻も早く滑走路の安全を確保したいんです。皆さん、お願いします」
「分かったわ」
芽生はそう言うと、すぐに四人に指示を出した。
「碧と遥はあっちの魔獣、響華と雪乃、私でこっちの魔獣を倒す。それでいいわね?」
「ああ」
「オッケー!」
「うん!」
「はい」
碧、遥、響華、雪乃は首を縦に振り、行動を開始した。
「グルルルル……」
魔獣が碧と遥を睨みつけている。
「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」
「魔法目録一条、魔法弾!」
碧と遥は同時に魔法を唱えた。
碧の目の前に弓矢が形成される。碧はそれを手に取り、すかさず構えた。
「アオ、まずは一発射抜いちゃって!」
「言われなくてもそのつもりだ」
遥に視線を向けることなく言葉を返すと、碧は弓を引き矢を放った。
「グギャァ!」
矢は見事に命中し、魔獣の動きが鈍る。
「よっしゃ、私の出番!」
遥は右手に持った魔法弾を思い切り魔獣に投げつける。
ドカーン! 大きな爆発音とともに、二人を衝撃波が襲う。
「全く、力加減を考えろと何度も言っているだろう。なぜ学習しないんだ」
厳しい口調で注意する碧に、遥は頭を掻きながら適当に謝る。
「ごめんごめん。早く倒さなきゃって気持ちが先走っちゃって」
碧は呆れたようにため息をつくと、先ほどまで魔獣がいたところに目を向ける。
「とりあえず、お前の大袈裟な魔法弾で魔獣は倒せたようだな。よし、次に向かうぞ」
碧は数十メートルほど先にいる魔獣に視線を移すと、その魔獣の方へ駆け出した。
「あっ、ちょっとアオ! 待ってよ〜!」
遥は少し遅れて碧の後を追いかけていった。
その頃、響華と雪乃、芽生の三人も別の魔獣と戦っていた。
「魔法目録二条、魔法光線!」
響華が放った光線が魔獣に直撃すると、続けて雪乃が魔法を唱える。
「魔法目録八条二項、物質変換、狙撃銃」
手元に形成されたスナイパーライフルを手に取り、魔獣に銃口を向ける。
『バン!』
雪乃が引き金を引くと、銃弾は魔獣を撃ち抜いた。
「グワァ……!」
魔獣の動きが止まる。
その隙に芽生がとどめを刺しにかかる。
「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」
芽生は刀を持つと、すぐに魔獣めがけて走り出した。
「これで、最後よ!」
芽生は高く跳び上がり、魔獣を上から真っ二つに斬り裂いた。
響華が周りを見回す。
「これで全部倒せたかな?」
響華の言葉に、雪乃が頷く。
「はい。目に見える範囲には魔獣はいません」
「じゃあ、碧と遥と合流して、自衛隊の人に報告しないとね」
芽生がそう言ったと同時に、そこへ碧と遥がやって来た。
「お前たちも丁度終わったところか」
「さっすが響華っち、仕事が早いね〜」
碧と遥が話しかけると、響華が答える。
「いや、早いってほどじゃなかったけどね。とりあえず自衛隊の人たちのところに行こう」
響華たちは、自衛隊の人たちが待つ建物へと向かった。
建物に入ると、最初に案内してくれた人が駆け寄って来た。
「皆さん、状況は?」
「魔獣は全て鎮圧しました。滑走路にも異常は見られません」
碧の答えに、その人は安堵の表情を見せる。
「それは良かった。本当にありがとうございました」
頭を下げるその人に、響華はふるふると首を横に振る。
「いやいや、とんでもないです! 私たちはこれが任務ですし、むしろ私たちが自衛隊に感謝しなきゃいけないくらいですよ!」
「ははは、そこまで言ってくれると嬉しいね」
その人はそう言って笑顔を見せる。
すると、その人がふと気が付いたように碧に声をかける。
「そういえば君、名前は?」
「えっ? 新海碧と申しますが……?」
碧が困惑気味に答えると、その人はやっぱりといった様子で頷いた。
「そうですよね! 誰かに似てるなと思ったら、新海一等空曹の娘さんだ」
「もしかして、父とお知り合いですか?」
碧が尋ねると、その人はニコッと笑った。
「知り合いも何も、仕事仲間ですよ。君のお父さん、もうすぐ訓練飛行から戻ってくると思うよ。ほらあれだ!」
その人が窓の外を指差す。視線をそこへ向けると、戦闘機が六機飛んでいるのが見えた。
「あの中に、父が操縦している戦闘機があるのですか?」
碧はじっとその機影を見つめている。
「新海一等空曹、君のお父さんはとても優秀でね。操縦技術では彼に敵わないよ」
その言葉を聞いて、碧は少し誇らしげな表情になった。
六機の戦闘機が滑走路に着陸するために高度を下げ始める。
その時、別の戦闘機の機影が目に飛び込んで来た。
「あれも自衛隊機かな?」
遥が目を細めながら首を傾げる。
「いえ、どこか違うような気がしますけど……」
雪乃がそれを眺めていると、謎の戦闘機から何かが投下された。
「え? 嘘でしょう?」
芽生が驚いた声を上げた、その瞬間。
『ドカーン!』
大きな爆発音とともに、衝撃波と揺れが建物を襲った。
「爆撃だ!」
自衛隊の人たちが叫び、慌ただしく動き始める。
「一体何が……?」
碧が呟くと、その人は。
「分かりません。ただ、これは異常事態です。戦争も覚悟するべきかもしれません」
と真剣な表情で答えた。
「戦争……」
あまりのショックに、碧は言葉を返すことが出来なかった。
東京、国会議事堂地下。
ここにあるスーパーコンピューター、もとい日本を支配する魔獣アマテラスのコピーは、その出来事を事前に予測していた。
『マリナよ、ついニ動き出したか。だが、わらわのオリジナルには到底及ばヌ。しかし、オリジナルの暴走ガもたらしたのがこの結果。であるなラバ、コピーであるわらわだけでも生き延びる策ヲ講じておくべきなのだろうナ……』
アマテラスのコピーは、アマテラス本体とは別の思考を持ち始めているようだった。




