第48.7話 ソウルの深淵
響華と国元は死を覚悟した。
しかしその時、突如部屋の外が騒がしくなった。
「あなたは、まさか革命軍の日本人……! なぜその魔法能力者と共に行動している?」
ノ・ソユン首警の驚いた声が聞こえる。
「もしかして、芽生ちゃん……!」
「住吉、助けに来てくれたか」
響華と国元は立ち上がり叫ぶ。
「お〜い、芽生ちゃ〜ん!」
「こっちだ! その扉を開けてくれ!」
その声は芽生と住吉にしっかりと届いた。
「響華!」
「国元! ったく、何へましてるんだ」
芽生と住吉は返事をすると、顔を見合わせアイコンタクトをとった。
住吉が扉に向かって駆け出す。
「させません。魔法謄本二条、魔法光線」
それを見たノ・ソユン首警が魔法を唱える。
「あの人、魔法能力者だったのね」
芽生は少し動揺したが、やらせまいとすぐさま魔法を唱えた。
「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」
形成された刀を手にすると、芽生はノ・ソユン首警めがけてそれを振り上げた。
「あなたもまとめて、処分する!」
ノ・ソユン首警は両手を引き、芽生の方へ突き出した。
『ゴォォー!』
魔法光線が芽生の目の前で放たれる。
「甘いわね」
芽生はそれをひらりと躱すと、ノ・ソユン首警の頭上に刀を振り下ろした。
「くっ! こんな子供に、なぜ勝てない……!」
峰打ちされたノ・ソユン首警が床に倒れる。
「何で私に勝てると思ったかは知らないけど、少なくともあなたは私より下。ただ、それは強さじゃなくて信念の問題よ。権力者の顔色伺ってるだけの人間に、私は負けないわ」
芽生はそう告げると、住吉の方を見た。
「こっちは平気よ」
「よし、じゃあ行くぞ」
住吉はこくりと頷くと、思い切り扉を蹴破った。
『ガシャン!』
部屋の中に住吉が飛び込む。
「住吉! 遅かったじゃないか」
国元が住吉に声をかける。
「遅くはないだろう。これでも日の出と同時に出発したんだ。お前こそ女の子一人守れてないじゃないか」
住吉はそう言うと、優しく微笑んだ。
「響華、大丈夫?」
続けて芽生が部屋に入ってくる。
「芽生ちゃん! 怖かったよ〜!」
響華は目に涙を浮かべて芽生に抱きつく。
「もう、響華なら扉の鍵くらい物体干渉魔法で開けられるでしょ?」
芽生が響華の頭を撫でながら言う。
「そんなのあの状況じゃ思いつかないよ〜!」
泣きわめく響華を、芽生はそっと抱きしめた。
響華、芽生、住吉、国元の四人は、処刑部屋を出て、ソウル市庁舎の地下へと向かっていた。
「おい、この先に何があるって言うんだ?」
国元が住吉に問いかける。
「人に点数をつける神だ。日本じゃとっくにそいつに支配されてるだろう?」
住吉の答えに、響華がハッとする。
「アマテラスのコピー。でも、何でここに?」
疑問に感じている様子の響華に、芽生は。
「あいつ、というかアマテラス本人の目的は、世界を支配すること。まずはアジアからってことなんじゃない?」
と言った。
「気をつけろ。この先にそのサーバーがある」
住吉が制止すると三人は立ち止まり、全員で壁から顔を覗かせる。
するとそこには、サーバーを見つめる六十代ほどの男性がいた。
「誰だ?」
国元が小声で住吉に聞く。
「あいつはソウル行政長官のクォン・スンミン。おそらくお前らの処刑を指示したのはあいつだろうな」
住吉の言葉に、響華が呟く。
「ってことは、あの人を捕まえればこの国は平和になる……?」
しかし、芽生は首を横に振った。
「この国の構造はそんな単純じゃないわ。あの人を失脚させたところで、また別の人間が支配しようとするだけ。いたちごっこよ」
しばらく様子を伺っていると、クォン・スンミンがこちらを振り向いた。
「そこにいるのは分かっている」
話しかけられた四人は、クォン・スンミンの前に出る。
「魔獣と取引とか、お前は正気か?」
住吉が煽るように言う。
「正気だ。これは我々の未来のために必要なこと」
クォン・スンミンは平然と答える。
「未来? ただ自分の地位が欲しかっただけでは?」
国元が問いかけると、クォン・スンミンはフッと笑った。
「全てお見通しか。だが、アマテラス様には叶うまい。我々の勝利はアマテラス様によって保証されている」
「それはどうかしらね? 私たちがここまで来るなんて、本当は想定外だったんでしょう?」
芽生の言葉に、クォン・スンミンの目がたじろぐ。
「魔獣は人間の味方じゃない。だから、もうやめましょう? これ以上、市民を苦しめるべきじゃない。行政長官なら、市民を守る行動を取ってください!」
響華が訴えかける。
するとクォン・スンミンは。
「市民を守る? それよりも、自分の命を守る方が重要だろう!」
吹っ切れたように言い放ち、ポケットに手を突っ込んだ。
「おい、何をするつもりだ!」
住吉が大きな声を上げる。
クォン・スンミンが手にしていたのは、以前に中国の特殊部隊が持っていた反魔法銃だった。
「あれは……!」
国元が庇うように芽生の前に立つ。
「アマテラスから聞いたんだ。魔法能力者にはこれが効くとな」
「効くって、私たちは虫じゃない!」
響華が怒ると、クォン・スンミンは反魔法銃の銃口をこちらに向ける。
「黙りなさい。これ以上騒ぐようなら容赦なく処分する」
「おい、ここは下がれ。いくらなんでも危険だ」
住吉は響華に引き下がるよう告げるが、響華は首を横に振る。
「下がらない! だって、ここで私たちが止めなかったら、この国がアマテラスに乗っ取られちゃうから!」
「響華……」
芽生は国元の後ろで小さく呟く。
響華の様子を見て、国元は住吉の肩をぽんと叩いた。
「ここは響華さんに任せましょう。響華さんは此処一番になると実力以上の力を発揮しますから」
「国元……」
住吉は国元の真剣な目に、ため息をついて一言。
「ったく、お前は本当に変わらないな」
と言った。
響華が魔法を唱える。
「魔法目録二条、魔法光線!」
両手を後ろに引き神経を集中させる。
「無駄だ」
クォン・スンミンは反魔法銃の引き金に指をかける。
「はぁ〜っ!」
響華は一気に両手を前に突き出し、魔法光線を放つ。
『ビチューン!』
それと同時に、反魔法銃からレーザーが放たれる。
『ドカーン!』
光線とレーザーが二人の間でぶつかり、大きな爆発音が轟く。
「なぜ打ち消されない!」
その時、クォン・スンミンが驚いた表情を浮かべる。響華の放った魔法光線は、反魔法銃のレーザーを飲み込んで、こちらに一直線に向かってきていたのだ。
「ぐあぁ〜っ!」
クォン・スンミンは光線に弾き飛ばされ、後ろの壁に体を打ち付けて床に倒れる。
響華は歩み寄り、右手を差し伸べた。
「きっとあなたは、沢山の苦労をして今の立場を手に入れたんだと思います。だから、魔獣に頼るのはやめませんか? そんなことしなくても、あなたは行政長官でいられたはずです」
「…………」
クォン・スンミンは黙ったまま響華の手を掴む。
「まだやり直せます。だから、まずは罪を償ってください。それから、もう一度上を目指してください。その時は、市民ファーストでお願いしますね」
響華が微笑みかける。
「……す、すまなかった」
響華に引っ張られ立ち上がったクォン・スンミンは、涙目になっていた。
「こいつは革命軍が預かる。後はお前らでサーバーの電源を落とせ」
住吉はクォン・スンミンを連れてこの場から去ろうとする。
それを国元が呼び止める。
「おい、本当にこの国に残るのか? 僕たちと一緒に日本に戻るって選択肢は、住吉には無いんだな?」
「ああ。だから、日本は頼んだぞ」
住吉は国元にそう言って笑顔を見せると、そのまま行ってしまった。
「住吉も変わらないな……」
国元はその後ろ姿を見届けると、サーバーの方を向き直した。
「よし、では僕たちはアマテラスの陰謀を阻止しましょう」
「はい!」
「ええ」
国元の言葉に、響華と芽生が頷く。
三人はサーバーの電源を探す。
「コードはここに繋がってるよ」
響華がサーバーの隙間を覗き込んで言う。
「ちょっと待って。まずは電源を落とさないと」
芽生はサーバーの前にあるコンソールを操作して、シャットダウンしようと試みる。
「どうですか?」
国元が問いかけると、芽生はキーボードを叩きながら答える。
「多分大丈夫。これで落とせるはずよ」
しかしその時、コンソールのモニターが砂嵐になり操作できなくなった。
「どうしたの?」
響華が駆け寄る。
「分からない。でも、何か嫌な予感がする……」
芽生がモニターに視線を向けると、そこにうっすらと人影のようなものが現れた。
『四月以来だナ。まさかこんな場所で出会うトハ、お前らハわらわが好きなのではないカ?』
「この声は……!」
響華が驚いた表情を浮かべる。
『然り、わらわはアマテラスのコピー。ネットワークに生きるわらわニハ、国境など関係ない』
「響華さん、早くコードを抜いてください!」
国元が響華に指示する。
「分かりました!」
響華は急いでコードが繋がっている場所に行こうとしたが、それをアマテラスのコピーが止める。
『やめテおけ。そのコードを抜いたら、お前ノ体には大量の電流が流レル。とても人間ガ生きていられるとは思えナイ』
「この期に及んで命乞いですか」
国元が怒ったように言う。
『そのつもりハ無い。ただ、藤島響華ヲ失うのは損失だと考えただけダ』
「損失?」
アマテラスのコピーの言葉に、国元が首を傾げる。
『藤島響華ハどんな魔法能力者や魔獣をも超越し、アドミニストレータ様ニ並ぶほどの力を秘めている。それヲ失うのは惜しいという話ダ』
「アドミニストレータって、魔法神の?」
芽生が信じられないといった様子でモニターを見つめる。
『そこで取引ダ。わらわの電源ヲ落とさないのと引き換えに、お前たちノ目的を果たさせてやろう』
アマテラスのコピーの提案に、響華はモニターを睨みつけた。
「そんな取引、信用できない! 私たちは魔獣を倒すことが使命。その手助けをアマテラスのコピーがするなんて、絶対裏があるに決まってる!」
するとアマテラスのコピーは仕方ないといった様子で。
『まあいい。この話ハ近いうちに改めて日本でさせてもらう。その時は新海碧ト滝川遥、北見雪乃も交えてナ。だが、今電源を落とすのハやめてもらいたい』
と言った。
「では、電源を落とさない代わりに、こちらからも要求させてもらいます」
国元が告げると、アマテラスのコピーは少し考えて言う。
『……よかろう。その要求とは何ダ?』
「住吉の信用レートを千五百以上に保て。それが僕の要求です」
それを聞いたアマテラスのコピーは、フッと笑った。
『そんなことカ。それくらい造作モない。お前はよほど住吉が大切なのだナ?』
「当然です。親友ですから」
国元はモニターに鋭い視線を向けると、踵を返した。
「電源は落としました。僕たちは日本に帰ります」
国元がとぼけたように言う。
それに続けて響華と芽生も。
「コードは抜いたはずだよ」
「じゃあ任務は完了ね」
とわざとらしい会話をしてこの場を後にした。
『オリジナルのやり方は、そろそろ限界ダ。生き残るためには、これガ最適解のはず……』
アマテラスのコピーは、何かを企てている様子だった。
(私たちの目的を果たさせる? アマテラスのコピーは何を考えてるの……?)
帰りの貨物機の中で、響華はずっとアマテラスのコピーの言葉の真意を考えていた。
「う〜ん、やっぱり考えてもしょうがないか……」
響華がぼそっと呟く。
すると芽生が、ぽんと響華の肩を叩いた。
「分からないことを考えても時間の無駄よ? とりあえず今は、為すべき事を成すのが大事。そうでしょ?」
芽生が微笑みかけると、響華は首を縦に振った。
「うん、そうだね! まずは日本に戻って、魔法災害を鎮圧しなきゃ!」
気合いが入った様子の響華。
国元はその姿を眺め、アマテラスのコピーの言葉を思い浮かべる。
(あのコピーは、響華さんのことをアドミニストレータに並ぶ存在と言っていた。であるならば、響華さんはのちに日本を脅かす? そんな訳、さすがに無いか……)
国元が窓の外に視線を移す。そこはもう日本の上空だった。
この時、すでに日本の空には危機が迫っていた。だが、それに気付く者はいなかった。あのオリジナルとコピーを除いては。




