第13話 王国の真実
二〇二〇年二月二日。衆院選当日、JPBニュース開票速報。
『衆院選の獲得議席数の予測が出ました。公民党が大きく議席を減らし百十三議席となる見通しで、野党転落が決定的となっています。そしてなんと第一党が確実となっているのは、魔法災害隊九州支局長である水瀬奈津美氏が昨年末に立ち上げた、九州みらい党。立ち上げから二ヶ月ほどしか経っていない政党ですが、急速に支持を獲得して二百三十五議席と、過半数を確保する勢いです。そして、昨年の参院選で二議席を獲得したへいわ、一議席を獲得したJ国が衆議院でも議席を獲得する見通しです』
二〇二〇年二月三日。魔法災害隊東京本庁舎。
「ふわあ〜……」
響華が大きくあくびをする。
「藤島、また寝不足か?」
「あ、碧ちゃんおはよ〜」
部屋に入って来た碧に、響華は目をこすりながら挨拶をした。
「全く、そんな夜遅くまで一体何をしているんだ?」
「え〜とね〜、ネットで動画見たり、ゲームしたり?」
碧はため息をつく。
「呆れたやつだ。任務はしっかりこなせよ」
「は〜い……」
響華は力なく返事をすると、目を閉じてテーブルに突っ伏した。
一時間後。
「ねえ。響華? 早く起きて!」
「もう、せっかく気持ちよく寝てたのに……」
体を揺さぶられた響華は顔を上げると、寝ぼけ眼でキョロキョロと周りを見回す。
「いつまで寝ぼけてるのよ? いいから早く来て」
「芽生ちゃん?」
芽生は少し慌てているように見えた。
「遥ちゃんおはよ〜」
「響華っち、やっとお目覚めですか?」
響華がふらふらと司令室に入ると、遥が待ち構えていた。
「そういえばさっき芽生ちゃんに起こされたんだけど何かあったの?」
「そうなんだよ! 大変なんだよ響華っち!」
「えっ、ちょっと、うわあ!」
遥が響華の手を強引に引っ張る。
「みんなもう待ってるから」
「待ってるって?」
「とにかく、大変なんだって!」
「だから何が!」
意味も分からないまま、響華は長官の机まで連れてこられた。
「全員揃ったわね?」
長官は四人の顔を見ると、重い表情で話し始めた。
「昨日の選挙で九州支局の水瀬支局長の党が与党になったのは知ってるわよね? その水瀬支局長が君たちに会って話をしたいって言ってるんだけど……」
「何か気になる点でも?」
長官の様子を見て、碧が質問する。
「うん、それがね。どうやら君たちを外国に派遣するって話らしいのよ」
「外国ってどこですか?」
響華が首を傾げる。
「シナイ王国。テレビでもやっているでしょう? 内戦がどうのこうのって」
「確か、アメリカとロシアと中国の三つ巴になっているって話よね?」
芽生が言うと、長官はこくりと頷いた。
「なぜ私たちがそんなところに?」
碧の質問に、長官は首を横に振った。
「ごめんね、詳しい話は聞いてないの。でも、かなり危険な気がする。行きたくなければ断ってもらって構わないから、とりあえず話だけでも聞きに行ってもらえるかな?」
「はい、分かりました……」
響華は謎の不安に襲われていた。九州支部の党が大勝、その次の日の支部長からの招集。何か大きな陰謀に巻き込まれているような、そんな気がしてならなかった。
永田町、九州みらい党東京支部。
「あの、魔法災害隊の藤島響華です」
「同じく、新海碧です」
「桜木芽生です」
「どうも、滝川遥です!」
名前を言うと、受付の人に奥の部屋へと案内された。
「失礼します……」
重厚な扉を開けると、一人の女性がこちらを向いて立っていた。
「あなた達がプラチナ世代ですね。お待ちしておりました」
「こ、こんにちは」
女性は手を差し出し、響華と固く握手をした。
「えっと、水瀬支局長というのは?」
「私です」
碧の問いに女性が答える。
「あの、いきなりなんですけど……私たちは何で呼ばれたんでしょうか?」
響華は水瀬支局長に恐る恐る質問する。
「ええ、その話を今からします。こちらにお掛けください」
四人が椅子に座ると、水瀬支局長が口を開いた。
「プラチナ世代と呼ばれている皆さんに、一つお願いをしたいのです。シナイ戦争を止めていただけませんか?」
「戦争を……止める?」
響華は首を傾げる。
「はい。突然そう言っても意味が分からないでしょうから、順に説明させてください」
「お願いします……」
響華が頷くと、水瀬支局長は説明を始めた。
「まずシナイ戦争は内戦と報じられていますが、実際は内戦ではなく国同士によるバトルロイヤルゲームなのです。そしてその勝者は世界の覇権を握ることができる。だからアメリカや中国は本気でシナイ戦争に参加しているのです」
「世界の覇権って、そんなのどうやってその国に与えるんですか?」
遥が質問する。
「そもそも、シナイ王国は王国と言いながら王の存在が公にされていません。はたから見れば共和制国家です。それなのに王国である理由。それは王、女王と言った方が正しいかもしれません。その女王が、魔獣だからです」
四人は息を呑む。国を治めているのが魔獣という衝撃の事実に、言葉すら出なかった。
「その魔獣は自身をラーと名乗り、シナイ半島を古代エジプトの時代から統治していたと言われています。そして、世界で国の対立が激化すると各国にこんな手紙を送りました。『シナイにてゲームを開催する。いち早く王宮に辿り着いた国には世界を支配する力を与えよう』と。その手紙を魅力と感じた国はシナイへ戦力を送り込み、一番最初に王宮に辿り着いた国は実際に大きな力を持つことになりました。古くはローマ帝国から、最近ではソ連やアメリカまで。世界の覇権を握った国は全てシナイ戦争の勝者なのです」
「それじゃあ、今回の戦争も」
響華が前のめりになる。
「はい。世界の覇権を争う、バトルロイヤルゲームです」
「魔獣の力を得るためにたくさんの人が犠牲になるなんて、そんなの……そんなの間違ってるよ!」
響華は机をバンと叩き立ち上がる。
「ですから、プラチナ世代の皆さんには、一人も殺すことなく王宮に辿り着き、魔獣ラー女王を倒していただきたいのです。引き受けていただけませんか?」
四人は顔を見合わせる。碧は芽生や遥の様子を見ると、水瀬支局長に言った。
「すみません、突然のお話に頭が追いつかなくて……。少し考える時間を頂けないでしょうか?」
水瀬支局長は手帳を開き、スケジュールを確認する。
「分かりました。では、一週間後までに返事をお聞かせください。一応、シナイ戦争介入を表明する会見を来週の火曜日に行う予定ですので、そのつもりでお願いします」
「はい、月曜日までには必ず」
碧は頷いてそう答えた。
四人は本庁舎に戻ると、すぐさま長官に報告した。
「そう。そんなことを言われたのね。それで、君たちはどうするの?」
長官の質問に黙り込む四人。沈黙の中、響華が口を開いた。
「……私は、行きたいです。危険なのは分かってます。でも、魔獣の力を手にするための戦争なんて、ましてやその戦争で命を落とす人がいるなんて、私は嫌です。だから、魔法能力者である私が行って、戦争を止めたい。魔法の力で世界を救いたい。そう思ってます」
響華の言葉に、長官はクスッと笑った。
「魔法で世界を救いたい、響華さんらしいわね。あなたの気持ちは分かったわ。だけどまずは、ご両親にも話をしないとね。碧さん、期限は一週間後なのよね?」
「はい、そうですが」
「じゃあ私の方からなんとなくの事情は説明しておくから、家族ともしっかり話し合って、行くのか行かないのか、真剣に考えてね」
長官は碧の肩をポンと叩いた。
昼休み。食堂の窓際で碧がポツンと外を眺めている。
「碧さん、お昼はもう食べたの?」
「えっと、あの、まだです……」
長官に後ろから声をかけられた碧は少し動揺を見せた。
「碧さん、相当悩んでるみたいね?」
「……分かりますか?」
「分かるよ〜。だって碧さん、昔の奈津美ちゃん、水瀬支局長に似てるんだもん」
「水瀬支局長に? お知り合いなんですか?」
碧が驚いたように聞く。
「うん。前にも言ったと思うけど、私たちの年代は黄金世代って呼ばれてて、その時の仲間だったんだよ、奈津美ちゃんは」
「当時の話、もっと聞かせてください」
長官は笑顔で頷くと、懐かしそうにその頃の思い出を話し始めた。
「私が奈津美ちゃんと出会ったのは、ちょうど君たちと同じ、高校二年生の時だった。私は東京校のキャリアクラスに通ってたんだけど、その時に九州校から転校生として奈津美ちゃんが入ってきたの。真面目で、ストイックで、勉強も戦闘訓練も全力で取り組んでて、私なんかよりずっと強かった。私は奈津美ちゃんと仲良くなりたいって思って何度も声をかけた。だけど全然取り合ってくれなくて、どうしたらお話ししてもらえるかなって。そんな時、奈津美ちゃんが空を眺めてて、何か悩んでるように見えた私はどうしたのって話しかけた。そしたら奈津美ちゃん、やっと私とお話ししてくれたんだ」
「それで水瀬支部長は、何に悩んでいたんですか?」
長官は少し考えた。
「え〜と、私はこの先どうしたらいいか、みたいなことだったかな」
「それはつまり、進路とか将来についてということですか?」
「そうじゃなくて、魔災隊に疑問を抱いていてそれをどう確かめるか、反抗するか、って話だったような気がする」
「反抗? 一体何がそんなに怪しかったのでしょうか?」
碧が首をひねる。
「それも聞いたはずなんだけど、当時の私には理解できなくて……。納得できるまで、好きなだけやりたいようにすればって、適当なアドバイスを贈った気がする」
長官は碧の顔を見ると。
「それで、碧さんは何に悩んでるの? 適当なアドバイスしか出来ないかもだけど、話すだけでも楽になるんじゃない?」
そう言って微笑みかけた。すると、碧はゆっくりと口を開いた。
「……私は、何に悩んでいるのでしょう。もちろん今はシナイに行くかというのが一番の悩みですが。私の家系には国を守る仕事の人が多くて、祖父は軍人、父は自衛官、兄は海保の職員なんです。それもあって、私は日本を魔法災害から守るこの仕事を選んだ。だけどキャリアクラスに通って、私には誰にも負けないと思えるものが無いと気づいた。知識も、スタミナも、魔法能力も、何もかもが周りの人の方が上だった。私は自分にも国を守る力があると勘違いして、中途半端な気持ちでこの仕事を選んでしまったんです。きっと、私には魔災隊になる資格なんて無かったんですよ」
俯く碧に、長官が優しく言う。
「もし資格がないなら、長官権限でとっくに養成校に送り返してるよ。碧さんには国を守る、人を守る力があるって思ってるから、私は君を今も見習いとして受け入れてるんでしょう?」
「ですが、しかし……」
長官は碧の手を握った。
「もっと自分に自信を持って。あなたは響華さんにも芽生さんにも、遥さんや雪乃さんにだって負けないものが一つあるでしょう?」
「いえ、私にはそんなものは……」
「あるでしょう? さっき言ってくれた、家族への想い。家族に憧れて国を守る仕事に就くなんて、とっても素敵だと思うな。だっていくら家族が好きで尊敬してたとしても、こんな命がけの仕事は覚悟が無いと出来ないよ。碧さんの家族への想いは、誰にも負けないと思うな」
碧が顔を上げる。
「……ありがとうございます。ですが、それでは何も守れないですよね」
「守れるよ。想いは人を強くする。家族みたいになりたくて頑張ってきたから、君は今ここにいるんでしょう? 想いの強さは、自分の強さなのよ」
「想いの強さは、自分の強さ……」
碧の目に涙が浮かぶ。
「碧さんは一人で背負いこみすぎなのよ。もっと周りに頼ったっていいんじゃない? 今回のことだって、おじいさんやお父さんに相談すれば、きっと力になってくれると思うよ」
「そうですね。すみませんでした、休み時間にこんな付き合ってもらってしまって」
碧は涙を拭うと、ぺこりと頭を下げた。
「じゃあ、私は行くね」
長官は碧の頭をポンポンと触ると、廊下の方へと歩いていった。
それから間も無く、響華と遥が会話をしながら食堂に入ってきた。
「あれ遥ちゃんまた鮭おにぎり買ったの?」
「うん。毎日ユッキーが食べてるの見てたから、なんかお昼に鮭おにぎり見ないと落ち着かなくなっちゃって」
「確かに。お昼ご飯といえば雪乃ちゃんと鮭おにぎりってイメージあるな〜。養成校の頃が懐かしいよ」
「懐かしいって、それ去年の話でしょ?」
二人はケラケラと笑いながら席に着く。その様子を見ていた碧は二人に近づいた。
「あ、あの……」
「どうしたの碧ちゃん?」
キョトンとする響華に、碧は照れながら言う。
「もしよかったら、私も混ぜてくれないか?」
それを聞いた響華と遥は笑顔を見せ大きく頷いた。
「うん! 一緒に食べよ!」




