グレッグ・ジャケドロー3
おそらく徘徊のパンチカードを組み込まれているのだろう。その動きは牛歩。体の使い方を知らない木偶の坊のようだ。私はジャケドロー博士に壁に寄っているように指示を出した。
出入り口はあのオートマタどもの後ろ。外にいるマルティニ・ヘンリー銃を持った二人組に感づかれるだろうが仕方がない。
私はリボルバーの銃把を握り、撃鉄を起こした。オートマタの胸部と銃口、そして私の眼を一直線にして狙いを定め、軽快なテンポで引き金をタップする。動力部である胸付近を撃ち抜くと、オートマタは崩れ落ちるようにして床へと伏せた。
あっけない。鉄クズとなんら変わりないそれらを跨いで入り口の方へと足を踏み出したときだった。
さっきのオートマタは先鋒であるかのように、たった一つしかない出入り口から、押し寄せるように他の徘徊型オートマタの群れがなだれ込んできた。
まるで軍勢。
私のような単独で任務をこなす人間にとって最も脅威となるのは数の暴力だ。どんな繊細な任務でもこなしてきたが、このように多勢で大味な戦闘に引きずり込まれると、もはや私に出る幕はない。
「まずいな」
一丁のリボルバーではなす術はない。
残る選択肢は逃走しかないのだが、ジャケドローを庇いながらの逃走は困難だ。もたもたしていれば、発砲音を聞いた外の警備と鉢合わせすることになる。
「ジャケドロー博士、悪いが走ってもらうぞ」
腐り落ちた木材の壁を蹴破ろうとしたときだった。
疾ったのは雷神の閃光。
鉄を薙ぐ鋭い音が右から左へと流れるように通り過ぎた。同時にオートマタは真っ二つに滑るように上半身と下半身を分離する。
三枚におろされたオートマタは、まるで手品師が使用したあとの道具のようにあられもない姿で地面に転がった。
あまりにも綺麗な切り口は初めからそのように作られていたと言われても疑いはない。いくら粗悪といえどオートマタは鉄製だ。斬るなんて不可能。
可能にできるのは手品師のみ。その手品師は、オートマタがワラワラと湧いて溢れる出入り口の最奥からそっと姿を現した。
足下は足袋。落ち着きを払った色の着物と腰には日本製の剣。つまりは刀。
髪は後ろで結って繕い、黒く静謐な紫電の眼光を携えている。
日本人。見たのは初めてだ。
「あんたがジェイムスン・ドウセットか」
敵か味方か。咄嗟に判別がつかず、私は沈黙を選んだ。
「エドワード・ハイライン卿の指示であんたを助けにきた。俺は味方だ」
そう言うと日本人は着物の胸元を裏返した。そこにはグレート・ブリテンのバッジが鈍い光を帯びている。
同じ女王陛下に忠誠を捧げる同志のエンブレムだ。
「ありがたい。だがあんた一人か。敵は数で押し切ってくるぞ」
「造作もない」
刹那、柔らかな風が頬を撫でた。日本人が振った刀の風圧だった。一切無駄な力のない華麗な一振りが払った風は、殺意に満ちた鋭さすら感じさせない、敵を慈しみながら斬り伏せるような慈愛があった。
こうしてオートマタはまな板の上に横たわる野菜や魚のように次々におろされていった。その太刀さばきは、オートマタが硬い鋼鉄であることを忘れさせるほどに軽やかだ。
私は足元に転がるオートマタの切れ端を足でこずいてみたが、つま先には重い反動が返ってくる。
日本に侍という者がいることは知っていたが、既に滅びつつあるはずだ。
彼が過ぎゆく時代に取りこぼされた侍の末裔だというのなら、淘汰は間違いだと言わざるを得ない。
この武術は継承されるべきだ。
日本の武術はそのメンタリティにこそ真価があると聞いたことがあるが、あいにく私には分からない。だが私の前で舞うあの男の鮮やかな強さが、その精神性からきているのだとするなら至極納得がいく。
私のような単独で動く任務に就く人間は数の暴力には抗えない。そんな考えを一掃してくれるほどに、彼の戦闘は私を高揚させた。




