グレッグ・ジャケドロー2
屋根の波板が崩れ、大袈裟な蒸気機関が朽ちた大広間に、人影を見つけた。
リボルバーの銃口を影へと指向し、あらゆる事態を想定して引き金に指をかける。
「グレッグ・ジャケドローだな」
エイダから事前に聞いていた体格、身長から目標だと判断。
影は月の光の下へと踏み出した。ジャケドローは私が予想しなかった訪問者だったのか、口をポカンとあけて沈黙している。
銀髪に白衣を纏った20代後半の男が、霧に隠された月光に碧眼を反射させた。私の容姿を丹念に見つめ何者かを判断しようとしているようだ。
「グレッグ・ジャケドローか」
私はもう一度問いただした。
「いかにも。君は秘密警察だな」
ジャケドローの観察眼に私はしばしば感嘆した。
秘密警察の人間は一眼でそれが警察機関の人間には見えないような服装を心がけなければならない。
だから私も目立たないコートを愛用しているし、ボウストリートの警官が着る制服とは無縁だ。
「よくここが分かったな」
ジャケドローは監禁されているとは思えない落ち着き払った態度をしている。
おそらく自身がギア・テック社にとって必要な人材であることを理解しているのだろう。
だから今回の監禁も一時的なものだと踏んだのか、かく言う私も同じ考えだが、ジャケドローがここから解放されるのをのんびり待っているわけにもいかない。
「あんたの人形に教えてもらった」
「♯6が?」
ジャケドローは、ロンドンの家並みへと消えたあの人間にそっくりな人ならざる物をそう呼んだ。おそらくは第六世代という意味合いを含んだネーミングなのだろう。
「いい名前だな。私に子供が生まれたらそう名付けよう」
♯6と呼称されたオートマタの美しさを賛美したつもりだったが、ジャケドローは表情を曇らせた。
「皮肉か。影の男」
「・・・いや、人間と見間違える立派な造形だったからね」
「ふん。いつかその三枚舌のせいで大怪我をすることにならなければいいがな」
ジャケドローの機嫌が直るまでのんびり待ってはいられない。私は襟元を正してジャケドローの瞳を捉えた。
「ジェイだ」
念のために本名は伏せ、コードネームを名乗る。私のコードネームを愛称で呼ぶのはクラウとエイダくらいだが、なかなかどうしてか私は気に入っている。
「グレッグ・ジャケドローだ。もう知っていると思うが、まぁ好きに呼んでくれ」
「オーケー。ジャケドロー博士、あんたの開発したオートマタが世間でちょっとした騒ぎを起こしている。知っているな」
ジャケドローは勿論だと返す。
「それとギア・テック社があんたを監禁していることは何か関係があると踏んでいる。違うか」
「勿論ある。が、ギア・テックはまだ警察沙汰になっていないはずだが、なぜ君が出てきたんだ」
「事件になる前に事を抑えるのも私の大事な仕事でね」
「殊勝だな。私も君の仕事に協力することはやぶさかではない。だが事態は少し変わったようだ。ガードのオートマタが多数、こちらに向かってきているぞ」
ジャケドロー声に被るように、鉄の足が石畳を地鳴らす音が数多く聞こえた。
出入り口から乱雑に集結しているそれらは、外で警備に就いていたガード型のオートマタとは違う、もっと簡素で粗悪なオートマタたちだった。




